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第10話 試験

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「テメェ、俺を怒らせたらどうなるか判ってるのか!」

 スパイクという男が顔を真っ赤にして叫ぶが、どうなるのだろう? と小首を傾げる。ヒットはこの男のことを良く知らない。

「おい、スパイクはやばくないか?」
「あいつ、冒険者つぶしとしても有名だったろ?」
「あいつと関わって急に辞めたり、行方不明になったのも……」

 すると辺りからヒソヒソという話し声。その全てが聞こえたわけではないが、厄介者なのは確かだろうとヒットは考える。

 面倒なのに目をつけられたな、と辟易するヒットだったが。

「随分と騒がしいな。何事だ一体?」
「……チッ、ギルマスもう来たのかよ――」

 職員たちがあくせく働くカウンターの向こうから声が届く。振り返ると40代後半ぐらいの男の姿があった。奥には扉が見えている。そこから出てきたところなのだろう。そしてとなりには受付嬢のニャムの姿もあった。

「スパイクにゃん、また揉め事でも起こしているかにゃん?」

 すると、スパイクの姿を確認したニャムが眉をひそめた。ヒットと話しているときは調子の良いところはあったが終始明るく楽しそうであったが、スパイクに対しては嫌悪感しか感じられない。

 もしかしたら普段から厄介事を引き起こしているのかもしれない。

「ふん、獣臭い獣人の癖に生意気な口叩いてんじゃねぇぞくそ猫が」
「ムキー! なんて言い草にゃん!」
「おいスパイク。冒険者の規定で多種族への差別は禁止だ。罰を喰らいたいのか?」
「じょ、冗談だって。そんなに目くじらたてんなよ」

 ニャムに対して随分と失礼な発言をしたスパイクだが、ギルドマスターが睨みを利かすと途端にペコペコし始めた。わかりやすい男である。

「それで、一体何を揉めてたんだ?」
「この男がメリッサを」
「それはこの男の実力についてなのさ」
 
 ヒットが答えようとしたところにスパイクが遮るように言葉を重ねた。一体何を言い出す気だ? と眉をひそめる。

「実力って何を言ってるにゃん?」
「ふん、それはそこののらね、いや、受付嬢が大した査定もせず、この男を試験無しにするなんていいやがったから、納得がいかないってここにいる連中とも話していたんだよ」
「「「「「は?」」」」」

 周囲の冒険者が声を揃えた。当然だろう。さっきまでそんな話は一切しておらず、こんなのは寝耳に水みたいなものだ。
 
「何を馬鹿なことを言ってるにゃん。ヒットは実績を示したにゃん。ホブゴブリンやゴブリンシャーマンを倒したし、ゴブリンの群れに襲われていたメリッサも助けたにゃん」
「そうだな。俺がわざわざ下りてきたのもそれらの報告を聞いたからだ。報告どおりなら試験免除案件にあたるのは間違いないと思うが」
「だけどギルマス。こいつは倒したといっても魔道具に頼った可能性が高い。そんなたまたま持ってた道具に頼るような男、真に冒険者に相応しいと言えますかね?」
「魔導具はたとえとして言っただけだぞ」
「こう言ってるにゃん」
「いやいや、俺らは確かに聞いたぜなぁ?」
「あぁ、俺も聞いた」
「私もだ」

 スパイクの仲間は当然のように話を合わせてくるが。

「お前も聞いたよな?」
「え? いや俺は……」
「聞いたよな?」
「は、はい!」

 他の冒険者にも聞いて回るが、最初は抵抗がありそうだった冒険者たちもスパイクに睨まれると途端に話に同調した。
 
 どうやらギルド内でこのスパイクは悪い意味で立場が強いらしい。

「ほら見てください。こいつら全員聞いてますし、何よりこの男の試験免除に納得言ってないと」
「お前が言わせてるんじゃないのか?」
「はは、そんなそんな……」

 ギルドマスターはスパイクの嘘に気がついている様子でもあり、訝しげな目を彼に向けている。必死に取り繕うスパイクでもあるが。

「とにかく、全員納得してないんですよ」
「そうか。だがニャムの報告を聞く限り問題ないと思うがな」
「そいつはただこいつが持ってきた魔石や頭だけで判断してる。それじゃあ実力は判らない。だからギルマス。俺にやらせてくれ!」
「やる?」
「そうだ。俺が試験官となってこいつが冒険者として相応しいかテストしてやる」

 また妙な話になったなとヒットは嘆息する。どうやら試験官となることで半強制的にさっきの勝負を行うつもりなようだ。

「いいですよね? 試験官はCかD級の冒険者がやるもんだし、俺も何度かやったことある」
「駄目だな」
「は! な、なんでだよ!」

 ギルドマスターは即否定しスパイクは納得のいかない顔を見せ声を上げた。

「ヒットはホブゴブリンまで倒して証明部位まで持ってきているんだ。疑う余地がない。実績としては十分だ
「だからそれは魔道具で!」
「だから何だ? 戦闘では誰もが命がけだ。手持ちに使える道具があれば活用するのは当然だろう。むしろ使える道具があるにも関わらず、それに頼らず死ぬほうが愚かなことだ。道具の使用も含めた状況判断が大事で魔道具を使って倒すことに何ら問題がない。尤もこれは冒険者のあり方について言ってるだけで、ヒットが実力だと言っている以上その言葉を尊重するが」

 スパイクが悔しそうに歯噛みした。ギリギリという音が漏れ、蟀谷に血管が浮かび上がっている。

「俺は構わないぞ」

 だがそこで、ヒットが会話に参加した。ヒットの言葉に驚いたのはメリッサだ。それにギルドマスターも怪訝そうにしている。

「いいというのは?」
「試験のことさ。そこまで言うなら受けてもいい。納得いかない人が少しでもいるなら、そういった懸念は取っ払っておきたい」
「しかし、本当にいいのか?」

 ギルドマスターはスパイクをチラリと見た後で確認してくる。
 肝心のスパイクはしてやったりといった顔を見せていた。

「ギルマス、本人がこう言っているんだ。問題ないよな? 試験を始めようぜ」
「待つにゃん。ヒットが試験を望んだにしても、お前に試験官をさせると決まったわけじゃないにゃん」
「あん? だったらこの中で俺以外に適任がいるとでも言うのかよ!」

 スパイクが周囲に睨みを効かせながら言う。スパイクを恐れているのか異を唱えるものはいなかった。このギルドでスパイクが一番強いというわけでもないだろうが、今ここにいる中では一番の実力者なのかもしれない。もしくは他に理由があるか……。

「ヒット、スパイクはこう言っているがどうする?」
「問題ない。この中で一番納得してないのはこの男のようだからな」
「……わかった。本人が望む以上しかたないな。ならついてくるといい」
「へへ、いい度胸だぜ」

 そういった後スパイクがヒットに近寄り耳元でささやく」

「テメェが負けたらメリッサを素直に寄越せや」
「断る。これはあくまで試験だ。だが、俺に負けたら嫌がる女に無理やり迫るような恥ずかしい真似はやめることだな」
「俺が負ける? ざけんな。だったらテメェが二度と冒険者として活動できないようぶっ潰すだけだ!」
「おい、何してる。さっさといくぞ」
「フンッ」

 ギルドマスターが声を上げて促してきたのでスパイクが離れた。するとメリッサが心配そうな顔で近づいてくる。

「ヒット、こんなの受ける必要ないのにどうして?」
「俺は今この場で決着を付けておいた方がいいと思ったまでさ」

 あの男は間違いなくしつこい。ここで試験を受けなくても、ギルドを出たところで難癖をつけられる可能性が高い。

 それならば折角ギルドマスターまで来ているのだから、多くの人間が見ている場所で決着を付けたほうがいいと考えた。
 
 ギルドマスターや他の冒険者の目があるところで負けたら、それ以上のマネはし辛いだろう。一度負けておきながらそれでもしつこく絡むのは冒険者として、いや男として恥ずかしい行為だ。

 勿論、試験でヒットが敗れるという可能性もあったが、なぜかヒットにはその予感がなかった。

 この男に負けるというビジョンが浮かんでこなかったのである――
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