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第二章 サムジャともふもふ編

第23話 サムジャと聖女

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 俺は町中を駆け抜け教会に向かった。腕の中であの子犬がグッタリしている。このままではそう長く持たない。

 教会にたどり着き扉を開こうとしたが閉まっていた。よく見ると自由に入れる時間は夕方の四時までとなっていた。

 ただ特別な事情があれば個別対応も可能と表記がある。なら今がそれだ。
 
 俺は扉に備わったノッカーを使って教会に呼びかける。

「頼む! 誰か出てくれ! 至急な要件なんだ!」

 何度もノッカーで叩いているとガチャッと扉が開いた。

「一体何用かな?」
 
 顔を見せたのは教会の神父や神官が着るようなローブを纏った若い男性だった。俺を見た途端、訝しげに眉を顰めてきた。

 そういえば仕事終わりだから服も大分汚れてしまっていたかもしれない。冒険者は汚れるのが仕事みたいなものだが、教会の人間からの印象はよくないのだろうか?

 しかし孤児院にいたシスターは姿格好など気にせず接していたもんだがな。まぁ大きい街だとまた感覚が違うこともあるのかもだが。

「俺はシノという冒険者だ。実はこの子犬の怪我が酷くてこのままでは持たない。どうか助けて欲しい」

 時間がないから取り急ぎ要件だけを伝える。俺の腕の中でグッタリしている子犬を見れば危険な状態なのはわかるはずだ。

「……ふん、何事かと思えば。そんな犬捨て置けばいい。わざわざ教会の手をわずらわせるな」

 しかし、若い神官の言葉に俺は耳を疑った。こいつ、今この子を捨てろと言ったのか?

「馬鹿な事を言うな! 治療魔法を施せばまだ助かる命だぞ!」
「お前の方こそふざけたことを。教会の魔法を何だと思っているのだ。そんな犬畜生を助けるためのものではない!」

 何だこいつは? 全く話にならない。

「もういい。実はこの教会にいるセイラと知り合いなのだ。今いるなら会わせて欲しい」
「な、その名は聖女様のことか! 貴様のような小汚い冒険者風情が呼び捨てにしていい存在ではないのだぞ!」

 若い神官が怒鳴りだす。一体何だというのだ。しかし聖女と言ったな。つまり天職は聖女なのか? だとしたらますます会って話をしたいところだ。

 聖女の力があればこの子犬は助かるかも知れない。それから神官との押し問答が続いた。くそ時間が無いというのになんて話のわからない神官なんだ!

「しつこいぞ! 衛兵を呼ばれたいのか!」
「一体何事ですか?」
「あ、聖女様!」

 いよいよ男が衛兵の存在をちらつかせてきた時、彼の後ろから若い少女の声が差し込まれた。

 神官のおかげで姿が見えないが声には覚えがある。

「セイラがいるのか? 頼む! この犬を!」
「き、貴様! よりにもよって本人の前でまた聖女様を呼び捨てとは何たる無礼な! いいから消えろそんな小汚い野良犬がくたばろうが知ったことか!」
「何を馬鹿なことを!」

 俺がセイラに呼びかけると男が怒りを顕にしたが、それ以上に強い声が彼の背後から響き渡る。

 その後、男は彼女が怒った理由は犬を治療してくれと俺が頼んでいることにあると考えたようだが実際は違ったようだ。セイラが男を嗜める声が聞こえてきたかと思えば、どいてください、と口にし脇をすり抜けるようにして扉から飛び出してきた。

 だが俺も扉の近くに立っていたので勢い余って当たってしまう。そしてセイラが謝罪の言葉を述べながら俺を見上げてきた。

「おお、良かったやっと会えた」
「シノさん!」

 俺が再会を喜ぶと、彼女も驚き、そしてすぐにその目が俺の腕の中でグッタリしている子犬に向けられる。

「これは、酷いどうしてこんな!」
「あぁ、どうやら通り魔にやられたようなんだ」
「通り魔……今巷を騒がしているあの……なんてかわいそうに」

 セイラは心から心配していそうな慈愛の目を子犬に向けていた。やはり俺の思ったとおり彼女は心優しい少女のようだ。もう一人の男とは大違いだ。

「セイラ、実はこの子を治療できないかお願いしに来たんだが可能だろうか?」
「勿論、全力でやらせて頂きます!」
「な、何を言っているのですが聖女様! そのような汚らわしい犬に貴方のお力など、もったいない。第一何か病気を持っているのかも知れないのですよ!」
「黙りなさい。私は教会の人間として当然のことをしているまでです!」
 
 凛とした表情でセイラが答える。あの男もタジタジな様子だが。

「しかし、大神官様がいない時にそのような勝手な真似をされては」
「大神官?」
「この教会の責任者です」

 俺が問うように呟くとセイラが答えてくれた。その上で若い男を振り返り。

「問題ありません。何があれば私が責任を持ちます!」

 そう言い切った後、俺の腕の中にいる子犬に向けて手を翳す。

「ディアラーゼ!」

 おお、もうこの年でそれか。傷を癒やす魔法の基本はディアだ。これでもそれなりの効果はあるが、ディアラーゼはより強力な治療魔法。

 これならこの子犬も助かるかも知れない。事実、みるみるうちに傷が塞がっていき、出血も治まっていった。強い治療魔法なら失われた出血さえも魔法の効果で補われる。

「お願い間に合って――」

 だが、何より感心したのは子犬の治療に真剣に向き合うセイラの姿勢だ。相手が動物だからと軽視したりしない。もう一人の男とは大違いだ。

「――ワウ?」

 そして暫くして、子犬の目が開いた――助かったんだ。

「――良かったぁ。本当に良かった……」

 そしてセイラが、涙した。子犬が助かったのを見て感無量といったところか。この子犬はセイラにとっては何の関係もない犬だ。俺がたまたまセイラのことを記憶していて連れてきて無理を言って癒やして貰ったに過ぎない。

 だがそんな子犬でも必死に命と向き合い、涙さえ流すセイラに好感を覚えた。

――ペロペロ。

「キャハッ、くすぐったいよ」
「アン! アン!」

 子犬はどうやらセイラに治してもらったことがわかってるようだ。甘えるように舌で顔をなめていた。

「こいつ! セイラ様いけません。そのような薄汚れた犬など、病気でも伝染されては大変です」
「問題ありません。貴方は少し黙っていてください」
「なッ!?」

 男の目が見開かれた。しかしセイラも可愛い顔して中々言うな。

「うふふ、可愛いな。あ、でもね。君が助かったのはこの御方の力も大きいんだよ?」

 そしてセイラが子犬を持ち上げて俺に向けてきた。舌を出してハッハッハ、という息遣いで俺を見てくる。尻尾がブンブンっと左右に揺れていた。

「アンッ!」
「お、おいおい」

 かと思えばセイラの手から離れて俺の顔に飛びついてきた。そして俺の顔もペロペロと舐めてくる。

「ふふ、シノさんが助けてくれたのもわかってるみたい。凄く懐いているよ」
「う~む」

 子犬はそのまま俺の首の後に回り頭の上に体を預けてきた。

「クゥ~ン」

 そのまま頭を撫でてやったら甘えた声で鳴いてくる。可愛らしい犬だ。

「あの、その子これからどうされるのですか?」

 俺と子犬のやり取りを見ていたセイラが尋ねてきた。そういえば、その先のことまで考えていなかったな。この子の飼い主はもういないわけだし。

「そのような事、聖女様が心配されることではありませんよ」
「だけど――」
「それに、こんなところを大神官様に見られは大変です。お前も要件が済んだならその汚らわしい犬を連れて消えろ! 大神官が戻る前にな!」
「私がどうかしたかな?」

 その時、力強いハッキリとした声が男の背後から届く。対面にいた俺の目には近づいてくる人物が見えた。

 灰色の髪を肩まで伸ばした初老の男性だった。ゆったりとした青色のローブを纏っていて背丈程ある杖を手にしていた。

 そしてセイラをジロリと見やりその口を開く。

「ふむ、セイラ。何故お前がそんなところにいる?」
「大神官様――」
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