buddy ~絆の物語~

AYANO

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番外編

隼斗の試練

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これは、隼斗と芽衣が入籍して2週間後の話。

12月25日のクリスマスに入籍し、年が明けた1月。
「長瀬さん、来週、病棟の新年会行く?」
「あ、新年会ですか?行きますよ」

ナースステーションの後ろにある薬剤室で、2つ年上の先輩看護師に尋ねられた芽衣は、点滴を準備しながら答えた。
「何かあるんですか?」
「んーん。ただの確認」
「............?」

新年会への出欠確認はとっくに終わっているのに、なぜそんなことを聞くのだろう?と疑問に思ったが、それ以上気にすることはしなかった。

その夜。
「隼斗くん、来週の水曜日なんだけど、病棟の新年会があるから帰りが遅くなると思うの」
「新年会?」
「そう。去年は夜勤で参加できなかったから、今年は参加しようと思って」
「ん、わかった」

buddyはいま、デビュー10周年記念ツアーの準備で忙しく、それと並行して他の仕事も抱えているので、疲れ切っていて言葉数も少なくなっていた。
年末の生放送の音楽番組に出演したことがきっかけで、そのあとも次々にオファーがあり、今後もいくつかの番組に出演する予定になっていた。

「それでね、その日に病棟のスタッフに結婚したことを報告しようと思っているんだけど、いいかな?」
ソファに座りクッションを抱えた芽衣に尋ねられて、隼斗は(可愛いかよ!)と思いながらも、その感情を押し殺して答える。
「同じ職場なら、話しておく方がいいだろ。お前がやりやすいようにしたらいいよ」
「ありがと。でも、隼斗くんのことは黙ってるね。隠す必要はないかもしれないけど、看護師って女性が多いでしょ?いろいろとね......」
「まぁ、それは任せるよ。話したければ話してもいいし」

隼斗は口では余裕ぶってそんなことを言ったが、内心は心配で不安でしょうがなかった。
あの、プロポーズをした日に芽衣に声を掛けてきた同僚の男。
隼斗は一目見てわかった。あいつが芽衣に好意を寄せていることが。
芽衣の手を引っ張っていくときに、視界の端に見えたあの男の目は、確かに隼斗を睨みつけていた。

今回の新年会は病棟の新年会だと言っていた。
芽衣は産婦人科の病棟にいるため、配属されている看護師は全て女性だ。
だから、新年会にあの男が来ることはないだろう、隼斗は不安な気持ちを払拭するように自分に言い聞かせた。

新年会当日。
大学病院から歩いて15分ほどの割烹料理店の大広間で、30名近く集まって病棟の新年会が開かれた。
この日は看護師だけでなく、産婦人科の先生方もいるのだが、そこになぜか市木も呼ばれていた。
市木は現在、小児科の研修医のはずが、誰が声を掛けたのか、楽しげに参加している。

大広間には、長いテーブルが2列に分けて置かれており、先生方と病棟の師長は前の方に固まって座っていた。
あとは個人個人自由に座っているのだが、なぜか芽衣の隣には市木がいた。

「ちょっと、市木先生。なんでここに座ってるの?」
「やだな芽衣ちゃん。僕と君の仲じゃないか」
「わたし、他の看護師に睨まれたくないんだけど?」
「そんなことよりもさ、早く言っちゃいなよ!」
「......なにをよ?」
芽衣はわかっているくせに、あえて市木にそんなことを言った。
それを感じ取った市木も、芽衣に近づいて耳元で囁く。

「わたしは番犬くんと結婚しましたって、言わないの?」
「ぐぅ........っ、い、言うよちゃんとっ。でも、もう少ししてからの方がいいかなって......」
「芽衣ちゃんさ、そんなこと言っている間にも、君を狙っている男がいるんだからさ、早くはっきりさせた方がいいよ」
「..........はぁ?そんな人どこに.......」
「長瀬さん、市木先生、飲んでますか?」

傍から見れば寄り添っているように見える2人に声を掛けてきたのは、芽衣の同期の山下だった。
山下はNICUの看護師で、そのつながりで今回新年会に参加していた。

「あ......山下くん、お疲れ。飲んでるよ」
「やあ、お疲れさま」
芽衣と市木は、向かい側に座ってきた山下に対して自然に振舞う。
「前から思っていたんですけど、市木先生、長瀬さんと仲いいですね」
「そう?まあ、同じ大学で共通の友人がいるから、他の人よりは仲が良いかもね」
「それに、長瀬さんには彼氏がいるみたいですよ?」
「ああ、知ってるよ。君よりずっと」

山下は、市木が芽衣に言い寄っていると思っているらしく、手助けのつもりで声を掛けた。しかしそこに、自分の下心が全くないとも言えなかった。
すると今度は、同じ病棟のあの先輩看護師が、市木と芽衣の向かい側、山下の隣に座りながら声を掛けてきた。
「長瀬さん、そんな薄情な男とまだ付き合ってるの?」
「え........?薄情?」
「だって、ここ数年誕生日の日を一緒に過ごしていないって言ってたじゃない。1度ならまだしも、立て続けにそれってどうなの?この間のクリスマスも彼氏さん仕事でいなかったんでしょ?余計なお世話かもしれないけど、ちょっと薄情すぎるんじゃない?」
先輩にそこまで言われて、芽衣はすぐに言葉が出てこなかった。

確かにここ数年、芽衣の誕生日の時期はbuddyが全国ツアーで地方にいることが多く、誕生日当日は一緒に過ごせていない。
でも隼斗は、その前後には必ず2人で過ごす時間を作ってお祝いしてくれたし、プレゼントも準備してくれた。
だから、そのことについて不満を持ったことは1度もない。
この間のクリスマスも、2人で役所に婚姻届けを提出した後、隼斗は仕事に行ってしまった。
年末年始が忙しいのはわかっていたから、芽衣はそれも気にしていない。

「先輩、確かに彼の仕事の都合でそういうことが続いてますが、わたしは別にそれを不満とも薄情とも思っていません」
「それって、ホントに仕事の都合.......?」
「え.......」
山下が芽衣の目を射るように見つめながら、尋ねる。
その間市木は、スマホを触って話に入ろうとしない。

「山下くん、何が言いたいの?」
「だって.......先輩の言う通り、彼女の誕生日もクリスマスも放っとくなんて......他に女の人がいるんじゃないかって思うよ......」
「!!」
芽衣はそう言われた瞬間、頭に血が上った。
なんで、何も知りもしない人たちに、ここまで言われるんだと。腹が立って、腹が立ってしょうがなかった。

でも、本をただせば、自分が安易にプライベートをしゃべりすぎたことと、結婚したことを報告していないことが原因だ。
それに気づいた芽衣は、言うなら今しかないと思い、隼斗と結婚したことを報告しようとした。その時、
「あっ!、ちょっと待ってて!」
なぜか市木が芽衣の報告を止め、どこかへ行こうとする。

「ちょっと⁉いまからわたし大事な......」
「うん、わかってる。その前にトイレに行かせて」
そう言って市木は顔の前で右手でゴメンとジェスチャーすると、広間を出て行ってしまった。

「長瀬さん、市木先生のこと市木くんって呼んでいるんだね。市木先生も、長瀬さんのこと芽衣ちゃんって......大事な話ってまさか......」
山下が勘違いしていることに気づいた芽衣は、院内に敵を作りたくなかったので、必死に否定する。
「違う違うっ!市木...先生とはそんなんじゃないからっ!」
「でもさ、名前に「ちゃん」付けなんて、よっぽど親しくないと......ねぇ?」
先輩までも一緒になって、そんなことを言う。
市木が女の子を「ちゃん」付けで呼ぶのなんて、自分だけじゃない。明日香も深尋も美里もいる。葉月は1つ年上なので「さん」だが。
しかしそんなこと言えない。
芽衣は2人に対して歯痒さを感じながら、市木が帰ってくるのを待つしかなかった。

3人の話を聞いていた周りの看護師も、芽衣を訝しむような目で見ている。
市木が芽衣の隣に座っていた時点で、みんな気にしていたのだ。

芽衣が市木との仲を疑われてあわあわしていると、広間の襖が開き、市木が入ってくる。するとそこから「芽衣ちゃん!ちょっと来て!」と手招きされ、芽衣を呼び出した。
これには看護師だけでなく、病棟の師長や産婦人科医の先生も反応する。
芽衣も、市木の行動に慌てて駆け寄り、どういうつもりなのか問いただそうとしたその時、市木に引っ張られて大広間に入ってきたのは、帽子もメガネもマスクも何もしていない隼斗だった。

「おいっ!市木......!」
「.......隼斗くん!」

突然、市木が連れてきた客に広間にいた全員が固まるが、隼斗の顔を認識した瞬間、
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「藤堂隼斗だーーーー!」
「カッコイイーーーー!」
と、あっという間にその場が湧いてしまった。
隼斗と芽衣は、2人で顔を見合わせると、何が始まるのかわからないといった顔で戸惑っていた。

「はいはい、みなさんお静かに~!僕の心の友と書いて心友の番犬......じゃなくて、隼斗くんからみなさんに報告がございま~す」
市木はそう明るく宣言すると、隼斗に両手を差し出してその続きを言えと促す。隼斗は、ここまでされて逃げるわけにはいかないと、意を決して口を開いた。

「え......と、初めまして。buddyというグループの藤堂隼斗と言います。市木とは高校の時からの腐れ縁で、いまは......まあ、友人です。あと......先月12月25日のクリスマスに、大学の時から付き合っていた、ここにいる長瀬芽衣さんと入籍しました。俺は人とは違う仕事で、苦労を掛けることがあると思いますが、一生大事にすると約束したので、みなさんもどうか、これからも妻のことをよろしくお願いいたします」
隼斗は胸を張ってそう挨拶すると、ペコっとお辞儀をした。
しかしその顔は耳まで真っ赤で、隼斗が勇気を振り絞って宣言したのだと一目でわかった。

それを見て芽衣は両手で口元を覆い、目には涙を浮かべている。それに隼斗が気づくと「泣くなよ」と言って親指の腹で涙を拭った。
その行動にまた「きゃぁぁぁぁっ」と歓声が上がる。

それから隼斗と芽衣は、病棟師長と先生方がいるところへ挨拶に行った。もちろん、この騒ぎを起こした市木も引きずって。

「長瀬さんの結婚報告は聞いてたけど、相手がまさかこんな有名人とはね」
芽衣は、上司である師長にだけは報告をしていた。それでも、直接紹介するとなると、恥ずかしいものがある。
「そのbuddyってグループ、もしかして以前入院していた崎元さんのご主人と同じグループなのかな?」
市木のかつての指導医の先生が、隼斗に聞いてきた。
「あ、はい、そうです。メンバー全員、幼馴染で......」
「なるほどね。それで市木先生とも仲が良いんだね」
「まあ......」
「ちょっと番犬くんっ!そこは心友ですって言ってよ!」
「おまっ......!ここで番犬呼びはヤメロ!」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃ~ん」
「~~~~~っ!」

そのあと、指導医の先生になぜ「番犬」なのか聞かれた隼斗は、仕返しとばかりに、市木が明日香に振られた過去を盛大にバラしてスッキリした。

そのあと隼斗は帰ろうとしたが、市木が「いいから、いいから~」と言って、無理やり市木と芽衣が座っていた場所に連れてきた。
そこには、気まずい顔をした山下と先輩がいる。
「え~っと、山下...くんだっけ?さっき、芽衣ちゃんの旦那さんのこと、何て言ったっけ~?」
市木は、山下が芽衣を狙っていることを知っていて、わざとそんなことを聞いてきた。
「................っ」
「市木くん、もういいよ」
芽衣は市木を窘めるが、市木はそれを良しとしない。

「芽衣ちゃんは良くても、俺は良くないよ。番犬くんは俺にとっても大切な心友だからね」
「.......市木、なんか怒ってるのか?」
隼斗は、いつもと違う様子の市木にそっと聞いてみる。
「そうだね。番犬くんのことを悪く言われたら、気分悪いよね」
「お前......僚と明日香以外のことでも怒るんだな」
こんな状況なのに、隼斗はなぜか笑いながら市木の顔を見ている。

「当たり前だろ?俺は、葉山も明日香ちゃんも、番犬くんも、深尋ちゃんも竣くんもまこっちゃんも、みんな大切な友達なんだよっ」
「ははっ、わかった、わかった。ありがとな」
そう言って隼斗が笑顔を見せると、またあちこちから「きゃぁぁぁぁっ!」と黄色い声が聞こえてきた。

市木は今日の新年会に山下が参加するのを知って、隼斗に連絡していた。芽衣は山下のことをなんとも思っていないので、いちいち山下が参加することを隼斗に言わないだろうと思ったからだ。

そして芽衣のそばで隼斗の代わりに番犬をしていたら、案の定、なかなか芽衣の隣を空けない市木にしびれを切らして、芽衣に接触してきた。それも、芽衣と山下をくっつけようとしている先輩までも加わって。

そこで市木から連絡を貰った隼斗が、新年会を行っている割烹料理店まで芽衣を迎えに来た。
そう、隼斗はあくまでも芽衣を迎えに来たのであって、こんな風に芽衣の職場の人の前に姿を見せるつもりはなかったのだ。
これに関しては、市木にまんまと騙された。

(まあでも、こいつのおかげで堂々と結婚報告できたし、なんか俺のために怒っているし、許してやるか)
結局隼斗も、僚と同じで市木のことをなんだかんだと認めていた。

その隼斗と市木の様子を見ていた山下が、芽衣にぼそぼそと話しかけてきた。
「長瀬さん、さっきは失礼なことを言ってごめん」
「わたしも、お節介が過ぎたわ。ごめんなさい」
山下と先輩が2人で芽衣に謝罪する。
普段明るく、誰にでも気さくな市木が怒りを露わにしたので、さすがにまずいと思ったのだろう。
「あっ、わたしも、結婚のこと隠してたから、気にしないで」
「それは......相手が有名人だったら、隠さざるを得ないでしょう」
「ははは......」
3人の間に微妙な空気が流れる。

その空気の中、山下が芽衣に尋ねてきた。
「前にさ、仕事帰りに病院の前から長瀬さんを連れて行ったのも、彼だったんだね」
「あーーうん。まさかいるとは思わなかったから、びっくりしたけど......」
隼斗にとっては恥ずかしいプロポーズだが、芽衣にとってはいろんな意味で思い出深いプロポーズをしてもらった日だ。
だから、あの日のことはよく覚えていた。
その芽衣の顔を見て、山下はかなわないなと諦めの気持ちになる。

「長瀬さん、幸せそうな顔してるね」
「......うん。ありがと......」
「おっ、山下くん。やっと芽衣ちゃんのこと諦めるの?」
せっかくいい感じでまとまりそうだったのに、ここでまた市木がぶち壊しに来る。
「市木先生.......」
山下が、もうそれ以上抉らないでくれとばかりに困った顔をしていると、隼斗は向かい側に座る山下に見せつけるように芽衣の肩を抱き寄せ、
「悪いけど、芽衣は俺のだから」
と、マウントを取る。
その瞬間、大広間にはその日一番大きな黄色い声が響き渡った。


その新年会から数日後。
今度は、出産直後の美里以外のいつものメンバー10人で新年会をしていた。

「悪いけど、芽衣は俺のだから。って、番犬くんかっこいいこと言っちゃってさ~。見ているこっちが恥ずかしかったよ~」
「もうしゃべるな市木っ!」
隼斗は、あの日のことを市木にバラされて顔が真っ赤だ。

「やーだー隼斗。芽衣ちゃんのこと大好き過ぎじゃなーい?」
「お前、ちゃんと嫉妬するんだな」
「姉としては、なんか恥ずかしい......」
「隼斗くん、かっこいい!」
「シスコン卒業おめでとう」
普段、人前で芽衣に対して愛情表現スキンシップをすることのなかった隼斗が山下に言った一言は、ここにいるメンバーだけでなく、芽衣の勤める病院でも、看護師の間で話題になっていた。

「うぅっ.......こんなの柄じゃないのにっ」
身体の大きい隼斗が、両手で顔を隠し小さくなってしまった。
それを見た芽衣は(可愛い!)とキュンキュンする。
普段から愛情表現をする隼斗であれば、こんな姿を見ることが出来ないので、この可愛い隼斗を見れるなら、いままで通りでいいと芽衣は思った。

「隼斗くんは、そのままでいいからね」
「芽衣はそれでいいのか?」
「うん、もちろん。隼斗くんをこんな風にするのは、わたしだけの特権でしょ?」
そう言いながら笑う芽衣の笑顔を見て、隼斗は「こいつには一生かなわない」と覚悟した。
「......わかった。でも、できるだけ.....伝えられるように頑張るよ......」

恋愛、愛情表現下手な隼斗の試練は、結婚後であってもまだまだ続くようだ。



~完~



※※あとがき※※
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
本編ではなかなか書ききれなかった、隼斗と芽衣の物語を書けて良かったです。
始まりこそ盛大にすれ違っていた2人ですが、不器用な隼斗を優しく受け止める芽衣というこのカップルは、とてもお似合いだと思います。
そしてここでも活躍する市木くん(笑)ほんと、憎めない男です。

さて、これで本当に全完結となります。
最後まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。

主人公が6人にその周りの人々と、なんとも登場人物の多い作品で、しかも100ページ以上の超長編(汗) 読者のみなさんを疲れさせてしまったかと思いますが、最後まで書けたのは毎日読んでくださる方々がいたおかげです。
本当にありがとうございました。

今後も皆さまが素敵な作品に出会えますように!
それでは、また!

  AYANO
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