buddy ~絆の物語~

AYANO

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番外編

市木颯太という男

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市木くんについて深堀しました。高校1年生④をご覧になった後、読むのをおススメします。
__________________________________________


~~出会い~~

僚が「市木颯太」の名前を初めて目にしたのは、中学に入学して初めて行われた、中間テストの成績発表が貼り出された時だった。
一番上にある名前、それが「市木颯太」だった。

その後も、テストのたびに「市木颯太」の名前は一番上にあり、顔は知らなくても、名前は知っている、そんな認識だった。

「いってー......派手に擦りむいたな.....」
放課後、サッカー部に付き合いで入部した僚は、1年生だけの紅白戦で思いっきり膝を擦りむいてしまった。
水で砂は洗い流したが、血が滲んでいる状態だったので、保健室で消毒しようと1人で向かっていた。
ガラッ、保険医もいないだろうからとなんの合図もせずに引き戸を開けると、ベッドの上に男が座り、その上に女が跨がっているのが見えた。

「きゃあっ!」
僚が入ってきた瞬間、女が叫び声をあげる。そして、僚の姿を確認すると、制服の襟元を握り、バタバタと駆け足で出て行った。
僚は、残された男と目が合う。
(こいつら、何してたんだ......?)
考えなくともわかる。中学1年にもなれば、それくらいの知識はある。
「あ~あ、せっかくいいところだったのに.....」
僚が入り口で動けないでいると、男は言い訳をするどころか、残念そうに言い放つ。

それに対して、何を言えばいいのかわからなかったので、僚はとりあえず、自分のすべきことをして、さっさと戻ろうと思った。
すると突然、男に声を掛けられる。
「ねえ、同じ1年だよね?名前なんて言うの?」
お互い初対面なはずなのに、馴れ馴れしくしてくるこの男に、僚は少し苛立った。

「俺の名前が知りたかったら、自分から先に名乗るのが礼儀だろ」
「あっはっは~!そうだよねぇ~、みんな俺のこと知ってると思って、つい省略しちゃった~」
そういう風に笑う男を見て、どこまで傲慢な奴なんだと一瞬で嫌いになる。こいつとは絶対に友達になれないと。
「俺はね~市木颯太。よろしくね~」
その名前を聞いて、消毒液に手を伸ばそうとしていた僚の手が止まる。

「市木.....颯太.....?」
「そうっ、ところで君のお名前は~?」
(まさかこんな軽そうな奴が、常に一番上に名前がある「市木颯太」?)
僚は、信じられないという顔で、市木を睨む。しかし、市木はそんなこと気にしていない様子で、再度僚に聞き返す。
「ねぇ~、俺の名前教えたんだから、教えてよ~」
甘えたような声で言ってくる市木に、僚は、
「同じ1年の、葉山僚」
と、一言だけ言って、膝の消毒をし始める。
「ふぅ~ん....葉山かぁ....よろしくね~」

それが、僚と市木の最初の出会いだった。

~~親友?~~

翌日の昼休み。教室でクラスメイトと昼食を食べていると、
「あっ!いたいたっ、葉山ぁ~!」
廊下から市木が僚に向かって手を振っている。
「!!」
「葉山、このクラスだったんだ、探したよ~」
昨日、保健室で最悪な出会いをしたのに、市木はそんなことすっかり忘れて、何もなかったかのように、僚に話しかけてくる。
「お前、なんで......」
「なんでって、友達に会いに来たらダメなのか?」
「.......はぁ⁉」

市木のその発言で、僚だけでなく周りにいたクラスメイトも驚いている。
僚は市木の名前は知ってても、顔は知らなかったし、クラスメイトたちも、僚が市木と一緒にいるところを見たことがなかったからだ。
「そんなに驚くことか?お互いに自己紹介したら、それすなわち友達。当たり前だろ?」
いや、それって当たり前なのか?いや、聞いたことないぞ.....僚は、突拍子もないことを言う市木に、昨日から振り回されっぱなしだった。

すると、僚とクラスメイトの間に、どこからか持ってきた椅子を置いて、僚の隣に座る。そして、僚の顔をまじまじと見て、
「いやぁ、やっぱり葉山ってめっちゃイケメンだな。俺、一目ぼれしちゃったんだよね~」
ザワッ、市木のその一言で、クラスがざわめく。
「お前、なに言って.....」
「あ、もちろん一番好きなのは女の子だけど、でも葉山の顔は、男も虜になっちゃうよね~」
ゾワッ、今度は僚の全身に鳥肌が立った。
その日を境に、僚は市木から猛烈アピールをされるようになった。

市木はもともと目鼻立ちがハッキリしているタイプで、中学2年に上がると、身長が格段に伸びたこともあり、同じ学校だけではなく、別の学校や、噂では女子高校生まで相手をしていると言われていた。
そして、中学2年になっても、相変わらず僚の周りにいることが多く、周囲からはすっかり「親友」と見られていた。
なによりも、この2人が目立ち過ぎていたことも、要因かもしれない。

「葉山、また女の子振ったの?これで何人目?」
「別に、関係ないだろ」
「やっぱり、俺のことが好きすぎて.......」
「くだらないこと言うんだったら、自分のクラスに帰れ」
昼休みに、憎まれ口を言いながらも、相変わらず2人でご飯を食べている。
僚も、すっかりそれに慣れてしまっていた。

最初はなんて傲慢な奴だと思っていたが、実は結構人のことを見ていて、よく気が付く男だった。それは、女の子に対してもそうだが、男に対しても同じだった。だからみんな、市木がいろんな女の子と遊んでいても、なんとなくそれを許していたし、「市木だからしょうがないか」という認識が生まれていった。所謂、天性の人タラシなんだろうと、後々気づいた。
そして僚も、その人タラシに惑わされた一人だった。

でも、そんな市木にも、誰にも言えない秘密があった。

中学2年の3学期。期末テストも終わり、春休みが迫ってきていた頃。
その日はめずらしく、市木が昼休みに現れなかった。
ご飯を食べ終わって、市木のクラスを覗くと、学校には来ているらしい。
市木と絡むようになって、こんなことは初めてだったので、僚はどこに行ったのか気になってしょうがなかった。

当てもなく廊下を歩いていると、理事長室からスーツを着た、いかにも厳格そうな男の人と、市木が出てくるのが見えた。
「あ.....市木.....」
僚が声を掛けると、市木の表情は暗く、いつもの明るさなど少しも感じられなかった。
「颯太、知り合いか」
男性にそう聞かれた市木は、
「親友です」
と、その暗い表情とは裏腹に、はっきりと答えた。

「フン、そうか。しかし、ちゃんと友達は選びなさい。お前の将来に傷をつけられたらかなわんからな」
そう言い捨てると、男性は僚を無視して行ってしまった。
市木の両手は、爪の跡が残るくらい強く握られていた。

~~市木家の人々~~

その日の放課後、僚と市木は、肌寒いのにも関わらず、学校近くの公園のベンチに座っていた。
「ごめんな葉山。あのおっさんが、ひどいこと言って.....」
あのおっさんとは、理事長室の前で市木に、友達は選べと言った人かと、僚はすぐに分かった。
「あの人って、市木のお父さん?」
「はっ、あまり考えたくないけど、生物学的には一応そうらしいな」

父親に関する話しぶりから、その関係は良好ではないらしい。
いつもふざけていて、それでいて他人を気遣うことのできる市木を見ていた僚は、どれが本当の市木なのかわからなくなった。
「あのさ、もし俺がお前と友達付き合いをして、お前に迷惑が掛かるようなら......」
僚は、市木の父親に言われたことを思い出し、これ以上の友達付き合いを控えようと思いそれを口にすると、途中で市木に遮られた。
「葉山、これ以上言うな。自分の友達は自分で決める。あいつの言う通りになんかしない」
僚の目を見て、力強く断言する。
そして市木は、自分の家について僚に話し始めた。

「俺の家っていうか、あいつはさ、そこそこ大きい総合病院の院長で、一番上の兄貴もそこの医者なんだ。まあ、所謂医者一家だな。そこまではよくある話だけど、院長ともなるとさ、政治?とか利権?みたいなものも絡んできて、兄貴は医者になった途端、知らん女と結婚させられてた。政略結婚だな。そしてそのすぐ下の姉ちゃんも、付き合っている男がいたのに別れさせられて、別の男と結婚させられたんだ」
市木の口から語られるのは、まるでどっかのドラマの話のようで、現実味がない。それでも市木の話は続く。

「まあ俺も、小さい頃から医者になるための勉強をずっとされてきたんだよ。別に、それはいいんだ。医者っていう仕事に興味はあったし、今でもなりたいと思ってる。だけど、あいつの言う通りに動く駒にだけはなりたくないんだ。兄貴や姉ちゃんみたいに、好きでもない人と結婚させられて、道具のように使われたくない」
そこまで話すと、市木はハァ....と息をつく。
「俺は遅くにできた子供だから、兄貴や姉ちゃんと仲良く過ごした記憶がないんだ。ほとんど一人っ子のような扱いだった。でも、中学に上がる時、姉ちゃんに言われたんだ」

『颯太、あなたは兄さんや私のようになる必要はないのよ。家の道具にされるのではなく、自分の幸せは自分で掴みなさい』

「父親も、母親ですら、子供のことを道具としてしか見ていないのに、唯一姉ちゃんだけが、俺のことを考えていてくれたんだ。だから、俺は医者にはなるけど、友達は好きな友達を選ぶし、結婚する時は好きな女と結婚する。だから、葉山と友達をやめるつもりはない」
市木は僚の目を見て、きっぱりと言い切った。

「わかった。もう言わないよ」
フッと僚が笑って答えると、
「俺に愛の告白されて、嬉しかった?」
と、またふざけたことを言う。
「お前はしつこいからな。俺がイヤだって言っても、どうせ付き纏うんだろ」
「もう、葉山ってホント、ツンデレがひどいよね」
「そういうことにしといてやるよ」
僚は、このふざけた市木も、自分の家族のことを話している時の市木も、どっちも本当の市木なんだと思うようにした。

市木が女の子をとっかえひっかえするのも、寂しさを紛らわせるためというよりは、自分の家や親に対する当てつけの意味もあったのかもしれない。
好きでもない人と政略結婚させられた兄や姉と、同じ轍は踏まないという意思表示の意味もあったのだろう。
だから、誰に言い寄られてもすぐ答えるし、逆に離れていっても、追いかけることはしなかった。

また、市木の親は定期的に学校に寄付しており、あの日理事長室から出てきたのも、そういうことだったと聞かされた。学校を巻き込んでも子供を道具にしようとする親に対して、反抗するのもわかるなと、僚は初めて市木に同情した。

まさかこの市木とライバルになるだなんて、この時は想像もしていなかった。
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