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大学生編
78. 不安な日々
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沖縄から帰ってきた2日後。
元木から言われていた通り、新曲のレコーディングが始まった。
12月に発売される新曲は、冬の切ないラブソングで、1人1人にしっかりソロパートがあるミディアムナンバーとなっていた。
そのため、ソロの部分のレコーディングに多く時間を費やし、今まで以上に力の入った曲に仕上がっていた。
それと同時に新曲の振り付けの練習など、8月の夏休み中はほとんど仕事に追われていた。
9月1日。GEMSTONEから、buddyについて新しい情報が公開された。
それは先日沖縄で撮られた、6人が波打ち際で海を向いて並んでいるバックショットだ。しかも今度は、シルエットではない。あの白を基調とした衣装を身にまとった6人の後ろ姿だった。
そして、6人を公表するその手段も発表された。
それは、12月1日にファンクラブ会員限定で、その日限りのお披露目を兼ねたライブをするというものだった。
ファンクラブの会員以外にも、メディア関係者、マスコミ関係者も入れるライブになるという。
その日からファンクラブサイトでは、観覧抽選の応募が始まり、ファンクラブ会員は歓喜した。誰もがいち早く、その姿と生の歌を聞きたいと思ったからだ。
その写真と、ライブの情報が公開されると、また世間の話題の中心になっていった。
「隼斗くん、この写真すっごくかっこいいね」
9月に入り、夏休みもあとわずかという頃、病院でのインターンが終わり、久しぶりに隼斗と時間を合わせることが出来た芽衣が、隼斗の部屋に遊びに来ていた。
「そう、良く撮れてるよなその写真」
芽衣が手に持っているスマホを覗きながら、隼斗が芽衣の隣に座る。
「いいなぁ....私も行きたかったな....沖縄」
芽衣がポツリと呟く。
「次は必ず、一緒に行こうな」
「うん。沖縄じゃなくてもいいから、ゆっくり旅行したい。2人で....」
そう言うと、2人は見つめ合ってキスをする。そして唇が離れると、おでこをくっつけたまま隼斗が囁く。
「.......今日、泊ってく?」
「いいの?」
「明日は午後からだし、いいよ」
「うれしいっ」
芽衣は隼斗の首に腕を回して喜ぶ。隼斗も芽衣の体を抱き締めて、久しぶりに2人だけの夜を過ごした。
翌日。隼斗は芽衣を駅まで送った後、その足でGEMSTONEへと向かった。
隼斗と別れた芽衣が駅のホームで電車を待っていると、スマホに着信が入る。画面を見ると、それは美里からだった。
「もしもし、美里ちゃん?」
『あ、あの.....芽衣ちゃん。いま大丈夫?』
「いま駅にいるから、電車来るまでは大丈夫だよ。どうしたの?」
『あのね.....ちょっと相談があるんだけど、いまから会えないかな.....?』
美里にそう言われた芽衣は、少し考えて、
「いいよ。待ち合わせしようか」
そう言って、2人で待ち合わせをすることになった。
美里と芽衣は、同じ高校の同級生だったが、同じクラスになったことはなく、芽衣は隼斗と付き合ったことで美里と仲良くなった。
2人が待ち合わせしたのは、その高校にほど近い場所にあるカフェだった。
芽衣が店に入ると、奥の窓際の席に美里が座っていた。
「美里ちゃん、お待たせ」
芽衣が声を掛けると、それに気づいた美里がパッと顔を上げる。しかし、その顔はなぜか暗い。
「芽衣ちゃん、急に呼び出してごめんね......」
今にも泣きそうな美里に、声を掛ける。
「どうしたの.....?大丈夫?」
何があったかすぐにでも聞きたいが、店員がオーダーを取りに来たので、適当なものを注文し、改めて美里に向き合う。
「崎元くんと何かあった?」
芽衣は、美里がわざわざ自分を呼び出すのは、おおかた誠がらみだろうと思い聞いてみた。すると、美里が小さな声でぼそぼそっと何か言っている。
「........ないの.......」
「え?.........何が?」
あまりにも声が小さく、もう一度聞き返す。
「........生理が.....こないの.....」
美里の口からそう言われた瞬間、芽衣は目を見開いて美里を見る。
「え......というか、どれくらい......?」
「..........2週間」
それを聞いて芽衣は、正直、判断するには早すぎると思った。
個人差はあるものの、生理周期が不規則な人であれば、それくらいの遅れはよくあることだし、規則的な人でも、何らかの要因で遅れることはままあるからだ。
それでも芽衣は、確かめずにはいられなかった。
「美里ちゃん、その......避妊はしてるんだよね......」
芽衣は、小声で美里に聞いてみる。
「うん......」
それを聞いて、少し安心する。
「そしたら、もう少し様子を見て.......」
「だけどっ、わたし今まで、遅れることなんてなかったの。それが、2週間も遅れてて、不安で......それに、避妊しても100%じゃないって読んで......」
同じ女として、美里の不安は痛い程わかる。
だけどこれは、美里一人で抱える問題ではない。誠と美里、2人で向き合うべき問題なのだ。
「美里ちゃん、崎元くんには言ったの?」
美里に尋ねると、ふるふると首を横に振る。
(それもそうか.....そうじゃなければ、わたしに相談なんかしないよね)
芽衣が1人で納得していると、美里が震える声で話し出す。
「誠くんたち、いまものすごく忙しくて、あまり会えていないのと、もし本当にできていたらわたし......誠くんたちの....邪魔になるかもって......そう考えると、怖くて言えなくて......どうしたらいいの......?」
言いながら美里は、ポロポロと涙を流す。
buddyはいま、12月1日に向けての準備や対応に追われていた。新曲のレコーディングが終わったと思ったら、今度はMVの撮影があったり、ライブの準備と並行して、年末には様々な音楽番組からのオファーがあり、そのための振り付けの見直しを行ったりと、その日が近づくにつれ、多忙になっていた。
それをそばでずっと見ている美里だから、誠に言えずにいた。
しかし芽衣は、看護師を目指す者として、なにより、同じ女として、はっきりと美里に告げる。
「美里ちゃんが、崎元くんたちのことを考えて、そういう風に思う気持ちは十分わかる。わたしも、もし自分がそうなったら、美里ちゃんと同じ気持ちになるかもしれない。でもね、これは美里ちゃんだけの問題じゃなく、美里ちゃんと崎元くん2人の問題だよ。だからまずは、1度妊娠検査薬で検査して、どちらの結果になったとしても、崎元くんにちゃんと言うの。こんなことがあって悩んでたんだって、不安に思ってたことも全部話すの。崎元くんのことだから、きっと受け止めてくれる。だから、勇気を出して。ね?」
芽衣にそこまで言われて、美里もやっと気が付いた。
そうだ。1人だけの問題じゃないんだと。それに、誠は常に自分のことを大切にしてくれている。会えない日が続いても、必ず連絡はしてくれるし、ちょっとでも会おうと時間を作っては、インターンに行っている会社にまで来てくれたりもする。
そんな献身的な愛情を見せる誠のことを、自分が信じないでどうするんだと思い知らされた。
「うん.....ありがとう、芽衣ちゃん。少しスッキリした」
先ほどより表情が明るくなった美里を見て、芽衣もホッとする。
「まずは、ドラッグストアで妊娠検査薬を買って検査しよう?」
「わかった......」
「そして、その結果に関わらず、ちゃんと崎元くんに言うこと。また、同じようなことがあった時にどうするのか、ちゃんと2人で話し合うんだよ?」
「うん......」
それから2人で、ドラッグストアで妊娠検査薬を購入すると、その足でショッピングモールのトイレに行った。
さすがに自宅でするのは気が引けたのと、芽衣が付き添ってくれるということに甘えることにした。
トイレの個室に入ってしばらくして、美里が出てくる。
「芽衣ちゃん......」
美里が、トイレの化粧台の前で待っていた芽衣に声を掛ける。
「ど、どうだった.......?」
芽衣も緊張の面持ちで、美里に聞いてみる。
「あのね.............」
その日の夜遅く。美里は、誠の部屋で誠の帰りを待っていた。
夜10時を過ぎて、玄関の方から人の声が聞こえてきた。
「じゃあな、お疲れー」
「おやすみー」
そう挨拶をしてバタンと閉まるドア。誠はリビングの明かりがついていることと、玄関にあった靴で美里が来ていると分かり、廊下の扉を急いで開ける。
「あっ、誠くんおかえり.....」
「美里.....」
誠は久しぶりに美里の顔を見て、ホッと安心すると同時に、こんなに遅い時間に美里がいることに疑問を抱いた。
「何かあったのか?」
単刀直入に聞くと、美里は黙って誠の顔を見る。
「誠くん......あのね......」
そう言いながら、美里は誠をソファーに座らせ、自分のバッグから妊娠検査薬を出して誠に見せる。
「........え、これって.......」
初めて現物を見て、誠は言葉が出てこなっかった。
「あの......わたし、生理が2週間遅れてて.......それで......」
「........できてたのか?」
美里の言葉が待ちきれずに、誠は美里に聞いてみる。
すると、美里はふるふると首を横に振る。
よく見ると、その検査薬は未開封のままだった。
「ううん、できてなかった......検査しようと思ってトイレに入ったら、生理に......」
その言葉を聞いた瞬間、誠は安心よりも、少し残念がっている自分がいたことに驚いた。でも、美里の顔を見ていたら、そんなこと言えなかった。
そして誠は、美里をそっと抱き締める。
「......ごめんな美里。不安だっただろ......?」
自分の様子を見てそう言ってくれた誠に、美里はそれまでの不安をぶつけるように涙した。
「うん....不安で....不安で....わたしが誠くんたちの....邪魔になる....って思って....ずっと....1人で....」
「ごめん、美里。不安にさせて、本当にごめんな....」
静かに泣く美里を抱き締めながら、その背中をゆっくりとさする。
少しして落ち着いた後、美里は芽衣に相談したことや、2人で話し合うよう言われたことを誠に伝えた。
「そうだな......長瀬の言う通りだ。これは俺たち2人の問題だ。だから、美里。今度からは、すぐに俺に言うこと。1人で悩まないで、ちゃんと俺に言って。こういうこと以外でも、何でもいいから」
誠は両手で美里の顔を包み、自分の方へと向けさせる。
「俺は、この先もずっと美里と一緒にいたいんだ。だから、全てのことを受け止める覚悟と、責任を取る覚悟をしている。美里が1人で悩む必要はないし、悩んでほしくない。確かにいまは、公表前で忙しくしているけど、それを言い訳に美里を蔑ろにするつもりはない。だから、今度からは俺を頼って.....」
美里は、5年以上も誠と交際してきて、自分の方こそ誠を信用しきれていなかったんだと反省した。
誠はこんなにも自分のことを思って、大切にしてくれているのに、言おうと思えばいつでも言えたはずなのに、それをせずに自分1人で悩んで、不安になって......そんな自分のことも、全て受け入れてくれた誠には、感謝しかない。
「誠くん、ごめんなさい......ありがとう......」
この件を境に、2人の絆はより一層深まっていった。
元木から言われていた通り、新曲のレコーディングが始まった。
12月に発売される新曲は、冬の切ないラブソングで、1人1人にしっかりソロパートがあるミディアムナンバーとなっていた。
そのため、ソロの部分のレコーディングに多く時間を費やし、今まで以上に力の入った曲に仕上がっていた。
それと同時に新曲の振り付けの練習など、8月の夏休み中はほとんど仕事に追われていた。
9月1日。GEMSTONEから、buddyについて新しい情報が公開された。
それは先日沖縄で撮られた、6人が波打ち際で海を向いて並んでいるバックショットだ。しかも今度は、シルエットではない。あの白を基調とした衣装を身にまとった6人の後ろ姿だった。
そして、6人を公表するその手段も発表された。
それは、12月1日にファンクラブ会員限定で、その日限りのお披露目を兼ねたライブをするというものだった。
ファンクラブの会員以外にも、メディア関係者、マスコミ関係者も入れるライブになるという。
その日からファンクラブサイトでは、観覧抽選の応募が始まり、ファンクラブ会員は歓喜した。誰もがいち早く、その姿と生の歌を聞きたいと思ったからだ。
その写真と、ライブの情報が公開されると、また世間の話題の中心になっていった。
「隼斗くん、この写真すっごくかっこいいね」
9月に入り、夏休みもあとわずかという頃、病院でのインターンが終わり、久しぶりに隼斗と時間を合わせることが出来た芽衣が、隼斗の部屋に遊びに来ていた。
「そう、良く撮れてるよなその写真」
芽衣が手に持っているスマホを覗きながら、隼斗が芽衣の隣に座る。
「いいなぁ....私も行きたかったな....沖縄」
芽衣がポツリと呟く。
「次は必ず、一緒に行こうな」
「うん。沖縄じゃなくてもいいから、ゆっくり旅行したい。2人で....」
そう言うと、2人は見つめ合ってキスをする。そして唇が離れると、おでこをくっつけたまま隼斗が囁く。
「.......今日、泊ってく?」
「いいの?」
「明日は午後からだし、いいよ」
「うれしいっ」
芽衣は隼斗の首に腕を回して喜ぶ。隼斗も芽衣の体を抱き締めて、久しぶりに2人だけの夜を過ごした。
翌日。隼斗は芽衣を駅まで送った後、その足でGEMSTONEへと向かった。
隼斗と別れた芽衣が駅のホームで電車を待っていると、スマホに着信が入る。画面を見ると、それは美里からだった。
「もしもし、美里ちゃん?」
『あ、あの.....芽衣ちゃん。いま大丈夫?』
「いま駅にいるから、電車来るまでは大丈夫だよ。どうしたの?」
『あのね.....ちょっと相談があるんだけど、いまから会えないかな.....?』
美里にそう言われた芽衣は、少し考えて、
「いいよ。待ち合わせしようか」
そう言って、2人で待ち合わせをすることになった。
美里と芽衣は、同じ高校の同級生だったが、同じクラスになったことはなく、芽衣は隼斗と付き合ったことで美里と仲良くなった。
2人が待ち合わせしたのは、その高校にほど近い場所にあるカフェだった。
芽衣が店に入ると、奥の窓際の席に美里が座っていた。
「美里ちゃん、お待たせ」
芽衣が声を掛けると、それに気づいた美里がパッと顔を上げる。しかし、その顔はなぜか暗い。
「芽衣ちゃん、急に呼び出してごめんね......」
今にも泣きそうな美里に、声を掛ける。
「どうしたの.....?大丈夫?」
何があったかすぐにでも聞きたいが、店員がオーダーを取りに来たので、適当なものを注文し、改めて美里に向き合う。
「崎元くんと何かあった?」
芽衣は、美里がわざわざ自分を呼び出すのは、おおかた誠がらみだろうと思い聞いてみた。すると、美里が小さな声でぼそぼそっと何か言っている。
「........ないの.......」
「え?.........何が?」
あまりにも声が小さく、もう一度聞き返す。
「........生理が.....こないの.....」
美里の口からそう言われた瞬間、芽衣は目を見開いて美里を見る。
「え......というか、どれくらい......?」
「..........2週間」
それを聞いて芽衣は、正直、判断するには早すぎると思った。
個人差はあるものの、生理周期が不規則な人であれば、それくらいの遅れはよくあることだし、規則的な人でも、何らかの要因で遅れることはままあるからだ。
それでも芽衣は、確かめずにはいられなかった。
「美里ちゃん、その......避妊はしてるんだよね......」
芽衣は、小声で美里に聞いてみる。
「うん......」
それを聞いて、少し安心する。
「そしたら、もう少し様子を見て.......」
「だけどっ、わたし今まで、遅れることなんてなかったの。それが、2週間も遅れてて、不安で......それに、避妊しても100%じゃないって読んで......」
同じ女として、美里の不安は痛い程わかる。
だけどこれは、美里一人で抱える問題ではない。誠と美里、2人で向き合うべき問題なのだ。
「美里ちゃん、崎元くんには言ったの?」
美里に尋ねると、ふるふると首を横に振る。
(それもそうか.....そうじゃなければ、わたしに相談なんかしないよね)
芽衣が1人で納得していると、美里が震える声で話し出す。
「誠くんたち、いまものすごく忙しくて、あまり会えていないのと、もし本当にできていたらわたし......誠くんたちの....邪魔になるかもって......そう考えると、怖くて言えなくて......どうしたらいいの......?」
言いながら美里は、ポロポロと涙を流す。
buddyはいま、12月1日に向けての準備や対応に追われていた。新曲のレコーディングが終わったと思ったら、今度はMVの撮影があったり、ライブの準備と並行して、年末には様々な音楽番組からのオファーがあり、そのための振り付けの見直しを行ったりと、その日が近づくにつれ、多忙になっていた。
それをそばでずっと見ている美里だから、誠に言えずにいた。
しかし芽衣は、看護師を目指す者として、なにより、同じ女として、はっきりと美里に告げる。
「美里ちゃんが、崎元くんたちのことを考えて、そういう風に思う気持ちは十分わかる。わたしも、もし自分がそうなったら、美里ちゃんと同じ気持ちになるかもしれない。でもね、これは美里ちゃんだけの問題じゃなく、美里ちゃんと崎元くん2人の問題だよ。だからまずは、1度妊娠検査薬で検査して、どちらの結果になったとしても、崎元くんにちゃんと言うの。こんなことがあって悩んでたんだって、不安に思ってたことも全部話すの。崎元くんのことだから、きっと受け止めてくれる。だから、勇気を出して。ね?」
芽衣にそこまで言われて、美里もやっと気が付いた。
そうだ。1人だけの問題じゃないんだと。それに、誠は常に自分のことを大切にしてくれている。会えない日が続いても、必ず連絡はしてくれるし、ちょっとでも会おうと時間を作っては、インターンに行っている会社にまで来てくれたりもする。
そんな献身的な愛情を見せる誠のことを、自分が信じないでどうするんだと思い知らされた。
「うん.....ありがとう、芽衣ちゃん。少しスッキリした」
先ほどより表情が明るくなった美里を見て、芽衣もホッとする。
「まずは、ドラッグストアで妊娠検査薬を買って検査しよう?」
「わかった......」
「そして、その結果に関わらず、ちゃんと崎元くんに言うこと。また、同じようなことがあった時にどうするのか、ちゃんと2人で話し合うんだよ?」
「うん......」
それから2人で、ドラッグストアで妊娠検査薬を購入すると、その足でショッピングモールのトイレに行った。
さすがに自宅でするのは気が引けたのと、芽衣が付き添ってくれるということに甘えることにした。
トイレの個室に入ってしばらくして、美里が出てくる。
「芽衣ちゃん......」
美里が、トイレの化粧台の前で待っていた芽衣に声を掛ける。
「ど、どうだった.......?」
芽衣も緊張の面持ちで、美里に聞いてみる。
「あのね.............」
その日の夜遅く。美里は、誠の部屋で誠の帰りを待っていた。
夜10時を過ぎて、玄関の方から人の声が聞こえてきた。
「じゃあな、お疲れー」
「おやすみー」
そう挨拶をしてバタンと閉まるドア。誠はリビングの明かりがついていることと、玄関にあった靴で美里が来ていると分かり、廊下の扉を急いで開ける。
「あっ、誠くんおかえり.....」
「美里.....」
誠は久しぶりに美里の顔を見て、ホッと安心すると同時に、こんなに遅い時間に美里がいることに疑問を抱いた。
「何かあったのか?」
単刀直入に聞くと、美里は黙って誠の顔を見る。
「誠くん......あのね......」
そう言いながら、美里は誠をソファーに座らせ、自分のバッグから妊娠検査薬を出して誠に見せる。
「........え、これって.......」
初めて現物を見て、誠は言葉が出てこなっかった。
「あの......わたし、生理が2週間遅れてて.......それで......」
「........できてたのか?」
美里の言葉が待ちきれずに、誠は美里に聞いてみる。
すると、美里はふるふると首を横に振る。
よく見ると、その検査薬は未開封のままだった。
「ううん、できてなかった......検査しようと思ってトイレに入ったら、生理に......」
その言葉を聞いた瞬間、誠は安心よりも、少し残念がっている自分がいたことに驚いた。でも、美里の顔を見ていたら、そんなこと言えなかった。
そして誠は、美里をそっと抱き締める。
「......ごめんな美里。不安だっただろ......?」
自分の様子を見てそう言ってくれた誠に、美里はそれまでの不安をぶつけるように涙した。
「うん....不安で....不安で....わたしが誠くんたちの....邪魔になる....って思って....ずっと....1人で....」
「ごめん、美里。不安にさせて、本当にごめんな....」
静かに泣く美里を抱き締めながら、その背中をゆっくりとさする。
少しして落ち着いた後、美里は芽衣に相談したことや、2人で話し合うよう言われたことを誠に伝えた。
「そうだな......長瀬の言う通りだ。これは俺たち2人の問題だ。だから、美里。今度からは、すぐに俺に言うこと。1人で悩まないで、ちゃんと俺に言って。こういうこと以外でも、何でもいいから」
誠は両手で美里の顔を包み、自分の方へと向けさせる。
「俺は、この先もずっと美里と一緒にいたいんだ。だから、全てのことを受け止める覚悟と、責任を取る覚悟をしている。美里が1人で悩む必要はないし、悩んでほしくない。確かにいまは、公表前で忙しくしているけど、それを言い訳に美里を蔑ろにするつもりはない。だから、今度からは俺を頼って.....」
美里は、5年以上も誠と交際してきて、自分の方こそ誠を信用しきれていなかったんだと反省した。
誠はこんなにも自分のことを思って、大切にしてくれているのに、言おうと思えばいつでも言えたはずなのに、それをせずに自分1人で悩んで、不安になって......そんな自分のことも、全て受け入れてくれた誠には、感謝しかない。
「誠くん、ごめんなさい......ありがとう......」
この件を境に、2人の絆はより一層深まっていった。
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