案ずるよりもオニが易し

茅の樹

文字の大きさ
上 下
3 / 5

3,罠

しおりを挟む
オコジョの坊やは、シカと別れて森を歩いて行きます。
どんどん歩いていくにつれて雪はほとんど無くなってきました。雪解けの水が勢いよく流れていく音も、大きく聞こえてきます。
さっきは威勢よく言っていましたが、坊やはオニの話をいろいろ聞いて、長い筒を持ち、山を削る大きな手を振り上げる大勢のオニを想像して、恐ろしくなって身震いします。

 端の藪がザワっと揺れて、坊やはおののき、咄嗟に跳ね退きます。
「びっくりした、キツネが来たのかと思った」

坊やは小さな丸い目で、きょろきょろ辺りを見回しますが、ただ風が藪を揺らしただけでした。どうやら思ったよりも怖さで委縮していたようです。しかし、キツネに捕まってしまったら、オニ退治どころではありません。気を付けなくてはなりません。

 道端の岩場にイワカガミを見つけました。小さな淡紅色が揺れている。近づくと、ちょうど坊やの頭上で下向きに花を広げているので、坊やに向かって咲いている様です。おかげで少し落ち着きました。

 坊やは改めて、オニを退治して、母さんに食べ物を持って帰るんだと、考えなおしながら歩いていきました。

 食べ物の事を考えていたからなのか、なんだか良い匂いがしてきました。そういえば朝早くから、お母さんに黙って家を出てきたので、何も食べていませんでした。ついつい匂いに誘われて歩いて行くと、なんと、食べ物が落ちています。

「わあ、ちょうどお腹が空いていたんだ」
 オコジョの坊やは、躊躇もせずに食べてしまいます。

「おいしい。もぐもぐ。なんだろう、鳥肉かな、もぐもぐ」
 鳥肉はオコジョの坊やの好物です。

近くを探すと、すぐ先にも落ちています。坊やは、やった、と、飛びつきます。
「おいしい、食べたことない美味しさだ、もぐもぐ」

 坊やは近くに落ちている食べ物を夢中で食べます。すると、突然、後ろで『バシャーン』と物凄い音が鳴り、その瞬間に足に痛みが走りました。

「痛い!」
 後ろ足が何か、蓋のような物に挟まったみたいだけれど、身をよじって何とか抜け出せました。
 驚いて逃げ出そうと跳ねますが、何かが当たって、跳ねられません。何かが当たって進めません。

 前にも、後ろにも、横にも行けません。閉じ込められたのです。
 固い網の様なものに囲われてしまいました。

「なにこれ、出れないよ」

 網を揺すっても、引っ張っても、嚙み千切ろうとしても、びくともしません。硬くて歯がたちません。

「出れないよ、何なのこれは」

 何度も何度も、抜け出そうと突進します。けれども、何度やっても跳ね返されます。そのたびに打ち付けて痛いだけで、ここから出る事ができません。

 坊やは、ふと思い出します。さきほどシカが『オニが仕掛けた罠があるからね』と、言っていたのでした。思い出して恐ろしくなります。

「恐いよ、出れないよ」
「母さん、たすけて」

 挟まれた後ろ足も少し痛いし、怖くて涙が溢れて止まりません。
 どのくらい経っただろうか、しばらくして、何度も突進をしたオコジョの坊やが、もう泣き疲れた頃に、誰かが近づいて来ました。二本足で歩いてきます。恐ろしく大きな影がこちらに向かってきます。

 オコジョの坊やは、見た事もないのに、それがオニだとすぐに分かりました。恐ろしくて堪りません。体がブルブル震えます。

「うわ、オニだ、オニが来た」
 
怖ろしくて逃げ出そうとしますが、網に当たって逃げれません。覗き込んで来るオニが怖いです。
怖すぎるあまりに、歯を向きだして飛び掛かるけれど、網があってできません。



『おや、ケガをしているのかな、かわいそうに』

 オニは何か言って、網の囲いごと持ち上げたので、辺りが激しく揺れます。籠ごと運んでいるようです。
 坊やには、オニの言った事は分からなかったので、網の籠の中で走り回って抵抗したけれど、次第に、怖いのと、足の痛みで、だんだん気が遠くなってきました。

「ああ、お母さん・・・」言うことを聞かないからこんな事になったんだね、ごめんよ。坊やが思い浮かべたオコジョのお母さんは優しく笑っていたので、坊やも少しだけ微笑んで瞼を閉じました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人形劇団ダブダブ

はまだかよこ
児童書・童話
子どもたちに人形劇をと奮闘する一人のおっちゃん、フミオ 彼の人生をちょっとお読みください

ジャガイモさん太郎と地獄の溶岩風呂

ありくいぺろすけ
児童書・童話
無敵のジャガイモさん太郎の冒険です。今回は地獄の溶岩風呂に挑戦します。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

r18短編集

ノノ
恋愛
R18系の短編集 過激なのもあるので読む際はご注意ください

男色官能小説短編集

明治通りの民
BL
男色官能小説の短編集です。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...