案ずるよりもオニが易し

茅の樹

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2,アナグマとシカ

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 山の岩場を少し下ると、森林が広がっています、ところどころ雪の残る森の道を、意気込んでズンズン進んで行くと、ちらりほらりと、新しい葉を付けた樹々を少し目にする事が出来ます。小さな若葉がさわさわと風に揺れて、まるで坊やを応援しているみたいで、力がわいてきました。春の息吹です。

 オコジョは木の実も食べる事がありますが、食べれるような実がなるのは、まだもう少し先のようです。
 更に道を進んで行くと、向こうからアナグマのおじさんがやって来ました。

「おはよう、アナグマのおじさん」
「やあ、オコジョの坊や、おはよう、こんなに早にどこへ行くんだい」

 アナグマが眠たそうに訊いてきます。冬眠から起きた来たばかりなのでしょうか。それとも狸寝入りでしょうか。オコジョの坊やは意気揚揚と答えました。

「オニ退治に行くところさ」
 アナグマのおじさんは、眠たそうな目を見開き、笑って言います。

「へー、それは頼もしいね。でも、オニはとっても恐いんだよ、二本足で立って、ながーい筒を持っているからね」

「ながーい筒?なんだいそれは」

「オニはね、その筒をこっちに向けて『バーン』と、大きな音を鳴らすんだよ、それはもう、もの凄い大きな音で、雷様がお怒りになったと思うほどさ」

「えっ、雷様?」坊やは驚き、「雷様だなんて、そんなに凄い音なの?そんなに恐い音なの?」急かして訊き返します。
アナグマのおじさんが、得意げに話します。

「ああ、それは恐ろしい音さ。その音が『バン』と鳴ると、仲間が倒れて、また音がすると、また仲間が倒れて、とても恐ろしくて、音が聞こえなくなるまで必死に走って逃げたんだよ。
この森の仲間も大勢やられてしまったんだよ、あの長い筒にね」

 アナグマのおじさんが、少し悲しそうに言うので、坊やは少し大袈裟に胸を張って言います。
「僕がオニをやっつけて、たくさん食べ物を獲ってくるよ」
「はっはっはっ、そいつはいい、楽しみにしてるよ、はっはっはっ」と、アナグマのおじさんは笑います。

「オニの所に行かなくても食べ物はあるんだよ」
 小さな声で呟いた、アナグマのおじさんの顔が、すごく怖かった。目の周りの模様が、きゅっと縮んだように見えた。

 アナグマのおじさんはすぐに笑って「暗くなる前には帰るんだよ」と、行ってしまいました。


 
 アナグマのおじさんと別れて、森をズンズンと進んで行きます。すると何かが、向こうから跳ねるように駆けて来ます。なので、危うく坊やとぶつかりそうになりました。

「あぶない」
坊やが跳ねて退きます。

「ごめん、ごめん、大丈夫かい」
 駆けて来たのはシカでした、角が抜け落ちたので、頭が軽くなったのがうれしくて、駆け回っていたようです。



「オコジョの坊やは、どこに行くんだい」
「こんにちは、シカさん。オニ退治に行くところだよ」
 坊やがまた胸を張って言うと、シカは笑います。

「ははは、それは傑作だ、オコジョの坊やがオニ退治だなんて、はははは」
「笑わないでよ、シカさん」オコジョの坊やは、白々と怒って見せます。
「ごめんよ、でも、オニは、とおーても恐ろしいんだよ」
 シカが脅かすように言うので、坊やは勇んで言い返します。

「知ってるよ、長い筒を持っているんだろ」 
「へえ、よく知っているね、でも、それだけじゃないよ、オニは、ものすごく大きな長い手を使うんだ、象の鼻よりもながい手を振り回して山を削るんだ、『ブオーン、ブオーン』と、大きな音を立てあっという間に、森を無くしてしまうんだよ」
 
坊やは、思わず大きな手に潰されるのを想像してしまいます。
「そんな、お、脅かしたって、恐くないやい」
 そのつぶらな目を大きく見開き、強がってみたけれど、本当は少し怖いのです。

「本当なんだよ、昔はこの森も、山の麓のずっと先まで続いていたんだよ。でも今は、オニが森を壊して、そこに住むようになったんだよ、森は奪われてしまったんだ。
もう今では大勢のオニが住んでいるんだよ。だから麓には近づいちゃいけないよ、オニが仕掛けた罠がいっぱいあるからね」

 坊やは、シカに言い聞かされ、大勢のオニを想像して不気味に思い、少し怖気づいてしまいました。それでも、沈んだ気持ちを奮い立たせて言ってみせます。

「それじゃ、オニを退治して、森を取り返さなくちゃ」
「それは勇ましい、ははははは。それじゃあね、オコジョの坊や、暗くなる前にお家に帰るんだよ」

 シカは笑って、跳ねるように駆けて行ってしまいました。シカの姿はあっという間に見えなくなりました。
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