赫然と ~カクゼント

茅の樹

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18、街区公園-撞球

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 薄い照明が緑色のラシャを照らす下で、小さな炸裂音をたてて弾かれた球が放射状に勢いよく転がる。
クッションを使って複雑に撥ね返るが、ポケットに吸い込まれる球は一つも無かった。

「以外と入らねえんだな」と、青野春彦が眉根を寄せて不満を漏らし、キューを構えて撞く素振りをする。
「あの、あ、青野先輩、のんびりビリヤードなんてしていていいんでしょうか」
 市村が、恐れながら申し上げる、の如く、恐る恐る訊いた。
「やみくもに走り回ったって仕方ねえだろ、行き違いになったら終わりだろうが、あせるんじゃねーつうの」
 ついさっき、テナントビルで倒れていた、御木本良太の姿を見るなり飛び出して行った人の言葉とは思えないと、市村は内心で苦笑した。

 一緒にいた沢田という、私立校の先輩の言う通りに、青野先輩は行く宛もなくすぐに戻ってきたのだ。その後で沢田からビリヤード場で待つように言われて、随分愚図っていたように見えたけど、諭されて渋々に、このビリヤード場に来たのだ。

 その一連のやり取りを端で聞いていたけど、やはり真次郎の事が心配で、つい逸って訊いてしまったのだが、まさか、沢田が春彦に言っていた言葉が、そのまま返ってくるとは流石に思わなかった。
そこを指摘したいところだけれど、恐ろしくて出来る筈がない。

 春彦に「連絡網回せ」と言われたけれど、いまいち理解出来ないでいたら、沢田が「二年の斎藤か、高階あたりに電話してみな」と教えてくれた。
他校の人なのに随分と川名の事に詳しいなと感心して、『青野先輩も、そこまで教えてくれたらいいのに』と内心思ったけれど、これも、恐ろしくて言える筈も無い。

しかし先輩に電話をかけるのは気が進まないのだが、事が事だけに決意するのだけど、高階先輩は時々怖いから、斎藤先輩に掛けてみる事にした。
受話器の中で呼び出し音が鳴る。3回鳴っても出ない。
もちろん出てほしいけど、正直に言うと、どこかでほんの少しだけ繋がらないのを願っている部分があった。5回鳴って繋がった。

「も、もしもし、斎藤さんのお宅でしょうか、自分は中学の後輩の市村と申しますが、斎藤先輩は御在宅でしょうか」一気に一息で言った。
「え、市村?斎藤だけど」
 斎藤本人が電話に出てくれてホッとする。
知らない家に電話を掛けるのはいつも緊張する、ましてや先輩のお宅になんて、何も無かったら電話したくないところだ。
今回はそれどころではないのだけど。

「もしもし、おい、市村?」
「ああ、すいません市村です。すいません、あの、いちがお、いや、いちむら、いや、いちがおだけど」
「何だよ、おい、悪戯かよ」
 余計な事考えていたら、何を話すのか分からなくなって慌ててしまった。

「すいませんすいません。あの、今、市ヶ尾なんですけど問題が起きて、真次郎が、いなくなって、その」
「おい、市村、待てよ、ちょっと落ち着けって、まず、真次郎って、奥山の事か」
「あ、はい、奥山真次郎です」
「で、居なくなったって何だよ、迷子か?市ヶ尾で?」
 斎藤浩介は段々馬鹿しくなってきたけれど、後輩の言う事に取り敢えずは付き合って会話を続けた。

「いえ、変な奴に連れて行かれました。いや、付いて行ったんです」
「着いていったって、奥山が自分でか」
「はい、でもヤバい奴らなんです」
「だけど、知ってる奴なんだろう、着いて行くなら」
「そうなんですけど、自分の事を気づかってなんすよ」
「何か、そんなに心配しなくても、用事が済んだら帰ってくるんじゃねーの」

「いや、でも、青野先輩が連絡網回せって」
市村が泣きそうな声で告げると、一瞬で会話が凍りついた。受話器の向こうで息を飲む音が聞こえた。
「バカヤロウ、それを早くいえよ」
「スイマセン、スイマセン」
市村は、先輩なので緊張はするけれど、斎藤が怒鳴るとは思っていなかったので焦った。
「おい市村、もう一回ちゃんと説明しろ」
斎藤の真剣な声が、受話器を通して緊張を伝えた。


「おお、そうだよ、そう言う事だから、至急で連絡回してくれ。報告の連絡はいつも通りでな、ああ、頼むぞ」
コードを伸ばして部屋に引っ張り込んだ電話の受話器を置いて、斎藤浩介が大きく息をついた。

「たくっ、市村の野郎最初からちゃんと説明しろってえの、焦ったぜ」
「何だよ、そんなに大事なのかよ」
電話のやり取りを見ていた髙階伸二が、座椅子に凭れて笑って言った。
「バカ、笑ってる場合じゃないぞ、他の奴らにも動くようにいったから、俺らもすぐ行くぞ」
「はは、連絡網回るの久しぶりだな、ちょっと燃えてくるぜぇ」
髙階が肩をグルグル回して見せる。斎藤は何をするつもりなのかと呆れるが、髙階にしたら、この前のカツアゲ事件の挽回をしたいのだろうなと、気持ちを汲んでやりたい気になるのだが。

「残念たけど、地味な仕事だぞ、人探しだ」
「マジかよ、だりいなあ」
急にテンションを落として、大きく息をつく。
「バカヤロウ、結構ヤバい状況だぞ、それに青野先輩が怪我してたの知ってるだろ、そいつららしいぞ」
「マジかよ!でも、不意打ちなんだろう、後ろからって」
髙階の顔が少し真剣になる。状況がだんだん飲み込めてきたようだ。

「不意打ちだろうが、あの青野春彦先輩に怪我させたんだぞ、それだけで十分ヤバイ奴だろが。マジで奥山もどうなるかわかんねーぞ。とりあえず俺らは地元の銀行に張り付くぞ」
「お、おう」

慌てて部屋を出ようとすると、電話のベルが鳴った。電子音が急かすように鳴り響く。直感で自分への電話だと感じて、階下で家族が出る前に、急いで受話器を取った。
「もしもし」
聞き覚えのある声がする。
「む、室戸先輩!はい、そうです。はい、急ぎます、失礼します!」
思わず、受話器を持ったままで、頭を下げて電話の相手に返事をする。

何本か掛けていた電話の時と朗かに違う声色で、横で見ていた高階にも斎藤の緊張が伝わって来る。もしかしたら、『だりいなあ』とか言っていた、地味な見張り役の方が良かったかもしれないと、ごくりと息を呑む。


「茶髪リーゼント頭は早淵高の江藤で、もう一人のドデカリーゼント頭は、江藤の地元のツレで立川って奴らしいっす。二人とも新上中学出身で、同じ中学出身の奴とかに訊いたところ、ちょっと前に地元でもめ事起こしてるよ」

 球を弾く、小さな炸裂音が響く、ガタンと、球が一つポケットに落ちた音が続いた。
 キューを持ったまま、小さく「よしっ」と呟いた青野春彦に、駅前から駆け付けた沢田智則が続けて話す。

「地元の後輩にいろいろ無理強いしたらしくて、後輩が他の先輩に泣きついたのか、どうか分からないけど、地元の連中と揉めて、今は地元に居場所ないらしい。その後輩たちに結構色々やらせてたらしくて、たぶん、その後輩の後釜に、奥山真次郎が抜擢されたんでしょう」

球が静かに当たり「カッ」と乾いた音を立てた後に、二つの球が続けてポケットに落ちて、がらがらとレールを転がって戻って行く音がする。
「ああっ」と、春彦が控えめに悔しがる。的玉もポケットしたようだが、手玉も一緒に落としてしまった様だ、スクラッチだ。
「何だ、その後釜ってのは。何させてんだよ」
 春彦がキューを置いて、台の横の椅子に腰かけて言った。

「江藤たちは結構派手にやってたみたいすっよ、カツアゲなんて可愛いもんで、窃盗や車上荒らし、事務所荒らしもしたって話しで。その地元の後輩たちがやらされてたのは、最初は見張りだったのが、単車の窃盗もやらされたりしたらしい。後は、銀行の金の出し入れ」
交代した市村がポッケットしたのを見て「チッ」と、舌打ちをしたが、それはポケットされた事か、話を聞いていてか分かり辛かった。

「捕まらない為の対策なのか、金の保管に困ったのか、銀行に預ける事にしたんだろうけど、後輩の銀行口座を使っていたんだよ、通帳と印鑑とカードは当然取り上げて、出入金には捕まらない様に、本人に行かせてたんでしょう」

「良太が言っていたアレか、ATMに行くって」
 御木本良太が、江藤たちと対峙した時に耳にしたという言葉を思い出した。

「間違いないでしょ、奥山真次郎名義の口座を使っていて、今日、そこから金を引き出す必要がある」
「そうか、だから無理やりにでも連れて行った」春彦の声が明るくなる。

「その通り。で、奥山真次郎の口座がある銀行はどこかって事だけど」
「川名は大概がガキの頃に、川名の港北信用金庫で口座作るってよ」
春彦の声が少し大きくなった。そのせいか市村がミスしてファールショットになった。

「絶対じゃないけど、まず間違いなく港北信用金庫の川名支店に来る」
 春彦が、勢いよく椅子から立ち上がる。何か言いたげで沢田を見るが、自分の腿をパシンと叩いて「ああ」と唸る。
「そっちは、斎藤が見張ってるけど、あの人達が向かってますよ」
「はあ、ったく、家で大人しくしてろってえの」
 春彦が毒づいて、キューを取って市村と交代する。

「あと、江藤たちはJRの中山台駅に溜ってる事が多いらしい。良く見かけるって情報ですね。あと、まあ、地元と揉めるくらいだから、仲間は多くないと思うけど、流石に江藤と立川二人って事は無いと思う。あと、有森さんから聞いたんだけど」と言い掛けたところで、有森龍典本人が戻って来た。

「さっきの話しか」有森が沢田に訊いて話を受け取ると、春彦が座っていた椅子に代わって座り棚し始めた。
「ウチの高校のモンらしいんだけど、俺もクラス違うし、目立ってねえから知らないんだけど、川名の黒沢とかって奴知らねえか、最近、江藤らとツルんでるらしいんだけどよ」
「さあ、知らねえなあ」
 台に屈み込んで、的球に狙いを定めながら、対して考えずに答える。
「本当かよ」沢田が疑わしいと言いたげにため息をつく。

 春彦が球を撞いた瞬間に「ああっ」と、声を上げる「アイツかあ」
お陰でミスショットになって狙っていた的球はポケットを外れたが、手玉が思ったよりも撥ね返り、思い掛けずにナインボールがポケットした。
「おお、見た、見た?」

 偶然の勝利を周囲に確認して喜ぶが、我に返って冷静に言う。
「アイツだろ、思い出したよ、黒ナントカ」
「黒沢な」
「知ってるよ、すげー前に絡まれた事あったよ、殴られたから殴り返した」
「一応、先輩なんでしょ、それで済んだんですか」
「まあ、済んだっていうか、こっちの気は済んでねえけど、なんか単車が何台か来て連れて行っちゃったからなあ」
「それなんだよ」有森が遮るように言う。
「えっ」
「どうやら、その黒沢の後ろに、どっかの族がいるらしいんだよ。黒沢が江藤たちの仲間なら、ややこしい事になるって事だ」
「マジかあ~」
 沢田がホールに嘆声を響かせる。「そんな気はしてたんだよなあ~」と、さらに溜息をつく。

「そんなの関係ないだろ、俺らが用あるのは茶髪野郎たちだ。どこぞの族とやろうってんじゃねえんだよ」春彦が沢田に喝を入れる。
「それよりも、間違いなくここに戻って来るんだろうなあ、あのクソ野郎は」

 春彦の語尾が荒くなる。ずっと我慢していたものが爆発しそうだ。
ビリビリと痺れる静電気みたいなモノを放出してるかのようで、そんな空気を一瞬で纏った。
旨い事言い包めはしたけど、この場所で待ってくれてるのは、その怒りを必ずぶつける為の我慢で、今すぐにも飛び出して行っても可笑しくない。

「間違いないっすよ。中山台が拠点だとしたら、問題解決してから行くか、手分けして行くかでしょう。それに、ここでこれだけ騒いでるんだからさ。あの店員さんこっち意識しまくりでしょ」
 沢田が確信をもって言って見せるので、春彦が少し落ち着き、表情を少し和らげる。

「店員に、江藤に旨い話があるって聞いたんだけど、って言っておいた。惚けてたけど、すぐに電話かけに行ったぞ、他の奴も来るかもな」
 有森が不敵に笑って言い足す。それを見て沢田が小さく頭を振った。
「そんで青野くん、その黒沢ってのと一緒にいた族って、どこの?ああ、興味ないから知らないか」
「カグヤオウ」
 答えないと思ったら、春彦がさらりと言った答えに一瞬固まる。
「マジかあ~」
 沢田の嘆声が、再びホールに響く。

 天井を見上げて嘆く視界の隅で入口の扉が開き、茶髪頭が入って来るのが見えた。
 江藤はカウンターの店員と目配せをして、店員とこっちに向かってくる。
「江えとおおおおお」
 ホールを震わせる程の怒鳴り声と同時に、春彦が飛び出した。
「マジか」
 小さく溢して沢田も後に続いた。
チラリと振り向くと市村がキューを持ったまま泣きそうな顔で立っていた
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