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プロローグ

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 これは……夢だな。

 見渡す限り、むら一つ無い純白な部屋。 不可解なのは照明器具どころか、出入り口らしき扉や窓すらも見当たらない点だ。

「フッブワッ! あっ……もうや……ウブフゥッ!」

 そんな謎空間の中央で、成体の三毛猫にマウントを取られ、涙目になりながら顔面を舐め回され続けている巫女コスプレ女子小学生が一人。

 あ~……初めての明晰夢めいせきむ体験がこれかぁ~。

 頭が重い。
 状況がさっぱりだけど、ここはまるで主人公が神に召喚されて目覚めた部屋のようで。 その手のアニメを見過ぎたか?
 などと考えながら、肩や足首をグリグリ動かし、痛みやラグが無いことを確認していく。
 その後ベッド代わりにでもしていたらしき、豆腐と見紛みまごう長方形の台から、石造りっぽい足触りの真っ白な床へと片足ずつ降り……

「冷たっ!?」

 氷を踏んだのかと思い、脳が反射的に両足を上げる。
 普段使っていない腹筋が痛い。

 ウっソだろお前!

 半開きだった目が完全に覚めた。 ……いや夢の中で目が覚めるとか、意味不明だけど。 裸足でこれは、秒で骨にくるぞ。
 何故裸足なのか? それは俺が就寝直後だったからだ。 つまりパジャマ姿な訳で、寝起きスケートリンク状態となっている。 なんだこの嫌がらせは。 テッテレ~♪【大成功!!】はよ。

 そうこうしている内にも、三毛猫と少女に進展は無く。

「うわぁブッ! くぬぅウフぅ~!」
「あぁ~……くそ!」

 ツッコミ所が散乱しているが……何はともあれ、あの子供を救助しない限り話が進まない気がする!
 そう気合いを入れた俺は、台から助走をつけてジャンプ、一瞬転びそうにつまずくものの、無事走ってじゃれ合う二匹へ距離を詰めると、猫の背後から両脇に手を差し込み、女児からがしてUターン。 台の上へと跳び乗った。

「んぐぅおぉぉぉぉぉ!! 骨髄がぁぁぁ!!」

 骨の中がジクジクと痛む感覚。 即刻、風呂に飛び込みたい。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
「ン"ニ"ャ"~~」

 鋭い二本の牙を剥き、俺を見上げる三毛猫が不満を鳴き表す。

 お前、ロリコンか?
 
 お楽しみ中を邪魔して悪かったとは思うが、猫待ち放置とか勘弁してくれ。

「うへぇ~~……ひどいよぉ~~」

 半泣きでテカテカした幼い顔を、少女が明らかにサイズ違いな巫女服のそででゴシゴシぬぐう。
 あれ、大人用だろ。
 はかまが青いことからコスプレと判断しているのだが、ドンキで買ったのだろうか。 頭部のあれもカツラだろう。 パステルカラーな青おかっぱアホ毛て……。

「シチシ嫌ぁい!!」
「勝手に召喚しよった罰だアホ!」

 青おかっぱのなげきに激怒したのは、俺の手元の猫だった。
 喋った!?

「痛っ!」

 手の甲に爪が刺さり、不意の刺激に握力が緩む。
 その隙を狙って、猫は体を激しくくねらせ拘束から脱出すると、スタッと台に四つ足で着地した。

「だって全然決まんないじゃんか!」
「それは……えぇぃクソッ! 既にしてしまったものは仕方ない」

 と、眉間にしわを寄せたような表情の猫が、横目でこちらを見上げる。 毛皮なのにこの溝は、相当苛立っているのだろう。

「まぁ、最低条件は満たせているようだが……お前、殺し合いは平気か?」
「いや……無理ですが」

 満17歳の日本人にそれ聞きます? ゴキブリとネズミとムカデにですら「ごめん!」って言いながら対処してるレベルだぞ。

 「だろうな……」と小さな口から溜め息が漏れる。
「でもでも! ゲームは好きなんでしょ? 今の日本人って皆そうなんでしょ?!」
「日本人だからと言って誰も彼もが好む訳ではないし、好んでいるからといって詳しい訳でもない! 頼むから、考えて行動してくれ……」

 背中を丸め、涙ぐみそうな声で「ハァ~…」と頭を下げる猫。
 胃を痛めていそうな後ろ姿に、少し同情した。

 てか、なんなんこれ。
 夢、だよな? 明晰夢ってのはこういうものなのだろうか。

 勝手に状況が進んでいるようで、全く話は進んでいない。
 かと言って、夢相手に真面目な顔して「どうして俺を召喚したのかを、本題はよ」なんて聞く訳にも……痛々し過ぎる。
 ただの夢なら、何の疑問も抱かずにこんな状況ですら受け入れられていたのだろうけど。

「だって、早くしないとまたいっぱい死んじゃうじゃん!」
「焦るな、そうさせない為の準備だったんだろうが」
「強くしながらでも出来るって!」
「育つ前に死ぬ! 魔法を扱える地元の者でも、運が悪ければ1日ともたんのだぞ」

 どんな人外魔境に放り込む気だこいつら!

 嫌な流れに戦慄する。 このままだと訳も分からず色々持たされて「いってら~♪」される不安しかしない。
 目覚めて脳が痒くなる程度の黒歴史で済むのなら、万が一にでも、死地に転送させられる可能性よりは遥かにマシだ。

「っぁぁあの! 先に言っときますが魔王討伐とかなら無謀ですからね?! 俺より適任な人、他に腐るほどいるでしょうからそっちに依頼してください!」

 運動神経が素晴らしいでもなく成績も然程さほど良くはない。 不慮ふりょの事故で死んだ人とか生まれつき病弱で病室から出たこと無い人とか、チート持たせてあげればきっと大喜びですよ!?
 なんて訴えながら両者の間に割って入ったまさにその時、左の壁際からこの問いへの答が返ってきた。

「魔王は既に討伐されております。 あなたにお願いしますのは、散り散りになってしまった魔王軍の残党。 その中でも、こちら側の者達だけではどうしても手に余る『悪魔』1体の討伐です」

 黄色の巫女服に身を包んだ、こっちの二匹とは空気からして違う女神様が現れた。

「ア~マノ~!♪」

 青おかっぱが、ダボダボの袴で器用に走りながら、黄色い巫女さんの下半身に抱き着く。
 近所の大好きなお姉さんに駆け寄る小学生そのものだ。 身長差による顔の位置が羨ましい。
 アマノと呼ばれた、羽毛のようにゆるふわな金髪ボブヘアーのお姉さんは、青おかっぱの頭を優しく撫でると、俺の手元で「チッ」と舌打ちする猫に視線を向けた。

「シチシ、遅れてごめんなさい。 交渉は上手くいったから、あまりスイハを叱らないであげて」
「そういう問題では……ハァ~」

 腹の奥底から込み上げてきたかのような深い溜め息を吐き、猫がザワザワと音を立てて巨大化していく。
 「うおっ!?」と手を離し後退あとずさる俺の目前でみるみる人型へと変化していき、毛が引くと、その下からはスポーツ選手並みに肉付きの良い、朱ポニーテイルポニ褐色かっしょく肌の美女が現れた。
 全裸で。
 クールビューティーな切れ長の目が俺に振り向く。

「ん? あぁ、すまん、驚かせ「シチシさん!」たかぁあ!?」

 俺と向かい合おうとした元猫女を遮るように、アマノさんが両手に持った赤い巫女服を広げて裸体を隠した。
 その素晴らしく無駄のない手際に驚いたのは、どうやら俺だけではなかった様子で。

「なっ、何だ急に!?」
「なっななっ、何してるんですか!? 何だはこっちの台詞です何してるんですか!? 人前ですよ!?」

 涙声で詰め寄るアマノさんに、三毛猫もといシチシさんが困惑の表情を浮かべながら一歩たじろぐ。 シチシさんの方が頭1つ分長身なのが、年下から怒られるだらしない姉に見えた。

「……えぇ? ……だから?」
「こちらの方は我々や上位神様達とは違うんです! 今すぐどうこうという訳ではありませんが、神格としての品や外聞がいぶん等にもご留意りゅういください!」
「ぉぉぉおう、すまん」

 羞恥心の概念が無いのかようやく理解出来たらしく、シチシさんが巫女服を手に取り、その場で着始めた。
 ア○ラ100%のお盆ばりの素早さでアマノさんが巧みに振り返る。

「あの……お見苦しいものを見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした」

 笑顔で誤魔化しつつも決して頭は下げない姿に圧を感じ、俺は即座に視線を合わせた。

「おかまいなく」

 ・ ・

「改めまして、我々はこちらの世界で、境界守さかもりの任を務めております付喪神つくもがみにございます。 私の事は『アマノ』とお呼びください」
「酒盛り? 宴会会場の男手に欠員でも出ましたか」
「異界との境界を守護する我等を境界守さかもりと呼称しているのです。 紛らわしいとは存じますが、ご理解ください」

 1トーン低くなった声で真面目に対応された。 神相手に臨時アルバイトをする職業系ルートはないらしい。 クソッ!

 シチシさんが巫女服を着終えたのを確認し、俺達は純和風な別室へと転移していた。 【魔王】とか【悪魔】とか、どう組み合わせても中世ヨーロッパ寄りな異世界ファンタジーなのに。 日本の神様が管理しているのだろうか……それとも日本人に合わせてくれているとか?
 一目で質の違う、我が家より数ランク格上な空気に自然と背筋が伸びる。
 新品同然の香り高いたたみ。 木目の綺麗な焦げ茶色の柱。 ふすま。 上座には何処かの風景を描いたらしき金縁の掛け軸。
 居心地の良さを追求し極めたかのようで、庶民の俺には居心地が悪い。
 見れば見る程、触りたくないものばかりだ。 指紋を付けただけでも今後の人生が吹き飛びそうな。
 そんな和室の中央、樹齢数00年の大木を輪切りにでもしたかのようなテーブルに着き、給仕きゅうじさんらしき女性がれてくれた暖かい緑茶を一口飲んでから、俺は気持ちを切り換えた。
 本当はもっと現実逃避していたかったんだけど……今のアマノさん相手では怒られそうなので、ここは一旦、話に合わせるとしよう。

「分かりました……なんとなくですが。 それで、『魔王』じゃなくて『悪魔』ってのは一体?」

 普通……この状況が既に異常極まりないのはさて置くとして……普通テンプレ的には、勇者の適正を持つ選ばれし一般人(自称)が神様チートをさずかり、魔王討伐の冒険に出る。 って流れだろう。
 なのに初手魔王不在とか。 いや、いらんけど。
 対象が魔王軍残党の悪魔だなんて、神が無関係な異世界人を召喚してまで警戒すべき強敵とは思えない。
 そんな心境をんでくれたのか、俺の右側で胡座あぐらをかくシチシさんが「あ~、誤解があるとマズいから言っとくけどな……」と口をはさんだ。

「お前にも分かりやすいよう『悪魔』と称してるが、実際には『奇病』『混沌の魂』『厄災』って感覚に近い。 神界こことも向こうとも地球とも違う、地獄みたいな異界から渡って来た存在だ」

 ほぼ知っているリアル悪魔と同一に思えるのだが……そういう事を言いたい訳ではないのだろう。
 少なくとも、ゲームやアニメの知識で対処できる相手とは思えない。

「お前に頼みたいのは、そんな悪魔な上に、ウチらでも裏をかかれたクソ野郎の封印だ」

 ・ ・ ・

 千数百年にも及ぶ魔王軍との戦争は、たった一組の勇者パーティーの働きによって終決した。
 しかし残された魔王軍は、頭を失った生き物とは違う。 その大半が統率というくさりを失った無法者と化し、各地で被害をもたらし始めた。
 とは言え、人族も愚かではない。 事前に対策をこうじていた国家群の壁は分厚く、被害は想定内に留まっている。
 今は、

 俺がここまでを理解できているか確認する素振りすらないまま、シチシさんが忌々いまいましげに顔をゆがませて続ける。

「あんのクソ野郎は一度、キッチリ倒せたと確信してたんだがな。 どう逃げたのか、残党を集めて魔王の真似事をし始めやがった」

 その時のいら立ちまでも蘇ってきたのか、ドスのいた声とカエルが硬直しそうな鋭い視線が、向かいに座りテーブルに置かれていた煎餅せんべいを噛み砕くスイハの背後を睨む。
 真っ白い障子しょうじに穴が空きそうだ。
 と、そこまで黙ってせいを体現していたアマノさんが口を開いた。

「シチシさん、余計なお節介かとは存じますが、せめて今だけでも神格っぽく振る舞えないものでしょうか……」

 「ん~……?」と、目付きの戻ったシチシさんが、アマノさんから俺に向く。

「その方が、良かったでしょうか?」

 まるでアマノさんの真似事のような声色・口調・表情に、腕や背中が鳥肌とは言えない程度で、ゾワワッときた。

「……俺に聞くんすか。 えっと、その気も無いのにボディータッチを繰り返してきた気さくな人から、突然距離を取られたような気味の悪さなら感じました」

 見た目的にも、サバサバした男勝りキャラの方がお似合いな気がする。 なので、今更キャラ変されるのは何か違う。
 なんて思いも込めて伝えてみたところ、シチシさんは満足気にアマノさんへと視線を戻した。

「だってさ♪」
「ハァ……お気遣い、痛み入ります。 それと、ここで見たこと聞いたことは、どうか胸の内にのみとどめ置き下さい」

 心苦しそうな面持ちで頭を下げるアマノさんに、俺は慌てて頷き返した。

「安心してください、そのつもりでしたので。 てか言ったところで痛い奴扱いか、虚言癖きょげんへき呼ばわりされるだけですけどね」

 それ以上に、軽い気持ちで口にし、いるかも知れない信者さん達から敵認定だけはされたくない。
 これはアレだ、清純派アイドルの本性みたいなものだ。 誰にでもある裏の顔ぐらいでドヤれる程、俺は他人の私生活に興味なんて無い。
 アマノさんが「ありがとうございます」と頭を上げ、話を本題に戻す。

「えー……現在、我々は対象の潜伏場所を3ヵ所特定するまでにいたり、残すはそちらの世界の人々から、特に適性の高い方へと協力をあおぐべく、下準備をしていた。 まさにその最中さなかだった訳です……」
「そこの阿呆あほうがウチらの留守を狙って、勝手に召喚しよったんだ。 本来なら3人がかりで行い、極限まで条件を絞り込まねばならん儀式をたった一人でな! おかげで狙っていたガチ勢や格闘家のサイン貰いそこねたわ!」
「最後だけおかしくないか!?」

 私情駄々漏れの憤怒ふんぬに、ついタメ口でツッコんでしまった。
 いやでも、この人相手ならこんな態度で充分だろうて。
 ツッコミ所しかないのだもの!

「巻き込まれ地球人としてこれだけは言わせていただきますが、んな理由で誘拐された挙げ句、命懸けの異世界バトルになんて使われたくないですよ! てかガチ勢ってなんすか! 自衛隊員とか傭兵ようへいですか?!」
「いや、探せば一人くらいいるだろ? 自キャラで異世界転移主人公みたいな良い意味で頭おかしいゲーマーとか」
「eスポーツ!?」

 いやこの場合、eスポーツのプロとも限らないのか? YouTuberとかでも未来視してそうな戦略のヤバいのとかいるし。 確かに、ポ◯モンで現実に打ちのめされ、神技動画を見てる方が好きだとさとった俺よりは適性クッソ高いけど……。
 などと言葉を失っていると、アマノさんに申し訳なさそうにフォローされた。

「勿論、全て我々の都合ですので、可能な限りのサポートは惜しみません。 電子ゲームに関連した付喪神監修の元、死んだ場合に限りますが、記憶は保持したまま事前に記録しておいた時間軸までなら戻れるよう手配いたしましたし。 ――」
「セーブ&ロードってやつな♪ 時の神様を接待するの本当苦労したわぁ」
「――条件付きではありますが、その他多くの神々からも、加護や能力をお貸し頂ける事に相成あいなりました。 ――」
ちなみに、これらはだからな。 この件が終わり次第、ステータス欄もろとも回収されるのを忘れんように」
「――向こうに行った後も、一人では何かと不便ですので、信頼の置ける協力者を手配させて頂きます。 日本語の通じる方ですから、きっとお役に立てる筈です。 ――」
「戦闘面以外でなら頼りになる。 こいつにも一応、期間限定でステータスやらを使わせてやる予定だが、シスターだから出来て回復特化になるだろうなぁ~」
「――そうそう! 最後にもう1つ。 この度は完全に無関係なあなた様を我々の都合で一方的に巻き込み、多大なご迷惑をお掛けしてしまいますので……地球へのご帰還の際には、召喚された日と全くの同日同時刻へとお送り致します。 ですので、こちらでどれだけ経とうと、ご家族やご都合に影響が出ることはありません」
「まぁ、さすがに十数年も待ってらんないけどな。 なるべく、アレが本格的に動き出す前には叩きたいし」
「と、いうところなのですが……いかがでしょうか」

 恐る恐る、といった上目使いで俺の反応をうかがうアマノさん。
 そんな、たまに仕草の可愛らしくなる彼女に、俺は第一印象を素直に伝えた。

「過保護」
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