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初熱8

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▼△▼

 久しぶりに、本当にもう体感数年ぶりくらい久しぶりに、普通に眠った。
 話し合いの結果、夢世界内での活動は脳もしくは魔力回路を活性化させ続けるのではないか……という疑惑に至ったからだ。
 本当もう何を今更なな感じだけれど、魔法初心者な私と、自分の能力で体調を崩した経験なんて一度たりとも無かったお姉ちゃんでは、危機感すら抱けなかったのだから仕方がない。

 ちなみに、自力で眠れた訳じゃぁない。 シア先生が睡眠薬を調合してきてくれたのだ。 幼児用に調整し、飲みやすいようアッサリした喉越しのほんのり甘いジュースと共に。
 睡眠薬なんて初体験だったので、(うっわ! マジで眠くなってきた!♪ すげぇ! 睡眠薬やべぇ……)とかテンションがキモいまま意識が沈んでいった所までは覚えている。
 

 そんなこんなで、懐かしい夢を見た。
 家族の夢だ。 前世の方の。

 テレビの部屋で――我が家では普段からくつろいでいる居間をテレビの部屋と呼び、客が来たら通す部屋を居間と呼んでいたのだけど――テレビの部屋で、炬燵こたつの側面部分の布団に潜り、いつものように寝ていた自分が目を覚ますとこからのスタート。
 どうやら電気とテレビまで点けっぱなしらしく、布団ごしに光と音が透けて届いてくる。

 炬燵にしっかり入らず、側面の布団と毛布の間でくるまっているのには理由がある。
 1つは普通に入ってると熱いから。 ストーブの熱風を金属製の、なんかそれ用らしき筒状ので炬燵に入れていたから、寝てると低温火傷しそうなほど熱くなって目を覚ますのだ。
 2つ目は父ちゃんと姉ちゃんが邪魔で入れないから。
 足を伸ばせないから膝と腰が痛くなってくるし、頑張って入れてても足を曲げてないと「足曲げいよ」と2人に怒られる。
 最近では、トイプーの小太郎も入ってくるので、私の隙間が無い。
 3つ目はちょっと汚い話しになるんだけど、父ちゃんが頻繁に屁をこくから。
 起きててもイビキかいてても、炬燵の中からブッブッと聞こえてくる。 なので毛布でガードしつつ、布団で熱を逃がさないよう包まるのだ。
 父ちゃんが居ない時は、頭までスッポリ巻き付いている。

 そんな、いつもの場所、いつもの状態で目を覚ますと、全身低温火傷しそうなほど暑苦しいのに指一本動かせなくなっていた。
 特に右半身が熱源側なので、一周回って冷たく感じたほどに超熱い。
 金縛りか、神経と肉体が繋がっていないみたいに、力が入らない。

「……!」

 助けを呼ぼうにも、口が動かず声すら出なかった。
 ヤバイ、死ぬかも。
 呼吸の度に鼻と肺が苦しく、体のしんまでむら無く熱い。
 脱水症状かも知れない。
 またか。
 これといった脱水症状の経験は無いが、こうやって炬燵に殺されそうになる経験は何度もしてきた。
 学んで、寝る前に筒をストーブからずらしてるのに。 また誰かが近付けたらしい。

 熱い。
 熱い。
 動けない。
 熱ぃ。
 長い長いエンドレス四苦八苦を繰り返していると、誰かがテレビの部屋のガラス戸を開けた。

「また寝とるがんけ」

 母ちゃんだ。 助けて。
 せめて布団めくって。
 しかし口も開かないので声すら出せない。
 外の涼しい空気が欲しい。

「起きよぉ! いつまでも寝とらんと!」

 怒られた。
 18にもなってだらしなく寝てばかりいるデブに泣きたくなってるような声色で。
 起きたいよぉ!
 でもどうしたって起きれないんだよ。 手も足も動かない、どんなに踏ん張ってもどうしようも出来ない。
 てかついさっきまで起きてたんだよ? うとうとしてから何分経ったかなんて確認しようもないけど。
 お願いだから助けて。

「動こぅ、本当にぃ。 痩せな病院通わなならんくなるよ」

 してるよ。 でも痩せないんだよ。
 高校から卓球部に入って約3年間、ランニング・腹筋・背筋・腕立て・他色々+卓球の練習してきたよ。
 でも1kも減らないんだよ。 結局一回すら勝てなかったし。
 挙げ句、毎日のように関節痛いわ体だるいわでほぼ送り迎えしてもらう羽目になったけど、夏休み中でもサボらんと汗だくになりながら頑張ったんだよ?
 また自転車で登校したかったよ。
 それに今やって、階段で転んでできたていこつひびが未だに痛いけど、ベッドでなら腹筋できるんよ?
 嘘吐いとらんよ? それにテレビの部屋でやったら姉ちゃんに「汗臭い」とか「ここでやんなや」とか言われるやん、やから自分の部屋でしとるんよ。
 休んでるタイミングでだけ偶然見て「寝てばっかおらんと!」「ちょっとくらい頑張られよぉ! 自分のためやよ?」ってなっとるんよ。
――なんて、心に仕舞い込み続け、圧縮された思いが胸の奥を締め付ける。
 てかごめん、せめて布団捲って! マジ死ぬ!

「痩せてかっこよくならんな彼女出来んやろ、独りでどうすんがぁ。 生きてけんよ」

 痩せてもかっこよくなる骨格しとらんて。 あごだって、小学から歯の矯正通っとったけど、引っ込まんかったやん。
 それに人に好かれる性格しとったら学校で独りになんかなっとらんよ。
 頑張れば頑張るほど比例して余計にミスるから邪魔になるし。 特にサッカーとかバレーとかバスケとか、ルール知らんし空気読めんから着いてけんもん。
 やから中学ん時、体育ほとんど見学しとったんよ。 こんなんっても嫌がられるだけやん。
 その上、頭も悪いから成績下位組やし、デブ・天パ・運動神経皆無・コミュ障とか誰が好きになるん?
 自分でもお断りするわ。
 何より他人の顔・名前覚えられんとか致命的やん?
 今、小学~高校時代のクラスメイトのフルネーム言えいわれたら2人しか覚えてないよ。
 片想いだった女子と、家に遊びに行く・来るくらい友達っぽくもあったけど校内じゃ嫌がる側だった男子しか覚えとらんもん。
 顔に至ってはモザイクが退いてくれない。

「はぁ……」

 眠っていると判断したのか、無視していると判断したのか、母ちゃんは言うだけ言って台所に行ってしまった。
 待って! お願い助けて!


 熱い。
 熱い。
 段々と思考が鈍ってきた。
 全身を蒸し焼こうとする高温に、熱い……死ぬ……と心臓が警鐘けいしょうを鳴らす。
 指さえ動けば全身も動かせるようになるのでは、と親指に力を込めるも、筋肉に命令が届く様子は無い。

 ……もう、諦めようかな。

 いつもの事だ。 死ぬほど息苦しいけど、どうせこのあと睡魔に負けて、次目覚めた時には起きれるようになってる。
 毎度そうなのだ。 だから、もうこれ以上無駄に頑張る必要なんて……。

『**********』

 ん?
 声が聞こえた。
 家族の誰とも違う、ふんわり優しい女性の声。
 その声は私の近く、布団の向こう側から聞こえてくる。

『*******』

 知らない言語だ。
 ハッキリ聞こえたし、一度きりではない事から、気のせいや、たまにある幻聴みたいな耳鳴りでもないっぽい。
 あ、アニメか。 テレビが点きっぱらしいから。

『***、*********、エ*ルナ***』

 ん?

『エメルナ***』

 私の、名前?
 何言ってるか全然だし、そんな外国人みたいな名前でもニックネームですらもないのに、それが自分を指す名であるとだけは理解できる。
 知人だろうか。 でも……
 誰?
 聞き覚えのあるような無いような。
 私に友達なんていないし。
 ……頭がボンヤリしていて思考がとろい。 顔は知ってるのに名前が出てこないあんな感じ。

 と突如、睡眠薬以上の強烈な睡魔に意識を包まれ、あらがう間もなく――


――夢から覚めた。

(…………)

 照明がアロマキャンドルのみで薄暗く、数時間も眠っていたとうかがえる。
 夕方か。 もしくは曇り?
 相変わらず体内はだるように熱いし、口呼吸で喉がカラッカラ。 けど炬燵とは違って、肌に触れる空気が涼しい。
 炬燵……そうだ、さっきまで炬燵にいたような。

(??? ……あっ、夢か!)

 一瞬、自分に何が起きていたのか理解出来なかった。

 夢なのに自由に動けず、お姉ちゃんがらず、自分が転生した事すら忘れて。
 事に、疑問を感じてしまっていた。
 前世の私なら、夢とはそういうものだと納得していたのに。 何故か中学の教室にいて期末テスト直前過ぎて焦った時も、片想いの女子と話す機会が出来たくせに告白しなかった時も、歯が全部取れた時も、目が覚めるまで何一つとして疑わなかったし、起きた後もそれを疑問になんて思わなかった。
 以前お姉ちゃんが現代日本文化に染まりつつあるとか感じてニヤニヤしてたが、知らず知らず、私もサキュバス色に染まっていたらしい。
 
 親指を曲げ、両手を握って開いて、動ける事を何度も確認する。
 ホッと一息。 緊張がほぐれる。

 ガチ死ぬかと。
 ハッキリとは思い出せないけど、あの何度も呼び掛け続けてくれた人には感謝しないとだな。
 彼女のおかげで目が覚めたようなものだし。

((どうかしたの?))

 動作確認をしていると、頭の奥から寝起きな声が聞こえてきた。

(あっ、いた)

 実家のような安心感。
 どうやら、体だけはシンクロしているので、私の行動が謎だったらしい。


 要点をい摘まんでなんとか説明し、喉が水を求めだしたため右側に顔を向ける。
 と、肝心のお母さんは背もたれが無いにも関わらず、椅子に座りながら器用に眠っていた。

 あれ?
 さっき、私に話し掛けてくれていたあの声。 お母さんじゃなかったのか。
 なら、こっち?

 反対側に頭を転がす。
 と、そこには見たことの無いゆるキャラが座っていた。

「んっ!?!」

 体がビクッ!っと固まり、つい鼻から変な声が出る。
 三頭身の、ペンギンのひなみたいなその何かは、私の頭の真横に座り足側の壁を見詰めていた。
 全身綺麗なオフホワイト。 毛並みは美容院にでも行って来たのかってほどつややかで……。

(ってこれ、ぬいぐるみじゃん)

 見上げると、明らかに布製なティアラっぽい髪飾りまで丸い頭部に縫い付けられていた。

 前世なら一見して作り物だと分かっただろうが、異世界だからなぁ。
 魔法少女になる契約を迫りそうなフォルムしやがって。 紛らわしい。

 カスタード色した尖端の丸いくちばしつぶらな瞳ボタンは桜色で、手にも足にも爪が無い。
 いや、手には指すら無かった。 まさしくデフォルメされたペンギンだ。
 ティアラもあいまってか、姫コーデのお人形のような印象すら受ける。

 何でここに?
 誰かがお見舞いに来てくれたんだろうけど、心当たりがまるで無い。

((エレオノールさんやクーテルさんからは、昨日色々貰っちゃったもんね))
(……良かった、こっちの世界でも2日連続ってのは無いんだね)

 連日お見舞いに来るとは考えられない、とは思っていたが、万が一ってのがあるからな。
 まぁ、フローラちゃんや双子ちゃんが、オイルタイマー目当てに駄々を捏ねて、とかならありえそうだけど。
 あっ、まさかこれ、忘れ物って可能性も……?

「ンッ……ンン~?」

 鼻から抜けるくぐもった吐息に頭を転がすと、お母さんが目を覚ました。
 瞼を指で軽く揉み、首をグ~ッと反らしてから「起きたの?」と私を見て、ギョッとする。

「何それ……?!」

 私とは対照的な、目を丸する程度の静かなリアクションだった。

 あれ? お母さんも知らないの?
 てっきり、お見舞いを貰ってからうとうとしちゃったのかと思ってたのに。
 気を使って、起こさずにぬいぐるみだけ置いて帰ったのだろうか。
 ヤバイな、これじゃぁ恩返しどころかお礼も言えんぞ。

 その後、ぬいぐるみを調べたり、廊下も探したお母さんだったが、お見舞いに来てくれた人物は見当たらなかった。

 ・ ・

 コンコン。
 お母さんに水を飲ませて貰っていると、廊下側の壁をノックする音が聞こえた。

「シア先生……?」
「調子はどう」

 コップから口を離して振り向くと、ちょうどシア先生とナースちゃんが病室へ入ってくる所だった。
 ナースちゃんの顔色が暗い。
 お母さんがコップを置き、私の額に手を添える。
 冷え症なのか温度差からか、お母さんの掌が冷た気持ちいい。

「また上がってきてます。 空石はー……えぇぇ」

 娘の上半身を捲り、包帯に指で隙間を作ったお母さんが、眉をひそめ言葉にならない声を漏らした。

(えっ! なになに?!)

 不安になって見下ろしてみると、包帯の隙間から頭を出していた空石は、先と同じ磨り琥珀色に変色していた。
 頭から血の気が引く。

「もうなのですか!? あれから4時間も経ってないなのに!」
(てことは、私ってば3時間強も眠ってたの?)

 睡眠薬恐るべし。 ……とか感心してる場合じゃぁないよね、分かってる、うん。
 焦って変な方向に思考が向いたわ。

((あれ? そういえば、ナースちゃん帰ってきてたんだ))

 お姉ちゃんの一言にハッと気が付く。

(あれ? でも……)

 部屋中見渡してみたが、それらしき空石の山は見当たらなかった。
 私の見えない所に積まれてる、とか? にしては体温が下がった気はしないのだが。

「シア先生の方は……」

 お母さんが、私の包帯をほどきながらシア先生を見上げる。
 するとシア先生は、深刻な面持ちで後頭部をガシガシ掻いた。

「それがさ、もう皆売っ払っちゃったらしくて。 一応ついさっき、午前中に出てったっていうパマトラ商会のカートに連絡飛ばしたとこなんだけど……」

 『カート』とは、ぼう賢狼けんろうさんの相棒行商人が使っていたリヤカータイプの四輪荷馬車である。 そもそもその作品を知らないって人は『狼』と『香辛料』で検索すると良い。

 カート……売っ払った……空石、どゆこと?
 空石、集まらなかったってこと?

 歯切れの悪い現状に、お母さんも「そう、ですか……」と苦い表情を浮かべるしかなかった。
 お母さんのこんなに辛そうな顔、初めて見たかも。
 私も、なんだか段々と怖くなってきた……。
 回路不全のせいか、雑魚メンタルなせいか、自分の心臓がやけにうるさい。

(大丈夫だよね? 治るんだよね、私?)

 楽観視していたつもりは無いんだけど、いつの間にか真綿まわたでジワジワと首をめられていたような気持ち悪さを、今更ながらに実感する。
 原因だとか、再発防止に~とか、現実逃避してる場合じゃなかった。
 どうしよ……。

 火影ほかげ揺らめく中、口を重たくする沈黙が病室を支配する。
 少しして、何かを決心したお母さんが顔を上げた。

「あのっ……私にも何か出来る事って、ありませんか?」

 悪化していく娘の容態を前に、居ても立っても居られない焦燥しょうそうがヒシヒシと伝わってくる。
 そんな元生徒の真剣な眼差しに、シア先生は「ん~……」と腕を組み、親指を下唇に押し当てた。
 本来ならここは「私達に任せて、娘のそばに居てあげて」とするべきだろうが……。
 「……そうだ」とシア先生が唇から指を離す。

「シエっち、商業ギルドか村役場の在庫にでも、ユベール加工された製品があったら借りてきて。 フィウサンスーリープ製ならなお良し」

 まーた初耳単語が増えたけど、もうどうでも良くなってきたのでスルーしよう。

 お母さんが「スーリープ……?」と、棚に入れていた荷物から私のミサンガを取り出した。

「これ、どうでしょうか。 エメルナの誕生日に師匠から頂いたものなんですが、身に付けてるだけで位置情報を送受信してくれるんです」
「あの人、子供に何て物あげてんだ……うっわ金糸!? やり過ぎだろぉ」

 親戚の過剰なお年玉でドン引きしたみたいなリアクションに、親近感を覚える。

 完全に同意。 てか、フローラちゃん家のお婆ちゃんのこと、知ってるんだね。
 因みにたちの悪さで言うと、どっこいどっこいですよ。

 差し出されたミサンガを手に取り、医者の目で色々と調べていく。

「ん~……無いよりはマシだけど、効率が良すぎて魔力を消費しづらいかも。 ついになってるのはシエっちが?」
「はい。 あっでも、師匠も持ってます」
「えっ……何で?」
「ほぼ孫だから、って」
「…………まぁ、いいっか」

 どうやらフローラお婆ちゃんと関わりのある人達は、総じてスルースキルが高いらしい。

 ミサンガを私の左手首に巻き付け、結ぶ。
 温度差からか、接触冷感みたいにヒンヤリしていて、手首だけだけど気持ちいい。
 全身熱苦しいと一ヶ所違うだけで気分が救われる。

「そうだ、もう一つユベール加工されたのが家にあるんですが」

 同じく誕生日におくられてきた、銀のプレートネックレスか。
 詳細を説明していくが、シア先生の反応は薄い。

「ん~……ダイヤモンドの付いてない方は使えるかもだけど。 無いよりはマシだから一応持ってきておいて。 私は連絡待ちしてるから、ここはセラっちに任せた」
「「はい」なのです!」

 ・ ・

 私の空石を付け替えた後、シア先生とお母さんはパタパタと病室から出ていった。
 私から見て左側にナースちゃんが腰を下ろす。
 幸い、ナースちゃんは息苦しくしている病人へマシンガントークするタイプではなかったので、心置きなくお姉ちゃんに相談できた。
 寝たフリのため、まぶたを下ろす。

(お姉ちゃ~ん)
((んっ。 何?))

 私の内側で何かしていたお姉ちゃんが作業の手を止めた。

(……何かしてた?)

 心で繋がっているため、些細な感情の機微きびや行動はなんとなく伝わってくるんだけど、その行動が何をして、何を目的としているのかまでは伝わらない。 
 自転車をいでいる映像から背景と自転車を編集で取り除いたようなものだ。
 さっきのお姉ちゃんは動きこそ無かったものの、何かに集中している様子だった。
 邪魔したかな?

 お姉ちゃんに((そんなことないよ♪))と頭をワシャワシャ撫でられる。

((ちょっと魔力の流れを調整して、中毒症状だけでも抑えられないかな~と思ってたんだけどね。 思ったより体が弱くて……))
(あぁ~……)

 私が相談しようと思っていたアイデアの一つを、既にお姉ちゃんは実行ののち失敗していた。

 何を考えていたのかと言うと、とある作品の受け売りになるのだが、全身を巡る濃い魔力を一点に集中・圧縮し、その他の濃度を薄めようとしていた訳だ。
 一時しのぎにしかならないかもだけど、ず~っとサウナに居るような苦しさが続くよりはマシだ。
 けど、失敗した。

((人の子って、こんなに魔素への抵抗力無いんだね……))
(私もこっちの基準なんて知らないけど、まぁ人間だし、魔族よりは弱くても納得かな)

 しかもお姉ちゃんってばサキュバスだもの。 悪魔とか、逆に最強そうなイメージでしかない。


((で、何か聞きたい事があったんじゃない?))
(あ、うん)

 そうそう、失敗したことは置いといて、ちょっとお姉ちゃんには今の内に聞いておきたい事が沢山あるのだ。
 これ以上、ただ待ってるだけではいけない気がするから。
 まずは……そうだな、やっぱこれからにしよう。

(あのさ、魔力量が問題なら、何で誰も直接吸い出そうとはしないの? お母さんなんて魔法が使える元冒険者でしょ?)

 以前、魔法は体内の魔力だけではなく、周囲の魔力も一緒に利用するものだと教わったのだが。
 平均の数倍とはいえ、お母さん達に吸いきれない量とは思えない。
 なのに、何でこんなに手っ取り早い方法を誰も提案しないのか。

 お姉ちゃんが、私にも解りやすく言葉を選ぶ。

((んっとね……詳しくは授業でする予定だから、ここでははぶくけど、保有魔力には所有権みたいなのがあるんだよ。 だから親子であっても、本人以外に体内の魔力を操作することは、原則として不可能なの))
(えっ、じゃぁこっちにはドレイン系の技とかって無いの?)

 相手のMPを吸収する的な。

((あぁそういうのは、魔蟲や魔樹にしか使えない、ゲームでいう『固有スキル』って分類だね。 毒みたいに自分の魔力を流し込んで、絡め取って強引に吸い出してくの))

 なにそれエグい……!

 ドン引きする私に、お姉ちゃんが軽く微笑む。

((その話しはまた今度するとして。 つまり私達の魔力の所有権は私達にあるから、優先度的に、お母さん達には干渉かんしょう出来ないの))
(へ~。 ……あれ? じゃぁ空石とかミサンガが勝手に吸収できてるのは??)

 いきなり矛盾してない?

((それはね、空石や精霊属の素材って何故か優先度が保有者よりも上なの。 魔素は自然物だから、自然の化身でもある精霊王に最高権があるって話しだけど……諸説しょせつあるから断言までは出来ないかな))
(つまり、魔素も空石も精霊王の一部で、スーリープみたいな精獣達は精霊王の眷属けんぞくにあたるから、実質借りてるだけの人間よりもそっちに流れやすいって訳か)

 毛細管現象みたいに物理的なものかと思ってた。
 いや、魔素が物理わくかは知らんけど。
 ゲーム好きじゃないと理解し辛かったかも。

 理屈はなんとなく分かったので、次の質問に移るとしよう。

(この取っても取っても無くならない魔素は何処から来てるの?)

 さっきの話しにもちょこっと出たが、こっちの世界の人間は自ら魔素を作り出しているのではなく、周囲の魔素を取り込み・体内で保管している。
 なのに私ってばずっと、空石で取っても取っても暑苦しいまま。 病室内の濃度すら一向に下がっていく様子が無い。
 これでは、空石を使って室内の濃度を薄めるって話とも矛盾する。

 そう説明すると、お姉ちゃんはしばらく((ん~……))と悩み、取捨選択して答えてくれた。
((えっとね、窓や扉を閉め切ってても、部屋の空気……酸素は無くならないでしょ?))
(うん)

 窓や扉の僅かな隙間までキッチリ埋めて、完璧に密閉でもしない限りは大丈夫な筈だ。 じゃなきゃ就寝中に窒息死する。

((魔素だって同じだよ。 締め切ってても入ってくるから、そう簡単には無くならない。 でも、減らす事は出来るでしょ?))
(……部屋でガンガンにロウソクいて、酸素を急激に減らしてく感じ?)

 それなら、隙間からの供給程度じゃ間に合わなそう。

((そうそれ。 多分、この病室の壁にも空石が使われてるんだろうね。 空石の粉末を使った壁材は魔素を吸収・遮断するから、室内の濃度を調節しやすいの。 最近じゃあ空石入りのペンキなんて物も売られてて、塗るだけでそれなりの効果があるんだよ))

 精霊王の一部のどえらい使われ方に、言葉を失う。

 粉々にしちゃったの? よく怒られなかったな。
 てかそれでも吸収するって、謎物質過ぎるんですが。

(あっ!)

 と、ここでふと気が付く。
 皆が売っ払ったっていう空石、それを積んで出てったらしいカート。
 あの時はサッパリ繋がらなかったけど、空石を取り引きしているあきないが存在してるのか!
 パズルのピースがカチリと嵌まったような高揚感に、一瞬とはいえ暑苦しさすら忘れる。
 空石ってそんなに需要じゅようあったんだ……魔石の絞りカスとしか見てなかったわ。
 電池やバッテリーと混同していたから、廃品回収の類いかと勘違いしていた。
 ん? あれ? て事はまさか出ていったって、村の外に出てっちゃってるってこと?
 連絡待ちって言ってたし。
 これは……思った以上に望み薄かも。
 
((どうかした?))
(えっ? あっ、うんん、ごめんごめん)

 唐突な目からうろこに脱線したが、お姉ちゃんによって思考を戻される。
 せっかくなので事実確認しようかともぎったけど、予想通りだとすると尚更のこと、1秒でも早く私達に出来るさくを見つけ出しておきたいので、この場は一旦はぐらかしておく事にした。

 となるとやっぱり……最悪の事態で想定するべきだよね。
 さて、聞きたいことは大体聞けたので、ここからはとにかく、私達に出来る手段を探していこう。

 ・ ・ ・

 あれから十数分――

(万策……尽きたね)
((…………うん))

――私達は、戻らぬお母さんとシア先生に命運をたくし、暗い天井を見上げて放心していた。
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釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

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