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初熱6

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 大きく吸ってぇ~、吐いて~を繰り返し、鼻と喉をスーッと刺激する爽やかさすらも味わいながら、肺を洗浄するイメージで深呼吸を繰り返す。
 そろそろ横隔膜が辛くなってきたって所でペースを戻し、私はまたしても、さっきと同じ感想に行き着いた。

(うん、入浴剤【森の香り】だこれ)
 いやー懐かしいわー♪(棒)

 期待に無い胸を膨らませ、待ちに待った『薬草』の芳香ほうこうは、前世で幾度とお世話になった、風呂に入れるとジュワ~~と溶け出すあの固形物と見事なまでに酷似こくじしていた。

 いやまぁ、あれよりは雑味と言うか、わずかながらに奥の方で雑草感ただよってるけど。
 例えるなら……そう! 窓開けたら近所で草刈りしてた時のにおい。 あんな感じ。

 『薬草』って聞くとミントやパクチー、よもぎみたいなのを想像していたから、ちょっとガッカリだ。
 第1希望はミントだったんだけどなぁ~。
 子供の頃は苦手だったけど、最近やっと美味しく感じられるようになってきた所だったんだよ、チョコミント。
 ホント勿体もったいない。

((ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど))
(ん?)

 呼吸以外にやることも無いのでぼーっと天井の木目を眺めていると、お姉ちゃんに思考を読まれた。

(何?)
((さっきから言ってる『薬草』って、まさか『HPを回復するアイテム』的な、あの薬草のこと?))
(うん、そうだけど?)

 当然だ。 それ以外に何がある。

 せっかくRPG的剣と魔法の異世界に来たのだから、実物を生で見たいじゃないか。 エリクサーとかは無理としても、片手剣や下級ポーション程度のレアリティまでなら可能な筈だ。
 薬草なんてそれこそ、子供が『親のお手伝い』で採取してくる定番常備薬でしょうに。
 何より回復系ってのが素晴らしい。 私ってば攻撃関係より回復系統に興奮するたちなのだ。

 お姉ちゃんが言い辛そうに、((ぁ~……))と髪をいじる。
((残念だけど、そんな回復職ヒーラー泣かせなお手軽野草、こっちには存在しないよ?))
(……へ?)

 存在……しない?
 頭がポカンとからになる。
 えっ、何で?

 やっと見付けたオアシスが、蜃気楼でした(笑)テッテレ~♪【ドッキリ大成功!!】みたいなパニックに襲われ、私はすがるように問いかけた。

(だって、シア先生が『薬草』って……)
((いやいや、即効で傷が癒えるとか、どう考えても希少アイテムでしょ。 そんなのそこら辺に自生じせいしてたら生態系崩壊しかねないって))

 確かに。 草食動物がそんな便利過ぎる薬草を無視する訳が無いわな。
 せっかく追い詰めた獲物に回復されてちゃ、肉食獣なんてやってられない。

((そもそも、そっちの世界にだって薬草、『薬の材料になる植物』くらいあったんでしょ? そっちの方の薬草だって))

 有名どころで言うならドクダミとかシャクヤクとかハッカとか。

(あ~……)

 グゥの音も出ない程、納得した。

 異世界と言えば『薬草=HP回復アイテム(またはポーションの調合素材)』という認識しか頭に無かったわ。
 そもそも『薬草』って何よ。 正式名称は? 固有名詞は? 大雑把過ぎだろ。
 そういう意味でも、『薬草』って聞いただけで舞い上がってしまった私が如何いかに単細胞だったか……。
 恥ずかしい。

((まぁ、ゲーム中でも『薬草シルフィウム』って読んでた私だって悪いんだけどね))

 言われてみれば、『薬草』って初めて聞いたのは授業ではなくゲームの説明中だったなぁ。
 普段勿体もったいぶって教えてくれないから、(口を滑らせたな!?)って内心ニヤニヤしちゃってたのを覚えている。
 まさか認識にズレが生じていたとは。
 
 この入浴剤のような香りが薬草なのだとすると、複数の薬草を混ぜ合わせている可能性が出てきたな。
 それほどまでに、この薬草オイルのアロマキャンドルは、単一とは思えないゆたかな香りを放っている。
 色々殺菌出来そうな気がして深呼吸したくらいだ。


 キャンドルの火は、頭上の棚に置かれているので全然見れないんだけど、天井の一部に反射したオレンジが安定しているので、揺れも少ないのが分かる。
 暖炉だんろや焚き火などの火にはリラックス効果があるってテレビで見たが、これでも効果はあるのだろうか。
 入院2日目。 昨晩やらかしたせいで、チートだと思っていた夢世界のリスクを身を持って理解した私とお姉ちゃんは、スポーツ前のウォームアップ並みに暖まった体のせいで沸き上がる遊びたい欲を何とか自重し、そのままベッドで安静にしていた。
 なのでどうにも眠れそうにない。
 エンジンを掛けられたのに走らせて貰えない車みたいなウズウズ感が眠気を阻害する。 かと言って、ハイハイで立つこともままならなかった数ヵ月前よりもやることが無い。
 地味に苦行だ。

 あ~……あの中庭歩きたい。

 でも原因不明なまま、また花と接触するのはちょっと恐ろしい。
 じゃぁどうしようか。
 そこで思い付いたのが魔力操作だ。
 絶賛吸出し中とはいえ、せっかく魔力量を減らせる手段がもう1つあるのだから、これを使わない手は無いだろう?
 他の子供には無理でも、結晶化すら可能にした私ならば体内の魔力を放出する程度など造作もない。
 昼には退院出来ちゃったりして♪

 ……なぁんて思っていた時期が私にもありました。

 お母さんが居るんだよなぁ。
 元冒険者にして、ゴブリンの群れに大きめなファイアーボールをボカスカ撃ち込んでいた我が母を前に、目潰ししか出来なかった私がバレずに魔力を放出し続けるなんて……どう考えても無理でしょ。
 今まで散々奇行を笑って済ませてくれていたお母さんでも、教えていない魔力操作までは見過ごせまい。
 私だってそうする。
 なのでもう、本当にどうしようもないのだ。

(つまり、酸素中毒みたいなもの?)
((酸素中毒?))

 初めての言葉に、お姉ちゃんが問い返す。
 AM9時頃現在、夢世界への避難すら叶わず暇を持て余した私とお姉ちゃんは、今回の原因や気になった事について、お互いの知識の刷り合わせをおこなっていた。
 端的たんてきに言うと反省会である。
 ちなみに、お姉ちゃんってば私よりも好奇心旺盛で、既に元素記号なら学校で習う半分くらいまで暗記しちゃっている。
 呼吸が空気ではなく酸素を取り入れているのだと知った時はえらく驚いていた。 そして更に勉強熱が高まっていた。
 知識欲を刺激されるのって、妙な気持ち良さがあるもんね。

(酸素中毒ってのは大まかに言うと、私達が常時吸って吐いてしている生命に欠かせない酸素も、純酸素(酸素100%)や分圧(ある成分が混合気体と同じ体積を単独で占めたときの圧力)によっては害になるの。 詳しくは忘れたから、検索した記憶の方を見てね)

 ((うん))と素っ気ない、心ここに有らずな頷きで返される。
 どうやら化学と言う名の深淵、その末端にでも触れたような感触に、ニヤニヤとウズウズが止まらないらしい。
 詳しくは後でね、好きに記憶を検索しててね。

 お姉ちゃんの話を聞いていると、この魔力回路不全は酸素中毒と少し似ているようだった。
 魔素だって魔法を使うには欠かせないし、通常なら無害。 しかし高濃度の魔素に長時間さらされたり、体内の魔素濃度が急上昇すると、無視出来ないレベルの支障を来たすらしい。
 その1つが、動悸どうき
 血圧が上がり、汗腺は汗をたくさん放出、脳は興奮状態になる。
 まさに今の私だ。
 そうなると、眠れないのにも納得がいった。 体循環と魔力回路は別次元だと思ってたのに……。
 つまり私は、1歳児の平均値以上の保有魔力と夜更かし(夢の中で)により、未発達である自律神経のバランスを崩してしまったのだ。
 馬っ鹿だぁ~……
 前世で何を学んだんだか。 知識ってのは知ってるでは意味が無いってのに。

 こうなると、私の知っている『自律神経の働き』一覧に、魔力回路の項目を書き加えなければだな。
 自律神経には『交感神経』と『副交感神経』があり、簡単に言うと交感神経が【起きている時・緊張状態時】で副交感神経が【寝ている時・リラックス状態時】だ。
 シア先生の発言、「夜更かしして遊び呆けてたのならまだしも……」から察するに、交感神経が【魔素の吸収】・副交感神経が【魔素の排出】であると考えられる。
 体は熱を放出することで眠たくなるって話を聞いたことがあるし、仮説にしては良い線行ってるんじゃないなかろうか。
 
(はぁ……)
 自らの行いの浅はかさに、呆れて言葉も出ない。
 前世でだって病欠の日は寝て過ごしてたってのに、夢世界がチートだからって油断していた。
 いや、そもそもチートだなんて認識自体が思い上がりだったのかも。
 大きな力には代償がともなう。 今回の場合で言うと、お姉ちゃんの力なのに調子に乗って楽していた私に対する運命レベルでのガッカリ微調整ってやつがそれに当たる。
 そういやシャミ子も露出度高めな夢魔だったっけ。
 
((元気出して。 私なんてこの能力と数百年の付き合いなのに、全然知らなかったんだから))
(あぁ……うん)

 軽い笑いではげましてくれてるんだろうけど、コメントに困る自虐じぎゃくネタは止めてほしい。
 そんなので元気を取り戻すようなら、私は恩知らずの傲慢ごうまんビッチだろう。
 ……ともあれ、いつまでも凹んでらんないのもまた確か。 せっかく身を削ってくれたんだから、私はお言葉に甘えてビッチとなろう。
 次だ、次!


(結局、テング熱の原因って何だったんだろね)

 風邪みたいなものだってのは分かったけど、感染経路がピンとこない。
 だって私だけなんだもん、発症したの。

(やっぱ潜伏期間とかあって、前の日には感染してたのかなぁ)
((でも、1年間病気知らずだったくらい綺麗にしてたでしょ? 変な物も口にしてないし))
(だよね~)

 そう、我が家は清潔なのだ。 物で散乱しているなんて事もないし、週に1回は軽く掃除、月に1回ペースで部屋中の溝や角、天井までいている。
 私だって未知の病気になんてかかりたくないので、なるべく清潔を心掛けてきた。
 こっちでの病気とか、前世より死亡率高そうだもん。

((ん~、国泣かせって訳でもないしねぇ))
(うん……)

 アレルギーなら、同じ場所で遊び同じ物を食べていた中で私1人が、ってのも頷ける。 けど実際にはテング熱であり、菌まで見付かっている始末。
 そこはもうくつがえしようがない。
 同じ理由により、蝶の鱗粉りんぷんや姫踊子草の毒説も却下。

((蝶の鱗粉に付着していた菌を吸って、感染しちゃったとかは?))
(それだと、双子ちゃんの方が私より重症そうじゃない?)

 蝶の激流真っ只中だったんだから。

((だよね~。 じゃぁ……タリマリかなぁ?))

 帰りに食ったたこ焼き型のパンケーキ(ジャム入り)ね。

(ん~でも、加熱殺菌されてそうじゃない?)

 皆で仲良くシェアしてたし。 それだと同年代であるフローラちゃんが無事なのは納得がいかない。
 てか熱に耐える程の菌だったら、こんな風邪以下じゃ済まないでしょ。 もっと下痢げりとか嘔吐おうとがあってもおかしくない筈だ。

(そもそも菌って何だよ、何の菌だよ)
((植物にだけ多く居る菌、とか?))
(そんなの居るの?)
((さぁ?))
(……)

 風邪と同じく、特定の菌がある訳ではないって話しだから聞き流してたけど、このフワッと設定のせいで何も進展しないんだよなぁ~さっきから。
 どん詰まりだ。
 超危険なウィルスや感染症でもない限り、結局は免疫力の問題だしね。
 日頃の行いには気を付けてた筈なんだけどなぁ~。

(あ~終わり終わり! どうせニワカ知識の素人考えなんだし、答えなんて最初っから出てるんだもん。 他の話ししよ~!)

 単なる暇潰しに頭使いすぎなんだよ、馬鹿みたい。 せっかくなら楽しい話がしたい。
 トークテーマ「こんな菌は嫌だ」とかどうだろう。
 真面目な話はいい加減飽きて……

((他にねぇ。 時季的に、『本当にあった怖い話し~異世界編』なんてどう?♪))
(……免疫?)
((ん?))

 いい加減飽きていたのだが……何か、引っ掛かる。

 何だっけ。 
 花……菌……免疫力……うっ、頭が悪い(哀)。

(花……いや、蜜の方だっけなぁ)
((蜂蜜?))
(ぁっ! そうそれ!)

 新たなルートが繋がった。

(乳児ボツリヌス症!!)
((な、え? 何て?))

『乳児ボツリヌス症』
 乳児に蜂蜜を食べさせてはいけない。 蜂蜜に潜むボツリヌス菌により、最悪死亡するケースがあるからだ。
 『ボツリヌス菌』とは、乾燥や熱に強い『芽胞がほう』を形成する菌で、酸素の少ない状況になると発芽し、極めて強い毒素を生産する。
 しかもこの芽胞状態では、100度の加熱でも生き残る。
 症状としては便秘が数日続き、全身の筋力低下・脱力状態・哺乳力の低下・泣き声が小さくなる。 特に顔面は無表情となり、筋肉の弛緩しかんにより頭部を支えられなくなるといった症状を引き起こす。
 殆どの場合、適切な治療によって回復するが、希に亡くなるケースもある危険な菌だ。

 では、そんな危険な菌が入っているにも関わらず、なぜ私達は問題無く蜂蜜を食べられるのか。
 それは、ボツリヌス菌が腸内細菌より弱いから。
 大人の場合、ボツリヌス菌が入っても他の腸内細菌との競争に負けてしまうため、問題になる事はまず無い。
 しかし腸内細菌の環境が整っていない乳児(1歳児未満)に入ると、ボツリヌス菌が増えて毒素を作ってしまう訳だ。
 『乳児ボツリヌス症』の名の通りである。

((ちょっと待って! 言いたい事は分かったけど、今回のとは関係無くない?))

 興奮気味な私をお姉ちゃんが引き止める。

((全身の怠さが筋肉の弛緩によるものかなんて分からないし、オムツの交換回数は少し減ったけど、便秘って感じじゃない。 何より次の日には改善してるんだから、そんなに酷い症状とは思えないんだけど?))

 分かってる、さすがに暴論だってのは。
 私ら1歳以上だし、腸内細菌は離乳食で整うからね。
 ……そこまでの共通点(?)があるとは、言われるまで気が付かなかったが。

(大丈夫、私もボツリヌス菌が原因だとは思ってないよ)

 だってここ異世界だもん。 ボツリヌス菌なんて居ないかもだし、非常に似た性質を持つ別の弱い菌の可能性だってある。
 全くの見当外れでしたってオチならむしろ大歓迎。 菌にはこんな奴もいるんだよって事例を、参考までに知っててもらいたかっただけだ。
 本題はここからだ。

(言いたかったのは腸内細菌や免疫力の方だよ。 あの7人の中で、1番それらが弱かったのが私達だったって事。 だから私達だけが風邪未満な症状しか引き起こせない菌で発症しちゃったんだよ)
((……ん? それって普通の事じゃないの?))

 お姉ちゃんが頭を悩ませる。

 ここまで引っ張っておいて何を今更に聞こえたかも知れないが、もうちょっと深く考えてほしい。
 私は、同じ状況下で発症しなかった同年代、フローラちゃんに引っ掛かっていた。
 なぜ清潔を心掛けてきた私ではなく、純粋な1歳児たるフローラちゃんが無事だったのか。
 体質? 運?
 そんなふわっと誤差ではなく、ハッキリとした明確な違いが2人にはある。

 噛み癖だ。

 歯が生えてくるこの時期、歯茎はとにかくムズかゆくって仕方がなかった。
 しかし病気になりたくなかった・物を唾液まみれにしたくなかった私は、目につく玩具や服やカーテンを我慢し、自分の指か舌・歯ブラシ・お母さんの乳首でギリギリ我慢してきた。
 お父さんの風呂上がりの指を執拗しつようにハグハグしてた事もある。

 しかしそれは、1歳前後の幼児としてはあり得ない行いなのだ。
 この時期の噛み癖には理由がある。
 痒みの他にも、意思を伝えようとしている・物の硬さや感触を確かめる・両親の反応を見て楽しんでいる、がそれだ。
 更に噛み癖には、幼児本人も意図していないであろう副次効果がある。
 それは『雑菌を体内に取り入れ、免疫力を鍛える』だ。

((そっか、だから私達だけが……。 汚い・危ないって避けてたのが逆効果になっちゃったんだね?))
(うん)

 前世の記憶があだとなった。
 特に私は、今世こそ整理整頓を癖にしたい・物を大切にしたい・変な病気にかかりたくない等、幼児らしからぬ目標ばかり掲げてきた。
 そのせいで、免疫力アップのチャンスをみすみす逃しかけていたのだ。

 子供の免疫力は2~3歳頃までに整うとされていて、腸内環境はもちろん、雑菌を取り入れて軽い風邪を繰り返すこともある程度必要となってくる。
 そうすることでアトピー・アレルギー・喘息ぜんそくのリスクを減らせるらしい。
 あえて家畜や様々な植物に晒すため、牧場に行く事をオススメする本だってあるくらいだ。 
 だからって免疫力の1番低い時期である乳児を無闇に連れ回したり、積極的に不衛生にしようものなら感染症や重い病気の危険があるので、公園の砂場で遊ばせるくらいが丁度良い。

 なのに私は潔癖だった。
 掃除の行き届いた家で、玩具や服を噛むことも無い。 外ではなるべく接触を避け、帰宅すればシャワーに直行。
 雑菌を恐れてきた。
 だって異世界だよ? 前世ほど医療が発達してるとは思えないのに、インフルエンザやぺスト、未知の感染症になったらどうすんの。
 もう死ぬしかないじゃない。

 女の子に転生してしまったのも潔癖化した要因だろう。
 顔面偏差値の高い両親の間に産まれたのだから、何が何でも美少女に育ちたいというコンプレックス染みた願望が、怪我や汚れから遠ざけた。

 結果、私1人だけが免疫力を鍛えそこね、そうでもない低レベル菌に敗北したのだ。

 マヌケは見付かった。

((つまり、今回のテング熱の原因って……))
(前世の記憶のせい、かな?)

 なんてこった。

 ・ 

「そんなに珍しいなのですか?」
「だって、今までこんなこと一度も無かったのに……」

 昼食を運んできてくれたナースちゃんに、動揺を隠しきれていないお母さんが相談している。
 そんな様子を私は、デザートにと剥いてくれていたリンゴキャルプの皮を口一杯にモグモグしながら傍観していた。 お母さんの目を盗んで急ぎ確保したので、何本かベロンとはみ出ている。

 あぶらとり紙みたいな噛みごたえしてんな、これ。

「ずっと出してって言ってるのにかたくなに出してくれなくて」
「ぁ~、これ全然噛み切れてないだけなのですね……」

 どうやら、ナースちゃんにまで残念な子認定されてしまったらしい。

 心外だ。 私は皮にいる筈の酵母菌とりんごポリフェノールを摂取しているのであって、決して衝動的な奇行ではないのに。 多少頬張り過ぎたかなとは思うけど。

 ちゃんとお姉ちゃんとも話し合ったんだから!

((いや、今食べるとまでは……))
(……え?)

 あれ?
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