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初熱2

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『テング熱』。
 前世では聞いたこともない病名なので、多分こっちの世界特有のなんだろうけれど、簡単に言うと風邪の一種らしい。
 風邪(正式には風邪症候群)は、上気道(鼻や喉)の急性炎症の総称で、約90%がウイルス感染によるものだ。
 風邪のウイルスは200種類以上あるらしく、どのウイルスが原因かを特定するのは、前世ですら困難だと聞いたことがある。
 でだ、現在進行形で私を苦しめているこのテング熱ってのにも、決まったウイルスが見つかっている訳ではないらしい。
 特徴は、顔が赤くなる程の高熱・全身の気怠けだるさ……そんだけ。
 薬が必要なのは乳幼児期くらいで、○○病とか付ける程の症状でもないため、○○熱って分類にしているんだとか。
 お姉ちゃんがそう言ってた。

 で、肝心の『テング』についてなんだけど……

(何で?)
((さぁ?))

 知らなかった。
 てか声色的に、何故に私がこんなにも騒いでいるのかすら、理解していない様子だった。
 お姉ちゃんの困った苦笑いが聞こえる。

((そもそも私、まだピンと来るほど日本語やそっちの世界に馴染めていないから、さっきはエメルナちゃんの反応の方にビックリしてたくらいだよ))
(……)

 酷い肩透かしをくらった気分である。
 うんまぁ普通に考えて、長生きしてるからって医師や学者、してや人族国家や日本の出身ですらなかったお姉ちゃんが、んなこと知るよしもないわな。
 お姉ペディアとか言って頼りきってた私が悪い。

(クッソ、また行き詰まりかぁ……)

 ピースの足りないパズルばっかプレゼントされていくようなれったさに、嫌気が差す。
 別世界があることは確定済みなんだから、こんなのがただの偶然だなんて割り切れないでしょ。

 衣類や玩具おもちゃ、食材や調理方法、そう聞こえる名前なんかは偶然って可能性もあり得る。 異世界=未知ばかりって確率の方が少ないだろう。
 けど、レムリアさんの聖歌やこのテング熱は訳が違う。 聖歌は言わずもがなとして、テング熱からはからだ。
 連想やイメージには、その国の文化や歴史が色濃く関わってくる。 例えばハトを見たところで、知らない人からしたら『平和の象徴』だなんて言葉は浮かばないでしょ? ヨーロッパではハリネズミが『庭の番人』とも呼ばれているって知ってた?
 そう考えれば、天狗=赤い顔ってのは、なんとも日本人的発想ではなかろうか。

 これが何を意味するか。 そんなの、過去にも誰かがこっちの世界に来た事があるって証拠でしかない。
 私みたいに転生したとか、勇者召喚されたとか。 なんなら、大昔に異世界間交流していた可能性まで見えてくる。
 どちらにしろ、1回限りの奇跡じゃなかったんだ。

 無論、『偶然同名ってだけの異国の言語+赤い顔とは全く別の意味か共通点』ってオチもあるにはあるんだけど……。 今の私達では調べようがない。
 あぁもう! 一刻も早く成長したいっ! 具体的には一人で出歩いて調べ物をしても怪しまれない5歳頃まで。 
 そして、万が一にでもあっちの世界と行き来できる方法があるのだとしたら、私はやっぱり――

「お待たせ~。 それじゃ、病室に行こうね」



 入院手続きを済ませ、そのまま私とお母さんは割り当てられた病室へとナースちゃんに案内された。
 彼女が私の担当らしい。
 もはや見慣れた木造りの廊下を進み、久しぶりの病室へと入っていく。
 見覚えのある天井……。 私のいた病室かとも思ったけど、病室なんてどれも同じだろうから、多分違うんだろうな。
 周囲を見渡すと、個室じゃない事がベット数で分かった。 しかしこの村には健康優良児が多いらしく、実質個室状態だ。
 空きベットばかりだと寂しく感じるなぁ……併発とか怖いから、都合が良いんだけどね。

「こちらにお願いしますなのです」

 背後からナースちゃんの声が聞こえ、廊下側のベットに寝かされる。
 あっ、この枕、家のより固い。 でもマットレスの弾力が私的には丁度良いフィット感だわ。
 シーツの香りも爽やかで嬉しい。 新品同然な白さに鼻を当てて深呼吸したくなる。
 ようやく落ち着ける体勢になれ、私は丸まっていた背を伸ばして一息吐いた。

(あぁ~、やっと寝れる♪)

 お母さんの抱き方に不満があるわけではないんだけど、もう今日は移動しなくて良いんだ……と思うと、全身から力が抜けてくんだよ。
 何より今は全身怠いし、起きてても熱いだけなんだからなるべく眠っていたかった。
 風邪も心配する程じゃないって分かったし、これで心置きなく爆睡してられる。

 ふと頭を転がすと、仕切りのカーテンは広く開けられており、ここからでも窓の外の大きな中庭がしっかりと見れた。
 あっ、花壇で迷路みたいになっているのか、老夫婦らしき2人が花畑の中を歩いてる。 こういう庭、良いよなぁ。 熱が下がったら行ってみたい。

 「必要な物はここに入れてなのです」と備え付けの小さな棚に、ナースちゃんが【エメルナ】と書かれたネームプレートを置く。
 棚は引き出しが2つと、下が扉になっているタイプで、お母さんがそこに歯ブラシセットや帰り用の着替え等を仕舞っていった。

「これ、使ってなのです」

 ナースちゃんが、カバーの付いた竹椅子を2つ持ってきてくれた。 病室の隅に置かれていたやつだ。

「ありがとうね」

 受け取った椅子に腰を下ろし、ナースちゃんがその隣にもう1きゃくを置く。

「いえいえ。 あ、エメルナちゃんのお昼ご飯なのですが、エメルナちゃんって食べられない物はあるなのです?」
「ん~……今のところ国泣かせは見付かってないから、にがくなければ何でも大丈夫だと思うけれど」
(ん? 今何でもって……)

 いや待てそっちじゃない。
 アニオタ的な条件反射を中途キャンセルし、自分の中へと意識を向ける。

(ねぇ、お姉ちゃん……今大丈夫?)
((ん? うぅん……何ぃ?))

 眠そうな声色に、あぁこれは夢の中で聞けば良かったかなぁ、と一瞬思う。
 私達は一心同体。 体を共有してるのだから、お姉ちゃんだって辛いのだ。
 さっさっと聞いて私も寝よう。

(国泣かせって?)
((あぁ……えっと、たぶん1番近いので言うと、食物アレルギーかな))

 ・

 『国泣かせ』。
 そう呼ばれるようになった由来は、魔王軍との戦時下中期にまでさかのぼる。
 当時、戦力の拮抗きっこうによる長い睨み合いが続く中、通信手段をより速く詳細なものへと一新させたとある大国が、異常事態に気が付いた。
 複数の領地から報告される酷似した症状。 食後の嘔吐おうと・呼吸困難・じんましん等々……。 その多くが子供なので死亡率も高く、民間・貴族問わず発症し、殆どの原因が食事である事からも、毒をられたものと考えられた。
 しかし、いくら調べても毒物は検出されず、犯人や動機も不明なため、上層部は魔王軍による暗殺を疑い始めた。

 前世では悪霊だの悪魔だのとなげいても、(国や時代によるだろうけど……)半信半疑でそれほどの騒ぎにはならなかっただろう。
 しかし、こっちには実在してるのだ。 それも、確認されている殆どが魔王軍側である。
 戦況も、その暗殺説を助長させる一因いちいんとなった。
 最前線を知らぬ間に突破され、侵入を許したとあっては一大事。 調査には多くの兵が動員された。

 だがここで、王属医薬師から異論が上げられる。 この症例は以前から報告があり、研究中だったのだと。
 しかし、軍上層部はそれと真っ向から対立。 数年に渡って混乱は続き、自国民どころか他国にまで知られ渡る醜態しゅうたいさらす羽目に。
 まさに黒歴史である。

 これを『特定の抗原に対する免疫の過剰反応』と証明したのは、とある孤児院の少女だった。
 その少女も、非常に似たとある症状に悩まされていたのだ。
 金属アレルギー。
 診察した村の薬師が特徴に気付き、医薬ギルドに報告したらしい。 その数日後、貴族用の馬車が孤児院まで迎えに来たんだとか。
 その後、何も塗られていない様々な金属を軍部にも用意させ、その少女の免疫反応を観察・記録していった。
 食べる必要が無く、命の危険も少ないので実演しやすかったことが幸いし、上層部も納得せざるを得なかったらしい。
 もちろん少女には説明・同意の上、相応の謝礼金を支払っている。

 その後国王が直々に、事態の収拾へ向けて国民に謝罪した。 その際の発言に含まれていた一文が「この国泣かせのやまいに二度は無い」みたいな感じだったらしい。


(へ~、国王が謝ったんだ)

 国の、それも大国の最高権力者が民衆に謝罪するなんて、よっぽどの混乱だったんだろう。
 教壇きょうだんに立つスーツ姿のお姉ちゃん先生が、記憶から引っ張り出してきた教科書をめくる。

「もちろん調査中は箝口令かんこうれいかれていたんだけど、大体皆さっしちゃうよね。 国中で警備体制強化しながら原因不明の案件を調べまくってるんだから」

 そりゃあバレるわ。
 でもガチ暗殺なら、戦力無いと調査員が殺されちゃうもんね。 難しい所だ。

「因みに、この1件は歴史や政治の教科書に載るくらい有名だから、覚えておいて損は無いよ♪」

 そう言ってお姉ちゃん先生が教科書に手をかざすと、お姉ちゃんの教科書と私の教科書の数ページが、蓄光塗料のような黄緑色に同期発光した。
 どうやら国泣かせから学べる教訓は6ページ分にもおよぶらしい。
 うっわっ、頑張って覚えよう…………あれ? 何でそんなにくわしいんですかねぇ、元魔王軍幹部さん?
 魔王国にまで伝わっていたのか。 王様が謝罪したのって、もう吹っ切れて笑い話にしたかったからじゃね?
 国辱こくじょくな呼び名が定着している事からも、大国のユルさがうかがえる由来だった。


 まだ読めない教科書を閉じ、次の授業の準備をしていると、パジャマ姿に早着替えしていたお姉ちゃんが隣の席に腰を下ろした。 と同時に席はテーブルへ、教室は前世の台所へと変換される。

(ん? 授業は?)

 お姉ちゃんが苦笑くしょうする。

「いや、いくら私でも入院中は安静にするよ。 寝ても覚めてもストレス続きとか、余計に体調崩しそうでしょ?」
(だわな)

 何しててもスッキリ目覚められるからって、24時間ぶっ通しってのはメンタルに蓄積されそうだもんね。 病は気からとも言うし、幼児の体で無理して長引くとか洒落しゃれにならない。

「それに今朝はグラノーラの気分だったもん♪」
(そっちが本音だな?)

 姉らしからぬ茶目っ気で取り出したのは、前世で見慣れたパッケージのフルーツグラノーラだった。
 さっきまで暑苦しかった分、反動で開放的になってるっぽい。

 これまたいつの間にか用意していた食器にザザーっと小山を作り、上から牛乳をそそいでいく。
 小山の半分ほどまでをひたし、小さなスプーンで下から牛乳ごとすくい上げていくのがお姉ちゃんの食べ方だ。

「はむ…………っん♪」

 1口ずつ味わって食べ進め、後半の牛乳の染みた食感や、味の付いた甘い牛乳なんかも最近のマイブームらしい。
 暇さえあれば口にするくらいには。

(昨日もずっとボリボリ食ってたよね?)

 牛乳無しで、お菓子感覚で。
 そういうの(えぇ……)って思う人もいるだろうが、ドライフルーツ入りのメープルシロップ味だから、そのままでも結構イケちゃうんだよなぁこれが。
 だからか、最近ず~っとポリポリ食ってて止まる気配が無い。

「シリアル系って昔っから好きだったから、ついね~」
(へぇ、こっちにも似たのあるんだ)

 同じカリザク好きとして聞き捨てならんな。

「うん、保存食として昔から。 もっと固くてここまで甘くなんてなかったけれど、故郷にいた頃はいつもお昼にポリポリしてたよ♪」

 と、お姉ちゃんがスティック状のシリアルを取り出す。 色んな種類の穀物が砂糖のような物で固められているのが見てとれた。
 触ってみると、前歯で噛むのが恐ろしくなるくらいの密度に驚く。

「最初のは、割ったり煮込んだりして食べてたの。 兵糧ひょうろうとして作られてたから、兵や冒険者の常備食だったんだよ。 でこっちが改良型ね」

 今度はコーンフレークみたいなのと、パラパラとした食べやすそうな2種類が皿に盛られて出てきた。
 おぉ、見慣れた形に随分と近くなってる。

「フレーク状のは粉にした穀物を食べやすく成型した物で、こっちのはポン菓子みたいに加工した物ね。 保存技術が向上したのと、庶民受けを狙ったんだって。 私が好きなのはポン菓子の方で、ドライフルーツとナッツも混ざってたのよ」
(へぇ~)

 試しに一口1摘まんでみると、両方ともそれほど甘くはないのに、香ばしい風味と軽いカリサク食感で咀嚼そしゃくしやすくなっていた。

(てかこれ、ポン菓子みたいにってか、もうポン菓子じゃん。 そんな技術こっちにもあったんだ)

 確かポン菓子って、圧力みたいなので作ってるんじゃなかったっけ?

「魔法の応用なんだってさ。 実験中に作ったのが人気になっちゃって、他国にまで売って資金調達してたらしいよ」

 偶然の産物ってやつか。 時代が時代ならポン菓子御殿とか建っちゃってそう。
 あっ、後味がじんわり苦い。 だから甘味と混ぜてるのかも。 こういう渋味・苦味が、体に良い栄養素だったりするんだっけ。
 そうなると、前世で好きだったコーンフレークやグラノーラがただのお菓子に思えてくる。 あれはあれで食物繊維とかが売りなんだろうけど、健康食品だとしても食い過ぎは良くないな。
 お姉ちゃんみたいに。

 ザクザクザク、「はむっ」モグモグモグモグ。
(……)

 舌の苦味が全然落ちない。

 ザクザク、「はむっ」モグモグモグモグ。
(…………)

 そういや、朝食のスクランブルエッグ美味しそうだったなぁ。 雑炊にも入ってたけど、何かなぁ。

 ザクザ――
(あぁーもう! 何か食いたくなってきた!)

 急ぎ立ち上がり、冷蔵庫からコーラと棚から1袋のチキンラーメンを取り出して戻る。
 手で麺を4等分に割り、ポテチの様にバッと開く。

(いただきま~す)

 取りやすくなった端から更に1口サイズだけを折り、そのまま口に入れる。
 刺さりそうなバリバリ食感からの濃厚なチキンスープが、口内に残る全ての後味を上書きしてくれた。
 硬い麺が無くなったのを歯と舌で確認し、グッとコーラを流し込む。

(……ふぅ)

 これ大好き♪

「明らかに私のより不健康じゃん!」
(これは3日かけてちょびちょび食べてるから良いの! 豪華なベビースター的位置付けだからセーフなの!)

 週1袋に我慢してるから大丈夫なの!
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