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どっきり

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 夕日が沈み、居間の窓からかすかに星を数えられるようになってきた頃。 やっと、仕事を終えたお父さんが帰ってきた。

「ただいまぁ……ん?」
「あっ!」

 夕飯の下拵したごしらえを終えて以降ずっとソワソワ落ち着けない様子のお母さんに、窓の下でグッタリ寝転がっていた所を抱え上げられ、玄関へと急ぐ。
 ダルいからあんまりグワングワン揺らさないでほしい……

「おかえり~♪」

 廊下に出ると、お父さんの視線は下駄箱を彩る小瓶の花に固定されていた。
 おぉ、見てる見てる♪
 苦労して作った物に興味を持ってもらえるのって、なんか、妙に気持ちの良いもんがあるよね。
 実はこれ……家に着いてすぐ、しなしなに柔らかくなってしまった茎の下半分をかなり千切って整えていた所、それを見付けたお母さんが、ジャムの空き瓶で見栄え良くけてくれたのだ。
 これがまた、こぢんまりおさまってて丸可愛い。
 ガラス瓶との相性も良かった。 側面から見える猫じゃらしの結び目が、個人的にはかなりの好ポイントだったりする。

「ああ、ただいま……これは?」

 わざわざ足を運んだ妻に対するには、実に素っ気ないと思われる返事。 しかし今のお母さんにとって、自分より花瓶に目を奪われているその姿は、何よりの誉め言葉だった。
 靴も脱がずに見入ってる点もポイントが高い。

「それねぇ~、どうしたと思う?♪」
「……珍しいな、お前が勿体振もったいぶるなんて」

 目を丸くしたお父さんがようやくこっちに顔を向ける。
 確かにね。 ついでに言うと、上体を傾けて隣から顔をうかが仕草しぐさや、そのウキウキした明るい表情も、なんとも少女っぽくて可愛らしい。
 これがギャップ萌えってやつか。
 しかし、普段から真面目なしっかり者が突然こんな風に甘えると、余程良いことがあったか、酒に酔っているようにしか見えないな。
 もちろん、アルコール臭なんて微塵もしてない。

「そう? 何でだろうね♪」

 あざとく、ニヤニヤと楽しそうにすっとぼける。
 その様子にお父さんも「そうだな……」と口元を緩ませ、私へと視線を下ろした。

「可愛く出来てるよ。 今度はパパとも一緒に遊ぼうな」

 大きな手が小さな頭をワシャワシャ撫で回す。 すんなりと言い当てられ、私は「んっ」とそれに頷いた。
 さすがお父さん、娘の事を良く分かってる♪ ……と尊敬しかけたけれど、少し考えれば、こんなお粗末で小さな束をお母さんが作ったり、買ったりする理由が無いので一目瞭然だった。
 危ない危ない、ちょろ過ぎかよ私。
 多少聞き慣れてきたからって、まだまだ油断なんて出来そうにないな。

「それだけぇ?」
「……」

 クイズ番組で出演者より先に正解したお茶の間のごときドヤ顔を浮かべていたお父さんが、まさかのおかわりに「ん? ……ん~」と花瓶相手ににらめっこしながら言葉を探す。

「そうだな……さわやかで甘ったるくならない香りだから、空気が柔らかい。 あと、玄関が色づいたかな。 全体的に控えめなのも、雰囲気を損ねずに清涼感や女の子らしさを彷彿ほうふつとさせてくれるから、しっくり来てると思う。 娘の作品だって言えば、皆のいい顔も見られそうだ」

 一発で当てられなかったのを気にしてか、次々と思い付くままの評価ポイントが並び立つ。 『どこか変わったと思わない?』に応える彼氏みたいな調子で。
 ちょいちょいお父さんや、そんな褒め方じゃ肝心の娘には伝わらんだろうに。
 特殊な授業を受けている私だからこそギリギリなのであって、これがフローラちゃんなら、間違いなく置いていかれた長文だっただろう。
 動揺を隠しきれていないのが私でも察せられた。 まぁ、即興で使える引き出しの多さは、コミュ障として素直に羨ましいけどさ。
 横目でお父さんが顔色をうかがう。 つられて私も視線を向けると、それまで静かに口を閉ざしていたお母さんは、より一層愉しげに「それもあるけどぉ……」と傾けていた姿勢を正した。

「実はそれ、全部この子が自分で作ったのよ。 立って歩いて、フローラちゃんを支えながら2人だけでね。 私はそれをそのまま縛って、ビンに挿して、玄関に飾っただけ。 どう? 凄くない?♪」
「……えっあっ、そう言うことかっ!」

 ようやっと趣旨しゅしを理解したらしく、目を丸く見開き花瓶へと振り返る。 そこには1つたなくも瞭然りょうぜんたる成長の証が、玄関を色鮮やかに飾っていた。
 これが親にとって、どれほど喜ばしいサプライズかなんて、想像にかたくない。
 お父さんがグッと顔を寄せる。

「凄っ!! ぅわっ、これエメルナだけで作ったのか!? 余分な葉や根っこが無いのも、ケーキみたいな香りも!?」
「うん、そうよ♪ 凄いでしょ?♪」
「凄すぎるだろ! 凄すぎてもう一段階手前だと思ってたよ! こんなん分かるかぁ!!」

 想定以上の驚きと喜びで変なテンションへ火が点いたお父さんに、その顔をずっと見たかったお母さんが「ね~♪」と満足げな笑みで相槌を打つ。
 はたから見ててもなんともまぁ有頂天な2人だか、そんな仲睦なかむつまじい両親の熱気に当てられ、私の顔もどんどん熱くなっていた。
 気持ちは理解出来る、けど自己評価イマイチな素人作品をここまで親バカ加点されるなんて……もはや一種の羞恥プレイだろ、これ。

(止めて! 恥ずかしいから!)

 叫んで逃げ出す事すらままならず、強引に話をさえぎる事すら叶わない。
 しかもだ、よりにもよってここで騒がないでほしかった。 ご近所に広まっちゃったらどうしてくれる。
 とてもじゃないが、我が家の玄関が防音完備とは思えない。
 せめて、クーテルさん宅にだけは知られたくないんですが……
 フニフニと、暖かいほっぺで頬擦りされる。

「双子ちゃんに教えてもらったんだよね~♪」

 どうやら一息ついたらしく、話題が逸れそうでホッとする。 にしてもお母さんの中では、姉妹が花束の作り方を教えてくれた事になっていたのか。 
 まぁ、しょっぱなから別行動だったもんね。

「双子? あぁ、2歳んところのか」
「そうそう、ミテルちゃんとキーテルちゃん。 2人も結構上手だったよ。 嗅がせてもらったけど、ミテルちゃんはあれ、アロマ関係に進むべきだね。 是非とも旅館の従業員に引き入れないと!」

 既に思惑があるらしく、その興奮気味の瞳は心なしかキラキラと輝いて見えた。
 ま~た仕事の話しに流れてるよ。 ……楽しそうだから良いんだけどさ。
 職場復帰したら、倒れるまで夢中に働いちゃいそうで心配なんだよねぇ。

「あっごめん! すぐ夕飯の用意するから、シャワーしといて」

 いきなり早口できびすを返したお母さんに、「ぁあ、おう」と思い出したように靴を脱ぎ始める。

「とぉぉ~っとと! エメルナも一緒にお願い!」

 グワッとUターンし、私は中腰で止まったお父さんに手渡された。

「ちょっ、まっ! オレまだ靴……「着替え用意してあるから!」

 タタタタタッ……パタパタパタパタ……。 
 有無をも言わせぬ勢いで私を押し付け、途中、スリッパに履きなおしながら、お母さんは台所へと行ってしまった。
 奇妙な体勢で置いてきぼりをくらう2人。 いつもより視点が低く、地に足着かない感じがソワソワする。

「あー……ちょっと待っててくれな」

 と廊下に下ろされ、お父さんが靴を脱ぐ間、私は座ってそれを眺めていた。

 お母さんもそうだったが、どうやら我が家では『手を使わずにかかとで引っ掻ける』という雑な脱ぎ方はしないようだ。 そしてちゃんと、綺麗に端へ揃えている。
 前世の私とは正反対だ。 娘として、今からでも習慣付けといた方が良さそうだな。
 朱色のスリッパを履き、お父さんが私の頭を撫でる。

「お待たせ。 偉いなぁエメルナは、走り回ったりせずにきちんと待てて。 じゃ、行くか」

 両脇に手が入り、軽く持ち上げられる。 左腕に座るようにして密着すると、少しだが、運動部の部室っぽい汗臭さが服からしてきた。
 私とお母さんが家にいる間、ずっと仕事してるんだよなぁ……と改めて実感する。

(いつも仕事、お疲れ様)

 そうして2人で風呂場へ向かう道中。 不意にまた、頭を撫でられた。

「いつの間にやら、出来る事いっぱい増えてたんだなぁ……。 凄いぞエメルナ♪」

 * *

「ホントすっごい馬鹿だよなぁ、私って!」

 シャワー前のくだりがフラッシュバックし、今更ながらに頭を抱えて身悶みもだえる。
 現在私達は、記憶の底から引っ張り出した保育園時代の体育ホールにて、座禅ざぜんを行いつつ、魔力操作の授業に集中していた。
 なぜ保育園時代をチョイスしたのかと言うと、まだまだ魔法初心者だかららしい。

「どうかした?」

 壇上だんじょうに腰掛け、ちょっと見えそうな足の組み方をしているお姉ちゃんへ顔を上げる。
 まぁ、体操服なんですけどね。

「いやさぁ、また馬鹿やらかしたんだよなぁって気が付いて……」

 言葉にしたことで、改めて気がズ~ンと重く沈んだ。
 分かってる。 変に意識して気色悪がられるくらいなら、なるべく素の方が個性として誤魔化せそうって。
 でも限度を忘れて楽しんじゃうのは論外だと思う。
 何がイマイチだ。 お世辞にも、数ヶ月前まで1人でご飯も食べられなかった幼児の手並みじゃない!
 しかも基準にしていたフローラちゃんのを見て安心するとか、能天気極めてんのか。
 あぁ~~頭ん中がムズムズする! 何でこう私ってばいつもいつも……

 パンッパンッ!

 室内に響き渡る破裂音。 ハッと顔を上げると、両足をプラプラしながら、合わせた両手で可愛いポーズをとるお姉ちゃんと目が会った。

「はい、反省はここまで。 それとももう、感知出来てた?」

 優しくさとされ、思考がループしていた事にやっと気付く。

「あぅ……ごめん。 頑張って集中します」

 これ以上考えちゃ駄目になる。 今はとりあえず切り換えよう! 切り換えよう!
 何もかもを明日の自分に丸投げし、まぶたを下ろして、再度意識を集中させる。

 魔力感知には大きく分けて2種類がある。 今やってるのは、自分以外の魔力を知覚する『近距離感知』の方だ。

「……あった」

 前方約1メートル、お姉ちゃんの左隣で小さな魔素溜まりが渦巻いている。

 こうして気配を感じ取れるようになるまで、すっかり1年もの時が経過してしまった。 
 この魔力感知、アニメで見ていた印象より遥かに難しい……。 そもそも『干渉領域』と『魔力保有量』で全てが決まるので、限界値をLvアップさせる為、ひたすら感知→吸収→操縦(結晶化)の行程を繰り返さなければ鍛えられない。
 永遠と初期のステージでLv2相手に経験値貯金してる地味キツさだった。

 現在、1~2cmだった干渉限界は半径1m前後までに広がり、最大保有量も相当増した。
 おかげで認識できた渦巻く気配に、次は自分の魔力を細く伸ばしていく。
 ゆっくり、途切れないよう、慎重に。
 そして渦に届いた瞬間、魔素は川を流れるようにして私へと逆流してきた。

「わわっ!」

 勢いにビビり中間で水路を断つ。 しかし、指向性を得た流れはそのまま渦の勢いに押され、途切れた場所から全ての魔素を放出させた。
 私の周囲に、蒸気みたいな魔素が漂う。

「あ~あ……」

 やっちゃったよ……と思ったけど。

「あれ?」

 なんか、この量、私の許容超えてない?
 試しに集中してみる。 けど、そんなん未熟な私にはまだ分からなかった。
 仕方ないので、いつもの方法で吸収しよう。
 血流のように全身を巡っている魔素を一旦、体の中心へと集め、他を0にする。 それと同時に、スポンジが水を吸い上げるイメージを応用し、周囲の魔素が全身に染み入るよう吸収していった。
 毛細管現象ってやつだ。
 回路に流すより遅いし、歩き回る必要があるけど、急激な濃度変化は何か怖いので、これくらいが体に優しそうな気がする。

「ま、ギリギリ及第点きゅうだいてんかな」

 その様子を眺めていたお姉ちゃんが呟く。

「適切とまではいかなかったけど、直感で行動出来た点は、さすがアニメ好きね。 本来ならここで悶え苦しんで、濃い魔素溜まりは危険なんだよって反省会するつもりだったのに」
「何その悪魔的発想」

 心なしか楽しそうな微笑みが、冗談半分だとあんに語る。
 つまり、もう半分は本気だったって訳で。 うちのお姉ちゃんって意外と脳筋? 体で覚えるどころか、心の傷として刻まれそうなんですが。
 てか聞かされてないのに反省とはこれ如何いかに。

 どうせ口では勝てないので、ジト目に全ての不満を込めてみる。
 しかし、まるで効果は無かった……

「さっ、全部吸収しきったら言ってね。 次に進むから」
「えっ、これ全部? 多くない?」

 未熟とは言え、1年3ヶ月の経験は伊達だてじゃない。
 それにさっき、悶えるだとか苦しむだとか言ってたような……

「そう。 だから今日の授業は、ちょっと予定を変更して、このまま『魔力制御』に進むね。 今までと同じく、コツを掴むまで地道の繰り返しになるから、自主練のメニューも2つ追加されるよ。 やったねエメルナちゃん♪」
「え? 何で2つも?」

 流れ的に『魔力制御』ってのは仕方ないけど。
 お姉ちゃんがあざとくピースする。

「もちろん、さっきのアドリブみたいな『即時対応力』よ。 見た感じ得意そうだから、これからもたま~に致死性のドッキリを仕掛けてみようかな」

 えげつないパワーワードが私を襲う。
 私は考えるより先に、即時対応的に土下座していた。
 

「勘弁してください」
 
 * * *

「んっ……んんぅ……?」

 体感にして半日分の授業を終え、アニメで見た温泉で汗を流し、星空の草原に布団を敷いて寝るというアホなレア体験を満喫した後、私は充足じゅうそくな睡眠と共に夢から覚めた。
 というのに、喉が渇いて体が熱い……。 ダルいまんまだし、パジャマが湿っぽくペタペタする。

(あ、ヤバい……)
「……ケホッ」

 これが、私が異世界に転生して、初めて経験する風邪となった。
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