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お花摘み3
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(この子、天才か!)
姉ちゃんの花束をクンクンし、私はあまりの芳しさに絶句した。
数も配置もバラバラで、統一性すら無くただごちゃ混ぜとしか思えないのに、どれも目立たず甘過ぎず、絶妙な調和で1つの香りを生み出している。
生花だからか、糖度の高い果実とは違う清涼感が、蜜の甘ったるさを洗い流すのでしつこくならない。 もしかして茎や葉の青臭さも良い味出してたりする? 甘味に塩を入れて甘さを引き立たせるみたいに。
……そこまでは考えてないっか。
ん~、この香り、語彙に乏しいので言語化しづらい……例えるなら花屋+ケーキ屋の空気、かな?
部屋に飾るだけでフルーツバイキングの夢が見れそう。
お母さんとエレオノールさんが『アレ』なる物を探し初めて早数分。 私達幼児組はクーテルさんに見守られながら、お互いの成果を暇潰しがてらに見せ合っていた。
私の花束を手始めに、食いぎみで妹ちゃん、私も!♪とフローラちゃん、先を譲った姉ちゃんの順で。
私とフローラちゃんのは(……うん)なリアクションだったよ。
……別に、ガチ勢じゃないしぃ? 何か知らんが楽しげなフローラちゃんを見れて心の掠り傷は既に癒えたんだから、今更気になんてしていない。
言っとくが、妹ちゃんのだって私と大差無かったんだからね。 姉ちゃんが頭一つずば抜けてたってだけで……。
これ以上は止めよう、惨めでしかない。
そんな妹ちゃんの花束は、とにかく好きな花だけを好きなだけ集めましたって印象だ。
アサガオみたいなラッパ形のオレンジ色・まさかの姫踊子草・黄色い毛玉・粒々とした小さなピンクが集まった花、の4色束で構成されている。
組み合わせで楽しむというより、個別で楽しむってスタイルかな。
ちなみに、私があげた花はピンクのだけが採用されていた。 ほぼ落とされるとは、想定外。
続いて。
フローラちゃんの花束なんだけど、一言で言って『雑』。
目に付いた、手の届く範囲の花を片っ端から引っこ抜いて集めていただけなので、根は勿論、土までそのままのも1本や2本どころではない。
多分フローラちゃんの目線からだと、上の華やかさしか見えてなかったんだろうね。
なので1番土臭い。 更には葉や茎を握り潰しちゃったのもあるのか、ちょい雑草臭さまでもが強めに自己主張している。
香りより見た目……てか、気に入った花をただ集めていただけ、なんだろう。 実際、左から右へ摘んだ順だし。
実はこの根っこ残し問題、妹ちゃんもその1人である。
まだまだ幼いんだから仕方ない。
ただ、明らかにフローラちゃんの方が多く、臭いが気になるレベルってだけ。
(あぁ~ハサミで切り揃えてぇ~!)
お母さん達はその点、「帰ったら植えた方が良いかな……」と少し先を見越していたようだけれど。 そんな発想は無かったわ。 ちょっと羨ましい。
どうせ香り重視なんだから、両立は出来なかっただろうけどね。
で、そんな発表会のトリを見事飾ったのが、姉ちゃんだった訳だ。
某査定番組なら才能アリ圏内くらい余裕だっただろう。
この歳で?とは不思議に思ったけれど、ひとより鼻が利くとすれば一理ある。
順番とか、不粋な事は気にしないように。
私の?
見た目は姉ちゃん同様、グチャグチャですよ。 なるべく斑の無いよう意識したつもりなんだけど……。
テーマは31。 バニラっぽいのをベースに31本以内で花のアイスを表現してみた。
今は『嗅ぐアイス』と名付けようかで迷ってる。
ただ、これはまだまだ中途半端というか、自分でも納得いってなくてですね……。
…………うん。
何が言いたいかというと、香りは姉ちゃん、見た目は妹ちゃんの勝ちでしたよ、はい。 どっち付かずでどっちも微妙になったってやつ。
言い出しっぺなのに……。
表には出さないけど、内心でちょっとだけ凹む。
児戯とか宣っといてこの様ですわ。 転生しても、センスの無さまでは変わらないらしい。
(うん、まぁあ……姉妹は約2倍も生きてる人生の先輩なんだしぃ! しょうがないよね?)
私は自信喪失回避のため、無理やり現実をこじつけた。
(年下で良かった!♪)
・
「ありました!」
そんなこんなで幼児同士わきゃわきゃしていると、大人の女性が小指サイズに見える程の距離で、エレオノールさんの手が上がった。
「んっ。 みんな、行くよ~♪」
それを確認したクーテルさんが、エレオノールさんに手を振り返し、まだ歩き慣れていないフローラちゃんを抱え上げる。
ナイス判断だ。 私達をよく見てくれている子供好きだって事が行動からも伝わってくる。
しかし、他の子を優遇された姉妹が我が儘を言い出しそうで、ちょっと心配だなぁ……。
なんて2人を気にしていると、両手の塞がったクーテルさんが、手を繋ぐ娘へと視線を合わせた。
「あそこまで自分で歩ける子は手を上げて!」
「「はい!」」
2つの花束が元気に上がる。
その顔はいきなりのフリにもかかわらず、一瞬でやる気に満ち溢れた。 表情も心底から嬉しそうに輝いている。
なるほど! できるよアピールを刺激して行動意欲に繋げたのか。 同時に目的まで与えるとは。
流石、双子を2年間育ててきた母親なだけの事はある。 勉強になるなぁ。
「それじゃぁ……ぁっ」
さぁ行こうって時に私と目が会い、しまった!とでも聞こえそうな表情で固まった。
ウソぉん……。
(私ってそんなに影薄め? 今はシスターちゃんの時とは違って、息を潜めてすらいないのに……)
((いつものノリで行きそうになっただけなんじゃない?))
(あぁ~……)
お姉ちゃんの指摘が的を射る。 確かに、双子の意欲を削がないためにも、このノリは大切にしたかった。
その気になった所を邪魔されるのって、反動でむしろやりたくなくなるからね。
いつの間にか足を引っ張ってしまっていたようだ、ごめん。
これは空気を読んで流れに混ざるべきだったかな?
いや、それじゃぁ逆に不自然だよね、1歳児として。
フローラちゃんを抱え定員オーバーとなったクーテルさんは、何とか2人一緒に抱えられないかとオロオロ試行錯誤した結果、しゃがみ込んで私の高さに視線を合わせた。
「エメルナちゃんはー……自分で歩ける?」
笑顔がすんっごい申し訳なさそう。
(諦めた?)
「んっ!」
もちろん代案なんて私にも無いんだから、次は外さないよう、とりあえず笑顔で即答しておく。 けれどその脳裏では、ついつい相手の腹を探るような棘のあるツッコミが過ぎっていた。
思っといて、自己嫌悪が後から湧き上がる。
いやね……呆気なく思考放棄されたようで、心なしかモヤッとしたのよ。
でも喋れなくて助かった。 落ち度や下心を誤魔化してる訳でもない相手にこんな言いぐさ、空気を悪くするだけだもん。
むしろ姉妹を待たせ過ぎない見事な判断力!と『1いいね』あげたいくらいなのに……我ながらどうしてこんな事を。
なんて内心ヤキモキしていると、器用にフローラちゃんを片腕で支えつつ、クーテルさんが私の頭を優しいタッチで撫でてくれた。
「ありがとう♪ もうこの歳でお姉ちゃんしてるなんて、偉いのねエメルナちゃんは」
掌の感触が暖かい。
あっ、お母さんやお父さんとはまた違う、毛並みに沿った撫で方なんだ。
新鮮だが、これはこれで気持ち良い。
「ふにゅ~……♪」
まるで冬の夜、心地よい湯加減のお風呂に肩まで深く浸かった時のように、ささくれていた心がほっこりとふやけていく。
そして満たされる安心感と充足感。
もうちょっと、このままこれが続けばいいのに。
「それじゃっ……」
スッと頭から手が遠ざかる。 残念……とも思ったが、気が付くとさっきまでのモヤモヤは嘘のように消え去っていた。
結局、何だったんだろ?
……まっ、どうでもいいっか♪
うだうだ引きずってたってキリが無い、ちゃっちゃと忘れて次だ次。
お母さん達を待たせているんだから、脱線してる場合じゃない。
心機一転。 この距離を歩ききり、フローラちゃんにお姉ちゃんらしさを見せてあげるべく、私はフンッと肩に気合を入れた。
フローラちゃんを両腕で抱え直し、クーテルさんがサッと立ち上がる。
「ミテル、キーテル、お母さんはフローラちゃんを連れていくから、2人はエメルナちゃんを連れていってくれるかな?」
「「あい!」」
嬉しそうにまた花束が上がる。 そして姉妹は繋いでいた手を離すと、私をその間に迎え入れるよう、小さな手を差し伸べてくれた。
(ぁ……)
言葉に出来ない感動が目頭を熱くする。
元ボッチには効果抜群だったらしい。
しかし、その手を掴もうとした瞬間、私ははたと気付いた。
自分の左手もまた、自らの花束によって塞がれてしまっていることに。
(くっそ邪魔なんですが!?)
やっべ、さっきクーテルさんに預かってもらってれば!
ガシ!
「っ!?」
逡巡していると、右手を姉ちゃんに、花束の首根っこを妹ちゃんに捕まれた。
(ちょっ、おま!?)
「しゅっぱ~つ!♪」
「「お~♪」」
グイッと引っ張られ、エレオノールさんの待つ前方へと歩き出す。 花束が千切れそうな勢いで。
未だよちよち歩きの私とは歩幅からして違うのに。
無論、そんな気遣いができる年齢でもない。
よって、
(あ"~~~!!!)
歩けるようになって間もない私は、一切の休憩すら許さぬ状況のまま、数mもの距離を連行されるように歩かされたのだった。
・ ・
私達が暇を潰していた間、妹ちゃんの花束を見たお母さんとエレオノールさんは、姉妹の道のりを辿り、アレなる物・姫踊子草を見付けていた。
『姫踊子草』・紫蘇科の越年草。 葉のつき方が五重の塔に似た段々状で、その隙間からは蓋の開いた筒のような、薄紫色をした小さな花が甘い香りを発している。
花の数は一塔につき4~8つくらい(目測)、四方の窓から身を乗り出すように頭一つ飛び出ている。
葉の色は、下から上にかけて明るい緑~赤紫蘇っぽい色へと変化していき、茎は緑をベースに赤紫が混じってたりもする。
一見地味かもだが、群生していると薄紫の花が一際映え、その姿はまさしく踊り子の名に相応しい。
雑草なので、実際に見たければ開花時季である2月~5月頃の散歩をオススメしよう。
にしても随分と久しぶりだ。 妹ちゃんの花束で目にした時は、それはもう落雷でも走ったかのような衝撃を受けた。
こっちに来て1年ぶりどころか、口にするのすら小学校卒業以来なんじゃない?
懐かし過ぎてワクワクが止まらない。
(やっと……ゴールぅ……)
ボフッ。
姉妹の手から解放され、私はフラフラとした足取りで腰を落とすお母さんの胸にもたれかかった。 背中に腕が回され、グッと力強く抱き寄せられる。
「やった! すごい頑張ったねぇ、すっごいよ!」
初めて「ママ」と呼んだ時くらいの大興奮が頭上から降り注ぐ。 しかし今の私には右から左、共に喜ぶ思考力すら欠片も残されてはいなかった。
「ぁぁ~……」
その呻きは宛ら、癒しを求める社畜ゾンビのように。
あたたやわらかぁ~ぃ。
空っぽの思考回路へ、言語化前の純粋な感情だけが流れ込んでくる。
更に達成感+解放感からの母の温もりコンボは、パンパンに強張らせていた足や背中の力みまでやんわりと蕩けさせていった。
てか、糸を手放したのかってくらいに力が入らない。
まさに寝落ちするまで5秒前状態。
もううごきたくないの。
「*********!♪」
「*****♪」
「「*~!♪」」
なんか声をかけられている気がするけど、認識出来たのはそこまで。
結局、動く程度にまで気力が回復したのは、皆が姫踊子草を楽しんでいる最中だった。
・ ・
「んぁ~♪」
うんめぇ~♪
マジうんめぇ~♪
お母さんが撮み取ってくれた姫踊子草の小さな花、その後ろ側にある白い部分だけを指の隙間から差し出され、前歯で潰れるくらいの加減を意識しながら噛む。 すると花の強い香りと共に、ほんのり甘い蜜の味が舌の上に広がった。
あぁ~うんめぇ~♪
そこに懐かしさも加わったことで一層美味しくなり、感動すら覚えた私には、もはやこの一口は一種のデザートへと昇格していた。
多くの人にも、これと同じ経験があるのではなかろうか。
子供の頃、下校中の道に咲く花の蜜を味わった歴史が。
かく言う私も、その1人である。
ほんと、小学校の頃は帰り道で見かける度に、馬鹿みたいに吸いまくってたなぁ。
世間一般ではサルビアってのが主流だったらしいが、残念ながら私の周りには無かったんだよねぇ。 で、誰かが美味しいと言い始めて吸うようになったのが、この姫踊子草だったのだ。
もちろん、いくら噛んだって腹を満たす量なんて無い。 例えるならグラニュー糖を1粒、舌先で溶かした程度の甘味が関の山だ。
でもそれでも、当時の自分にしてみれば充分おやつとして成立していた。
雑草だもん。 無料なんだよ?
しかも自分の好みにドンピシャで、持って帰って育てたいとすら考えた程だ。
だって無料なんだもん。
そんなに貧乏だった訳じゃないんだけどね。 甘味はもちろん、花の香りも好きだったから、かなり長いマイブームになったのを覚えている。
小学の帰り道なんて、殆どがそんな思い出でしかない。
それ程のブームが何故終わったのか? 簡単だ。
中学から自転車通学になったのよ。
通学路も交通量の多い車道になっちゃったし、排気ガスを警戒するのは当然でしょ?
あと、後々に調べたことなんだけど、どうやら微量に毒も含まれていて、あまり数吸い過ぎると危ないらしい。
んで、そうこうしてる内に口にしなくなっちゃった訳だ。
まさか異世界に来てまで口にする事になろうとは、これはもはや運命と言って差し支えないのではなかろうか!♪
見つかった姫踊子草は点々と生えており、お世辞にも群生と呼べる程の数ではなかった。
しかし、味わい方を教えてもらった子供の表情はどれも明るい。
そのまま食ってしまいそうなフローラちゃんと私には、それぞれのお母さんが花を撮んだまま口に持っていき、白い部分を噛むだけにしてくれているが、姉妹は既に他で似たのを経験済みだったらしく、自分で撮んで楽しんでいる。
賑わい方が駄菓子屋のそれになってきた。
にしても、まさか視覚・嗅覚・触覚に加え、味覚まで楽しませてくれるとはね♪
お花摘みがここまで奥深いとは思わなかったよ。
探せば、もっと色んな可能性を見つけられるのかもしれない。
ますますもって、楽しみだ。
「んー……エメルナ、おいしい?」
「んっ!♪」
口に薄紫の花をくわえたまま、お母さんに頷く。
「なら良かったぁ。 ねぇ、エレちゃん」
「はい?」
お母さんの急なフリに、エレオノールさんがフローラちゃんに向けていた顔を上げる。
「エレちゃんはどう、美味しかった?」
「ん~……斑があるからか、ちょっと微妙でした」
「やっぱり?」
母親2人が冴えない表情をする。
どうやらハズレを引いたようだ。
あるあるだねぇ~。
「お2人とも、こういうの久しぶりなんですか?」
と、姉妹の花束を預かるクーテルさんが話しに加わる。
「うん、暫く離れてた期間があってね、……10年ぶりぃ、かな?」
「はい」
「あぁ、だからかな。 大人になってからだと、あんまり美味しく感じられなくなっちゃうんですよ、これ」
(え!?)
「えぇ~! ちょっと楽しみにしてたのに……」
ガクッと項垂れるお母さん。
残念極まりないが、私はもうそれどころではなかった。
(マジで!?)
異世界だからか? いや、大人より子供の方が味覚が敏感だって聞くし。
両方否定できない。
ヤバいじゃん! 群生してるならともかく、さんざん歩いてまだこんな程度しか発見できてないってのに。
不意に、また口にできなくなるのではという不安がこみ上げて来る。
「ねーねー、あっちぃ!」
いっそ育ててしまおうかと過ったタイミングで、妹ちゃんが遠くの方を指差した。
全員の視線が集中する。 私も、立ち上がってその方向を見渡してみる。
(姫踊子草!!)
10mも無い近場。 それも見たことないテニスコート大の群生だった。
マジか!!♪ やった!!♪
我先にと歩き出す。
「「ヤ~!♪」」
と、そんな私を背後から、姉妹が駆け足で追い越した。
急いでもよちよち歩きの私では到底追いつける筈も無く。 姉妹との距離はみるみる離されていく。
(ああぁ待って! せめて綺麗な群生だけでも先に見させて!!)
「あっ、ちょっとまっ……それって!」
お母さんの声が聞こえたと思ったその時。
駆ける姉妹の足元から青い蝶の大群が一斉に飛び立ち、後続する私の視界を青一色に染め上げた。
「んぉあ!!?」
滝が逆流してるかのような勢いに足が硬直し、その場でドサッと尻餅をつく。
蝶なのに、群れでの羽ばたき音はまさしく川の激流そのものだった。
「…………」
茫然と見上げること僅か数秒、大迫力で飛び去って行った群れの後に残された草原には、姫踊子草の手前ギリギリで足を止め、抱き合って座り込む放心した姉妹の姿だけだった。
異世界、怖ぇ~……。
姉ちゃんの花束をクンクンし、私はあまりの芳しさに絶句した。
数も配置もバラバラで、統一性すら無くただごちゃ混ぜとしか思えないのに、どれも目立たず甘過ぎず、絶妙な調和で1つの香りを生み出している。
生花だからか、糖度の高い果実とは違う清涼感が、蜜の甘ったるさを洗い流すのでしつこくならない。 もしかして茎や葉の青臭さも良い味出してたりする? 甘味に塩を入れて甘さを引き立たせるみたいに。
……そこまでは考えてないっか。
ん~、この香り、語彙に乏しいので言語化しづらい……例えるなら花屋+ケーキ屋の空気、かな?
部屋に飾るだけでフルーツバイキングの夢が見れそう。
お母さんとエレオノールさんが『アレ』なる物を探し初めて早数分。 私達幼児組はクーテルさんに見守られながら、お互いの成果を暇潰しがてらに見せ合っていた。
私の花束を手始めに、食いぎみで妹ちゃん、私も!♪とフローラちゃん、先を譲った姉ちゃんの順で。
私とフローラちゃんのは(……うん)なリアクションだったよ。
……別に、ガチ勢じゃないしぃ? 何か知らんが楽しげなフローラちゃんを見れて心の掠り傷は既に癒えたんだから、今更気になんてしていない。
言っとくが、妹ちゃんのだって私と大差無かったんだからね。 姉ちゃんが頭一つずば抜けてたってだけで……。
これ以上は止めよう、惨めでしかない。
そんな妹ちゃんの花束は、とにかく好きな花だけを好きなだけ集めましたって印象だ。
アサガオみたいなラッパ形のオレンジ色・まさかの姫踊子草・黄色い毛玉・粒々とした小さなピンクが集まった花、の4色束で構成されている。
組み合わせで楽しむというより、個別で楽しむってスタイルかな。
ちなみに、私があげた花はピンクのだけが採用されていた。 ほぼ落とされるとは、想定外。
続いて。
フローラちゃんの花束なんだけど、一言で言って『雑』。
目に付いた、手の届く範囲の花を片っ端から引っこ抜いて集めていただけなので、根は勿論、土までそのままのも1本や2本どころではない。
多分フローラちゃんの目線からだと、上の華やかさしか見えてなかったんだろうね。
なので1番土臭い。 更には葉や茎を握り潰しちゃったのもあるのか、ちょい雑草臭さまでもが強めに自己主張している。
香りより見た目……てか、気に入った花をただ集めていただけ、なんだろう。 実際、左から右へ摘んだ順だし。
実はこの根っこ残し問題、妹ちゃんもその1人である。
まだまだ幼いんだから仕方ない。
ただ、明らかにフローラちゃんの方が多く、臭いが気になるレベルってだけ。
(あぁ~ハサミで切り揃えてぇ~!)
お母さん達はその点、「帰ったら植えた方が良いかな……」と少し先を見越していたようだけれど。 そんな発想は無かったわ。 ちょっと羨ましい。
どうせ香り重視なんだから、両立は出来なかっただろうけどね。
で、そんな発表会のトリを見事飾ったのが、姉ちゃんだった訳だ。
某査定番組なら才能アリ圏内くらい余裕だっただろう。
この歳で?とは不思議に思ったけれど、ひとより鼻が利くとすれば一理ある。
順番とか、不粋な事は気にしないように。
私の?
見た目は姉ちゃん同様、グチャグチャですよ。 なるべく斑の無いよう意識したつもりなんだけど……。
テーマは31。 バニラっぽいのをベースに31本以内で花のアイスを表現してみた。
今は『嗅ぐアイス』と名付けようかで迷ってる。
ただ、これはまだまだ中途半端というか、自分でも納得いってなくてですね……。
…………うん。
何が言いたいかというと、香りは姉ちゃん、見た目は妹ちゃんの勝ちでしたよ、はい。 どっち付かずでどっちも微妙になったってやつ。
言い出しっぺなのに……。
表には出さないけど、内心でちょっとだけ凹む。
児戯とか宣っといてこの様ですわ。 転生しても、センスの無さまでは変わらないらしい。
(うん、まぁあ……姉妹は約2倍も生きてる人生の先輩なんだしぃ! しょうがないよね?)
私は自信喪失回避のため、無理やり現実をこじつけた。
(年下で良かった!♪)
・
「ありました!」
そんなこんなで幼児同士わきゃわきゃしていると、大人の女性が小指サイズに見える程の距離で、エレオノールさんの手が上がった。
「んっ。 みんな、行くよ~♪」
それを確認したクーテルさんが、エレオノールさんに手を振り返し、まだ歩き慣れていないフローラちゃんを抱え上げる。
ナイス判断だ。 私達をよく見てくれている子供好きだって事が行動からも伝わってくる。
しかし、他の子を優遇された姉妹が我が儘を言い出しそうで、ちょっと心配だなぁ……。
なんて2人を気にしていると、両手の塞がったクーテルさんが、手を繋ぐ娘へと視線を合わせた。
「あそこまで自分で歩ける子は手を上げて!」
「「はい!」」
2つの花束が元気に上がる。
その顔はいきなりのフリにもかかわらず、一瞬でやる気に満ち溢れた。 表情も心底から嬉しそうに輝いている。
なるほど! できるよアピールを刺激して行動意欲に繋げたのか。 同時に目的まで与えるとは。
流石、双子を2年間育ててきた母親なだけの事はある。 勉強になるなぁ。
「それじゃぁ……ぁっ」
さぁ行こうって時に私と目が会い、しまった!とでも聞こえそうな表情で固まった。
ウソぉん……。
(私ってそんなに影薄め? 今はシスターちゃんの時とは違って、息を潜めてすらいないのに……)
((いつものノリで行きそうになっただけなんじゃない?))
(あぁ~……)
お姉ちゃんの指摘が的を射る。 確かに、双子の意欲を削がないためにも、このノリは大切にしたかった。
その気になった所を邪魔されるのって、反動でむしろやりたくなくなるからね。
いつの間にか足を引っ張ってしまっていたようだ、ごめん。
これは空気を読んで流れに混ざるべきだったかな?
いや、それじゃぁ逆に不自然だよね、1歳児として。
フローラちゃんを抱え定員オーバーとなったクーテルさんは、何とか2人一緒に抱えられないかとオロオロ試行錯誤した結果、しゃがみ込んで私の高さに視線を合わせた。
「エメルナちゃんはー……自分で歩ける?」
笑顔がすんっごい申し訳なさそう。
(諦めた?)
「んっ!」
もちろん代案なんて私にも無いんだから、次は外さないよう、とりあえず笑顔で即答しておく。 けれどその脳裏では、ついつい相手の腹を探るような棘のあるツッコミが過ぎっていた。
思っといて、自己嫌悪が後から湧き上がる。
いやね……呆気なく思考放棄されたようで、心なしかモヤッとしたのよ。
でも喋れなくて助かった。 落ち度や下心を誤魔化してる訳でもない相手にこんな言いぐさ、空気を悪くするだけだもん。
むしろ姉妹を待たせ過ぎない見事な判断力!と『1いいね』あげたいくらいなのに……我ながらどうしてこんな事を。
なんて内心ヤキモキしていると、器用にフローラちゃんを片腕で支えつつ、クーテルさんが私の頭を優しいタッチで撫でてくれた。
「ありがとう♪ もうこの歳でお姉ちゃんしてるなんて、偉いのねエメルナちゃんは」
掌の感触が暖かい。
あっ、お母さんやお父さんとはまた違う、毛並みに沿った撫で方なんだ。
新鮮だが、これはこれで気持ち良い。
「ふにゅ~……♪」
まるで冬の夜、心地よい湯加減のお風呂に肩まで深く浸かった時のように、ささくれていた心がほっこりとふやけていく。
そして満たされる安心感と充足感。
もうちょっと、このままこれが続けばいいのに。
「それじゃっ……」
スッと頭から手が遠ざかる。 残念……とも思ったが、気が付くとさっきまでのモヤモヤは嘘のように消え去っていた。
結局、何だったんだろ?
……まっ、どうでもいいっか♪
うだうだ引きずってたってキリが無い、ちゃっちゃと忘れて次だ次。
お母さん達を待たせているんだから、脱線してる場合じゃない。
心機一転。 この距離を歩ききり、フローラちゃんにお姉ちゃんらしさを見せてあげるべく、私はフンッと肩に気合を入れた。
フローラちゃんを両腕で抱え直し、クーテルさんがサッと立ち上がる。
「ミテル、キーテル、お母さんはフローラちゃんを連れていくから、2人はエメルナちゃんを連れていってくれるかな?」
「「あい!」」
嬉しそうにまた花束が上がる。 そして姉妹は繋いでいた手を離すと、私をその間に迎え入れるよう、小さな手を差し伸べてくれた。
(ぁ……)
言葉に出来ない感動が目頭を熱くする。
元ボッチには効果抜群だったらしい。
しかし、その手を掴もうとした瞬間、私ははたと気付いた。
自分の左手もまた、自らの花束によって塞がれてしまっていることに。
(くっそ邪魔なんですが!?)
やっべ、さっきクーテルさんに預かってもらってれば!
ガシ!
「っ!?」
逡巡していると、右手を姉ちゃんに、花束の首根っこを妹ちゃんに捕まれた。
(ちょっ、おま!?)
「しゅっぱ~つ!♪」
「「お~♪」」
グイッと引っ張られ、エレオノールさんの待つ前方へと歩き出す。 花束が千切れそうな勢いで。
未だよちよち歩きの私とは歩幅からして違うのに。
無論、そんな気遣いができる年齢でもない。
よって、
(あ"~~~!!!)
歩けるようになって間もない私は、一切の休憩すら許さぬ状況のまま、数mもの距離を連行されるように歩かされたのだった。
・ ・
私達が暇を潰していた間、妹ちゃんの花束を見たお母さんとエレオノールさんは、姉妹の道のりを辿り、アレなる物・姫踊子草を見付けていた。
『姫踊子草』・紫蘇科の越年草。 葉のつき方が五重の塔に似た段々状で、その隙間からは蓋の開いた筒のような、薄紫色をした小さな花が甘い香りを発している。
花の数は一塔につき4~8つくらい(目測)、四方の窓から身を乗り出すように頭一つ飛び出ている。
葉の色は、下から上にかけて明るい緑~赤紫蘇っぽい色へと変化していき、茎は緑をベースに赤紫が混じってたりもする。
一見地味かもだが、群生していると薄紫の花が一際映え、その姿はまさしく踊り子の名に相応しい。
雑草なので、実際に見たければ開花時季である2月~5月頃の散歩をオススメしよう。
にしても随分と久しぶりだ。 妹ちゃんの花束で目にした時は、それはもう落雷でも走ったかのような衝撃を受けた。
こっちに来て1年ぶりどころか、口にするのすら小学校卒業以来なんじゃない?
懐かし過ぎてワクワクが止まらない。
(やっと……ゴールぅ……)
ボフッ。
姉妹の手から解放され、私はフラフラとした足取りで腰を落とすお母さんの胸にもたれかかった。 背中に腕が回され、グッと力強く抱き寄せられる。
「やった! すごい頑張ったねぇ、すっごいよ!」
初めて「ママ」と呼んだ時くらいの大興奮が頭上から降り注ぐ。 しかし今の私には右から左、共に喜ぶ思考力すら欠片も残されてはいなかった。
「ぁぁ~……」
その呻きは宛ら、癒しを求める社畜ゾンビのように。
あたたやわらかぁ~ぃ。
空っぽの思考回路へ、言語化前の純粋な感情だけが流れ込んでくる。
更に達成感+解放感からの母の温もりコンボは、パンパンに強張らせていた足や背中の力みまでやんわりと蕩けさせていった。
てか、糸を手放したのかってくらいに力が入らない。
まさに寝落ちするまで5秒前状態。
もううごきたくないの。
「*********!♪」
「*****♪」
「「*~!♪」」
なんか声をかけられている気がするけど、認識出来たのはそこまで。
結局、動く程度にまで気力が回復したのは、皆が姫踊子草を楽しんでいる最中だった。
・ ・
「んぁ~♪」
うんめぇ~♪
マジうんめぇ~♪
お母さんが撮み取ってくれた姫踊子草の小さな花、その後ろ側にある白い部分だけを指の隙間から差し出され、前歯で潰れるくらいの加減を意識しながら噛む。 すると花の強い香りと共に、ほんのり甘い蜜の味が舌の上に広がった。
あぁ~うんめぇ~♪
そこに懐かしさも加わったことで一層美味しくなり、感動すら覚えた私には、もはやこの一口は一種のデザートへと昇格していた。
多くの人にも、これと同じ経験があるのではなかろうか。
子供の頃、下校中の道に咲く花の蜜を味わった歴史が。
かく言う私も、その1人である。
ほんと、小学校の頃は帰り道で見かける度に、馬鹿みたいに吸いまくってたなぁ。
世間一般ではサルビアってのが主流だったらしいが、残念ながら私の周りには無かったんだよねぇ。 で、誰かが美味しいと言い始めて吸うようになったのが、この姫踊子草だったのだ。
もちろん、いくら噛んだって腹を満たす量なんて無い。 例えるならグラニュー糖を1粒、舌先で溶かした程度の甘味が関の山だ。
でもそれでも、当時の自分にしてみれば充分おやつとして成立していた。
雑草だもん。 無料なんだよ?
しかも自分の好みにドンピシャで、持って帰って育てたいとすら考えた程だ。
だって無料なんだもん。
そんなに貧乏だった訳じゃないんだけどね。 甘味はもちろん、花の香りも好きだったから、かなり長いマイブームになったのを覚えている。
小学の帰り道なんて、殆どがそんな思い出でしかない。
それ程のブームが何故終わったのか? 簡単だ。
中学から自転車通学になったのよ。
通学路も交通量の多い車道になっちゃったし、排気ガスを警戒するのは当然でしょ?
あと、後々に調べたことなんだけど、どうやら微量に毒も含まれていて、あまり数吸い過ぎると危ないらしい。
んで、そうこうしてる内に口にしなくなっちゃった訳だ。
まさか異世界に来てまで口にする事になろうとは、これはもはや運命と言って差し支えないのではなかろうか!♪
見つかった姫踊子草は点々と生えており、お世辞にも群生と呼べる程の数ではなかった。
しかし、味わい方を教えてもらった子供の表情はどれも明るい。
そのまま食ってしまいそうなフローラちゃんと私には、それぞれのお母さんが花を撮んだまま口に持っていき、白い部分を噛むだけにしてくれているが、姉妹は既に他で似たのを経験済みだったらしく、自分で撮んで楽しんでいる。
賑わい方が駄菓子屋のそれになってきた。
にしても、まさか視覚・嗅覚・触覚に加え、味覚まで楽しませてくれるとはね♪
お花摘みがここまで奥深いとは思わなかったよ。
探せば、もっと色んな可能性を見つけられるのかもしれない。
ますますもって、楽しみだ。
「んー……エメルナ、おいしい?」
「んっ!♪」
口に薄紫の花をくわえたまま、お母さんに頷く。
「なら良かったぁ。 ねぇ、エレちゃん」
「はい?」
お母さんの急なフリに、エレオノールさんがフローラちゃんに向けていた顔を上げる。
「エレちゃんはどう、美味しかった?」
「ん~……斑があるからか、ちょっと微妙でした」
「やっぱり?」
母親2人が冴えない表情をする。
どうやらハズレを引いたようだ。
あるあるだねぇ~。
「お2人とも、こういうの久しぶりなんですか?」
と、姉妹の花束を預かるクーテルさんが話しに加わる。
「うん、暫く離れてた期間があってね、……10年ぶりぃ、かな?」
「はい」
「あぁ、だからかな。 大人になってからだと、あんまり美味しく感じられなくなっちゃうんですよ、これ」
(え!?)
「えぇ~! ちょっと楽しみにしてたのに……」
ガクッと項垂れるお母さん。
残念極まりないが、私はもうそれどころではなかった。
(マジで!?)
異世界だからか? いや、大人より子供の方が味覚が敏感だって聞くし。
両方否定できない。
ヤバいじゃん! 群生してるならともかく、さんざん歩いてまだこんな程度しか発見できてないってのに。
不意に、また口にできなくなるのではという不安がこみ上げて来る。
「ねーねー、あっちぃ!」
いっそ育ててしまおうかと過ったタイミングで、妹ちゃんが遠くの方を指差した。
全員の視線が集中する。 私も、立ち上がってその方向を見渡してみる。
(姫踊子草!!)
10mも無い近場。 それも見たことないテニスコート大の群生だった。
マジか!!♪ やった!!♪
我先にと歩き出す。
「「ヤ~!♪」」
と、そんな私を背後から、姉妹が駆け足で追い越した。
急いでもよちよち歩きの私では到底追いつける筈も無く。 姉妹との距離はみるみる離されていく。
(ああぁ待って! せめて綺麗な群生だけでも先に見させて!!)
「あっ、ちょっとまっ……それって!」
お母さんの声が聞こえたと思ったその時。
駆ける姉妹の足元から青い蝶の大群が一斉に飛び立ち、後続する私の視界を青一色に染め上げた。
「んぉあ!!?」
滝が逆流してるかのような勢いに足が硬直し、その場でドサッと尻餅をつく。
蝶なのに、群れでの羽ばたき音はまさしく川の激流そのものだった。
「…………」
茫然と見上げること僅か数秒、大迫力で飛び去って行った群れの後に残された草原には、姫踊子草の手前ギリギリで足を止め、抱き合って座り込む放心した姉妹の姿だけだった。
異世界、怖ぇ~……。
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