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エメルナちゃんの成長記録13
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せっかくの休日なので、今日くらいはお父さんに甘えよう。
ヤンデレ風味な店員さんから救出されて靴屋を後にした私達は、そのまま憩いの定番・草原に行こうという話しになった。 ……のだが。
「やっ!」
「この靴履いて歩けるんだよ?」
「やぁ~ぁ!」
それを私は全身で拒絶していた。 傍らのお父さんが「えぇ~……」と残念がる。
いや遊びたくない訳じゃないんだよ? お父さん。
むしろイケメンなお父さんとは今後も仲良しでいたいから、喜んで遊べる親子関係を築いていきたいくらいだ。
だけど、今はまだその時じゃない。
外を歩くには、まだ早い。
(という訳で、やってきました畜産地区!)
お目当てはもちろん、リアル動物達である。
あぁ~、懐かしき獣臭。 牛がいるからか、微かに牛乳っぽい甘い香りまで混ざっている。
近くに搾乳小屋でもあるのだろう。
約1年ぶりの畜産地区となるが、その理由は、ここに触れ合いコーナーが無いからだ。
あと危険だもん。
動物園じゃないんだし、こっちじゃ家畜動物なんて珍しくもないんだから、観光目的で足を運ぶ人なんていやしない。 聞いた話しじゃ、王都や商業都市にだって畜産農家はいて、違いは規模の大きさくらいなんだとか。
考えてもみれば、無理に牛や豚や馬なんかと触れ合おうとして蹴り飛ばされようものなら普通に即死だもんね。
不特定多数とのスキンシップに適した動物じゃない。
てな理由から、わざわざリスクを冒してまで行く程じゃないかな~と考えてきた。
しかし今回は違う!
触れなくたって良いから、近付けなくたって良いから、どうしても見に行きたいのだ!
羊の精獣・フィウサンスーリープを!
先日の夕飯時だ……お父さんが、トムねぇの伝で購入した精獣がやっと届いた、と報告していたのは。
精獣とは、魔獣の精霊版のようなもので、このフィウサンスーリープと呼ばれる羊は、古くから家畜として大切に育てられてきた品種らしい。
用途は羊毛。 その毛は魔力を通しやすく、蓄積しやすい。 様々な魔力付与製品に使われていて、お婆ちゃんの強い要望だったそうな。
なんかぁ……あのお婆ちゃんのことだ、私が着けているこのミサンガも、その羊毛製な気がする。
で、何故に私がそんな羊くらいでここまで興奮しているのかと言うと、このフィウサンスーリープ、なんと体毛が七色に変化するらしい。
毛色が変わる羊とかナニソレ可愛い! 絶対見たい! と随分連れて行ってもらう方法を模索したものだ。
我慢しきれず、お姉ちゃんなら知ってると思って聞いたけれど、話には聞いても見たことはなかったらしい。
つまり見たいという点において、私とお姉ちゃんは同じ思いを抱えているのだった。
なのでこのチャンスは是非ものにしたい!
お父さんとは……今日まる1日抱っこしてもらえば一応のスキンシップってことに……荷物持ってるなぁ。
なんかごめんね。
「おぉ! いたいた! あいつらだよ」
お父さんが私の視線に合わせて、柵の向こうの、遠くの群れを指差す。
そこには白い、スリムな6頭の動物が集まっていた。
「お~……お?」
なんか……細くね?
「あれ? ねぇ、アレなの?」
お母さんも違和感に気付いた様子。
「そう、間違いなくあいつらなんだよ」
この場で唯一、その姿を知るお父さんが平然と言い切るのだから、間違いないのだろう。
そっかぁ、そうなんだ……。
にしても白ばっかだなぁ。 カラフルな羊達を楽しみにして来たのに、ちょっと拍子抜けだ。
これじゃぁ普通の羊と変わらない。 生で羊を見たこともないから、それはそれで良いんだけどさ。
でも、これは羊というよりはむしろ……。
あっ……分かった、察したよ。 認めたくなくて誤魔化そうとしていたんだね。
私も鬼じゃないんだ。 最初っからミスっただろなんて、一方的に責めたりはしないさ。 どこかでなんらかの手違いがあった可能性も捨ててはいけない。
だから、そんな申し訳なさそうに目を逸らさなくても良いんだよ。
そう、アレはフィウサンスーリープじゃない。
あのスレンダーなフォルムが決定的証拠!
つまりアレは、山羊ね!
「つまり、毛刈り後のスーリープばかり送られてきたわけね」
「そう。 今年の予定は変更するしかなくなってさ、今洗浄前のスーリープ毛を買えないか検討中なんだよ」
お疲れなご様子のお父さん。
どうやら私の推理は盛大に的を外したらしい。
なぁんだ……つまらん。
外したことで気分が極端に萎えてしまった。
なんかもう、どうでも良くなってきたかも。
遠いし、細いし、白一色だし。
修学旅行先で訪れたせっかくの動物園なのに、グテ寝してるパンダの背中だけを見せられた気分だ。
(ねぇお姉ちゃん、もう帰りたいんだけど、どう言えば良いかな?)
((理不尽過ぎない?))
(ごもっともで)
と、そんな脳内会話をしている内に、両親はいつの間にか次の行動へと移っていた。
畜舎付近の、コーンクリート壁の長方形な建物に入っていく。 中は事務所のようで、カウンターで作業をしていたポッチャリ体型の女性職員さんに、お父さんが「よっ!」と軽く挨拶した。
顔を上げた丸顔のポッチャリ職員さんが、両親へ親しげに挨拶を返す。
「あれぇ、どうしたの? 家族で来るなんて珍しいね」
ポワポワ系と言うべきか、優しそうな、包容力のある笑顔が可愛らしい人だ。
ん?
何か……どこかで会ったことある気がする人だけど、どこだろう。
他人の空似かな……?
芸能人で言うと、柳原可奈子に似ている。
お姉ちゃんも、あと少しの所までは出かかっているらしい。
((ん~……多分だけど、生後1ヶ月までの頃に家にお祝いに来てくれた人達の1人かも。 私ももう覚えていないけれど))
(確かに……)
それならこのなんとなくっていう曖昧なモヤモヤにも納得がいく。
後で夢で確認しよう。
「あら~♪ 嬉しいわねぇ、そんなに興味を持ってくれるなんて、将来が楽しみになっちゃう♪」
グズってまで羊に会いに来たと父から説明され、ポッチャリ職員さんが期待の眼差しを私に向ける。
どうやら後輩候補と目されたらしい。
(あ~……それは、無いかな)
動物園ならまだしも食肉用の鶏もいるって聞いてるからねぇ……愛情込めて育てた仔はそのまま家族の枠組みに含めちゃうタイプなので、辛すぎて1年も居られないと思う。
「てな訳でスーリープ見に来たんだけど、あまりにも遠くてさぁ。 良ければ中に入りたいんだけど、どうかな?」
「ん~……ルースさんが目を離さないでいてくれるのなら、問題無いと思うよ? ただ、他の家畜達には近付かないでね。 何かあったら怖いから」
「分かってる、ちょっとスーリープを触りに来ただけだから」
(触る!?)
許可を貰ったお父さんが、「よぉし、もうすぐ会えるからなぁ」と私の頭をワシャワシャと撫でた。
(えっ! マジで!? 触れるの!?)
冷めきっていた気分が再燃する。
毛が白かろうが短かろうが、生きた本物に触れられる事に比べれば些細な誤差でしかない。
お父さんナイス! なんならここも草原と大差ないから、裸足でも良ければここで遊ぼうよ。
毛刈り後の羊なんて、それはそれでレアだしね。
言っておくが、さっきの不満は遠すぎてつまらなかったからだ。 決して見た目にガッカリしただけが理由じゃない。
と、このワクワクが私だけじゃなかった事に気が付いた。 私の中でお姉ちゃんも内心、胸を踊らせていたのだ。
ドキドキが同調していて気が付かなかった。
(そう言えば、見たことも無いって言ってたっけ)
((ん? うん♪ 今まで気にした事もなかったから、触れるのはちょっと楽しみかな♪))
前世では色々と目まぐるしく、そんな暇すら無かったらしいし。
なら丁度良い、一緒に素直に楽しもうじゃないか!
なんてワクワクしながら、私達は事務所の中を通り、奥の扉から柵内の牧場へと入っていった。
ちなみにお父さんも遊ぶので手ぶらになっていた。 いつの間にか荷物を職員さんに預けていたらしい。
うっ……。 お父さんがガチャっと開けると、ただでさえ臭っていた獣臭さが一層濃くなる。
事務所を通っただけなのに? あっ、いや、近くに牛舎と体育館並みの大きな倉庫がある。
なら仕方ないね。
間近で見ると、まんま毛刈り後の羊だった。
TVで見たことのある、桃色の地肌が見えるくらいにまで刈られてサッパリしているのが何か可愛い。
あの渦巻き角は無い。 なので全身ムニムニ柔らかそうなのがまた愛らしい。
警戒心が強いと思っていたフィウサンスーリープだが、実際にはペットかっ!ってくらいに大人しかった。
なんならお父さんを見付けた途端、顔見知りと再開したかのような足取りの軽さで集まってきた程だ。
こいつらの野性は何処へ行った。
お姉ちゃん曰く、精獣は大抵、相手に悪意や敵愾心さえ無ければ友好的らしく、知能も通常の動物よりは上らしい。
初見で悪意や敵愾心を見分けられるとか、私よりも賢いのでは。
(……乗れるかな?)
そんなに賢く人懐っこいのなら、いけそうな気がする。
((乗るなら、今の内しか無さそうね♪))
(だね、大人になってからじゃ言えないし、重いし、痛い目で見られそうだ)
にしても、ちょっとなんて言いつつ、珍しく子供っぽいテンションで待ちわびているお姉ちゃんがなんとも微笑ましい。
いつもはなんだかんだ楽しそうでも、どこか既知感があって本当に楽しめてるか心配だったんだよね。
でも今は伝わる、これは心から楽しんでる暖かさだ。
それから、私達は撫でたり抱き付いたり乗せてもらったりと、時間を忘れて思う存分童心に返っていった。
やっぱりここに来たのは、正解だったね。
*
私には、新しい靴を買うと、必ず初めにやっておかないと次に進めない趣味がある。
靴下も履かずに裸足のまま、さっき買ってきた新品をさっそく履く。
居間で。
もちろんスーリープと戯れてきたので、帰宅後は直行でシャワーを浴びた。 今は上下黄緑色のパジャマ姿だ。
ちなみに両親が選んでくれたこの靴はスニーカーのようなデザインで、履いた後に上部の留め具(ボタン)をカチリとするだけのお手軽仕様となっている。
おかげで1人ででも、こうやってきちんと履くことが出来た。
このお手軽感、保育園の頃だったかのマジックテープで留める靴が懐かしい。
そう、私の趣味とは、新品の靴を買った初日は必ず家の中で履き、歩き回るというものなのである。
だって1度でも外を歩いたらもう出来ないんだよ?
綺麗な居間で土足してる感が、イケナイ事を疑似体験してるっぽくて楽しくなる。
草原を嫌がった理由がこれだ。
こんな事のためにお父さんをガッカリさせたのかと責められれば反論できないけれど、その分集中的にスキンシップを取るつもりなので許してほしい。
具体的には、仕事でお疲れなお父さんの背に乗ってマッサージでもしてあげよう。
きっと喜ぶ筈だ。
両親が夕飯の準備をしている間に、靴で歩く練習をする。
試し履きでの違和感はあの時だけだったのか、今ではよちよちながらも普通に歩けている。
前世の経験が大きいね。 なにより、それまで使われてこなかった二足歩行に必要な筋肉も育ってきているのだろう。
このまま家中を巡りたいが、出られないのでは仕方ない。
私は部活のように、居間をただただ周回するだけに終わったのだった。
「内履き用と思ってたとか?」
「かなぁ……?」
困り顔で、履いたままご飯を食べる私の様子を見守る両親。
さっき脱がされそうになった際にイヤイヤと駄々を捏ねたので、そんな風に捉えられてしまったらしい。
寝た後に脱がされる算段に落ち着いていたけれど、心配しなくても脱がないと寝れないと思うので寝る前には脱ぐつもりだ。
……これも奇行扱いされるのだろうか。
1度お姉ちゃんと、普段の行動について見直す必要がありそうだね。
夕飯後。
何とかお父さんの背中に乗ろうとよじ登ったりしてみたものの、どう解釈されたのか、そのまま馬乗りにされてお馬さんごっこ化してしまったのだった。
違う、そうじゃない。
ヤンデレ風味な店員さんから救出されて靴屋を後にした私達は、そのまま憩いの定番・草原に行こうという話しになった。 ……のだが。
「やっ!」
「この靴履いて歩けるんだよ?」
「やぁ~ぁ!」
それを私は全身で拒絶していた。 傍らのお父さんが「えぇ~……」と残念がる。
いや遊びたくない訳じゃないんだよ? お父さん。
むしろイケメンなお父さんとは今後も仲良しでいたいから、喜んで遊べる親子関係を築いていきたいくらいだ。
だけど、今はまだその時じゃない。
外を歩くには、まだ早い。
(という訳で、やってきました畜産地区!)
お目当てはもちろん、リアル動物達である。
あぁ~、懐かしき獣臭。 牛がいるからか、微かに牛乳っぽい甘い香りまで混ざっている。
近くに搾乳小屋でもあるのだろう。
約1年ぶりの畜産地区となるが、その理由は、ここに触れ合いコーナーが無いからだ。
あと危険だもん。
動物園じゃないんだし、こっちじゃ家畜動物なんて珍しくもないんだから、観光目的で足を運ぶ人なんていやしない。 聞いた話しじゃ、王都や商業都市にだって畜産農家はいて、違いは規模の大きさくらいなんだとか。
考えてもみれば、無理に牛や豚や馬なんかと触れ合おうとして蹴り飛ばされようものなら普通に即死だもんね。
不特定多数とのスキンシップに適した動物じゃない。
てな理由から、わざわざリスクを冒してまで行く程じゃないかな~と考えてきた。
しかし今回は違う!
触れなくたって良いから、近付けなくたって良いから、どうしても見に行きたいのだ!
羊の精獣・フィウサンスーリープを!
先日の夕飯時だ……お父さんが、トムねぇの伝で購入した精獣がやっと届いた、と報告していたのは。
精獣とは、魔獣の精霊版のようなもので、このフィウサンスーリープと呼ばれる羊は、古くから家畜として大切に育てられてきた品種らしい。
用途は羊毛。 その毛は魔力を通しやすく、蓄積しやすい。 様々な魔力付与製品に使われていて、お婆ちゃんの強い要望だったそうな。
なんかぁ……あのお婆ちゃんのことだ、私が着けているこのミサンガも、その羊毛製な気がする。
で、何故に私がそんな羊くらいでここまで興奮しているのかと言うと、このフィウサンスーリープ、なんと体毛が七色に変化するらしい。
毛色が変わる羊とかナニソレ可愛い! 絶対見たい! と随分連れて行ってもらう方法を模索したものだ。
我慢しきれず、お姉ちゃんなら知ってると思って聞いたけれど、話には聞いても見たことはなかったらしい。
つまり見たいという点において、私とお姉ちゃんは同じ思いを抱えているのだった。
なのでこのチャンスは是非ものにしたい!
お父さんとは……今日まる1日抱っこしてもらえば一応のスキンシップってことに……荷物持ってるなぁ。
なんかごめんね。
「おぉ! いたいた! あいつらだよ」
お父さんが私の視線に合わせて、柵の向こうの、遠くの群れを指差す。
そこには白い、スリムな6頭の動物が集まっていた。
「お~……お?」
なんか……細くね?
「あれ? ねぇ、アレなの?」
お母さんも違和感に気付いた様子。
「そう、間違いなくあいつらなんだよ」
この場で唯一、その姿を知るお父さんが平然と言い切るのだから、間違いないのだろう。
そっかぁ、そうなんだ……。
にしても白ばっかだなぁ。 カラフルな羊達を楽しみにして来たのに、ちょっと拍子抜けだ。
これじゃぁ普通の羊と変わらない。 生で羊を見たこともないから、それはそれで良いんだけどさ。
でも、これは羊というよりはむしろ……。
あっ……分かった、察したよ。 認めたくなくて誤魔化そうとしていたんだね。
私も鬼じゃないんだ。 最初っからミスっただろなんて、一方的に責めたりはしないさ。 どこかでなんらかの手違いがあった可能性も捨ててはいけない。
だから、そんな申し訳なさそうに目を逸らさなくても良いんだよ。
そう、アレはフィウサンスーリープじゃない。
あのスレンダーなフォルムが決定的証拠!
つまりアレは、山羊ね!
「つまり、毛刈り後のスーリープばかり送られてきたわけね」
「そう。 今年の予定は変更するしかなくなってさ、今洗浄前のスーリープ毛を買えないか検討中なんだよ」
お疲れなご様子のお父さん。
どうやら私の推理は盛大に的を外したらしい。
なぁんだ……つまらん。
外したことで気分が極端に萎えてしまった。
なんかもう、どうでも良くなってきたかも。
遠いし、細いし、白一色だし。
修学旅行先で訪れたせっかくの動物園なのに、グテ寝してるパンダの背中だけを見せられた気分だ。
(ねぇお姉ちゃん、もう帰りたいんだけど、どう言えば良いかな?)
((理不尽過ぎない?))
(ごもっともで)
と、そんな脳内会話をしている内に、両親はいつの間にか次の行動へと移っていた。
畜舎付近の、コーンクリート壁の長方形な建物に入っていく。 中は事務所のようで、カウンターで作業をしていたポッチャリ体型の女性職員さんに、お父さんが「よっ!」と軽く挨拶した。
顔を上げた丸顔のポッチャリ職員さんが、両親へ親しげに挨拶を返す。
「あれぇ、どうしたの? 家族で来るなんて珍しいね」
ポワポワ系と言うべきか、優しそうな、包容力のある笑顔が可愛らしい人だ。
ん?
何か……どこかで会ったことある気がする人だけど、どこだろう。
他人の空似かな……?
芸能人で言うと、柳原可奈子に似ている。
お姉ちゃんも、あと少しの所までは出かかっているらしい。
((ん~……多分だけど、生後1ヶ月までの頃に家にお祝いに来てくれた人達の1人かも。 私ももう覚えていないけれど))
(確かに……)
それならこのなんとなくっていう曖昧なモヤモヤにも納得がいく。
後で夢で確認しよう。
「あら~♪ 嬉しいわねぇ、そんなに興味を持ってくれるなんて、将来が楽しみになっちゃう♪」
グズってまで羊に会いに来たと父から説明され、ポッチャリ職員さんが期待の眼差しを私に向ける。
どうやら後輩候補と目されたらしい。
(あ~……それは、無いかな)
動物園ならまだしも食肉用の鶏もいるって聞いてるからねぇ……愛情込めて育てた仔はそのまま家族の枠組みに含めちゃうタイプなので、辛すぎて1年も居られないと思う。
「てな訳でスーリープ見に来たんだけど、あまりにも遠くてさぁ。 良ければ中に入りたいんだけど、どうかな?」
「ん~……ルースさんが目を離さないでいてくれるのなら、問題無いと思うよ? ただ、他の家畜達には近付かないでね。 何かあったら怖いから」
「分かってる、ちょっとスーリープを触りに来ただけだから」
(触る!?)
許可を貰ったお父さんが、「よぉし、もうすぐ会えるからなぁ」と私の頭をワシャワシャと撫でた。
(えっ! マジで!? 触れるの!?)
冷めきっていた気分が再燃する。
毛が白かろうが短かろうが、生きた本物に触れられる事に比べれば些細な誤差でしかない。
お父さんナイス! なんならここも草原と大差ないから、裸足でも良ければここで遊ぼうよ。
毛刈り後の羊なんて、それはそれでレアだしね。
言っておくが、さっきの不満は遠すぎてつまらなかったからだ。 決して見た目にガッカリしただけが理由じゃない。
と、このワクワクが私だけじゃなかった事に気が付いた。 私の中でお姉ちゃんも内心、胸を踊らせていたのだ。
ドキドキが同調していて気が付かなかった。
(そう言えば、見たことも無いって言ってたっけ)
((ん? うん♪ 今まで気にした事もなかったから、触れるのはちょっと楽しみかな♪))
前世では色々と目まぐるしく、そんな暇すら無かったらしいし。
なら丁度良い、一緒に素直に楽しもうじゃないか!
なんてワクワクしながら、私達は事務所の中を通り、奥の扉から柵内の牧場へと入っていった。
ちなみにお父さんも遊ぶので手ぶらになっていた。 いつの間にか荷物を職員さんに預けていたらしい。
うっ……。 お父さんがガチャっと開けると、ただでさえ臭っていた獣臭さが一層濃くなる。
事務所を通っただけなのに? あっ、いや、近くに牛舎と体育館並みの大きな倉庫がある。
なら仕方ないね。
間近で見ると、まんま毛刈り後の羊だった。
TVで見たことのある、桃色の地肌が見えるくらいにまで刈られてサッパリしているのが何か可愛い。
あの渦巻き角は無い。 なので全身ムニムニ柔らかそうなのがまた愛らしい。
警戒心が強いと思っていたフィウサンスーリープだが、実際にはペットかっ!ってくらいに大人しかった。
なんならお父さんを見付けた途端、顔見知りと再開したかのような足取りの軽さで集まってきた程だ。
こいつらの野性は何処へ行った。
お姉ちゃん曰く、精獣は大抵、相手に悪意や敵愾心さえ無ければ友好的らしく、知能も通常の動物よりは上らしい。
初見で悪意や敵愾心を見分けられるとか、私よりも賢いのでは。
(……乗れるかな?)
そんなに賢く人懐っこいのなら、いけそうな気がする。
((乗るなら、今の内しか無さそうね♪))
(だね、大人になってからじゃ言えないし、重いし、痛い目で見られそうだ)
にしても、ちょっとなんて言いつつ、珍しく子供っぽいテンションで待ちわびているお姉ちゃんがなんとも微笑ましい。
いつもはなんだかんだ楽しそうでも、どこか既知感があって本当に楽しめてるか心配だったんだよね。
でも今は伝わる、これは心から楽しんでる暖かさだ。
それから、私達は撫でたり抱き付いたり乗せてもらったりと、時間を忘れて思う存分童心に返っていった。
やっぱりここに来たのは、正解だったね。
*
私には、新しい靴を買うと、必ず初めにやっておかないと次に進めない趣味がある。
靴下も履かずに裸足のまま、さっき買ってきた新品をさっそく履く。
居間で。
もちろんスーリープと戯れてきたので、帰宅後は直行でシャワーを浴びた。 今は上下黄緑色のパジャマ姿だ。
ちなみに両親が選んでくれたこの靴はスニーカーのようなデザインで、履いた後に上部の留め具(ボタン)をカチリとするだけのお手軽仕様となっている。
おかげで1人ででも、こうやってきちんと履くことが出来た。
このお手軽感、保育園の頃だったかのマジックテープで留める靴が懐かしい。
そう、私の趣味とは、新品の靴を買った初日は必ず家の中で履き、歩き回るというものなのである。
だって1度でも外を歩いたらもう出来ないんだよ?
綺麗な居間で土足してる感が、イケナイ事を疑似体験してるっぽくて楽しくなる。
草原を嫌がった理由がこれだ。
こんな事のためにお父さんをガッカリさせたのかと責められれば反論できないけれど、その分集中的にスキンシップを取るつもりなので許してほしい。
具体的には、仕事でお疲れなお父さんの背に乗ってマッサージでもしてあげよう。
きっと喜ぶ筈だ。
両親が夕飯の準備をしている間に、靴で歩く練習をする。
試し履きでの違和感はあの時だけだったのか、今ではよちよちながらも普通に歩けている。
前世の経験が大きいね。 なにより、それまで使われてこなかった二足歩行に必要な筋肉も育ってきているのだろう。
このまま家中を巡りたいが、出られないのでは仕方ない。
私は部活のように、居間をただただ周回するだけに終わったのだった。
「内履き用と思ってたとか?」
「かなぁ……?」
困り顔で、履いたままご飯を食べる私の様子を見守る両親。
さっき脱がされそうになった際にイヤイヤと駄々を捏ねたので、そんな風に捉えられてしまったらしい。
寝た後に脱がされる算段に落ち着いていたけれど、心配しなくても脱がないと寝れないと思うので寝る前には脱ぐつもりだ。
……これも奇行扱いされるのだろうか。
1度お姉ちゃんと、普段の行動について見直す必要がありそうだね。
夕飯後。
何とかお父さんの背中に乗ろうとよじ登ったりしてみたものの、どう解釈されたのか、そのまま馬乗りにされてお馬さんごっこ化してしまったのだった。
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