33 / 55
エメルナちゃんの成長記録12
しおりを挟む
歩けるようになったからといって、ドアノブに手が届く訳じゃない。 ジャンプすればいけそうだけど、すっ転んで後頭部を打ちたくはないので我慢している。
そもそも家事の邪魔にはなりたくないし、勝手な行動は心配させるだけだ。
洗濯物を抱えたお母さんに蹴られたくないからね。
家庭内探索は、もう少し成長してからにしよう。
・ ・ ・
翌日。
さっそく村長さん宅に行き、フローラちゃんとエレオノールさんの前で実演してみせた。
「すごいすごい♪」と我が子のように喜んでくれるエレオノールさんに、胸が熱く奮え、つい泣きそうになる。
対照的にノーリアクションだったのがフローラちゃん。 この感動はまだ早かったようだ。 が、その程度なら想定済みなのでショックなど無い。
その後は遊びがてら、私は歩く練習を繰り返した。
二足歩行に興味を持たせるのは難しかったけど、こういうのは結局個人差だしね。 気長に待つしかない。
その日の夕飯はそのまま両家族揃ってハルネに行き、お祝いしてもらえることになった。
赤い妖精さんが言っていたフルーツパイが美味しかったのと、ミックスジュースが違う味だったけどこれはこれで美味しかったこと。 何よりその場のお客さんにまでお祝いされ、単品メニューが続々と追加されてお持ち帰りしたのが印象的だった。
他人以上、家族未満って空気。 ご近所付き合いが良い証拠だ。
この場合ご近所と言うより、村単位っぽいけど。 温情な人柄の住民が多いのだろう。
将来、私もこの和に加わらなければならないのだ。 今からド緊張である。
とりあえずお礼に、歩き回って愛想を振り撒いておいた。
*
休日。
両親に連れられ、靴を買いに商店街へ。
こっちにも靴専門店があった事に驚いたのが、もう1年2ヵ月も前なんだよなぁ~。 と、月日が経つ早さに感慨深くなってしまう。
カランコロンカン♪
「いらっしゃいませ~!」
窓付きの扉を押し開けるとベルのような音が鳴り、女性店員さんの声が飛んできた。
おぉ~。
明るいカラーで広々と感じる店内に、見渡す限りの靴・靴・靴・靴。
男性用女性用で左右に配置が別れており、草履や、ズボンと一体となった作業用の長靴まであった。 見た目ゴム製っぽい。 防水加工だよね。
鼻を通る空気も違う。 新品の布・革……ちょっとオイルっぽい匂いは磨きに使うワックスだろうか。
嫌いじゃない。
見た感じ、こっちの世界の靴は、ありがたい事に前世と殆ど変わりないクオリティーだ。
丈夫な生地で、靴底にはやっぱりゴムが使われている。
なのでちょっと、期待値が高い。
女児用の棚に迷わず到着。
いっぱいある!
棚1つ分だけど、物が小さいので数が多い。
しかも、これでもかって程にカラフルでワクワクが止まらない。
小さくて可愛いなぁ~!♪ 玩具みたい!♪
ちっちゃい物好きとしては興奮せざるをえない。
まずは、これまたちっちゃ可愛い靴下をいくつか選ぶ。
それを履いてから、靴の試し履きが始まった。
幼児用の靴の履き心地なんて記憶にないので善し悪しまでは分からないけれど、足が包まれ、ちょっと重たくなる感じが懐かしい。
内部は上がモフッとした綿のような構造になっており、下にはちゃんと中敷きまで入っている。
ちょっと大きいかなと思ってたけど、歩いてみた感じ、悪くはない。
ただ、この体での靴は初体験なので、足裏が何か違和感。 気持ち高くなった感覚になる。
いやちょっと違うかな……何て言うか、足は上げているのに足裏がずっと床に着いてる感じ? しかも下ろした時、体が想定しているより微妙に早く着地するし、床の質感とは違う感触が伝わるから更に脳が混乱する。
誤処理していると脳が誤解しているのかも……あっ、これダメだ、考えたら酔いそう。
靴で乗り物酔いとか笑えない。
多分まだ魂(元18)と体(1歳児)がリンクしきれていないのだろうね。 靴を嫌がる猫に共感する日が来ようとは……。
仕方ない、時間を掛けて慣らしていけば良いだけなんだし。
次を履こう。
このモフッ生地、取り外し可能だった。 どうせ成長してすぐにサイズが合わなくなるんだから……と思っていたけれど、これなら暫くは使えそう。
結局、3つの内から赤と白の可愛らしい靴を1足だけ選び、靴下と一緒にレジへと向かった。
「いらっしゃいませ~♪」
10代とおぼしき店員さんが元気良くお辞儀する。
幼さの残る面持ちに、濃いめの紺三つ編みっ娘だ。
メガネを掛けたら図書委員オーラが強化されそう。
服装は……たぶん私服。
そんな店員さんと目が会う。 と、一瞬にしてパ~ァ!っと笑顔が華やいだ。
「この子がエメルナちゃんですか? おじいちゃんから聞いてたよりもずっと綺麗な髪してるじゃないですか~♪」
(あら分かっちゃった? この良さが♪)
色を誉められるのは私というより、両親を評価されているようで気分が良い。
なかなか見る目のある娘じゃないか。 今後とも良いお付き合いをしていこう。
お父さんから合計金額を受け取り、商品を紙袋に入れていく。 その間、店員さんは私の頭を見詰めながらブツブツと呟いていた。
「私とは正反対で良いなぁ~……」
口元は笑顔なのに目が曇っている。
…………あれ?
なんか、勝手にトラウマスイッチで自爆した?
お母さんがその様子に「フフッ♪」と微笑む。
「サッちゃんも充分綺麗じゃない。 私は好きよ、その艶やかで大人っぽい色」
「んぅ~、私もどっちかって言われたら嫌いじゃないんですけどね~……自分じゃなければ」
耳に流していた前髪を指先でいじくりながら、その色を見て溜め息を吐く。
「とにかく黒に間違われるのがどうしても嫌で。 良く見ろや紺だっつうの!……って」
「ぁ~……」
分かる。 これは黒と言われても納得しそうな濃さだ。 普通の紺色でも黒と間違いやすい人がいるってのにね。
色は嫌いじゃないってことだし、小さい頃に相当イジられたのかも。 一度気にしだすとしつこいやつ。
まぁ、訂正してもしても間違われると鬱陶しくもなるわな。 しかも自身の一部を間違われたりイジられたりするってのは、何だか自分や親まで馬鹿にされているようで気分が悪い。
それは私だけかもしれないけど。
「あぁすみません! お買い上げありがとうございました~♪」
思い出したかのようなビジネススマイルで捲し立てて商品を渡し、お辞儀までを流れるように済ませる。
ついつい話し込んでいた。 顔見知りだからってお客を待たせっきりにするのはアウトだもんね。
商品を受け取るお父さんは気にもしていない様子だったけど。
漸く帰れる私達だったが、お母さんはその場から離れようとはしなかった。 なんせ、お客が私達以外に誰もいなかったからである。
お会計も済ませたし、他人の目も無い。 つまりここからは、暇潰しの雑談タイムなのだった。
という訳で、お母さんに「抱っこしてみる?」と誘われ、さっきからチラチラと熱い視線を私に向けていた店員さんがソワソワとした様子でカウンターから出てきた。
「もう1歳だから、赤ちゃんとは言えないくらい大きくなっちゃったけど」
この1年間会えなかった事を謝るお母さん。 写真の無い世界だ、知人の赤ちゃんを見る機会を逃すのは、期待していたのならかなりの痛手だろう。
抱っこの仕方だって変わっている。 基本横向きだった抱き方が、首が据わったあたりから段々と縦向きも増えていき、ここ最近を思い返すと、縦向きの抱っここそが基本となっていた。
私としては縦向きの方が酔わないのでありがたいが、赤ちゃんを抱っこしたかった人的にはコレじゃない感が半端無いだろうて。
今更横は大きいから難しそうだし。
そう、1歳となった私の体は、いつの間にか産まれた時の約3倍にまで育っていた。 自分でも最近になって気が付いた程だ。 ちょっとしたアハ体験である。
しかも僅かにとは言え歩ける始末。 ここまで成長した幼児を赤ちゃんと呼ぶのは些か無理があるのではなかろうか。
一般的な成長速度や赤ちゃんの定義なんぞの詳しい所は姉妹揃って無知なので、何とも言えないが。
話しやリアクションを観察する限り、店員さんはお母さんの赤ちゃん……つまりは産まれたての私に興味があったご様子。
これは、挨拶が遅れて申し訳ない……と思ったけど、実は拠ん所無い事情があったそうだ。
残念そうに肩を落とし、目を細めて嘆く店員さん。
「仕方ないですよ~、ずっとレンテルラインで親戚の手伝いしてたんですも~ん。 おかげで少しは自信もついたけどさぁ~……」
なんでも、親戚の勤める靴屋が新しく支店を出すとかで、遥々遠方の街にまで1年間も応援に行っていたらしい。 ここもその支店の1つで、「学んでこい」とまで言われると断りきれなかったんだとか。
交通費と寮は申請すると支給される好条件だったのと、他店の応援達と親睦を深める絶好のチャンスと仄めかされ、両親の圧が大変ウザかったそうだ。
ご苦労様な。
そういうことなら、私で良ければ喜んで思う存分に愛でられよう。
そんなこんなで、不安定な持ち方をする店員さんに試し履き用の椅子へと運ばれ、私は髪を中心に長い間遊ばれ続けたのだった。
*
大人しい私を店員さんに預け、両親が他の店に行ってしまって数分。
「良いなぁ……交換出来ないかなぁ……」
ヒエッ。
背後が怖くなってきた。
頭を撫でたりクンカクンカされたり手櫛で髪を解いたりしているうちに、一種の陶酔状態にのめり込んでいったらしく、たまに呟かれる狂気じみた言動でゾクッとさせられる。
さっきまで明るく優しそうな人だったのに、今では髪の間を指が通る度に味見されているような気がして動けない。
何この人、まだ若いってのに拗らせ過ぎて病んでる系?
いやむしろ、若いからこそ小さなコンプレックスでも思い詰めてるってだけなんだろうけど。
つい言葉にしてるからって、実行したりは……さすがにねぇ?
絶対に後ろを振り返ってはいけない気がする。
「切ったら欲しいな~。 カツラなら頑張れば私でも……」
ッ!?
鳥肌を禁じ得ない。
(人毛のカツラなんて前世でも珍しくはないだろうけどさぁ……本人を前にして言わないでよ!)
行き過ぎた好意からは身の危険すらも覚えるのだと、身を以て学んだ瞬間だった。
そもそも家事の邪魔にはなりたくないし、勝手な行動は心配させるだけだ。
洗濯物を抱えたお母さんに蹴られたくないからね。
家庭内探索は、もう少し成長してからにしよう。
・ ・ ・
翌日。
さっそく村長さん宅に行き、フローラちゃんとエレオノールさんの前で実演してみせた。
「すごいすごい♪」と我が子のように喜んでくれるエレオノールさんに、胸が熱く奮え、つい泣きそうになる。
対照的にノーリアクションだったのがフローラちゃん。 この感動はまだ早かったようだ。 が、その程度なら想定済みなのでショックなど無い。
その後は遊びがてら、私は歩く練習を繰り返した。
二足歩行に興味を持たせるのは難しかったけど、こういうのは結局個人差だしね。 気長に待つしかない。
その日の夕飯はそのまま両家族揃ってハルネに行き、お祝いしてもらえることになった。
赤い妖精さんが言っていたフルーツパイが美味しかったのと、ミックスジュースが違う味だったけどこれはこれで美味しかったこと。 何よりその場のお客さんにまでお祝いされ、単品メニューが続々と追加されてお持ち帰りしたのが印象的だった。
他人以上、家族未満って空気。 ご近所付き合いが良い証拠だ。
この場合ご近所と言うより、村単位っぽいけど。 温情な人柄の住民が多いのだろう。
将来、私もこの和に加わらなければならないのだ。 今からド緊張である。
とりあえずお礼に、歩き回って愛想を振り撒いておいた。
*
休日。
両親に連れられ、靴を買いに商店街へ。
こっちにも靴専門店があった事に驚いたのが、もう1年2ヵ月も前なんだよなぁ~。 と、月日が経つ早さに感慨深くなってしまう。
カランコロンカン♪
「いらっしゃいませ~!」
窓付きの扉を押し開けるとベルのような音が鳴り、女性店員さんの声が飛んできた。
おぉ~。
明るいカラーで広々と感じる店内に、見渡す限りの靴・靴・靴・靴。
男性用女性用で左右に配置が別れており、草履や、ズボンと一体となった作業用の長靴まであった。 見た目ゴム製っぽい。 防水加工だよね。
鼻を通る空気も違う。 新品の布・革……ちょっとオイルっぽい匂いは磨きに使うワックスだろうか。
嫌いじゃない。
見た感じ、こっちの世界の靴は、ありがたい事に前世と殆ど変わりないクオリティーだ。
丈夫な生地で、靴底にはやっぱりゴムが使われている。
なのでちょっと、期待値が高い。
女児用の棚に迷わず到着。
いっぱいある!
棚1つ分だけど、物が小さいので数が多い。
しかも、これでもかって程にカラフルでワクワクが止まらない。
小さくて可愛いなぁ~!♪ 玩具みたい!♪
ちっちゃい物好きとしては興奮せざるをえない。
まずは、これまたちっちゃ可愛い靴下をいくつか選ぶ。
それを履いてから、靴の試し履きが始まった。
幼児用の靴の履き心地なんて記憶にないので善し悪しまでは分からないけれど、足が包まれ、ちょっと重たくなる感じが懐かしい。
内部は上がモフッとした綿のような構造になっており、下にはちゃんと中敷きまで入っている。
ちょっと大きいかなと思ってたけど、歩いてみた感じ、悪くはない。
ただ、この体での靴は初体験なので、足裏が何か違和感。 気持ち高くなった感覚になる。
いやちょっと違うかな……何て言うか、足は上げているのに足裏がずっと床に着いてる感じ? しかも下ろした時、体が想定しているより微妙に早く着地するし、床の質感とは違う感触が伝わるから更に脳が混乱する。
誤処理していると脳が誤解しているのかも……あっ、これダメだ、考えたら酔いそう。
靴で乗り物酔いとか笑えない。
多分まだ魂(元18)と体(1歳児)がリンクしきれていないのだろうね。 靴を嫌がる猫に共感する日が来ようとは……。
仕方ない、時間を掛けて慣らしていけば良いだけなんだし。
次を履こう。
このモフッ生地、取り外し可能だった。 どうせ成長してすぐにサイズが合わなくなるんだから……と思っていたけれど、これなら暫くは使えそう。
結局、3つの内から赤と白の可愛らしい靴を1足だけ選び、靴下と一緒にレジへと向かった。
「いらっしゃいませ~♪」
10代とおぼしき店員さんが元気良くお辞儀する。
幼さの残る面持ちに、濃いめの紺三つ編みっ娘だ。
メガネを掛けたら図書委員オーラが強化されそう。
服装は……たぶん私服。
そんな店員さんと目が会う。 と、一瞬にしてパ~ァ!っと笑顔が華やいだ。
「この子がエメルナちゃんですか? おじいちゃんから聞いてたよりもずっと綺麗な髪してるじゃないですか~♪」
(あら分かっちゃった? この良さが♪)
色を誉められるのは私というより、両親を評価されているようで気分が良い。
なかなか見る目のある娘じゃないか。 今後とも良いお付き合いをしていこう。
お父さんから合計金額を受け取り、商品を紙袋に入れていく。 その間、店員さんは私の頭を見詰めながらブツブツと呟いていた。
「私とは正反対で良いなぁ~……」
口元は笑顔なのに目が曇っている。
…………あれ?
なんか、勝手にトラウマスイッチで自爆した?
お母さんがその様子に「フフッ♪」と微笑む。
「サッちゃんも充分綺麗じゃない。 私は好きよ、その艶やかで大人っぽい色」
「んぅ~、私もどっちかって言われたら嫌いじゃないんですけどね~……自分じゃなければ」
耳に流していた前髪を指先でいじくりながら、その色を見て溜め息を吐く。
「とにかく黒に間違われるのがどうしても嫌で。 良く見ろや紺だっつうの!……って」
「ぁ~……」
分かる。 これは黒と言われても納得しそうな濃さだ。 普通の紺色でも黒と間違いやすい人がいるってのにね。
色は嫌いじゃないってことだし、小さい頃に相当イジられたのかも。 一度気にしだすとしつこいやつ。
まぁ、訂正してもしても間違われると鬱陶しくもなるわな。 しかも自身の一部を間違われたりイジられたりするってのは、何だか自分や親まで馬鹿にされているようで気分が悪い。
それは私だけかもしれないけど。
「あぁすみません! お買い上げありがとうございました~♪」
思い出したかのようなビジネススマイルで捲し立てて商品を渡し、お辞儀までを流れるように済ませる。
ついつい話し込んでいた。 顔見知りだからってお客を待たせっきりにするのはアウトだもんね。
商品を受け取るお父さんは気にもしていない様子だったけど。
漸く帰れる私達だったが、お母さんはその場から離れようとはしなかった。 なんせ、お客が私達以外に誰もいなかったからである。
お会計も済ませたし、他人の目も無い。 つまりここからは、暇潰しの雑談タイムなのだった。
という訳で、お母さんに「抱っこしてみる?」と誘われ、さっきからチラチラと熱い視線を私に向けていた店員さんがソワソワとした様子でカウンターから出てきた。
「もう1歳だから、赤ちゃんとは言えないくらい大きくなっちゃったけど」
この1年間会えなかった事を謝るお母さん。 写真の無い世界だ、知人の赤ちゃんを見る機会を逃すのは、期待していたのならかなりの痛手だろう。
抱っこの仕方だって変わっている。 基本横向きだった抱き方が、首が据わったあたりから段々と縦向きも増えていき、ここ最近を思い返すと、縦向きの抱っここそが基本となっていた。
私としては縦向きの方が酔わないのでありがたいが、赤ちゃんを抱っこしたかった人的にはコレじゃない感が半端無いだろうて。
今更横は大きいから難しそうだし。
そう、1歳となった私の体は、いつの間にか産まれた時の約3倍にまで育っていた。 自分でも最近になって気が付いた程だ。 ちょっとしたアハ体験である。
しかも僅かにとは言え歩ける始末。 ここまで成長した幼児を赤ちゃんと呼ぶのは些か無理があるのではなかろうか。
一般的な成長速度や赤ちゃんの定義なんぞの詳しい所は姉妹揃って無知なので、何とも言えないが。
話しやリアクションを観察する限り、店員さんはお母さんの赤ちゃん……つまりは産まれたての私に興味があったご様子。
これは、挨拶が遅れて申し訳ない……と思ったけど、実は拠ん所無い事情があったそうだ。
残念そうに肩を落とし、目を細めて嘆く店員さん。
「仕方ないですよ~、ずっとレンテルラインで親戚の手伝いしてたんですも~ん。 おかげで少しは自信もついたけどさぁ~……」
なんでも、親戚の勤める靴屋が新しく支店を出すとかで、遥々遠方の街にまで1年間も応援に行っていたらしい。 ここもその支店の1つで、「学んでこい」とまで言われると断りきれなかったんだとか。
交通費と寮は申請すると支給される好条件だったのと、他店の応援達と親睦を深める絶好のチャンスと仄めかされ、両親の圧が大変ウザかったそうだ。
ご苦労様な。
そういうことなら、私で良ければ喜んで思う存分に愛でられよう。
そんなこんなで、不安定な持ち方をする店員さんに試し履き用の椅子へと運ばれ、私は髪を中心に長い間遊ばれ続けたのだった。
*
大人しい私を店員さんに預け、両親が他の店に行ってしまって数分。
「良いなぁ……交換出来ないかなぁ……」
ヒエッ。
背後が怖くなってきた。
頭を撫でたりクンカクンカされたり手櫛で髪を解いたりしているうちに、一種の陶酔状態にのめり込んでいったらしく、たまに呟かれる狂気じみた言動でゾクッとさせられる。
さっきまで明るく優しそうな人だったのに、今では髪の間を指が通る度に味見されているような気がして動けない。
何この人、まだ若いってのに拗らせ過ぎて病んでる系?
いやむしろ、若いからこそ小さなコンプレックスでも思い詰めてるってだけなんだろうけど。
つい言葉にしてるからって、実行したりは……さすがにねぇ?
絶対に後ろを振り返ってはいけない気がする。
「切ったら欲しいな~。 カツラなら頑張れば私でも……」
ッ!?
鳥肌を禁じ得ない。
(人毛のカツラなんて前世でも珍しくはないだろうけどさぁ……本人を前にして言わないでよ!)
行き過ぎた好意からは身の危険すらも覚えるのだと、身を以て学んだ瞬間だった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる