サキュバスお姉ちゃんとの転性妹成長記

黒月 明

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エメルナちゃんの成長記録11

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 村を見て回った鍛冶師・ガルガッドさんと弟子の青年は、商業キルドや生産地区の鍛冶屋を何度か訪ねて話し合いを重ねたのち、開業の資金が貯まるまでの間、村の鍛冶屋でやとわれることとなった。
 店を手放したってのにお金が足りないのは、防具やら旅の道具、主にやけ酒で相当減ったのだとか。
 どんだけ飲んだんだ……。
 プライドの高そうな人だったが、村の鍛冶屋を希望したのは、あのおやっさんからだったらしい。 鍛冶屋をいとなむにも色々ようする。 資金面はもちろん、良質な素材・鉄材を仕入れるためには商人さんとの繋がりが不可欠だ。
 こんな森に囲まれた田舎だ、都市と比べ、行商人の出入りもたまに見る程度。
 既存きぞんの信頼関係に加わり、顔を見知ってもらうのは開業への大きな近道となるだろう。
 詳しい事は知らんけど。


 それから更に数週間後の、わずかに残っていた雪も完全に溶け消えた昼。
 ちょっとしたトラブルが起きた。
 なんと夫婦らしき男女、子供合わせて29人もの移住希望者が引っ越してきたのだ。
 突然の来訪にいそがしい悲鳴を上げる村役場とハルネ宿。 ありがたいけど、随分とお父さんの笑顔は引きつっていた。
 馬車・馬車馬の預かり所も、御者や護衛の冒険者が泊まる宿もギリギリだったらしい。 買い出しに走り回るウェイトレスさんはそのせいだったのね。

 犯人は茶クリーム髪の青年だった。
 「おやっさんが復活したんなら、皆呼ばなきゃ駄目っしょぉ~? 俺からおやっさんへのサプライズっス!」などと供述きょうじゅつしており、ギルドも鍛冶屋もおやっさんも言葉にならなかったらしい。 いつの間に手紙送ったんだか……。

 なんてハプニングにも見舞われたものの、結果的には人手が増えたので、青年……グッジョブ!

 *

 5月中旬。 春。
 村長さん宅に遊びに行った際に、お母さん達の会話が聞こえてきた。
 フローラちゃんがパズル気分なので、ちょうど助かった。
 にしても誰だ、1歳児に300ピース贈った奴。 花畑っぽいせいで地味にむずいぞ。

 青年が呼びつけた11人は、全員がおやっさんのもとで働いていた同じ工房の職人達だったので、話し合いの結果、彼らはそのまま村の鍛冶屋で働ける事となった。
 だが、その他の18人は彼らのパートナーやその子供達なので、実質、銭湯で働けそうな者となると……。
 なんて、危惧きぐしていたのだが。
 聞いていただけの私と実際には、随分な認識の差が開いていたらしい。

 まず家族構成。
 5人家族が一組、4人家族が三組、3人家族が二組、子供のいない新婚さんが一組、ルームシェアの2人、5人家族の長男ととある3人家族の1人娘が結婚しての双子。
 と言う、この時点で覚えるのが面倒臭い29人だった。
 息子さん、娘さんとしか聞こえていなかったので、まだ幼子だと勘違いしていた。

 次はそんな子供達について。
 詳しくは言っていなかったから分からないが……2歳の双子、4歳以上10歳未満が6人、10歳以上が3人。 の計11名。
 その内、親の仕事を継ぐつもりが5人。 何となく手伝っていただけが4人だ(双子はぶく)。

 つまりこの4人が、温泉の従業員最有力候補なのである。
 29人も来て可能性が4人だけとは……現実って厳しいね。
 その4人すら、来てくれるとは限らないんだけど。

 次は大人。 夫婦が8組で、独身の男女が1人づつ。
 内、旦那さんがおやっさんの所の職人なのが五組。 奥さんが職人なのが二組。 両方職人で職場恋愛だったのが一組(双子の親)。
 つまり、村の鍛冶屋で働くのが11人で、そうじゃないのが7人となる。

 ただ、だからと言ってその7人が来てくれる訳じゃない。
 お母さんを見ていれば分かるけど、家事や子育てってのは大変なのだ。 365日無休無給。 ちょっとサボるだけでだらしないとか言われるブラック労働の最たる職である。
 そんな主婦層に二足の草鞋わらじを要求するなんてのはちょっとね……過労で倒れられる方が困る。

 とはいえ希望が無いわけでもない。
 なんせこの世界、義務教育が無いため学校も都会にあるくらいで、遊び道具もそんな暇も少ない庶民となれば、5歳の子供まで手伝い感覚で働いているほどだ。 共働き人口がやけに多い。
 家事も分担・協力するのが普通らしい。 魔石&刻印魔法陣製品で生活水準が高いくせに、TVやらネットやらスマホやらの娯楽が存在しないから、家庭菜園や子育てさえ無ければ案外暇なのだ。
 なので大半の家庭は共働きか、家が心配なら下請け等の内職をして稼いでいるそうだ。

 つまり、都合さえ合えば計11人の親子が期待高なのである。
 
 なので、回覧板でアピールする事となった。
 村の鍛冶屋さんにも、それとなく募集しているむねを話してもらえるよう頼んである。
 自主的に希望してもらえるのが望ましい。 その方が無理の無いスケジュールを組めそうだし。
 どうなることやら……今はまだ、結果待ち。

 護衛の冒険者と御者さん達は、3日ほど滞在してから帰っていった。 とりあえず色々とお金を使ってくれたので感謝しかない。
 無論、護衛や人手が足りないアピールは行い済みである。


 さすがにパズルは完成させられなかったけど、フローラちゃんの努力と私のサポートにより、3割くらいまでは埋まったと思う。
 にしても、この量のピースに挑み続ける集中力と好奇心には脱帽である。 今から将来が楽しみだ。
 お昼食べてからはぬいぐるみに夢中だったけど。
 そうだ、昼食時にこんな話しがあった。

「今までは転がして遊んでいたんですが、エメルナちゃんが派手に落ちてからは怖がるようになっちゃって……」

 あの一件以来、例のゴムボールには近付こうとすらしなくなったそうな。

(マジかぁ~……)

 ちょっと罪悪感。
 落ちた時も、1番近くで呆然と目を丸くしていたらしいからね。
 高所恐怖症にならなきゃいいけど……。
 食が止まった私をチラ見したエレオノールさんが、半笑いでフォローする。

「まぁ、おかげで、椅子の上で立とうとはしなくなりましたけど」
(私の知らないフローラちゃん、アクティブ過ぎるだろ)

 あれで行儀の重要性を教えられたようで……。
 痛い思いをした甲斐があった。 ……ということにしておこう。

 お昼寝タイム後からは、積極的にボールで遊ぶことにしました。

 *

 6月上旬。
 ムズムズしてきたと思っていたら、上下左右から1本ずつ、最初の奥歯(第一乳臼歯きゅうし)が4本も生えてきた。 舌先に触れる懐かしき感触、これで格段に食べやすくなっただろう。
 まだ犬歯と第二臼歯以降は無いから違和感だけど……。 ネズミみたいに前歯だけでカジカジしていた今までよりは人らしい咀嚼ができそうだ。

 いや、でも……難しいかなぁ。

 なお、同じ前歯食いでも、ハムスターみたいで超可愛いフローラちゃんは天使でしかない。


 と、今までは同じような成長のし方をしてきた私達だったが、ここにきて、遂に個性が表れ始めた。
 と言っても極僅ごくわずかなもので、ほとんど親の勘違いレベルなんだけど。

 フローラちゃんは行動型で好奇心旺盛おうせい
 ハイハイで動き回りながらあれやこれやと叩いたり掴んだり甘噛みしたり。 言葉を覚えるのにも積極的で、単語だけなら既に私の倍は喋っているんだとか。
 ただ、殆ど脈絡の無いタイミングらしく、支離滅裂な組み合わせだが。 「わんわん、た~む?」とハルネでの食事中に3回ほど聞いてきて、リアクションに困らせていたらしい。

 対して、私は不思議才能型ともくされている。
 あまり動き回らないのに1人で食べるのも立ち上がるのも早いわ、語彙ごいは少ないのに状況を理解しているような喃語を発するわで、皆にはセンスの塊に映るんだとか。
 実際には人目を気にしている癖に目立っている事にも気付かなかったポンコツなんだけど……。

 つまり、私より言葉を覚えるのが得意なフローラちゃんと、フローラちゃんより行動を覚えるのが得意な私で、成長の個人差ができ始めた。 ……と思われているのだ。
 ネタバレすると、天才と思われたくない私がフローラちゃんを基準にして、使える単語を後から解禁しているせいなんだけどね。
 
 とそんな風に、親達が個性についてあれこれ話題にし始めたのには切っ掛けがある。
 私が姉的存在としてコレだけは絶対に譲れないと、影ながらも必死に自主練してきた努力が、遂にみのったからだ。


 ゆっくり右足を上げ、全身で前に体重移動する。 タン!と床を踏み、次は右足を軸にして体重移動。 左足を上げて踏み出す。
 タン!


 そう、七転び八起きを繰り返し、記念すべき6月4日。
 この日ようやく私は、二足歩行の領域へと到達したのだ!

 熱い興奮と感動が腹の底からふつふつと湧き上がる。
 全身を流れる痺れにブルブルっと身震いし、私は転ぶことなくその場に座った。

((お疲れ様、第一試験クリア~♪))

 パンパカパ~ン!♪ と、くす玉が頭上で割れるイメージが伝わる。 器用な思念伝達だな。

 そう、ヨチヨチ歩きだけど、まだ5歩だけど……支え無しの自力歩行を成功させたのだ!

(うっしゃぁぁぁぁ~~!!)

 両拳をかかげてガッツポーズ。 嬉し涙が零れ落ちそう。

(超嬉しいぃ~~!!♪♪ にょわあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!!)

 とにかく叫びたくなって言語中枢がイカレたらしい。
 お姉ちゃんすら退くレベルのテンション大爆発だった。
 出来なくなった事がまた出来るようになったってだけなのに、毎日夢の中でゴブリンから逃げ回っているのに……前世で超能力を獲得したのかってくらいの歓喜っぷりである。
 この1年と3カ月間、ずっともどかしかったんだもん。

 持続力はまだまだなので、補助輪無し自転車にやっと乗れるようになった頃の感覚に近い。 でもこれは確実に、新たな一歩と言っても過言でない筈だ!


 もちろん、浮かれたのは私だけじゃなかった。
 感動で声の震えるお母さんと、感動し過ぎて靴を買いに行こうとするお父さんに高い高いされ、高所恐怖症を刺激され続けた記憶だけしか覚えていないけれど。

 こうしてまた1つ、私は成長していくのだった。
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