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ハルネにて2
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「辞めるのは良いけどよ、明日からどうすんだ? 言っとくが、街まで帰るってんなら護衛料払ってもらうぜ」
うっわ……。
表情的には冗談っぽいけど。 青年は「え~! 薄情っスよぉ~!」と駄々を捏ねている。
いつもこんなノリなのかね?
「いぃや、戻りゃしねぇよあんな所! そこらの村でも素材さえ買い付けれりゃぁ、充分やっていける」
臍を曲げたように吐き捨てるおやっさん。
なにやら訳ありっぽいが、これはチャンスなんじゃなかろうか。 今は少しでも人手が欲しい。 話しを聞く限りでは元の職場からは離れているようだし、上手く話して移住してくれればこっちも助かる。
仮にこの人が無理でも、友人や知人を紹介してもらうのだってありだ。 焼け石に水かもだけど、何が成功に繋がるかなんて分かったもんじゃないからね。
ここでチャンスを見逃す理由はない。
問題は、そのチャンスをどう掴むかだけど……。
と、おやっさんがクレアさんを呼ぶ。
「ここか~……この辺で、手の足りん鍛冶屋は聞いたことないかね。 金打ちなら武器・鉄器で30年やってきた。 腕には自信があるぞ」
(お!)
向こうから話を振ってくれるなんて、まさに渡りに船だ。
てか、そういうのって商業ギルドで受け付けてるんじゃなかったっけ? ハローワークみたいな業務もしてるって、お姉ちゃんが言ってたけど。
((こういう居酒屋チックな食堂や宿には、遠方からのお客さんが集まりやすいからね。 酒も入れば、村外の情報ほどギルドより聞き出しやすいんだよ))
なるほど、世間話や商談にも使われる場だから、ギルドに言うほどでもないような噂でも聞けやすいのか。 酔って口が滑るアホもいそうだし。
ギルドだと意図的に、地元に有利な情報だけを教えられる心配だってあるしね。
((それに、自己アピールにも使えるから便利なのよ。 ギルドじゃ職は探せても、個人の意欲や人間性までは伝わりづらいから))
あぁ~、個人が職を探すように、欲しい人材を発掘しやすいのか。
詳細すら必要ない。 「○○から来たらしい○○さんが、こういう仕事探してたよ」で充分なんだから。
信頼できる人の伝なら質の悪い奴は紹介しないし、普段がどんな人物なのかも探りやすい。 そういう点でも、こういう店はうってつけと言える。
後は勧誘する者の腕次第である。
(だからこんなに繁盛してるのかな?)
それだけな訳ないんだけど。
クレアさんが「ん~……」と腕を組む。
「そうですねぇ……鍛冶屋なら村の生産地区にもおりますけど、雇てくれるかまでは本人に聞いてもらわんにゃ何とも。 リトグリルやカルナテにも幾つかあるって聞くから、もしアカンかったらそっち行ってみたら良いと思いますよぉ」
「リトグリルかぁ……商業都市は注文が煩くていかん。 それとカルナテは確か、魔獣に襲われたと聞くが?」
徘徊してるらしい大物の影響を受けたという村の1つだろう。
「えぇ。 でも思たより被害は少なかったそうですよ。 今やったらまだ鍛冶屋も忙しいやろうし、歓迎されるんちゃいます?」
(ちょっとちょっとクレアさん、他お薦めしないでよ!)
地元しかお薦めしないのもどうかと思うけど、まずは人手を求めている現状を話してからでも……。
((焦らないの。 まだ弱味を見せる時期じゃないわ))
私とは正反対な、落ち着き払った普段通りの声色に窘められる。
((何より、誰でも良いなんて誘い方で喜ぶ職人が、いると思う?))
(まぁ……いないわな)
物作りを何十年と続けていれば、拘りやプライドくらい持つものだろう。 そんな人に「誰でも良い」なんて、『お前の技術なんぞどうでもいいから』と暗に馬鹿にしているようなものだ。
もちろん、私達的には完全に誤解なんだけど。
こんな下心を悟られれば、嫌煙され、それこそ掴み損ねてしまうだろう。 てかそれ以前に失礼だ。
急いては事を仕損じる。 自分本位な奴には誰も着いてきてなどくれないだろうて。
クレアさんが「へぇ~、そんな良い所におったんですかぁ」と相槌を打つ。
(やっば! 聞き逃した!?)
気が付くと、丁度おやっさんが酒を一気に仰いでいるところだった。
グラスをカウンターにタン!と叩き付けて、愚痴るようにここまでの成り行きを語り始める。
「散々作らせといて、増えすぎたから減らすってよ。 奴等は商売ってもんを何も分かっとらん!」
感情的になりすぎててよく分からないな……それとも酔ってるのか?
青年が「あ~っとぉ……」と申し訳無さ気にフォローする。
「おやっさんは親父さんの代から、領主の方針に従って軍用のロングソードばっかり作らされ続けてきたんすよ。 でも領主が代替わりしちゃって方針も変わって、いくつかの中堅の鍛冶師は契約を打ち切られたんス。 「先代の臆病に付き合わせてしまったな、これからは自由な商売に勤しむといい」な~んて」
馬鹿にした口調でものまねし、やれやれとお手上げポーズをとる。
クレアさんも呆れて言葉にならない様子だ。
つまりアレか? 大企業からの仕事で生き延びてきた下請けが、突然契約を打ち切られたようなもの?
それで「好きに頑張れ」なんて言われりゃぁ、腸も煮えくり返るわな。
「それで謝ったつもりらしい領主の野郎は、貴族が下の者に謝る姿を他に見せたくなかったらしくて、この事は内密の非公式にしてたんっス。 なもんで、何も知らない商人の目には『下手して解雇された』ように映ったらしく……」
「あぁ~……」
生産量を減らしただけで、ロングソードじたいは今でも作られているのなら、『辞めさせられた者』と『生き残っている者』の二者に別れる。
一定のロングソードすらまともに納品できないとの烙印を押されたわけだ。
そんな所と取り引きしたい商人なんて、いないわな。
「そもそも、あそこの領主一家はどこかズレてるんスよねぇ~。 大量に鍛冶屋抱え込んでるせいで特選感皆無だし、客に対して職人が多すぎて研ぎや整備のような小さい依頼も回ってこないし、かと思ったら補助金やら一定量の発注で救済した気になってて、で今回は減らして……路頭に迷うなんて思ってないんスよ絶対。 商業都市だからって仕事がある訳じゃないんっスよぉ!」
(ヒートアップしてきたなぁ)
どうやらこいつもずいぶんと酔っていたようだ。
(にしても、何でそんなに鍛冶屋に力入れてるんだ? 武器なんてそうそう買い替えないだろうに)
((鍛冶屋を利用するのは、兵士や冒険者だけじゃないわよ。 主婦だって包丁や鍋を買ったり、その修繕に利用する。 水道管や鉄筋の製造も鍛冶屋の仕事なんだから))
私の独り言に、お姉ちゃんがわざわざ教えてくれた。
そうか。 街が栄え、人が増えれば、自ずと需要も増す。
((多分、どこかとの戦に備えていた先代が職人を増やして、それを否定する現領主に持て余されちゃったって事なんでしょ))
(だろうね)
酷い話だ。 想像してたより大きくなったペットじゃないんだからさぁ。 「自然に帰す」って、自然がどれだけ過酷か分かってるのか?
おっさんをペットに例えるのもどうかと思うけど。
「そやったら何で冒険者に?」
クレアさんの当然の疑問に、聞かれた茶ショートさんが答えた。
「私達姉妹は、冒険者になりたての頃からガルガッドさんのお世話になっていたんです」
「そ~っスよぉ! 俺がギルドで勧誘したんスこうお金に困ってそうな人を探して――」
「はいはい、これも飲めこれもグイ~っと」
「ウググ……」
茶ウェーブさんが自分の飲んでいた果実酒で無理矢理口を塞ぐ。
両手で持ってチビチビ飲み始めた青年を無視して、話しは続いた。
「ヘソ曲げて「こっちから辞めてやる!」って店畳みやがったんだよこの馬鹿共。 ほんっとガキだわ」
「なので、つい誘っちゃいました」
てへペロっぽくお茶目に微笑む。
誘ったのは茶ショートさんだった。
面倒臭がる相棒を「無料でいつでも武器作りや補修をしてもらえるから」って説得したらしい。
苦しい時期に無料で修繕してくれたお礼でもあったんだとか。
「他に客なんていなかったもんな!」
ほろ酔いで機嫌の良いの茶ウェーブさんがニヤニヤと煽る。
「そうっスよぉ~……裏路地でひっそり営業してる、どマイナーな仕事場でしたからねぇ」
「オメェは一言多いんだよっ!」
酔って口走った青年は、おやっさんからキツい拳骨を食らっていた。
溜め込んでいたストレスをずいぶん吐き出し、4人は2階へと帰っていった。 翌日から村を見て回り、それから移住するかを決めるって結論に落ち着いたからだ。
冒険者姉妹も職場が決まるまでは同行するとか。 茶ショートさんもだが、何だかんだ言いながら付き合ってあげている茶ウェーブさんも、結構なお人好しなのではなかろうか。
4人が行った後、今まで頑なに沈黙を貫いてきた両親が口を開く。
「ありがとねクレアさん、後は任せて」
「何もしとらんわいよ♪ 私はただ、話ししとっただけやから」
お父さんからお代を受け取りながら、クレアさんが私を見る。
「にしても、ちんとしたかたい子やねぇ。 エメルナちゃんはさっきの、何ん言うとったか分かったぁ?」
「ん~?」
首を傾げて誤魔化す。
ちなみに、この場合の「ちんとした」は「じっとした」で、「かたい子」は「行儀がいい子」って意味だ。
お母さんに頭を撫でられた。
「方言で話されてもちんぷんかんぷんだよねぇ~」
「……? ぷんぷんっ!」
「あちゃぁ~! こりゃアカンな♪」
はははは♪と3人が笑う。
私の場合、そうでもないんだけどね。
お姉ちゃんのスパルタ教育により、英語のテストで1桁を記録した私の言語能力は、日常会話を聞き取れるくらいにまでは成長した。
革命的進歩である。
まだまだ喋るのは苦手だけど……この調子ならいずれ違和感の無い会話も可能となるだろう。
それはそうと。
お母さんが「ありがとう」って言った件が妙に気になった。
クレアさんも、すっとぼけてたし。
「後は任せて」って事は、やっぱり協力してくれてたの? そんな風には見えなかったけど……。
((気付くのが遅いなぁ……そろそろ駆け引きも授業に追加しようかな))
(ひぅっ!)
お姉ちゃんの独り言に青ざめる。
最近ようやく方言でも理解出来るようになってきたのに……一睡で何時間授業することになるんだろう。
((それはそうと))と気持ちを切り替え、さっきのやり取りの答え会わせが始まった。
((思い出してみて、クレアさんの提案を))
(提案?)
考え込む。
1つは商業都市と、もう1つは……あっ!
客観的に思い返してみると、なぜ気が付かなかったんだって程にすぐピン!ときた。
そうか、両方ともネガティブな情報とのセットだったんだ。
街に帰る事を拒否していたおやっさんが、よりにもよって商業都市に行くとは思えない。 魔獣の被害にあった村も、原因が判明していないのに、また襲われるかもしれない復興中の村に新居と職場を構えるのはリスクが高い。
対してこの村の情報は、何も言っていなかった。
そうなると、この村の方が比較的良い場所のような印象を与えることができる訳だ。
地元を一切アピールすることなく、情報操作だけで選択肢を狭めてたのかも。
下心を悟られないように。
((良い事ばっかりアピールされても、何か裏がありそうで胡散臭いでしょ。 そもそも、クレアさんが知りうる全ての情報を、今日会ったばかりの他人に快く教えたと、そう思う? どんな情報を持っていて、どの程度の手札を見せるかなんて、クレアさん次第なのに))
お姉ちゃんの言う通り。
そして裏で手を回し、行く先々でポジティブな印象を受けてもらえれば、気に入ってくれる可能性はグンと上がる。
「後は任せて」ってのはそういうことか。
(クレアさん怖ぇぇ~!)
朗らかな笑顔に体が強張る。
いや何気なく連携の取れてる両親もなかなかだけど。
まさか、これが商業ギルド職員の裏側なのだろうか。 このために外食に来た訳じゃないよね?
((はぁ……))と呆れ気味な溜め息が脳裏から聞こえてきた。
((こんなの人付き合いの初歩でしょ。 この程度も察せないと……村興しなんて難しいよ?))
(ぅ……)
可哀そうな子を見る視線に心も痛い。
前世の18年間、家族以外とまともにコミュニケーションをとってこなかった弊害かな。 空気や相手の考えを察するステータスが初期設定なばかりか、苦手意識まで蓄積している。
言語と同じように、皆よりスタート地点の早い今の内から養っていかないと、騙されやすい天然バカに育ってしまうだろう。
いくら可愛くても、それは避けたい。
帰り支度を整えた両親。 お母さんに抱き上げられながら、私は心中穏やかではいられなかった。
受け入れたくない思いのまま、渋々納得する。
てか、授業量以外で反論できる余地がないのがね……。 正論過ぎて疲れる感じ。
テンションだだ下がりである。
バイバイして店を出る。 一転して暗く、静かく、肌寒くなったのが、今の自分の心理描写を隠喩しているようで寂しくなってきた。
あぁ~……せっかくの美味しい夕飯だったのに。
自分のせいなんだけど……w
(お姉ちゃん、始業前にさっきのミックスジュース飲んで良い? あとサイダー系も。 炭酸強めで。)
((良いけど、やけ飲みまで癖にしないでね))
(大丈夫、八つ当たり先はゴブリンだから)
目潰ししながら魔法シューティングの的にしてやる。
うっわ……。
表情的には冗談っぽいけど。 青年は「え~! 薄情っスよぉ~!」と駄々を捏ねている。
いつもこんなノリなのかね?
「いぃや、戻りゃしねぇよあんな所! そこらの村でも素材さえ買い付けれりゃぁ、充分やっていける」
臍を曲げたように吐き捨てるおやっさん。
なにやら訳ありっぽいが、これはチャンスなんじゃなかろうか。 今は少しでも人手が欲しい。 話しを聞く限りでは元の職場からは離れているようだし、上手く話して移住してくれればこっちも助かる。
仮にこの人が無理でも、友人や知人を紹介してもらうのだってありだ。 焼け石に水かもだけど、何が成功に繋がるかなんて分かったもんじゃないからね。
ここでチャンスを見逃す理由はない。
問題は、そのチャンスをどう掴むかだけど……。
と、おやっさんがクレアさんを呼ぶ。
「ここか~……この辺で、手の足りん鍛冶屋は聞いたことないかね。 金打ちなら武器・鉄器で30年やってきた。 腕には自信があるぞ」
(お!)
向こうから話を振ってくれるなんて、まさに渡りに船だ。
てか、そういうのって商業ギルドで受け付けてるんじゃなかったっけ? ハローワークみたいな業務もしてるって、お姉ちゃんが言ってたけど。
((こういう居酒屋チックな食堂や宿には、遠方からのお客さんが集まりやすいからね。 酒も入れば、村外の情報ほどギルドより聞き出しやすいんだよ))
なるほど、世間話や商談にも使われる場だから、ギルドに言うほどでもないような噂でも聞けやすいのか。 酔って口が滑るアホもいそうだし。
ギルドだと意図的に、地元に有利な情報だけを教えられる心配だってあるしね。
((それに、自己アピールにも使えるから便利なのよ。 ギルドじゃ職は探せても、個人の意欲や人間性までは伝わりづらいから))
あぁ~、個人が職を探すように、欲しい人材を発掘しやすいのか。
詳細すら必要ない。 「○○から来たらしい○○さんが、こういう仕事探してたよ」で充分なんだから。
信頼できる人の伝なら質の悪い奴は紹介しないし、普段がどんな人物なのかも探りやすい。 そういう点でも、こういう店はうってつけと言える。
後は勧誘する者の腕次第である。
(だからこんなに繁盛してるのかな?)
それだけな訳ないんだけど。
クレアさんが「ん~……」と腕を組む。
「そうですねぇ……鍛冶屋なら村の生産地区にもおりますけど、雇てくれるかまでは本人に聞いてもらわんにゃ何とも。 リトグリルやカルナテにも幾つかあるって聞くから、もしアカンかったらそっち行ってみたら良いと思いますよぉ」
「リトグリルかぁ……商業都市は注文が煩くていかん。 それとカルナテは確か、魔獣に襲われたと聞くが?」
徘徊してるらしい大物の影響を受けたという村の1つだろう。
「えぇ。 でも思たより被害は少なかったそうですよ。 今やったらまだ鍛冶屋も忙しいやろうし、歓迎されるんちゃいます?」
(ちょっとちょっとクレアさん、他お薦めしないでよ!)
地元しかお薦めしないのもどうかと思うけど、まずは人手を求めている現状を話してからでも……。
((焦らないの。 まだ弱味を見せる時期じゃないわ))
私とは正反対な、落ち着き払った普段通りの声色に窘められる。
((何より、誰でも良いなんて誘い方で喜ぶ職人が、いると思う?))
(まぁ……いないわな)
物作りを何十年と続けていれば、拘りやプライドくらい持つものだろう。 そんな人に「誰でも良い」なんて、『お前の技術なんぞどうでもいいから』と暗に馬鹿にしているようなものだ。
もちろん、私達的には完全に誤解なんだけど。
こんな下心を悟られれば、嫌煙され、それこそ掴み損ねてしまうだろう。 てかそれ以前に失礼だ。
急いては事を仕損じる。 自分本位な奴には誰も着いてきてなどくれないだろうて。
クレアさんが「へぇ~、そんな良い所におったんですかぁ」と相槌を打つ。
(やっば! 聞き逃した!?)
気が付くと、丁度おやっさんが酒を一気に仰いでいるところだった。
グラスをカウンターにタン!と叩き付けて、愚痴るようにここまでの成り行きを語り始める。
「散々作らせといて、増えすぎたから減らすってよ。 奴等は商売ってもんを何も分かっとらん!」
感情的になりすぎててよく分からないな……それとも酔ってるのか?
青年が「あ~っとぉ……」と申し訳無さ気にフォローする。
「おやっさんは親父さんの代から、領主の方針に従って軍用のロングソードばっかり作らされ続けてきたんすよ。 でも領主が代替わりしちゃって方針も変わって、いくつかの中堅の鍛冶師は契約を打ち切られたんス。 「先代の臆病に付き合わせてしまったな、これからは自由な商売に勤しむといい」な~んて」
馬鹿にした口調でものまねし、やれやれとお手上げポーズをとる。
クレアさんも呆れて言葉にならない様子だ。
つまりアレか? 大企業からの仕事で生き延びてきた下請けが、突然契約を打ち切られたようなもの?
それで「好きに頑張れ」なんて言われりゃぁ、腸も煮えくり返るわな。
「それで謝ったつもりらしい領主の野郎は、貴族が下の者に謝る姿を他に見せたくなかったらしくて、この事は内密の非公式にしてたんっス。 なもんで、何も知らない商人の目には『下手して解雇された』ように映ったらしく……」
「あぁ~……」
生産量を減らしただけで、ロングソードじたいは今でも作られているのなら、『辞めさせられた者』と『生き残っている者』の二者に別れる。
一定のロングソードすらまともに納品できないとの烙印を押されたわけだ。
そんな所と取り引きしたい商人なんて、いないわな。
「そもそも、あそこの領主一家はどこかズレてるんスよねぇ~。 大量に鍛冶屋抱え込んでるせいで特選感皆無だし、客に対して職人が多すぎて研ぎや整備のような小さい依頼も回ってこないし、かと思ったら補助金やら一定量の発注で救済した気になってて、で今回は減らして……路頭に迷うなんて思ってないんスよ絶対。 商業都市だからって仕事がある訳じゃないんっスよぉ!」
(ヒートアップしてきたなぁ)
どうやらこいつもずいぶんと酔っていたようだ。
(にしても、何でそんなに鍛冶屋に力入れてるんだ? 武器なんてそうそう買い替えないだろうに)
((鍛冶屋を利用するのは、兵士や冒険者だけじゃないわよ。 主婦だって包丁や鍋を買ったり、その修繕に利用する。 水道管や鉄筋の製造も鍛冶屋の仕事なんだから))
私の独り言に、お姉ちゃんがわざわざ教えてくれた。
そうか。 街が栄え、人が増えれば、自ずと需要も増す。
((多分、どこかとの戦に備えていた先代が職人を増やして、それを否定する現領主に持て余されちゃったって事なんでしょ))
(だろうね)
酷い話だ。 想像してたより大きくなったペットじゃないんだからさぁ。 「自然に帰す」って、自然がどれだけ過酷か分かってるのか?
おっさんをペットに例えるのもどうかと思うけど。
「そやったら何で冒険者に?」
クレアさんの当然の疑問に、聞かれた茶ショートさんが答えた。
「私達姉妹は、冒険者になりたての頃からガルガッドさんのお世話になっていたんです」
「そ~っスよぉ! 俺がギルドで勧誘したんスこうお金に困ってそうな人を探して――」
「はいはい、これも飲めこれもグイ~っと」
「ウググ……」
茶ウェーブさんが自分の飲んでいた果実酒で無理矢理口を塞ぐ。
両手で持ってチビチビ飲み始めた青年を無視して、話しは続いた。
「ヘソ曲げて「こっちから辞めてやる!」って店畳みやがったんだよこの馬鹿共。 ほんっとガキだわ」
「なので、つい誘っちゃいました」
てへペロっぽくお茶目に微笑む。
誘ったのは茶ショートさんだった。
面倒臭がる相棒を「無料でいつでも武器作りや補修をしてもらえるから」って説得したらしい。
苦しい時期に無料で修繕してくれたお礼でもあったんだとか。
「他に客なんていなかったもんな!」
ほろ酔いで機嫌の良いの茶ウェーブさんがニヤニヤと煽る。
「そうっスよぉ~……裏路地でひっそり営業してる、どマイナーな仕事場でしたからねぇ」
「オメェは一言多いんだよっ!」
酔って口走った青年は、おやっさんからキツい拳骨を食らっていた。
溜め込んでいたストレスをずいぶん吐き出し、4人は2階へと帰っていった。 翌日から村を見て回り、それから移住するかを決めるって結論に落ち着いたからだ。
冒険者姉妹も職場が決まるまでは同行するとか。 茶ショートさんもだが、何だかんだ言いながら付き合ってあげている茶ウェーブさんも、結構なお人好しなのではなかろうか。
4人が行った後、今まで頑なに沈黙を貫いてきた両親が口を開く。
「ありがとねクレアさん、後は任せて」
「何もしとらんわいよ♪ 私はただ、話ししとっただけやから」
お父さんからお代を受け取りながら、クレアさんが私を見る。
「にしても、ちんとしたかたい子やねぇ。 エメルナちゃんはさっきの、何ん言うとったか分かったぁ?」
「ん~?」
首を傾げて誤魔化す。
ちなみに、この場合の「ちんとした」は「じっとした」で、「かたい子」は「行儀がいい子」って意味だ。
お母さんに頭を撫でられた。
「方言で話されてもちんぷんかんぷんだよねぇ~」
「……? ぷんぷんっ!」
「あちゃぁ~! こりゃアカンな♪」
はははは♪と3人が笑う。
私の場合、そうでもないんだけどね。
お姉ちゃんのスパルタ教育により、英語のテストで1桁を記録した私の言語能力は、日常会話を聞き取れるくらいにまでは成長した。
革命的進歩である。
まだまだ喋るのは苦手だけど……この調子ならいずれ違和感の無い会話も可能となるだろう。
それはそうと。
お母さんが「ありがとう」って言った件が妙に気になった。
クレアさんも、すっとぼけてたし。
「後は任せて」って事は、やっぱり協力してくれてたの? そんな風には見えなかったけど……。
((気付くのが遅いなぁ……そろそろ駆け引きも授業に追加しようかな))
(ひぅっ!)
お姉ちゃんの独り言に青ざめる。
最近ようやく方言でも理解出来るようになってきたのに……一睡で何時間授業することになるんだろう。
((それはそうと))と気持ちを切り替え、さっきのやり取りの答え会わせが始まった。
((思い出してみて、クレアさんの提案を))
(提案?)
考え込む。
1つは商業都市と、もう1つは……あっ!
客観的に思い返してみると、なぜ気が付かなかったんだって程にすぐピン!ときた。
そうか、両方ともネガティブな情報とのセットだったんだ。
街に帰る事を拒否していたおやっさんが、よりにもよって商業都市に行くとは思えない。 魔獣の被害にあった村も、原因が判明していないのに、また襲われるかもしれない復興中の村に新居と職場を構えるのはリスクが高い。
対してこの村の情報は、何も言っていなかった。
そうなると、この村の方が比較的良い場所のような印象を与えることができる訳だ。
地元を一切アピールすることなく、情報操作だけで選択肢を狭めてたのかも。
下心を悟られないように。
((良い事ばっかりアピールされても、何か裏がありそうで胡散臭いでしょ。 そもそも、クレアさんが知りうる全ての情報を、今日会ったばかりの他人に快く教えたと、そう思う? どんな情報を持っていて、どの程度の手札を見せるかなんて、クレアさん次第なのに))
お姉ちゃんの言う通り。
そして裏で手を回し、行く先々でポジティブな印象を受けてもらえれば、気に入ってくれる可能性はグンと上がる。
「後は任せて」ってのはそういうことか。
(クレアさん怖ぇぇ~!)
朗らかな笑顔に体が強張る。
いや何気なく連携の取れてる両親もなかなかだけど。
まさか、これが商業ギルド職員の裏側なのだろうか。 このために外食に来た訳じゃないよね?
((はぁ……))と呆れ気味な溜め息が脳裏から聞こえてきた。
((こんなの人付き合いの初歩でしょ。 この程度も察せないと……村興しなんて難しいよ?))
(ぅ……)
可哀そうな子を見る視線に心も痛い。
前世の18年間、家族以外とまともにコミュニケーションをとってこなかった弊害かな。 空気や相手の考えを察するステータスが初期設定なばかりか、苦手意識まで蓄積している。
言語と同じように、皆よりスタート地点の早い今の内から養っていかないと、騙されやすい天然バカに育ってしまうだろう。
いくら可愛くても、それは避けたい。
帰り支度を整えた両親。 お母さんに抱き上げられながら、私は心中穏やかではいられなかった。
受け入れたくない思いのまま、渋々納得する。
てか、授業量以外で反論できる余地がないのがね……。 正論過ぎて疲れる感じ。
テンションだだ下がりである。
バイバイして店を出る。 一転して暗く、静かく、肌寒くなったのが、今の自分の心理描写を隠喩しているようで寂しくなってきた。
あぁ~……せっかくの美味しい夕飯だったのに。
自分のせいなんだけど……w
(お姉ちゃん、始業前にさっきのミックスジュース飲んで良い? あとサイダー系も。 炭酸強めで。)
((良いけど、やけ飲みまで癖にしないでね))
(大丈夫、八つ当たり先はゴブリンだから)
目潰ししながら魔法シューティングの的にしてやる。
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