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ハルネにて

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 トムねぇが帰ってからというもの、みんな大忙しだった。

 まず、施工せこう会社との打ち合わせ。 源泉の管理施設と銭湯、その上下水道の工事について。
 詳しい事は蚊帳かやの外なので、両親の会話を盗み聞くしかなかったんだけど。 これらはトムねぇからの資金援助もあって、つつがなく進行中らしい。
 規模は男女それぞれ、30人前後が無理なく同時に入浴できるサイズになった。 小さい?と思ったけど、のんびり入れるスペースを考えると、妥当な広さかも。 それに男女合わせれば60人入れる施設となると、案外広くなりそうじゃない?

 ただし、現状の課題が2つ。 以前から話には出ていたらしいけれど。
 1つはもちろん、人員。
 銭湯及び源泉は、村役場に所有権がある。 なので管理等の責任者は役所職員で決定なのだが、問題は新規雇用。
 現在、村の掲示板や回覧板等で、銭湯の従業員を募集中だ。 しかし村民や訪れた商人から世間話程度には話題に上るものの、希望者はまだ1人も現れていない。

 2つ目は交通。
 この源泉、実は村から離れた山のふもとからき出ていて、その近くが銭湯の建設予定地とされている。
 なんでも、村にある老舗しにせの銭湯に配慮したらしい。 『気軽に通える銭湯』と、『少し贅沢で景色を楽しめる旅館』みたいな。
 地理もまだ知らない私達だけど話の内容からして、村と源泉は歩いて通うには遠い距離にあるのだとか。 なので専用の乗り合い馬車と馬小屋も併設へいせつすることとなった。
 問題は当然人員と、今回はそれに加えて護衛する冒険者まで必要とされている。
 更には道路整備。 手付かずの森に、行き来できる道を作らなければ話にならない。
 建設工事も、道が出来なければ始まらない。
 もちろん料金設定やその他諸々もろもろ、細かいところはこれから決めていかなければならないから、大変そうだ……。


 4月6日。
 防寒着が要らないくらいには気候が暖かくなってきたとはいえ、まだまだ肌寒い春の夜。 人の少なくなった商店街を、お母さんに揺られながら親子3人で歩いていく。
 この日、私達一家の夕飯は珍しく外食だった。
 最近授乳を忘れていたことで、家で食べる必要が無くなったと判断されたのかも。
 人前でポロリなんて出来ないもんね。

 …………あぁ、意識したら飲みたくなってきた。

 最後の晩餐ならぬ、最後の母乳として、満足のいく乳離れを迎えたかったのに。 ……またお願いしようかな。
 こんな我儘わがままを言えるのも今の内だし。 こじらせて将来母乳フェチになりたくないしね。

((母に抱かれながら、その母の乳首をもう1度吸いたいと本気で悩む元18歳男の姿が、そこにはあった))
(〇物語風のナレーションやめて!!)

 不意に意識させられ、顔がカ~っと熱くなる。

((ッフフフ♪))

 イタズラ成功にほくそ笑まれた。
 このサキュバスめ……。
 私のお姉ちゃんは、こういう時だけ小悪魔っぽい。


 お母さんの腕の中でそんなやり取りをしていると、いつの間にか目的の店に着いていた。
 場所は商店街の中腹辺り。 両隣の店舗とはちょっと距離があり、庭や駐車場みたいになっている。
 看板には【ハルネ】と書かれていた。 月下美人みたいな花の名らしい。
 店舗自体も周囲と比べると倍ほどに大きく、敷地も広い。 木造二階建ての立派な店構えに、お姉ちゃんも昂揚こうようする。

((良いねぇ、こういうモダンだけどノスタルジックなお店大好き!))

 私としては、見上げるとちょっと繁盛してそうな宿屋くらいにしか思わなかったけど、どうやら前世の後半は都心部にこもりっきりだったお姉ちゃん的には、コンクリすら無い完全な木造建築はご無沙汰らしい。
 まぁ、分からなくもないけど。

(こういうの、ログハウスって言うんだよね)

 実は私も、生で見るのは初めてなので、内心ちょっとざわついてたりする。
 山小屋とかキャンプ場とか、北海道とかのイメージが強い。
 そんなログハウスの窓からは、中の暖かい照明が漏れ出して、外観をぼんやり明るくしていた。
 人影が頻繁に右往左往する、店内は随分と賑わっているようだ。
 扉を開け、慣れた様子で入る両親。
 おぉぅ……。 暖房が効いているのか、全身がボワッと暖かい空気のかたまりに襲われる。 しかもそれに乗ったこうばしい、ご飯のお焦げに似た香りに食欲がそそられ、お腹がくのを感じた。
 暖色の照明が目に優しい。
 店内は多くの客で、席の殆どが埋められている。 せわしなく歩き回るウエイトレスは、見覚えのある緑色のエプロンを身に付けていた。
 本来、こういった人口密度の濃い空間は苦手なんだけど、今回に限っては急激にテンション爆上がり中だった。

(なんか見たことある光景だ!♪)

 ○と香辛料とか、ダ○まちで!
 初めて魔法が使えた時みたいに、興奮と鳥肌で全身が熱い。
 冒険者や地元民がいっしょくたになって活気づいているような、機嫌の良くなった奴が「今日は俺の奢りだ~!」とか叫び出しそうな、そんな雰囲気。
 ヤバい、超嬉しい! こっちの人達からしてみたら日常なんだろうけど、私的には好きなアニメとコラボした某パークを訪れたみたいでどうにも落ち着かない。

(うっわ歩き回りてぇ~!♪ 乾杯してるドワーフとか探してぇ~!)

 そんな風に見渡していると、カウンターに立つスタイルの良いお姉さん・銀杏いちょポニさんと目が会った。

「いらっしゃい! おっ、珍しいお客さんやねぇ」

 緑のエプロンと、頭にはあかね色のバンダナを巻いている。
 どうやらここは、飲食店ではなく宿屋の食堂だったらしい。 料理目当てで食堂だけ利用したい客用に、一般開放されているのだろう。

「こんばんわ。 席と食材、余ってます?」
「余っとる余っとるぅ! でかいことあってばやくやわぁ!」

 『ばやく』ってのは『ぐっちゃぐちゃ』とか『整理されていない』みたいな意味の方言だ。
 つまり、一杯あり過ぎて困ってるってこと。
 にしては機嫌良さそうだけど。

ほとんどウチで食わせてもらっとるよぉ♪」

 賞味期限の近い物から、家族や従業員の胃に収まっているそうだ。 どんだけ用意してたんだよ。
 まぁ、次期領主様が来るとなると、護衛やら付き人やらで大人数になるを予見するのが普通だろうしな。 しかも鍛えている奴の一食分を舐めたら痛い目見そうだし、貴族相手に粗相そそうがあってはならない。 なるべく食材を揃えて、臨機応変に対応できるよう備えるのが当然なのだろう。
 その宿に泊まるなら、だけど。
 もちろん、割り引きサービスで常連さんにも振る舞っているんだとか。
 無料にしないところが、商売上手だね。

 そのままの流れで、空いていたカウンター席に座る。 両親がいくつか注文し、銀杏ポニさんが厨房に伝えて戻ってきた。

「その子のぶんは塩分少な目にしといたよぉ」
「あぁ、ありがとうございます」

 気が利くなぁ。


 雑穀米と魚介スープ、野菜炒めを卵で包んだオムライスのような物や、炭火で焼いた薫りの良いキノコ。 あと沢庵たくあん柴漬しばづけ。
 体に良さそうなメニューだ。
 もちろん私のはキッズサイズで具も細かく、なんと10歳以下はミックスジュースの飲み放題付き。
 更にディナータイムで4割引き中なんだとか。 こりゃぁ満席にもなるわ。

 プチプチした食感の混ざる雑穀米に、粗出汁あらだし旨味うまみが凝縮された魚介スープが良く合う。

 卵で包まれた野菜はキャベツ・ジャガイモ・ニンジン・ピーマン・玉ねぎ・キノコ・き肉で、微塵切りになっている。 ちょっとピーマンが苦いけど、細かいので食べやすく、玉ねぎとキャベツの甘味で中和されているから悪くない。
 ソースも美味しい。 デミグラスソースみたいな色で、フルーツや野菜や肉類を煮詰めた物に香辛料が入ってそうな風味がある。
 パスタとからめても美味しいかも。

 塩を振って網焼きしただけのキノコは『トルシュムール』と呼ばれるもので、マッシュルームと松茸の間みたいな断面をしている。 まれに森で群生しているのだとか。
 芳ばしく、薄い塩味で旨味が強い。 こんな美味しいキノコ初めてだ。
 食感はマッシュルーム似。 噛みきりやすいのに弾力があってプリプリしている。 醤油を垂らしたら止まらないかも。

 漬け物は普通に漬け物だった。 ちょっと甘め。
 ただ黄色に慣れているので、白い沢庵は苦手なんだよね……。

「で、めぼしい人材見つかりそうですか?」
「んん~……むずいねぇ」

 さっきからお父さんは、なかば愚痴のようにクレアさんへ相談している。
 以前から話しはしていたらしい。 色んな人が来るから情報通なのかも。
 しかしそんなクレアさんでも、その表情はえなかった。

「大半が家の跡継ぎやし、子供の頃から手伝っとるやろ? 今更、一からってのはなぁ~……」

 腕を組んで天井を見上げる。
 ここに来たのは、ただ外食のためだけではなかったっぽい。

 お姉ちゃんの授業によると、この世界では義務教育の国が少なく、5歳から親や仕事の手伝いをしている庶民はそれを引き継ぐか、憧れに突き進み一から努力するのが普通らしい。
 教育は親や職場、またはその領地を治める領主の方針に従っているんだと。 そんなんで上手くやれてるんだから、そういうものだと思うしかない。
 離職・転職が無い訳ではないが、職にあぶれやすいのは商業都市や王都くらいだと言う。
 人が多いとライバルも増えるわけね。

「ウチで料理教えるもんも、そろそろ決めといてよぉ。 早いとこ失敗に慣れさせんと、間に合わんってぇ」

 希望が見えるどころか催促さいそくされたよ。
 どうやら旅館を造るにあたって、料理人はここで調達するつもりだったらしい。
 味的には、悪くなさそうだね♪
 旅館の料理っぽくはないけど……。

・ ・

 そろそろ食べ終わるってタイミングで、奥の階段から2人の女性が降りてきた。
 強そうなロングウェーブと、優しそうなショートヘアー。
 姉妹なのか、同じ茶髪だ。

「おーい、こっちっス!」

 私から少し離れたカウンター席で、灰髪のおっさんと飲んでいた茶クリーム髪の青年が2人に手を振る。 肉付きから、冒険者っぽい。
 おっさんの方、一瞬ドワーフか!?と思ったけど、座高や髪色からして、違うのは明白だった。
 ちょっとガッカリする。

「こっちどうぞっス」

 席に乗せていた荷物を下ろし、2人をそこに招く。
 両親も咀嚼そしゃくしてて静かなので、その4人の会話はバッチリ聞こえた。

「もう飲んでるよこのじじい……」

 茶ウェーブさんがカウンターに片手を突き、青年の向こうで飲むおっさんを覗く。

「まぁまぁ、お2人もどうっスか?」
「じゃぁお前の奢りな」

 「え~…」と漏らす青年を無視して、クレアさんに「串焼きと果実酒シードル」と注文する。
 なんとも豪気ごうきそうなお姉さんだなぁ。

「こっちは命懸いのちがけで戦ってんだ。 文句あんなら、宿くらいお前らで取れ」
「すんません、つい鍛冶屋やら武器屋やらに見入ってて――」
「言い訳はいらねぇんだ」

 人を殺せそうな眼光で見下すお姉さん。

(手厳しぃ!)

 端に座った茶ショートさんが茶ウェーブさんをなだめる。

「人前ですから……。 あ、私はサンドイッチのこれとこれ、とリンゴジュースでお願いします」

 いつもの事なのかな。

 *

 両親より早く食べ終わってしまったため、私は食後のジュースを楽しんでいた。
 ジュースってより、ネクターだね。 ちょっと果実の繊維みたいなのが入ってる。
 デザートに分類されててもおかしくないくらい、濃厚で美味しい。 これを飲み放題かぁ~……ゲプッ。
 後は両親の話しと、食べ終わるのを待つだけとなってしまった。
 満腹で動きたくないから、ちょうど良いかも。

「はあぁ~……」

 場違いな腹の底からの溜め息に、つい聞き耳が立つ。
 それは先程の4人の1人、ドワーフ顔のおっさんからだった。
 活気ある場で酒を飲んでいるってのに、おっさんだけがどんよりとしずんでいた。
 と一転、何かを決意したような、真剣な面持ちになる。

「キルレ、クゥ。 ここまで付き合わせてすまんが……鍛冶屋を見て、やはり俺にゃあ向いてないって事がハッキリした」
「……だろうな」
「はい……」

 納得したふうに、2人の口元が嬉しそうに緩む。 「おやっさん……」と青年1人だけが、感極まって目をうるませていた。
 おっさんが両ももにパンッ!と手を打ち付ける。

「俺ぁ、冒険者を辞めるよ」
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