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サプライズ
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窓の外が宵闇に暮れた頃。
「ただいま!」
「ただいまぁ~」
「お邪魔しま~す!」
フローラ父、ネロリ兄ぃ、お父さんが帰ってきた。
そのまま居間の扉を開ける。
「お帰りぃ~♪」
「トムねぇ!?」
手を振るトムねぇに、唯一何も知らされていなかったお父さんが仰天した。
その顔を楽しみにしていた大人組が堪えきれずに吹き出す。
「ちょっ! なっ! ……え!?」
部屋と廊下を交互に見るお父さん。
そりゃぁ、日常に貴族が紛れ込んでいたら混乱するわな。 友達でも。
と、シシリーさんがパニくるお父さんに歩いて行くと、3人に綺麗なお辞儀をした。
「ファントム子爵付きのメイド、シシリーと申します。 主共々暫しの間、お世話になります」
ビジネススマイルで立ち上がるシシリーさんに、3人が戸惑いつつ挨拶を返す。 誰!?って表情が笑える。
「本日は皆様からの御配慮を承り、無礼講とさせていただいております。 お目汚しとなりますが、どうかお許しください」
らしくないほど丁寧なシシリーさんに、お父さん達が流れのまま「あぁ、はい。 こちらこそ」と返した。
「では、ご存じと聞かされてはおりますが、これ以降の見たこと聞いたことは全て内密にお願い致します」
「はい……」
流れるように言質を取ったな。 返事を聞いた直後、シシリーさんの顔から感情が抜け落ちた。
「では、いつでもお好きなように話し掛けてください。 私は基本的に傍観していますので」
そう言い残し、トムねぇの隣へそそくさと戻った。
あっ、らしくなった。
「えっと……じゃぁ俺は着替えてくるよ」
フローラ父が逃げるようにその場を去る。
「ちょっ、待っ……」
「ルースは客室よ! 私達が居間で寝る事になってるから!」
「俺だけ!?」
家族揃ってのお泊まりとは一体。
てか誰も触れてないけれど、オネェ子爵に目を丸くしたままのネロリ兄ぃは、いつ再起動するのだろう。
夕飯を済ませ、体を洗ってパジャマに着替えた私達は、居間で思い思いに寛いでいた。 もう何か親戚の集まりみたいな緩さだ。
お父さんとフローラ父が、トムねぇとちゃぶ台を囲む。
気になっていたトムねぇのパジャマだが、男性用の青いシンプルなタイプだった。 私服は女性用かと思ってたのに。 ……だから何だって話しだけど。
ちなみに髪は下ろしている。 肩まで掛かるセミロングがさらさらしてそうで、触ってみたい。 さっきシシリーさんにドライヤーらしき物を借りていたから、今ならまだ暖かそう。
そんな黒パジャマのシシリーさんは、部屋の角で体育座りになって本を読んでいる。 持参したらしい。
あの性格も含めて『話し掛けないでください結界』が出来上がっている。 「いつでもお好きなように……」とは何だったのだろうか。
私とフローラちゃんとネロリ兄ぃはと言えば、少し離れた窓の近くでキャッチボールをしていた。 ボールは村長さんから貰ったモフモフボール。 パスしたり、バウンドさせたり、転がしたりって感じに。
キャッチし損ねると取りに行かなければならないので、結構疲れる。 途中で寝落ちするかも。
「で、どうなの? 上手くいってる?」
トムねぇが最近の夫婦事情をお父さん達にもニマニマと聞くのが耳に届く。
ホントこういう話題好きだよなぁ……。
お父さんもちょっと恥ずかしいのか、ニヤけながら答えていた。
「俺はそう思ってる。 結婚後も、何にも変わらなかったしな」
「ふぅ~ん。 アンタたち、息ピッタリでお似合いだったもんねぇ。 ローマンさんは?」
「私はまぁ……なるべく手伝えていると嬉しいですね。 仕事が忙しいので、つい甘えてしまいます」
フローラ父は直接の友人ではなかったらしいが、気さくなトムねぇのグイグイ攻撃によって、敬語ながらも『妻の友人』くらいの距離には近付けている。
そんなフローラ父は、普段の生活に何か思うところがあるようだ。
「下手に手伝うと邪魔になりそうで、専ら子供達との遊び担当ですね」
「あらま、気苦労が絶えないわね。 でも、子供の相手をしてくれているだけでも、充分頼りになっているものよ」
経験があるのか、しみじみと語るトムねぇ。
そうだね。
自分で言うのも何だけど、赤ちゃんの世話は疲れる。 肉体的にも、精神的にも。
いくら大好きな我が子でも、24時間365日目が離せない中、家事も同時進行しなければならないのは辛すぎる。
その負担を少しでも肩代わりしてくれるのなら、ただ遊んでくれているだけでも、安心して家事に取り組めるというものだ。
感謝に足りない筈がない。
もしそれで感謝を感じないのなら、その人は『それが当たり前だ』と思っているからだろう。
世の中、パートナーがいる事が当たり前ではない人だっている。 特にこの世界は、そっち側が多い。
逆に、パートナーが『それが当たり前だ』と考えて、母親に全ての負担を背負わせてしまうパターンだってある。
そう考えれば、無理に手伝おうとせず、出来ることをやってくれるフローラ父は、充分良夫と言って差し支えないのではなかろうか。
なんて、世話される側しか体験していない私が、なに知った風に妄想してるんだって話しだけどね。
「そう思ってくれていると、嬉しいですねぇ」
弱気なフローラ父にトムねぇが詰め寄る。
「そんなに心配なら、聞いてみれば良いんじゃない?」
「いやぁ、それは……」
目を逸らす。
対してニマニマ顔のトムねぇ。
「勇気出ない?♪」
答えを知っているトムねぇは、なんとも楽しそうだった。
そう、お父さん達が帰宅する直前まで、ずっとその話題で暇を潰していた女性陣(1人オネェ)は、既に夫婦関係が良好である事にも触れていたのだ。
悪いお人だなぁ。
そんなトムねぇがまだ攻める。
「なんなら、私が聞いてきてあげようか?」
「ぅぅ……こういう事は、自分で聞くべきかと」
「あら、誠実。 もしくは臆病?」
「……両方ですかね」
自嘲気味にはにかむフローラ父。
背中を押してあげようとしているのか、反応を楽しんでいるだけなのか。 困り顔のフローラ父が気の毒になってきた。
「まぁ、あなた達が帰ってくる前に、その辺り含めて全部聞いちゃってるんだけどね」
「えっ!?」
一転して爆弾放り投げやがった。
2人が食いつく。 特にお父さんが。
「ちょっ、トムねぇ! マジか!」
「嘘吐いてどうすんのよ。 ……聞きたいの?」
「あぁ、ぃゃ……」
「俺は聞きたい。 特に、全部ってのがどの辺りなのかを詳しく!」
「そんなの勝手に言えるわけないでしょ? 本人に聞きなさいよ夫婦なんだから」
このオネェ、他人をモヤモヤさせるのが好きなのか?
なおも聞きたがるお父さんを無視して、ほくそ笑んでいやがる。 ホント、悪いお人だ。
「何の話しぃ~?」
不毛なやり取りをしていると、台所にいたお母さん組が入ってきた。
お盆に急須と湯飲みを乗せたお母さんと、数種類のおかきが盛合された木皿や串団子を持って続くエレオノールさん。 メニューが和風なのにはもう慣れた。
私としては貴族にそれで良いのかと不安になったものの、ちゃぶ台に置かれたおつまみに気を良くしたトムねぇが、早速とばかりに1つ摘まんで口へ運ぶ。
サクサクと食欲をそそる音が心地いい。
……いや、クッソ飯テロだわこれ。
「ん~懐かしい。 実家じゃ食べられないからねぇ。 塩加減が良いわぁ」
お母さんが入れた緑茶を飲んで口直しし、さらにおかきを放り込む。
「んっ、辛っ。 これシュループ?」
「そう、最近リクシラで人気だって聞いたから、買っといたのよ」
聞いたことのない単語が出てきた。
(シュループって何んぞ?)
((山葵みたいな実ね。 魔王国には無いから、教えるの忘れてたわ))
山葵まであるのか……。 これは本格的に寿司酢の開発を急がなければ。
次々と摘まんでボリボリ食べていくトムねぇに、お母さんとエレオノールさんが笑みを浮かべる。
「やっぱり実家じゃ食べられない?」
お母さんの問に、緑茶で口の中を流し飲み、頷いた。
「っん……そうね。 貴族って呑気バカが多いのよ。 特に父があんなだから、取り入ろうとする連中やら真似しようとする物好きやらで、食べる物にまで気を使わなきゃならないのよねぇ。 嫌んなるわぁ……」
と言いながらちゃぶ台に肘をついてボリボリ食べ続ける。
マナーも気品も無ぇな。
「ンハハッ! いつもご苦労様」
「一応ね、自領のお菓子ならたまに食べられるのよ? でもこういう他領や他国となると、誰にも知られずに買い付けるのって難しいのよねぇ」
「なら、協力しようか? 出張で行った事にすれば簡単じゃない?」
お母さんの提案はなかなか良さそうだったが、苦い顔で難色を示した。
「それだと肩入れしてるって勘ぐられるでしょ? ただでさえ無茶してるんだから」
ん? 無茶?
「これ以上心労増やさないでちょうだい」
「あははは、ホントごめんねぇ」
ジト目のトムねぇに、頬をポリポリ掻く。
と、お姉ちゃんがふと思い出す。
((会談時間がやけに長かったのはそれかな。 ゴブリン以外にも用件があったのかしら))
(そうかも)
魅力が少なくて税収が気になっていたけれど、目をかけてくれていたのなら生活水準が高かったのにも頷ける。
(バレたらヤバいな。 こりゃあ、おかきと釣り合わないわ)
食べる手を止め、トムねぇが湯飲みを置く。
「せっかくだから、仕事の話しから先に片付けましょうか」
皆の手も止まり、場が少し、真面目な雰囲気になった。
トムねぇがそれを確認して一息吐く。
「ごめんなさい、減税でいられるのは最長で後5年まで、に決まりそうだわ。 これ以上は家の立場に響くから、私じゃもう協力できそうにない」
頭を下げるトムねぇ。 脱力するように、お母さん達から溜め息が漏れる。
「そっかぁ~……仕方ない。 今までありがとうね、トムねぇ」
「だな。 協力してくれなきゃ、今年で合併が成立していたところだ」
お父さんの言葉に、トムねぇが顔を上げる。
「言っとくけど、ここまで頑張ったんだから結果出しなさいよ? ちゃんと考えてるんでしょうね」
「考えてるって! ちょこちょこアイデアは出てるけど、成果が少ないんだよ。 聞いてるだろ?」
「まぁねぇ……」
頬杖をついて口を閉ざす。
どうやら私が転生する以前から、この村は崖っぷちに立たされていたらしい。
これはヤバい事になった……。
「ただいま!」
「ただいまぁ~」
「お邪魔しま~す!」
フローラ父、ネロリ兄ぃ、お父さんが帰ってきた。
そのまま居間の扉を開ける。
「お帰りぃ~♪」
「トムねぇ!?」
手を振るトムねぇに、唯一何も知らされていなかったお父さんが仰天した。
その顔を楽しみにしていた大人組が堪えきれずに吹き出す。
「ちょっ! なっ! ……え!?」
部屋と廊下を交互に見るお父さん。
そりゃぁ、日常に貴族が紛れ込んでいたら混乱するわな。 友達でも。
と、シシリーさんがパニくるお父さんに歩いて行くと、3人に綺麗なお辞儀をした。
「ファントム子爵付きのメイド、シシリーと申します。 主共々暫しの間、お世話になります」
ビジネススマイルで立ち上がるシシリーさんに、3人が戸惑いつつ挨拶を返す。 誰!?って表情が笑える。
「本日は皆様からの御配慮を承り、無礼講とさせていただいております。 お目汚しとなりますが、どうかお許しください」
らしくないほど丁寧なシシリーさんに、お父さん達が流れのまま「あぁ、はい。 こちらこそ」と返した。
「では、ご存じと聞かされてはおりますが、これ以降の見たこと聞いたことは全て内密にお願い致します」
「はい……」
流れるように言質を取ったな。 返事を聞いた直後、シシリーさんの顔から感情が抜け落ちた。
「では、いつでもお好きなように話し掛けてください。 私は基本的に傍観していますので」
そう言い残し、トムねぇの隣へそそくさと戻った。
あっ、らしくなった。
「えっと……じゃぁ俺は着替えてくるよ」
フローラ父が逃げるようにその場を去る。
「ちょっ、待っ……」
「ルースは客室よ! 私達が居間で寝る事になってるから!」
「俺だけ!?」
家族揃ってのお泊まりとは一体。
てか誰も触れてないけれど、オネェ子爵に目を丸くしたままのネロリ兄ぃは、いつ再起動するのだろう。
夕飯を済ませ、体を洗ってパジャマに着替えた私達は、居間で思い思いに寛いでいた。 もう何か親戚の集まりみたいな緩さだ。
お父さんとフローラ父が、トムねぇとちゃぶ台を囲む。
気になっていたトムねぇのパジャマだが、男性用の青いシンプルなタイプだった。 私服は女性用かと思ってたのに。 ……だから何だって話しだけど。
ちなみに髪は下ろしている。 肩まで掛かるセミロングがさらさらしてそうで、触ってみたい。 さっきシシリーさんにドライヤーらしき物を借りていたから、今ならまだ暖かそう。
そんな黒パジャマのシシリーさんは、部屋の角で体育座りになって本を読んでいる。 持参したらしい。
あの性格も含めて『話し掛けないでください結界』が出来上がっている。 「いつでもお好きなように……」とは何だったのだろうか。
私とフローラちゃんとネロリ兄ぃはと言えば、少し離れた窓の近くでキャッチボールをしていた。 ボールは村長さんから貰ったモフモフボール。 パスしたり、バウンドさせたり、転がしたりって感じに。
キャッチし損ねると取りに行かなければならないので、結構疲れる。 途中で寝落ちするかも。
「で、どうなの? 上手くいってる?」
トムねぇが最近の夫婦事情をお父さん達にもニマニマと聞くのが耳に届く。
ホントこういう話題好きだよなぁ……。
お父さんもちょっと恥ずかしいのか、ニヤけながら答えていた。
「俺はそう思ってる。 結婚後も、何にも変わらなかったしな」
「ふぅ~ん。 アンタたち、息ピッタリでお似合いだったもんねぇ。 ローマンさんは?」
「私はまぁ……なるべく手伝えていると嬉しいですね。 仕事が忙しいので、つい甘えてしまいます」
フローラ父は直接の友人ではなかったらしいが、気さくなトムねぇのグイグイ攻撃によって、敬語ながらも『妻の友人』くらいの距離には近付けている。
そんなフローラ父は、普段の生活に何か思うところがあるようだ。
「下手に手伝うと邪魔になりそうで、専ら子供達との遊び担当ですね」
「あらま、気苦労が絶えないわね。 でも、子供の相手をしてくれているだけでも、充分頼りになっているものよ」
経験があるのか、しみじみと語るトムねぇ。
そうだね。
自分で言うのも何だけど、赤ちゃんの世話は疲れる。 肉体的にも、精神的にも。
いくら大好きな我が子でも、24時間365日目が離せない中、家事も同時進行しなければならないのは辛すぎる。
その負担を少しでも肩代わりしてくれるのなら、ただ遊んでくれているだけでも、安心して家事に取り組めるというものだ。
感謝に足りない筈がない。
もしそれで感謝を感じないのなら、その人は『それが当たり前だ』と思っているからだろう。
世の中、パートナーがいる事が当たり前ではない人だっている。 特にこの世界は、そっち側が多い。
逆に、パートナーが『それが当たり前だ』と考えて、母親に全ての負担を背負わせてしまうパターンだってある。
そう考えれば、無理に手伝おうとせず、出来ることをやってくれるフローラ父は、充分良夫と言って差し支えないのではなかろうか。
なんて、世話される側しか体験していない私が、なに知った風に妄想してるんだって話しだけどね。
「そう思ってくれていると、嬉しいですねぇ」
弱気なフローラ父にトムねぇが詰め寄る。
「そんなに心配なら、聞いてみれば良いんじゃない?」
「いやぁ、それは……」
目を逸らす。
対してニマニマ顔のトムねぇ。
「勇気出ない?♪」
答えを知っているトムねぇは、なんとも楽しそうだった。
そう、お父さん達が帰宅する直前まで、ずっとその話題で暇を潰していた女性陣(1人オネェ)は、既に夫婦関係が良好である事にも触れていたのだ。
悪いお人だなぁ。
そんなトムねぇがまだ攻める。
「なんなら、私が聞いてきてあげようか?」
「ぅぅ……こういう事は、自分で聞くべきかと」
「あら、誠実。 もしくは臆病?」
「……両方ですかね」
自嘲気味にはにかむフローラ父。
背中を押してあげようとしているのか、反応を楽しんでいるだけなのか。 困り顔のフローラ父が気の毒になってきた。
「まぁ、あなた達が帰ってくる前に、その辺り含めて全部聞いちゃってるんだけどね」
「えっ!?」
一転して爆弾放り投げやがった。
2人が食いつく。 特にお父さんが。
「ちょっ、トムねぇ! マジか!」
「嘘吐いてどうすんのよ。 ……聞きたいの?」
「あぁ、ぃゃ……」
「俺は聞きたい。 特に、全部ってのがどの辺りなのかを詳しく!」
「そんなの勝手に言えるわけないでしょ? 本人に聞きなさいよ夫婦なんだから」
このオネェ、他人をモヤモヤさせるのが好きなのか?
なおも聞きたがるお父さんを無視して、ほくそ笑んでいやがる。 ホント、悪いお人だ。
「何の話しぃ~?」
不毛なやり取りをしていると、台所にいたお母さん組が入ってきた。
お盆に急須と湯飲みを乗せたお母さんと、数種類のおかきが盛合された木皿や串団子を持って続くエレオノールさん。 メニューが和風なのにはもう慣れた。
私としては貴族にそれで良いのかと不安になったものの、ちゃぶ台に置かれたおつまみに気を良くしたトムねぇが、早速とばかりに1つ摘まんで口へ運ぶ。
サクサクと食欲をそそる音が心地いい。
……いや、クッソ飯テロだわこれ。
「ん~懐かしい。 実家じゃ食べられないからねぇ。 塩加減が良いわぁ」
お母さんが入れた緑茶を飲んで口直しし、さらにおかきを放り込む。
「んっ、辛っ。 これシュループ?」
「そう、最近リクシラで人気だって聞いたから、買っといたのよ」
聞いたことのない単語が出てきた。
(シュループって何んぞ?)
((山葵みたいな実ね。 魔王国には無いから、教えるの忘れてたわ))
山葵まであるのか……。 これは本格的に寿司酢の開発を急がなければ。
次々と摘まんでボリボリ食べていくトムねぇに、お母さんとエレオノールさんが笑みを浮かべる。
「やっぱり実家じゃ食べられない?」
お母さんの問に、緑茶で口の中を流し飲み、頷いた。
「っん……そうね。 貴族って呑気バカが多いのよ。 特に父があんなだから、取り入ろうとする連中やら真似しようとする物好きやらで、食べる物にまで気を使わなきゃならないのよねぇ。 嫌んなるわぁ……」
と言いながらちゃぶ台に肘をついてボリボリ食べ続ける。
マナーも気品も無ぇな。
「ンハハッ! いつもご苦労様」
「一応ね、自領のお菓子ならたまに食べられるのよ? でもこういう他領や他国となると、誰にも知られずに買い付けるのって難しいのよねぇ」
「なら、協力しようか? 出張で行った事にすれば簡単じゃない?」
お母さんの提案はなかなか良さそうだったが、苦い顔で難色を示した。
「それだと肩入れしてるって勘ぐられるでしょ? ただでさえ無茶してるんだから」
ん? 無茶?
「これ以上心労増やさないでちょうだい」
「あははは、ホントごめんねぇ」
ジト目のトムねぇに、頬をポリポリ掻く。
と、お姉ちゃんがふと思い出す。
((会談時間がやけに長かったのはそれかな。 ゴブリン以外にも用件があったのかしら))
(そうかも)
魅力が少なくて税収が気になっていたけれど、目をかけてくれていたのなら生活水準が高かったのにも頷ける。
(バレたらヤバいな。 こりゃあ、おかきと釣り合わないわ)
食べる手を止め、トムねぇが湯飲みを置く。
「せっかくだから、仕事の話しから先に片付けましょうか」
皆の手も止まり、場が少し、真面目な雰囲気になった。
トムねぇがそれを確認して一息吐く。
「ごめんなさい、減税でいられるのは最長で後5年まで、に決まりそうだわ。 これ以上は家の立場に響くから、私じゃもう協力できそうにない」
頭を下げるトムねぇ。 脱力するように、お母さん達から溜め息が漏れる。
「そっかぁ~……仕方ない。 今までありがとうね、トムねぇ」
「だな。 協力してくれなきゃ、今年で合併が成立していたところだ」
お父さんの言葉に、トムねぇが顔を上げる。
「言っとくけど、ここまで頑張ったんだから結果出しなさいよ? ちゃんと考えてるんでしょうね」
「考えてるって! ちょこちょこアイデアは出てるけど、成果が少ないんだよ。 聞いてるだろ?」
「まぁねぇ……」
頬杖をついて口を閉ざす。
どうやら私が転生する以前から、この村は崖っぷちに立たされていたらしい。
これはヤバい事になった……。
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