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一難去ってまた一難
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疲労が蓄積していた私とシスターちゃんは、フローラちゃんと並んで熟睡していた。
てかフローラちゃんずっと寝てたの!? 数ヶ月前まで夜泣きに悩まされていたとはとても思えない安眠っぷりだな。
いつの間にか手繋いでるし。 むにむにモチモチで暖かい、長い間繋いでいたようだ。
(……お姉ちゃん何かしてた?)
((分かっちゃった? 実はね、一度トイレに起きたフローラちゃんが寝かし付けられてる時に握られちゃってね、せっかくだから夢の中で遊んでたの))
だからこんなにテンション高いのか。
遊びたかったのなら、いつでも交代して良いのに……。 いつも断るんだよねぇ。
((だって、自分で動くかどうかの違いなんだもん。 五感を共有しているから味覚も肌触りも一緒に楽しめるし、夢で普通にのんびり出来るし……わざわざ交代する必要ないかなぁ? って))
(宝の持ち腐れじゃん)
入れ代わり、この1年間で唯一無駄な謎スキルだったな。
((気に掛けてくれてありがと。 交代したい時は言うから、遠慮なく甘えさせてもらうね))
(うん、そうしてよね)
「んっ…………んんぅ。 ここぁ……?」
シスターちゃんが目を覚ます。
治癒魔法で軽減してもらった全身はそれでもギシギシ軋むらしく、起き上がるのにも背を伸ばすのにも喘いでいた。
デスボイスかと。
「ぁ……エメルナちゃん、おはよう?」
(多分おはよう)
強く擦るのは角膜傷付けるからやめた方が良いよ。
ぎこちなく欠伸も済ませ、シスターちゃんが周りを見渡す。
「レムリアさん……?」
(ここにはいないよ? てか、3人以外誰もいないんだよね)
お姉ちゃんの情報から、戦いはもう終わったはずなんだけど……。
と、死角になっていた机の向こう側から丸メガネさんが床に落ちた。
「「っ!?」」
大きな衝撃音に、シスターちゃんと跳ね上がる。
椅子を並べて寝ていたのか。
「ぅへぇっ! ……あぁ、あれ?」
ずれたメガネを直しながら立ち上がり、不意に私達と目が会った。
「ぁあごめんなさい! つい寝てしまってました!」
寝起きからフルスロットルだなぁ、声量。
別に謝ることじゃないのに。
あ、いや、私達のお世話でも頼まれていたのかな?
「すぐにシエルナさん達を呼んできますねぇ~~!」
大慌てで部屋を飛び出して行く。
また走って……動きが昨日の再放送だった。
(うぅ、まだ心の準備が)
しょんぼりしていると、それをボーッと眺めていたシスターちゃんが「私達、帰ってこれたんだねぇ……」と寝ぼけ眼で呟いた。
が、間もなく。
「ハッ! 私……なんて事を……」
状況を理解し、頭を抱えて青ざめた。
そうなんだよねぇ……救出が成功しても失敗しても、私達は怒られるのだ。 特にシスターちゃんなんて、預かっていた幼児の片方を放置したばかりか、もう片方を危険に晒したわけで……
最後の難関とは、保護者からのお叱りの時間だった。
せめて私が泣き叫んででも離れなかったのなら責任を分散できたのに。 このままじゃシスターちゃんに偏ってしまう。
でも今の私では言い訳すら出来ないし……
こればっかりは逃げられない。 刑の執行を待つ罪人の気分で受け入れるしかない。
でもせめてもの道連れ、なんとか私にも行く意思があった事をアピールしないと……
(そうだ!)
・ ・
その時が来た。
「エメルナ! チャルちゃん!」
お母さんが休憩室の扉を開け放つ。
「キャワワ♪ キャキャハ!♪」
「ぅぅ……くぅ……」
「重い……痛い……助けてぇ……」
フローラちゃんの下には私が、その下にはシスターちゃんが重なっていた。
「どうしてそうなった!?」
やって来た皆がその光景に目を丸くする。
(助けてお母さん……)
フローラちゃん、置いて行ったのは謝るから激しく揺れないで。
シスターちゃんから離れない私を演出しようと背中にしがみついたんだけど、軋む体で支えきれずその場で倒れ私の下敷きに。 騒ぎで目を覚ましたフローラちゃんもよじ登って来て、何を思ったか私の上へ馬乗りになったのだ。
失敗した……。
エレオノールさんがフローラちゃんを引き剥がし、お母さんが私を抱え上げる。 行き倒れのようにぐったりしたシスターちゃんを治癒しながら、レムリアさんは「これでおあいこですね」と微笑んだ。
「すみませんでした!!」
深々と頭を下げるシスターちゃん。
休憩室には私の両親とフローラちゃん一家、そしてレムリアさんが揃っている。
空気が重い。
そんな重圧の中、シスターちゃんは涙を堪えて必死に頭を下げ続けた。
「焦って、フローラちゃんを1人にしてしまったばかりか、エメルナちゃんと離れるのが怖くて……寂しくて、つい甘えてしまいました。 2人を危険に晒してしまい、申し訳ございません!」
しばしの沈黙。
お母さんとお父さん、フローラちゃんの両親も目配せをしあい……お母さんが口を開く。
「万が一、また同じ状況になったら今度はどうするべきか、ちゃんと考えた?」
「えっ…………は、はい! 2人をちゃんと大人の人に預けます!」
「…………だけ?」
「え?」
お母さんが溜め息と共に項垂れる。
「ほんと、親子みたいに似た2人よね……私達は自分の娘だけを心配していたわけじゃないの。 チャルちゃんのことだって、すっごく心配したんだから。 ちゃんと自分の安全も考えなさい!」
「ぁっ…………はぃ!」
頭を上げてお母さんを見上げたシスターちゃんの瞳は、今にも泣き出しそうなほどに潤んでいた。
「とはいえ、子供の不始末は、教育が行き届いていない親にも責任があります。 レムリアさん、エレスチャルちゃんが反省しているのは伝わりましたから、ちゃんと自身も大切にできるよう教育してください」
「はい、二度とこのような危険を冒さぬよう、共に反省いたします。 ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
深々と謝罪するレムリアさんの姿を悲しげに見つめ、シスターちゃんも、もう1度頭を下げる。
自分のせいで大切な人に頭を下げさせた。 ただ怒られるより、よっぽど胸が締め付けられたはずだ。
私も、他人事じゃないので、見ていて辛い。
と、お母さんが私を近くの椅子に座らせる。
怒ったような、泣き出しそうな、そんな瞳に力強く見据えられた。
緊張で体が強張る。
こんな目を向けられたのは初めてだ。
「エメルナ、あなたもよ。 皆、ずっと心配していたんだからね。 ごめんなさいは?」
私のお母さんは歳なんて関係無く、ちゃんと娘を叱れる人なんだ。 そんなことが分かって胸が詰まり、緊張し、ちょっと嬉しくもなった。
だからこそ、そんなお母さんを心配させた自分に腹が立つ。
「……ごめ……ぁさい」
ごめんなさい。 そう言いたいんだけど、これが1歳児の限界だとお姉ちゃんと話し合って決めている。
だからせめて、2人の真似をするように、深く頭を下げて謝った。 お姉ちゃんも知られてないからって誤魔化すことなく、私と一緒に謝罪した。
もちろんシスターちゃん同様、今日の反省は心に深く刻みつけよう……。
「ふぅ……」と溜め息を吐き、お母さんがレムリアさんへ向き直る。
「レムリアさん、私も改めて謝罪させてください。 レムリアさんを助けに行けなかったこと、エレスチャルちゃんを預かっておきながら危険な目に遭わせてしまったことは、私の責任です。 私情に気をとられ、対応を誤りました。 申し訳ございませんでした」
お母さんが2人に深く頭を下げる。
……驚いた。 お母さんまで謝るとは思いもよらなかったから。
シスターちゃんもどうしていいか言葉に迷っている。 そんな中、レムリアさんは嬉しそうに頷いた。
「受け取りました。 ですので万が一、次があった時には、また頼らせていただきますね」
「はい……ありがとうございます」
顔を上げたお母さんは、いつもの笑顔に戻っていた。
「チャルちゃん、恐縮してるところ悪いんだけど……実は皆、怒るに怒れなくて、困っていたのよね」
「……へ?」
場が少し落ち着いてから突然お母さんに打ち明けられ、シスターちゃんが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
お母さんが気不味そうに頬を指で掻いていると、フローラちゃんを抱えたエレオノールさんが代わりに続けた。
「怒りたい気持ちも勿論あったんだけどね、無事に帰って来てくれてホッとしたら、なんだか安心しちゃって。 頑張ってレムリアさんを助けてくれたことには感謝しているし誉めてあげたい。 でも、調子に乗って今後も危険に足を踏み入る子にはなってほしくない。 そんなふうに、どう接して良いか分からなくなっちゃったの」
あぁ……そういうこと。
で、叱るべきところは叱るスタイルに落ち着いたわけだ。
別の所にいたのも、それを話し合っていたからだったり?
確かに、下手したら「助けたかったんだもん!」なんて反発されかねない。 正しいと思っている行為を否定されるのは、自分に非があっても受け入れづらくなっていただろう。
その点、シスターちゃんは最初っから『全ての非は自分にある』的な自虐思考だったため幸いした。 それはそれで不安だけど、将来的に治していけばいいだけだし。
なにより、皆もレムリアさんが心配だったんだ。 同じ気持ちな中、代わりに勇気ある行動を取った子供に腹は立てられない。
これで私を連れて行かなければ……いやそれでも叱られるのは変わらんけれど。
と、お婆ちゃんに背後から頭を撫でられる。
「心配せずとも、助けに動いたこと自体は黙認してんだから、文句言う資格なんて誰にも無いんだよ」
(は? 黙認?)
連絡が行くリミットには間に合った筈だけど。
「便利ですよねこれ、私にも作ってくださいよ」
「金糸は高いんだ。 欲しかったら金出しな」
(なっ!?)
お母さんが袖を捲ると、手首にはあのミサンガが巻かれていた。
あの色は、まさかGPSの! やっぱりお婆ちゃん他にも隠し持ってたの!?
てことはギルド出た瞬間には知られてたのかよ!?
「明るいうちに動いたからね、私の裁量で任せることにしたんだよ。 チャルちゃんは慎重派だから、この子を抱えたまま1人で飛び出すのは考えづらいだろう?」
してやったりな笑顔が憎たらしい(誉め言葉)。
何もかもお見通しでしたか……。
「そもそも! 謝らなきゃいけない奴がもう一人いるんじゃないのかい? 子供だけ残して帰ってこなかった老人がそこにね」
(あ……)
村長さんに視線が集まる。
そういえばどこ行ってたの?
村長さんは申し訳なさそうに視線を泳がせていた。
「すまんすまん。 照明弾を打ち上げた後は監視が来るまで籠っとったからな。 あげく想定以上に早く終わりそうじゃったもんで、伯爵に連絡するタイミングを見極めるのに手間取って」
あぁ……衛兵走らせてたの忘れてたわ。
お婆ちゃんが村長さんを指差して私達を見る。
「あの言い訳してる爺さんがあんたらの何倍生きてると思う?」
容赦ねぇぇ……。
「その歳でちゃんと謝れたのは立派なもんだよ。 顔上げて前向きな、胸張ってないと大きくなれないよ」
「……はい!」
顔を上げ、シスターちゃんは力強くそう答えた。
その言葉は、私にも言われているような気がして……。 私は密かに、自分もそうなりたいと決意するのだった。
お母さんがそんなシスターちゃんの肩を叩く。
「そこは『胸もですか!?』って食いつくところよ」
(違うと思う!!)
場を和ませる為だとしても、今のシーンでそんな軽い返しは出来ないから!
反省が足りないとか怒られそうだから!
明石屋さんとこのサンマさんみたいな無茶ぶりやめてあげて!
ほら! シスターちゃんが困ってるでしょ!?
「えぇっとね……話しが逸れちゃったけど、最後にこれだけは言わせて」
お母さんが、置いていた手を頭に乗せる。
「レムリアさんを助けてくれて、ありがとうね」
「ぁっ……あの……私……」
と、隣にいたレムリアさんも膝を曲げ、シスターちゃんと視線を会わせた。
「私からも。 助けに来てくれて、ありがとう」
「……レムリアさん」
「でもね――」
そのまま強く抱きしめる。
「倒れた時、すっごく心配したんだから!」
押さえきれなかった涙声。
感情を発露するレムリアさんの姿に、私は『娘を想う母親』を確かに感じた。
「無事で良かったぁぁ……」
「レムリアさん…………ぅぅ……ぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!」
小さな体に溜め込んでいた今までのあれこれが爆発するように、シスターちゃんはレムリアさんの腕の中で、年相応に号泣した。
こうして、生後最大の危機を乗り越え、私達の頑張りは成功に終わったのでした。
てかフローラちゃんずっと寝てたの!? 数ヶ月前まで夜泣きに悩まされていたとはとても思えない安眠っぷりだな。
いつの間にか手繋いでるし。 むにむにモチモチで暖かい、長い間繋いでいたようだ。
(……お姉ちゃん何かしてた?)
((分かっちゃった? 実はね、一度トイレに起きたフローラちゃんが寝かし付けられてる時に握られちゃってね、せっかくだから夢の中で遊んでたの))
だからこんなにテンション高いのか。
遊びたかったのなら、いつでも交代して良いのに……。 いつも断るんだよねぇ。
((だって、自分で動くかどうかの違いなんだもん。 五感を共有しているから味覚も肌触りも一緒に楽しめるし、夢で普通にのんびり出来るし……わざわざ交代する必要ないかなぁ? って))
(宝の持ち腐れじゃん)
入れ代わり、この1年間で唯一無駄な謎スキルだったな。
((気に掛けてくれてありがと。 交代したい時は言うから、遠慮なく甘えさせてもらうね))
(うん、そうしてよね)
「んっ…………んんぅ。 ここぁ……?」
シスターちゃんが目を覚ます。
治癒魔法で軽減してもらった全身はそれでもギシギシ軋むらしく、起き上がるのにも背を伸ばすのにも喘いでいた。
デスボイスかと。
「ぁ……エメルナちゃん、おはよう?」
(多分おはよう)
強く擦るのは角膜傷付けるからやめた方が良いよ。
ぎこちなく欠伸も済ませ、シスターちゃんが周りを見渡す。
「レムリアさん……?」
(ここにはいないよ? てか、3人以外誰もいないんだよね)
お姉ちゃんの情報から、戦いはもう終わったはずなんだけど……。
と、死角になっていた机の向こう側から丸メガネさんが床に落ちた。
「「っ!?」」
大きな衝撃音に、シスターちゃんと跳ね上がる。
椅子を並べて寝ていたのか。
「ぅへぇっ! ……あぁ、あれ?」
ずれたメガネを直しながら立ち上がり、不意に私達と目が会った。
「ぁあごめんなさい! つい寝てしまってました!」
寝起きからフルスロットルだなぁ、声量。
別に謝ることじゃないのに。
あ、いや、私達のお世話でも頼まれていたのかな?
「すぐにシエルナさん達を呼んできますねぇ~~!」
大慌てで部屋を飛び出して行く。
また走って……動きが昨日の再放送だった。
(うぅ、まだ心の準備が)
しょんぼりしていると、それをボーッと眺めていたシスターちゃんが「私達、帰ってこれたんだねぇ……」と寝ぼけ眼で呟いた。
が、間もなく。
「ハッ! 私……なんて事を……」
状況を理解し、頭を抱えて青ざめた。
そうなんだよねぇ……救出が成功しても失敗しても、私達は怒られるのだ。 特にシスターちゃんなんて、預かっていた幼児の片方を放置したばかりか、もう片方を危険に晒したわけで……
最後の難関とは、保護者からのお叱りの時間だった。
せめて私が泣き叫んででも離れなかったのなら責任を分散できたのに。 このままじゃシスターちゃんに偏ってしまう。
でも今の私では言い訳すら出来ないし……
こればっかりは逃げられない。 刑の執行を待つ罪人の気分で受け入れるしかない。
でもせめてもの道連れ、なんとか私にも行く意思があった事をアピールしないと……
(そうだ!)
・ ・
その時が来た。
「エメルナ! チャルちゃん!」
お母さんが休憩室の扉を開け放つ。
「キャワワ♪ キャキャハ!♪」
「ぅぅ……くぅ……」
「重い……痛い……助けてぇ……」
フローラちゃんの下には私が、その下にはシスターちゃんが重なっていた。
「どうしてそうなった!?」
やって来た皆がその光景に目を丸くする。
(助けてお母さん……)
フローラちゃん、置いて行ったのは謝るから激しく揺れないで。
シスターちゃんから離れない私を演出しようと背中にしがみついたんだけど、軋む体で支えきれずその場で倒れ私の下敷きに。 騒ぎで目を覚ましたフローラちゃんもよじ登って来て、何を思ったか私の上へ馬乗りになったのだ。
失敗した……。
エレオノールさんがフローラちゃんを引き剥がし、お母さんが私を抱え上げる。 行き倒れのようにぐったりしたシスターちゃんを治癒しながら、レムリアさんは「これでおあいこですね」と微笑んだ。
「すみませんでした!!」
深々と頭を下げるシスターちゃん。
休憩室には私の両親とフローラちゃん一家、そしてレムリアさんが揃っている。
空気が重い。
そんな重圧の中、シスターちゃんは涙を堪えて必死に頭を下げ続けた。
「焦って、フローラちゃんを1人にしてしまったばかりか、エメルナちゃんと離れるのが怖くて……寂しくて、つい甘えてしまいました。 2人を危険に晒してしまい、申し訳ございません!」
しばしの沈黙。
お母さんとお父さん、フローラちゃんの両親も目配せをしあい……お母さんが口を開く。
「万が一、また同じ状況になったら今度はどうするべきか、ちゃんと考えた?」
「えっ…………は、はい! 2人をちゃんと大人の人に預けます!」
「…………だけ?」
「え?」
お母さんが溜め息と共に項垂れる。
「ほんと、親子みたいに似た2人よね……私達は自分の娘だけを心配していたわけじゃないの。 チャルちゃんのことだって、すっごく心配したんだから。 ちゃんと自分の安全も考えなさい!」
「ぁっ…………はぃ!」
頭を上げてお母さんを見上げたシスターちゃんの瞳は、今にも泣き出しそうなほどに潤んでいた。
「とはいえ、子供の不始末は、教育が行き届いていない親にも責任があります。 レムリアさん、エレスチャルちゃんが反省しているのは伝わりましたから、ちゃんと自身も大切にできるよう教育してください」
「はい、二度とこのような危険を冒さぬよう、共に反省いたします。 ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
深々と謝罪するレムリアさんの姿を悲しげに見つめ、シスターちゃんも、もう1度頭を下げる。
自分のせいで大切な人に頭を下げさせた。 ただ怒られるより、よっぽど胸が締め付けられたはずだ。
私も、他人事じゃないので、見ていて辛い。
と、お母さんが私を近くの椅子に座らせる。
怒ったような、泣き出しそうな、そんな瞳に力強く見据えられた。
緊張で体が強張る。
こんな目を向けられたのは初めてだ。
「エメルナ、あなたもよ。 皆、ずっと心配していたんだからね。 ごめんなさいは?」
私のお母さんは歳なんて関係無く、ちゃんと娘を叱れる人なんだ。 そんなことが分かって胸が詰まり、緊張し、ちょっと嬉しくもなった。
だからこそ、そんなお母さんを心配させた自分に腹が立つ。
「……ごめ……ぁさい」
ごめんなさい。 そう言いたいんだけど、これが1歳児の限界だとお姉ちゃんと話し合って決めている。
だからせめて、2人の真似をするように、深く頭を下げて謝った。 お姉ちゃんも知られてないからって誤魔化すことなく、私と一緒に謝罪した。
もちろんシスターちゃん同様、今日の反省は心に深く刻みつけよう……。
「ふぅ……」と溜め息を吐き、お母さんがレムリアさんへ向き直る。
「レムリアさん、私も改めて謝罪させてください。 レムリアさんを助けに行けなかったこと、エレスチャルちゃんを預かっておきながら危険な目に遭わせてしまったことは、私の責任です。 私情に気をとられ、対応を誤りました。 申し訳ございませんでした」
お母さんが2人に深く頭を下げる。
……驚いた。 お母さんまで謝るとは思いもよらなかったから。
シスターちゃんもどうしていいか言葉に迷っている。 そんな中、レムリアさんは嬉しそうに頷いた。
「受け取りました。 ですので万が一、次があった時には、また頼らせていただきますね」
「はい……ありがとうございます」
顔を上げたお母さんは、いつもの笑顔に戻っていた。
「チャルちゃん、恐縮してるところ悪いんだけど……実は皆、怒るに怒れなくて、困っていたのよね」
「……へ?」
場が少し落ち着いてから突然お母さんに打ち明けられ、シスターちゃんが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
お母さんが気不味そうに頬を指で掻いていると、フローラちゃんを抱えたエレオノールさんが代わりに続けた。
「怒りたい気持ちも勿論あったんだけどね、無事に帰って来てくれてホッとしたら、なんだか安心しちゃって。 頑張ってレムリアさんを助けてくれたことには感謝しているし誉めてあげたい。 でも、調子に乗って今後も危険に足を踏み入る子にはなってほしくない。 そんなふうに、どう接して良いか分からなくなっちゃったの」
あぁ……そういうこと。
で、叱るべきところは叱るスタイルに落ち着いたわけだ。
別の所にいたのも、それを話し合っていたからだったり?
確かに、下手したら「助けたかったんだもん!」なんて反発されかねない。 正しいと思っている行為を否定されるのは、自分に非があっても受け入れづらくなっていただろう。
その点、シスターちゃんは最初っから『全ての非は自分にある』的な自虐思考だったため幸いした。 それはそれで不安だけど、将来的に治していけばいいだけだし。
なにより、皆もレムリアさんが心配だったんだ。 同じ気持ちな中、代わりに勇気ある行動を取った子供に腹は立てられない。
これで私を連れて行かなければ……いやそれでも叱られるのは変わらんけれど。
と、お婆ちゃんに背後から頭を撫でられる。
「心配せずとも、助けに動いたこと自体は黙認してんだから、文句言う資格なんて誰にも無いんだよ」
(は? 黙認?)
連絡が行くリミットには間に合った筈だけど。
「便利ですよねこれ、私にも作ってくださいよ」
「金糸は高いんだ。 欲しかったら金出しな」
(なっ!?)
お母さんが袖を捲ると、手首にはあのミサンガが巻かれていた。
あの色は、まさかGPSの! やっぱりお婆ちゃん他にも隠し持ってたの!?
てことはギルド出た瞬間には知られてたのかよ!?
「明るいうちに動いたからね、私の裁量で任せることにしたんだよ。 チャルちゃんは慎重派だから、この子を抱えたまま1人で飛び出すのは考えづらいだろう?」
してやったりな笑顔が憎たらしい(誉め言葉)。
何もかもお見通しでしたか……。
「そもそも! 謝らなきゃいけない奴がもう一人いるんじゃないのかい? 子供だけ残して帰ってこなかった老人がそこにね」
(あ……)
村長さんに視線が集まる。
そういえばどこ行ってたの?
村長さんは申し訳なさそうに視線を泳がせていた。
「すまんすまん。 照明弾を打ち上げた後は監視が来るまで籠っとったからな。 あげく想定以上に早く終わりそうじゃったもんで、伯爵に連絡するタイミングを見極めるのに手間取って」
あぁ……衛兵走らせてたの忘れてたわ。
お婆ちゃんが村長さんを指差して私達を見る。
「あの言い訳してる爺さんがあんたらの何倍生きてると思う?」
容赦ねぇぇ……。
「その歳でちゃんと謝れたのは立派なもんだよ。 顔上げて前向きな、胸張ってないと大きくなれないよ」
「……はい!」
顔を上げ、シスターちゃんは力強くそう答えた。
その言葉は、私にも言われているような気がして……。 私は密かに、自分もそうなりたいと決意するのだった。
お母さんがそんなシスターちゃんの肩を叩く。
「そこは『胸もですか!?』って食いつくところよ」
(違うと思う!!)
場を和ませる為だとしても、今のシーンでそんな軽い返しは出来ないから!
反省が足りないとか怒られそうだから!
明石屋さんとこのサンマさんみたいな無茶ぶりやめてあげて!
ほら! シスターちゃんが困ってるでしょ!?
「えぇっとね……話しが逸れちゃったけど、最後にこれだけは言わせて」
お母さんが、置いていた手を頭に乗せる。
「レムリアさんを助けてくれて、ありがとうね」
「ぁっ……あの……私……」
と、隣にいたレムリアさんも膝を曲げ、シスターちゃんと視線を会わせた。
「私からも。 助けに来てくれて、ありがとう」
「……レムリアさん」
「でもね――」
そのまま強く抱きしめる。
「倒れた時、すっごく心配したんだから!」
押さえきれなかった涙声。
感情を発露するレムリアさんの姿に、私は『娘を想う母親』を確かに感じた。
「無事で良かったぁぁ……」
「レムリアさん…………ぅぅ……ぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!」
小さな体に溜め込んでいた今までのあれこれが爆発するように、シスターちゃんはレムリアさんの腕の中で、年相応に号泣した。
こうして、生後最大の危機を乗り越え、私達の頑張りは成功に終わったのでした。
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