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エメルナちゃんの成長記録7

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「ごめんねぇ、皆。 それとありがとぅ」

 レムリアさんが復活した。(多分)
 夕方まで寝ていたかいあって、明日の朝には出発できそうらしい。 それは良かった。
 早く帰ってあげないと心配する人達がいるからね。

「お酒に弱いのは分かっているんですが……飲み始めるとつい飲み過ぎちゃって」
(あぁ、完全にストレス発散型だ。 教会では呑ませられないな)

 シスターちゃんが呆れた様子で隣に立つ。

「レムリアさん、先月の私みたいなこと言ってますよ?」
「あぅ……ごめんなさい。 対策を考えて、次からは気を付けます」

 どっちが保護者か分からないな。
 何があった。

                        *

 日が沈む頃、お父さんが帰ってこない。

(いつもより遅いなぁ。 電話もスマホも無いから連絡がとれないんだよね)

 そもそも何の仕事をしてるんだろ……いつも日が沈みきる前には帰ってくるから、ブラック企業ではない筈だ。

「夕飯の片付けもありますし、私達は帰りますね」

 エレオノールさんが立ち上がる。 続いてお母さんも立ち上がった。

「ごめんねぇ、遅くまで付き合わせちゃって。 送るわ」
「大丈夫ですよ、転んだりなんてしませんから」
「ダァメ、思い掛けない危険なんていくらでもあるんだから。 フローラちゃんの為にも、ね?」

 もう3月なのに雪の溶け残った夕暮れ道。 滑りやすい足元と薄暗い視界で両手の塞がった母子だけなんて、いくら地元だろうと心配するなって方が無理でしょうて。

「それに、久しぶりに職場に顔出そうかなって」
「……分かりました。 じゃぁエメルナちゃんは?」
(行く!)
「レムリアさん、お願いできます?」
「もちろんです。 子供のお世話は経験がありますので、任せてください」
(えっ!? ちょっ待って!)

 職場に娘を見せに行く流れじゃなかったの!? あぁ、防寒着を着せられたフローラちゃんが抱えられた。 お母さんもいつの間にか準備万端?!
 ヤバい、置いていかれる。 シスターしかいない空間に残されちゃう!
 そうこうしている内に、お母さんとエレオノールさんが玄関に行ってしまった。
 レムリアさんが私に手を伸ばす。

「さぁ、エメルナちゃ……」
「ぴぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!」

・ ・ ・

「物凄いビブラートでしたね」

 シスターちゃんの一言に、おさまりかけていた二人がまた吹き出した。

「びっくりしたよ! あんな号泣そうそうしないからさぁ!♪」

 皆、喋る時も笑いをこらえきれていない。 他に手段が無かったとはいえ、ちょっと恥ずかしくなる。 咄嗟とっさで声が裏返ったのもあって尚更。 顔が熱いのはモコモコの防寒着のせいだけではない。
 白い息が蒸したての肉まんみたいに広がる寒さの月下げっか、私達(お母さん、エレオノールさん、シスターちゃん)は足下と重心に気を付けながら、人気ひとけの無い夜道を歩いていた。
 この世界の人達はどの季節でも夕方には帰り、暗くなると眠るらしい。 布団に入る時間には個人差があっても、大抵の庶民は夜更かしなんてする意味がないからね。 TVやネット環境も無いし。
 今はもう皆、家の中なのだろう。

 にしても、エレオノールさんがこんなに笑っている顔なんて、初めて見たかも。

「エメルナちゃんにも、あんなに泣きらすことがあるんですね。 すごく大人しいお姉ちゃんだなっていつも感心していましたけれど、やっぱり赤ちゃんなんですね」
「だねぇ。 赤ちゃんらしくなくて不安になる事もあったけど、そんなの全部吹き飛んじゃたかも」
「へぇ、以前から変わった子なんですねぇ」

 シスターちゃんの言葉が胸に刺さる。 まだ1歳でもこれは変な子の部類らしい。

「……そういえば午前中、積み木の時にフローラちゃんばっかり見てて忘れてしまってたんですが、泣きも遊びもしないので、偶然ぐうぜん振り向くまで全然気が付きませんでした」
「そうそう。 この子、静かすぎて好奇心が無いのかなぁって不安になっちゃうのよ。 一人でいる時も泣いたりしないから、寂しくないのかなって考えちゃうと、私の方が寂しくなってきたりしてね」
(そうだったんだ……)

 お姉ちゃんといつも一緒だから気が付かなかった。 誰にも迷惑かけたくないってずっと気にしてたけど、それが逆効果になってるとは思わなかったよ。

((結局、ほどほどが一番なんだね))
(……だねぇ)

 せっかく生まれ変わったんだから、甘えもままも、今のうちに飽きるくらい楽しまなきゃ勿体ない……かな。

「だからさ、さっきのはちょっと嬉しかったかな」
「ですね。 実は私も、さっきのはちょっと嬉しかったんです。 あのレムリアさんが嫌われる所なんて、初めて見ましたよ」

 今はもう「嫌い」ってより、「苦手」だけどね。 シスターに抱っこなんてされたら、お姉ちゃんのこと知られそうだもん。
 にしても、あれは酷かった……。

 「なっ……何でぇ!?」
 「酒臭かったとかでしょうか?」
 「まだ抱っこもしていないのに!?」
 「息が」
 「えぇ!?」
 「仕方ないなぁ、連れてってあげるから。 ほら大丈夫、大丈夫」
 「うぅ。 すみません……子守りすらまともに出来なくて」
 「いいのいいの。 明日帰るんだから、今のうちに身支度みじたくでも済ませておいて」
 「そうさせていただきます……チャルちゃん」
 「すみません、二人とも行っちゃうのなら、私も付いて行って良いですか?」
 「チャルちゃん!?」
 「自分の身支度は、昨日のうちに済ませてしまいましたから。 もうちょっと二人と一緒にいたいんです」
 「ぅっ……そ、それなら私も一緒に」
 「私はいいですけれど……」
 「えぇっと……言いづらいんだけど、ルースが行き違いで帰ってきたらのために、誰かに留守番しててほしいのよねぇ……」
 「…………ぁぅ」

  こうして、レムリアさんは一人で留守番する羽目になった。
 うん、なんかごめん。

「涙目で見送るレムリアさんが可愛かったです♪」
「だね♪ ぁははははっ!」

 そして三人とも、また笑いが込み上げる。
 必死に堪えてるのは私だけらしい。


「シエルナさん、エレオノールさん、ありがとうございました」

 一区切り落ち着いたところで、唐突にシスターちゃんがそう切り出した。

「どういたしまして。 でも、したことといったら保護者酔い潰して出発を遅れさせちゃったばかりか、介抱かいほうのために子供二人も押し付けちゃったくらいで、先にお礼を言いたかったのはこっちなんだけどね」
「レムリアさんの色んな表情を見れたんですから、私はそれだけで満足です」

 ほんの一拍、足音だけの静寂が流れる。

「あの子やっぱり、無理してる?」

 呑みながらも察していたのか、いつもの事なのか。 普段通りにしながらも心配そうな声色のお母さんに、シスターちゃんが考える。

「……無理かどうかは私には分かりません。 私はレムリアさんの優しい顔しか知りませんでしたから」

 優しい顔しか知らなかった。 そこにどんな思いが隠れているのか、私は知っている。
 それはお母さん達にも心当たりがあったらしく。

「そっかぁ……シスターって大変ね」
「ですね、知っていたらあこがれませんでした」
「良いのぉ? シスターがそんなこと言っちゃって」

 イタズラっぽく聞くお母さんに、シスターちゃんが背筋をピンと伸ばす。

「私はまだまだ幼い見習いです、未熟ゆえ自覚のない失言をしてしまうかも知れません」
「誰の真似?」
「一宿一飯のお礼に、客室を掃除していそうなお留守番さんの名言です」
「してそう!」

 あはははは! と、また三人分の笑いと白い息が広がった。


 村長さん宅を通りすぎて少し歩き、村長さん宅より一回り大きな建物に入っていく。

(ここは?)

 今まで来たことのない建物だ。
 中は体育館並みの広さで、左に受付カウンター、右は漫画喫茶みたいに仕切られている。 その中は見えないが、誰もいないのは無音で分かった。
 けど照明は点いてるし、室温も暖かいままだ。
 乳児2人を近くの椅子に座らせ、防寒着を脱いで片腕に掛ける三人。

「ここは?」

 シスターちゃんがお母さんを見上げる。 そんなシスターちゃんは現在、お古の上下で見た目普通の女の子になっている。
 防寒着を脱がした私を抱えながら、お母さんが答える。

「商業ギルドよ。 と言っても末端まったんだから、村の商いと、来た商人さんへの対応くらいしか権限が無いんだけれどね」

 へぇ、お母さんとお父さん、商業ギルドの職員だったのか。 公務員の両親とか、収入が安定してて最高じゃないか!
 もしかして私ん家って、庶民の平均より少しだけ裕福だった?

「それにしては……誰もいませんね」
「大きな街とは違って普段は夕方には閉まるから、この時間まで開いてる方が変よ。 どうかしたのかな……」

 早足で迷わず先行し、バックルームへの扉を開けて進むお母さん。 いくつかの扉を素通りして【休憩室】と書かれた扉をノックする。

「シエルナです、誰かいますか?」
「シエッ……!? どうぞ!」

 慌てる女性の返答に、ドアノブを掴んでガチャっと開ける。

「ルースはいる?」
「シエルナ! ……だけじゃないのか」

 中にはお父さんどころか、制服を着た数人の職員と、村長さん一家まで揃っていた。

「あれ? お義母さんまでここに?」
「おぉ、丁度良かった。 夕飯はここで食べたから洗い物は無いよ」
「あっ、はい」
(緊張感無いなぁ、何してたかは知らないけど)

 残業……にしては表情が硬い。
 と、丸メガネの若い女性職員がお母さんの横から話し掛けてくる。

「シエルナさんお久しぶりです!」
「久しぶり、変わらず元気そうで安心したよ」
「な……何とか。 あのっ、それでっ、この子がエメルナちゃんですか?」

 せわしないな……メガネだけどドジっ娘な気がする。 返事にキレがないし。
 こんな人にだけは抱っこされたくない……

「で、何があったの? こんな所に集まっちゃって」
「それが……」
「ワシが説明する」

 丸メガネさんが言いよどんでいると、村長さんが説明してくれた。

「ゴブリンの足跡が、柵の外で見つかった」
「ゴブリン!?」

 シスターちゃんの顔が青ざめる。

「こんな時季に……それで、数は?」

 対してお母さんは冷静だ。

「正確には分からんが、複数見付かっている。 恐らく食料が尽きたのだろうて」
(食料が尽きた?)

 誰も私の為に解説なんてしてくれないので勝手に推測するしかないのだが、多分、冬の間は洞窟などにこもって越冬する生態なのかも。
 村長さんが机に広げられている村の地図を指す。

「場所は農耕地区付近の森。 建物が少なく人も少ない夜なら、上手く対処すれば被害を最小限に抑える事も出来る。 が、今この村には冒険者がおらん」
(えぇ……一人も?)

 いやまぁ、一人いたからって何だって話しだけどさ。

「この一年の間にどれだけ増えているかも分からんからな……最悪なのは、巣の全戦力が使われる事態じゃ。 来るのは遅くても3日~5日後以内だろうて。 それまでに、こちらも戦力を整えねばならん」

 これは……前世も含めて人生最大の危機かもしれない。
 だってこんなの普通に戦争じゃん。 18年間どこで育ったと思ってるんだ。
 ファンタジーっぽいだなんて喜べない。 チートな魔法だって持ってない。 そもそも、歩けもしない私に何が出来る?
 足手まといでしかない。

「という訳じゃからシエルナさんよ、頼めるか」

 村長さんの発言に私は首を傾げる。 お母さんなら、この短時間で冒険者を集めるつてを持っていると?
 見上げると、お母さんは私を見下ろしてから、村長さんに力強く頷いた。

「勿論です。 娘に良いとこを見せてあげたかったところですから!」
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