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エメルナちゃんの成長記録2
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あれからまた一ヶ月と少し。 冬。
5……4……3……2……1……
「Happy New Year!!♪」「ハッピーニューイヤーー!!」
一月一日。 新年。
この村の年末年始を、私は1人、暗い部屋で過ごしていた。
眠たかったんだよぉ!!
心は楽しみだったのに、瞼が睡魔に抗えなかった。
普段から大人しい私に気を許し、両親は居間で年越しを祝っている。 寝てる赤ちゃんの側で呑むわけにはいかないもんね。
おかげで異世界の新年のお祝いを見逃したわけだけれど、気を使われるよりは楽で良い。
それに、お姉ちゃんと姉妹水入らずで過ごせるのは、なにも悪いことじゃない。
『(デデ~ン♪)中田、ハイキック』
恐がってもいけないのコーナーで、公衆電話の受話器から聞こえた四度目のハイキックに崩れ落ちる芸人に、お姉ちゃんが抱腹絶倒する。
私達は今、記憶にある最古のシリーズを復元し、夢世界で姉妹揃ってコタツムリになっていた。
私の体はお姉ちゃんが想定した10年後のエメルナだ。 鏡は無いので、どうなっているかまでは分からない。
そういえば、転生してから鏡見てないな。 以前は10秒も直視してられなかったから、気にしたこともなかったんだよね。
まぁ、戸すら引けないから部屋から出られないんだけど。
「いやぁ、凄いねぇ。 こんなに笑ったの初めてかも。 お腹痛ぁぃ」
いつも頼れるお姉ちゃんが、こんなに素で爆笑しているのは、ちゃんと姉妹になれたみたいでなんだか嬉しい。
ちなみにこの異世界、正確な時計なんて各家にないので、カウントダウンは番組のタイミングに合わせた。 日が落ちた頃から見始めたから、現実とは1時間くらいのタイムラグがあるかもしれない。
それはそうと、一応でも年が明けたのならばお姉ちゃんに言わなければいけない事がある。
丁度CMに移ったことだし……炬燵から出て向かいのお姉ちゃんに正座し、お辞儀した。
「お姉ちゃん、新年あけましておめでとうございます。 今年も宜しくお願いします」
「ぁっ……」
一拍おいて、お姉ちゃんも炬燵から抜け出し、私に正座する。
「あけましておめでとう。 今年も宜しくお願いします、ね♪」
(っお!?)
肩甲骨辺りまで伸びた滑らかな黒髪の頭には羊型の赤黒い角、背中には畳んだ蝙蝠型の翼、先端がトランプでいうスペード似の細長い尻尾。 それらの特徴が、同性でも見惚れる大人の美女に揃っている。
淫魔のイメージとは程遠い水色ベースな白の水玉柄パジャマなのに、軽くお辞儀しただけで胸元が少し開き、Dくらいの谷間が色気を生み出していた。
さすがサキュバス、何気ない所作1つでも魅了してくるとは。
年末年始ということで、私の要望により夢授業は一旦お休み、今夜はオススメのバラエティ番組を見ることとなった。 ……となるといつまでも二心同体と言う訳にはいかず、今まで感覚的に認識していたお姉ちゃんという存在が、ハッキリとした姿で目の前に現れてくれたのだ。
これが……元魔王軍幹部、アリアレス・ヘル・テオブロマ。
今の私のお姉ちゃん。
「ん? 何か間違ってたかな?」
「あぁいや、何て言うか。 凄く今更だけど、やっと会えたんだなぁ……って改めて思ったらつい」
長い間一緒だったのに、こうして向かい合うのはオフ会みたいで気恥ずかしかった。 オフ会行ったことないけど。
「あぁ~……」とお姉ちゃんも照れ笑いする。
「ごめんね。 サキュバスって容姿で偏見を持たれやすいから、本当の姿を見せるのに、少し勇気が足りなくて。 あくまでも頼れるお姉ちゃんでいたかったの」
でも私の性格を理解して、姿を現してくれたそうだ。
確かに下ネタは少な目だったもんね。 もっと元男ってのを利用していじくり回されるものかと思ってたもん。
この九ヶ月間、普通に頼れるお姉ちゃんだった。
「サキュバスってね、淫魔のイメージばかりが広まっているけれど、少なくともこっちの世界のサキュバスはそんなことないよ。 皆、心は人間と変わらない女の子だから」
「だろうね」
魂を通して伝わるお姉ちゃんは凄く真面目で、責任感もあって、家族や友達の為なら苦労を惜しまない努力家だ。
とても淫乱には見えない。 むしろ婚期遅れそうで心配されるタイプ。
若くして出世した上司みたいな。 あっ、実際に元魔王軍幹部(事務職)だっけ。
「じゃあ、いつかこっちのR18じゃないサキュバス事情も教えてね」
「あら、今じゃなくて良いの?」
「今はほら、CM明けたし」
「あっ、そうだそうだ。 忘れてた!」
丁度、軟禁されている逆バニーガール姿の藤藁を探しに校庭へ向かう道のりから再開する。
画面を見ながら炬燵に戻る私達。
バラエティー番組にハマるサキュバスって、平和だなぁ~(笑)
笑ってもいけないホスト25時が終わり、おもしろ宿が始まる前CM。
「そう言えば、年越し蕎麦はどうする?」
笑ってもいけないが面白すぎて後回しになっていた蕎麦。 折角なのでお姉ちゃんにも味合わってほしい。
「日本じゃないんだから気にする必要も無いし、折角だから食べちゃおうか」
「だねぇ。 エビ天も乗せちゃおう!」
お姉ちゃんが両手をパンッと叩き、炬燵に2人前の天ぷら蕎麦が出現する。
便利過ぎる…………。
2人していただきますして食べてみると、懐かしい鰹出汁に平たいタイプの蕎麦が口内を埋め尽くす。 鼻に抜ける香りも良い。
中央に盛られているネギを少し取り、次の蕎麦に巻き込んで食べる。 ネギはあまり好きじゃなかったけれど、この味の変化が今は嬉しい。
前方ではサクッと衣を噛み切るお姉ちゃんが、蕎麦との相性に感動していた。
「にしても、日本って面白い国ねぇ。 一年を通して色んな他国と自国の文化で賑わってて。 こっちじゃ自国の文化を大切にする人はいても、他国や異教の文化をこんなに楽しめる国なんてまず無いわよ」
「言われてみれば」
バレンタイン、ハロウィン、クリスマス。 違和感なく普通と思っていたけど、これって意外と凄い? 異世界に来て、イベントが少ないと感じたのもそのせいだろうか。
とはいえ、日本は他国の文化を尊重していると言えるのかな? 最近のハロウィンはコスプレイベント化してきたばかりか、騒音や迷惑行為が多いイメージの方が強いんだけど。 てかあいつら子供にお菓子あげる側だろ。
「カレーやあんパンみたいに、世間に馴染みやすく変化させた、と見る事も出来るんじゃない? あっ! だからエメルナちゃんは、サキュバスの私をすんなり受け入れてくれたのかしら」
「多分それは……創作物の影響が強いと思う。 馴染みやすくってより、ネタを工夫しただけじゃない?」
日本のアニメ・漫画・ゲームは宗教以上にカオスだと思っている。 今じゃメイドするドラゴンやら社畜魔王やら邪神ち○んなんかもいる始末。 同人誌界隈まで掘り起こせばどんなアイデアが発掘されるか恐ろしいくらいだ。
サキュバスだからって人間の敵とは限らない。
結局は個人差。 大切なのはレッテルを剥がしたうえで、その相手が自分と合うかどうかでしょう?
「そう考えられる環境が、私を魅了しているのかもね」
結局、満腹になった私達はおもしろ宿を途中で終わらせ、炬燵の中で寝落ちした。
*
新年明けてから一ヶ月と少し。
生後十一ヶ月目。
新たな歯が上下から2本ずつ生え、離乳食が完了期(幼児食)に進んだ頃。
「ママッ!」
喃語を始めて数週間、ついにお母さんを見上げてママと呼ぶまでに成長した。
お母さんが固まる中、一緒にぬいぐるみ遊びしていたお父さんが興奮しだし、ゆっくりお母さんが動きだす。
「今、ママって言ったの……?」
「? ………まぁマ」
ちょっとわざと首をかしげ、イントネーションをずらしてもう一度。
すると、みるみる瞳が潤み、涙が零れる寸前に抱き付かれた。
視界がお母さんの白銀髪でいっぱいになる。
ちょっと締め付けが苦しいけど、暖かい。
耳元で嬉し泣きする母の息遣いを全身で感じながら、私はお姉ちゃんと親指をグッ! と立てた。
((サプライズ大成功だね♪))
本当はフローラちゃんより一歩早く言ってあげたかったんだけどね。
結局タイミングがなかなか来ず、4日遅れの夜になってしまった。 お父さんとぬいぐるみ遊びしてる時に横を通りすぎるお母さんを呼び止める……って意外と難しい。
ぬいぐるみ遊びの内容によるからなぁ。 あれから青・赤・黄色の妖精人形も買ってもらい、おままごと紛いの遊びをする事が増えていった。
飛行機のおもちゃで「ブ~ン」ってやる感じ。
フローラちゃんも買ってもらっていたから、赤ちゃん用玩具の定番なのかも。
何故イベントも無いこの時期にしたのかは、特に意味は無い。
「エメルナ~、パパは~?」
あっ。
忘れていた訳じゃないよ、お母さんに抱き付かれたままだったから。
お父さんの目をじっっくり見て……
「ババァ!」
ガクッと項垂れた。
ごめんね、お父さんにはワンコでサービスしたから、これでフェアでしょ?
幼児食。 一日3食+おやつで充分な栄養を取れるようになり、栄養補給の意味での授乳は必要なくなる。
でも授乳は続けさせてもらっている。 終わると思うと、名残惜しくて……。
大人よりは薄味だが、殆ど同じメニューも食べられるようになった。
私だけ少し高めの椅子に座り、スプーンを握って両親と似た食事をとる。 たまに零すのはご愛敬。 多少の演技もあるけど、体がバランスを取りづらいせいだ。
今まで別メニューだったので、タイミングをずらして食べていたから、この家族団欒な食卓が懐かしい。
こうなって初めて知ったこともある。 両親が箸を使っているのだ。
考えてもみれば、戦争や魔獣対策で金属が高価な時代は手掴みか木を加工した物しか無かっただろうから、その文化が根付いていても不思議じゃない。 木製のフォークなんてそれこそ作りづらそうだし、木のナイフって焼いた肉も切れるのかな?
((ん~、食器なんて偶然誰かが広めたんだと思うけど? 私の故郷じゃ木製のスプーンやヘラみたいなのが普通だったし。 国によっては、手掴みしやすい料理や包み紙が発展したんだって))
ほぅ、それは楽しみだなぁ。 ライスペーパーやケバブみたいなのがあるかも。
二足歩行はまだ出来ない。 でも私もフローラちゃんも、立ち上がるまでは成功している。 すぐ座るけど。
歩くにはバランスを取るための筋肉が必要なのだ。 最近ではフローラちゃんとぬいぐるみ遊びしながら、壁で伝い歩く練習もしている。
((エメルナちゃんを真似してくるのかわいいよねぇ~♪))
(分かる、萌え死にしそうになるもん)
最近では私を「ねね」と呼び、会う度に良い笑顔を魅せてくれる。 エレオノールさんが「エメルナお姉ちゃん」と呼んでいるのを真似たらしい。
にくい事をしてくれる。 いつかお礼しないといけないな。
そんな私は妹をどう略せば良いか以前に、『妹』という言葉をまだ教わっていないので「フー」と呼んでいる。
いつか『エメルナ』を略して……なんて略そう。
夏もそうだったが、冬も室温は過ごしやすく調整されている。
と言ってもクーラーがあるわけではなく、夏は窓を開けて風を取り入れ、冬は暖炉で暖まっている。
憧れの暖炉に出会えるとは。 庶民なのに随分快適で助かった。
ファンタジー世界で0歳児とか危険過ぎるもんね。
「ねぇねっ!」
羊がワンコに頭突きする。
ヤバッ! 暖炉に見とれてた。
村長さん宅の暖炉、私好みのレトロ風味があってずっと眺めていられるのだ。
負けじとワンコも応戦するが、軽く立ち上がって宙に逃げられた。
飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?
妖精の動きで8の字に飛翔するモコモコ。 バトルしてたのかなぁ……? ほのぼの戯れてたつもりなのに。
(合わせないと!)
同じく立ち上がり飛翔するワンコ。 すると羊はワンコに向かって「めー!」と鳴き、地に降りるとお腹を見せて引っくり返った。
……えっと?
服従ですか?
そんなクリッとした眼差しで見つめられましても……。
もしかして、私の番?
「わん!」と一吠え、地に降りて引っくり返る。
「ねぇね、めーぇ!」
何か違ったらしい。
えっと……。 再び立ち上がり、めーと鳴いて地に寝転ぶ。
「キャウワァ!♪」
満足したようだ。
笑顔が眩しい!
遠くからママ友の会話が聞こえる。
「あれ何やってるの?」
「あぁ、パパが教えた遊びなんです。 いろんな動きを真似させて、歩いたり言葉を覚えられればって、思い付いたそうですよ」
あっ、そういうことね。
だとしたらフローラちゃん、ワンコはワンッで合ってるんだよ!
だけどそれを伝えられないもどかしさ!! 確かに犬に見えないワンコだけど!
お母さんヘルプ!
私のワンコがハゲ羊にされちゃった!
5……4……3……2……1……
「Happy New Year!!♪」「ハッピーニューイヤーー!!」
一月一日。 新年。
この村の年末年始を、私は1人、暗い部屋で過ごしていた。
眠たかったんだよぉ!!
心は楽しみだったのに、瞼が睡魔に抗えなかった。
普段から大人しい私に気を許し、両親は居間で年越しを祝っている。 寝てる赤ちゃんの側で呑むわけにはいかないもんね。
おかげで異世界の新年のお祝いを見逃したわけだけれど、気を使われるよりは楽で良い。
それに、お姉ちゃんと姉妹水入らずで過ごせるのは、なにも悪いことじゃない。
『(デデ~ン♪)中田、ハイキック』
恐がってもいけないのコーナーで、公衆電話の受話器から聞こえた四度目のハイキックに崩れ落ちる芸人に、お姉ちゃんが抱腹絶倒する。
私達は今、記憶にある最古のシリーズを復元し、夢世界で姉妹揃ってコタツムリになっていた。
私の体はお姉ちゃんが想定した10年後のエメルナだ。 鏡は無いので、どうなっているかまでは分からない。
そういえば、転生してから鏡見てないな。 以前は10秒も直視してられなかったから、気にしたこともなかったんだよね。
まぁ、戸すら引けないから部屋から出られないんだけど。
「いやぁ、凄いねぇ。 こんなに笑ったの初めてかも。 お腹痛ぁぃ」
いつも頼れるお姉ちゃんが、こんなに素で爆笑しているのは、ちゃんと姉妹になれたみたいでなんだか嬉しい。
ちなみにこの異世界、正確な時計なんて各家にないので、カウントダウンは番組のタイミングに合わせた。 日が落ちた頃から見始めたから、現実とは1時間くらいのタイムラグがあるかもしれない。
それはそうと、一応でも年が明けたのならばお姉ちゃんに言わなければいけない事がある。
丁度CMに移ったことだし……炬燵から出て向かいのお姉ちゃんに正座し、お辞儀した。
「お姉ちゃん、新年あけましておめでとうございます。 今年も宜しくお願いします」
「ぁっ……」
一拍おいて、お姉ちゃんも炬燵から抜け出し、私に正座する。
「あけましておめでとう。 今年も宜しくお願いします、ね♪」
(っお!?)
肩甲骨辺りまで伸びた滑らかな黒髪の頭には羊型の赤黒い角、背中には畳んだ蝙蝠型の翼、先端がトランプでいうスペード似の細長い尻尾。 それらの特徴が、同性でも見惚れる大人の美女に揃っている。
淫魔のイメージとは程遠い水色ベースな白の水玉柄パジャマなのに、軽くお辞儀しただけで胸元が少し開き、Dくらいの谷間が色気を生み出していた。
さすがサキュバス、何気ない所作1つでも魅了してくるとは。
年末年始ということで、私の要望により夢授業は一旦お休み、今夜はオススメのバラエティ番組を見ることとなった。 ……となるといつまでも二心同体と言う訳にはいかず、今まで感覚的に認識していたお姉ちゃんという存在が、ハッキリとした姿で目の前に現れてくれたのだ。
これが……元魔王軍幹部、アリアレス・ヘル・テオブロマ。
今の私のお姉ちゃん。
「ん? 何か間違ってたかな?」
「あぁいや、何て言うか。 凄く今更だけど、やっと会えたんだなぁ……って改めて思ったらつい」
長い間一緒だったのに、こうして向かい合うのはオフ会みたいで気恥ずかしかった。 オフ会行ったことないけど。
「あぁ~……」とお姉ちゃんも照れ笑いする。
「ごめんね。 サキュバスって容姿で偏見を持たれやすいから、本当の姿を見せるのに、少し勇気が足りなくて。 あくまでも頼れるお姉ちゃんでいたかったの」
でも私の性格を理解して、姿を現してくれたそうだ。
確かに下ネタは少な目だったもんね。 もっと元男ってのを利用していじくり回されるものかと思ってたもん。
この九ヶ月間、普通に頼れるお姉ちゃんだった。
「サキュバスってね、淫魔のイメージばかりが広まっているけれど、少なくともこっちの世界のサキュバスはそんなことないよ。 皆、心は人間と変わらない女の子だから」
「だろうね」
魂を通して伝わるお姉ちゃんは凄く真面目で、責任感もあって、家族や友達の為なら苦労を惜しまない努力家だ。
とても淫乱には見えない。 むしろ婚期遅れそうで心配されるタイプ。
若くして出世した上司みたいな。 あっ、実際に元魔王軍幹部(事務職)だっけ。
「じゃあ、いつかこっちのR18じゃないサキュバス事情も教えてね」
「あら、今じゃなくて良いの?」
「今はほら、CM明けたし」
「あっ、そうだそうだ。 忘れてた!」
丁度、軟禁されている逆バニーガール姿の藤藁を探しに校庭へ向かう道のりから再開する。
画面を見ながら炬燵に戻る私達。
バラエティー番組にハマるサキュバスって、平和だなぁ~(笑)
笑ってもいけないホスト25時が終わり、おもしろ宿が始まる前CM。
「そう言えば、年越し蕎麦はどうする?」
笑ってもいけないが面白すぎて後回しになっていた蕎麦。 折角なのでお姉ちゃんにも味合わってほしい。
「日本じゃないんだから気にする必要も無いし、折角だから食べちゃおうか」
「だねぇ。 エビ天も乗せちゃおう!」
お姉ちゃんが両手をパンッと叩き、炬燵に2人前の天ぷら蕎麦が出現する。
便利過ぎる…………。
2人していただきますして食べてみると、懐かしい鰹出汁に平たいタイプの蕎麦が口内を埋め尽くす。 鼻に抜ける香りも良い。
中央に盛られているネギを少し取り、次の蕎麦に巻き込んで食べる。 ネギはあまり好きじゃなかったけれど、この味の変化が今は嬉しい。
前方ではサクッと衣を噛み切るお姉ちゃんが、蕎麦との相性に感動していた。
「にしても、日本って面白い国ねぇ。 一年を通して色んな他国と自国の文化で賑わってて。 こっちじゃ自国の文化を大切にする人はいても、他国や異教の文化をこんなに楽しめる国なんてまず無いわよ」
「言われてみれば」
バレンタイン、ハロウィン、クリスマス。 違和感なく普通と思っていたけど、これって意外と凄い? 異世界に来て、イベントが少ないと感じたのもそのせいだろうか。
とはいえ、日本は他国の文化を尊重していると言えるのかな? 最近のハロウィンはコスプレイベント化してきたばかりか、騒音や迷惑行為が多いイメージの方が強いんだけど。 てかあいつら子供にお菓子あげる側だろ。
「カレーやあんパンみたいに、世間に馴染みやすく変化させた、と見る事も出来るんじゃない? あっ! だからエメルナちゃんは、サキュバスの私をすんなり受け入れてくれたのかしら」
「多分それは……創作物の影響が強いと思う。 馴染みやすくってより、ネタを工夫しただけじゃない?」
日本のアニメ・漫画・ゲームは宗教以上にカオスだと思っている。 今じゃメイドするドラゴンやら社畜魔王やら邪神ち○んなんかもいる始末。 同人誌界隈まで掘り起こせばどんなアイデアが発掘されるか恐ろしいくらいだ。
サキュバスだからって人間の敵とは限らない。
結局は個人差。 大切なのはレッテルを剥がしたうえで、その相手が自分と合うかどうかでしょう?
「そう考えられる環境が、私を魅了しているのかもね」
結局、満腹になった私達はおもしろ宿を途中で終わらせ、炬燵の中で寝落ちした。
*
新年明けてから一ヶ月と少し。
生後十一ヶ月目。
新たな歯が上下から2本ずつ生え、離乳食が完了期(幼児食)に進んだ頃。
「ママッ!」
喃語を始めて数週間、ついにお母さんを見上げてママと呼ぶまでに成長した。
お母さんが固まる中、一緒にぬいぐるみ遊びしていたお父さんが興奮しだし、ゆっくりお母さんが動きだす。
「今、ママって言ったの……?」
「? ………まぁマ」
ちょっとわざと首をかしげ、イントネーションをずらしてもう一度。
すると、みるみる瞳が潤み、涙が零れる寸前に抱き付かれた。
視界がお母さんの白銀髪でいっぱいになる。
ちょっと締め付けが苦しいけど、暖かい。
耳元で嬉し泣きする母の息遣いを全身で感じながら、私はお姉ちゃんと親指をグッ! と立てた。
((サプライズ大成功だね♪))
本当はフローラちゃんより一歩早く言ってあげたかったんだけどね。
結局タイミングがなかなか来ず、4日遅れの夜になってしまった。 お父さんとぬいぐるみ遊びしてる時に横を通りすぎるお母さんを呼び止める……って意外と難しい。
ぬいぐるみ遊びの内容によるからなぁ。 あれから青・赤・黄色の妖精人形も買ってもらい、おままごと紛いの遊びをする事が増えていった。
飛行機のおもちゃで「ブ~ン」ってやる感じ。
フローラちゃんも買ってもらっていたから、赤ちゃん用玩具の定番なのかも。
何故イベントも無いこの時期にしたのかは、特に意味は無い。
「エメルナ~、パパは~?」
あっ。
忘れていた訳じゃないよ、お母さんに抱き付かれたままだったから。
お父さんの目をじっっくり見て……
「ババァ!」
ガクッと項垂れた。
ごめんね、お父さんにはワンコでサービスしたから、これでフェアでしょ?
幼児食。 一日3食+おやつで充分な栄養を取れるようになり、栄養補給の意味での授乳は必要なくなる。
でも授乳は続けさせてもらっている。 終わると思うと、名残惜しくて……。
大人よりは薄味だが、殆ど同じメニューも食べられるようになった。
私だけ少し高めの椅子に座り、スプーンを握って両親と似た食事をとる。 たまに零すのはご愛敬。 多少の演技もあるけど、体がバランスを取りづらいせいだ。
今まで別メニューだったので、タイミングをずらして食べていたから、この家族団欒な食卓が懐かしい。
こうなって初めて知ったこともある。 両親が箸を使っているのだ。
考えてもみれば、戦争や魔獣対策で金属が高価な時代は手掴みか木を加工した物しか無かっただろうから、その文化が根付いていても不思議じゃない。 木製のフォークなんてそれこそ作りづらそうだし、木のナイフって焼いた肉も切れるのかな?
((ん~、食器なんて偶然誰かが広めたんだと思うけど? 私の故郷じゃ木製のスプーンやヘラみたいなのが普通だったし。 国によっては、手掴みしやすい料理や包み紙が発展したんだって))
ほぅ、それは楽しみだなぁ。 ライスペーパーやケバブみたいなのがあるかも。
二足歩行はまだ出来ない。 でも私もフローラちゃんも、立ち上がるまでは成功している。 すぐ座るけど。
歩くにはバランスを取るための筋肉が必要なのだ。 最近ではフローラちゃんとぬいぐるみ遊びしながら、壁で伝い歩く練習もしている。
((エメルナちゃんを真似してくるのかわいいよねぇ~♪))
(分かる、萌え死にしそうになるもん)
最近では私を「ねね」と呼び、会う度に良い笑顔を魅せてくれる。 エレオノールさんが「エメルナお姉ちゃん」と呼んでいるのを真似たらしい。
にくい事をしてくれる。 いつかお礼しないといけないな。
そんな私は妹をどう略せば良いか以前に、『妹』という言葉をまだ教わっていないので「フー」と呼んでいる。
いつか『エメルナ』を略して……なんて略そう。
夏もそうだったが、冬も室温は過ごしやすく調整されている。
と言ってもクーラーがあるわけではなく、夏は窓を開けて風を取り入れ、冬は暖炉で暖まっている。
憧れの暖炉に出会えるとは。 庶民なのに随分快適で助かった。
ファンタジー世界で0歳児とか危険過ぎるもんね。
「ねぇねっ!」
羊がワンコに頭突きする。
ヤバッ! 暖炉に見とれてた。
村長さん宅の暖炉、私好みのレトロ風味があってずっと眺めていられるのだ。
負けじとワンコも応戦するが、軽く立ち上がって宙に逃げられた。
飛んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?
妖精の動きで8の字に飛翔するモコモコ。 バトルしてたのかなぁ……? ほのぼの戯れてたつもりなのに。
(合わせないと!)
同じく立ち上がり飛翔するワンコ。 すると羊はワンコに向かって「めー!」と鳴き、地に降りるとお腹を見せて引っくり返った。
……えっと?
服従ですか?
そんなクリッとした眼差しで見つめられましても……。
もしかして、私の番?
「わん!」と一吠え、地に降りて引っくり返る。
「ねぇね、めーぇ!」
何か違ったらしい。
えっと……。 再び立ち上がり、めーと鳴いて地に寝転ぶ。
「キャウワァ!♪」
満足したようだ。
笑顔が眩しい!
遠くからママ友の会話が聞こえる。
「あれ何やってるの?」
「あぁ、パパが教えた遊びなんです。 いろんな動きを真似させて、歩いたり言葉を覚えられればって、思い付いたそうですよ」
あっ、そういうことね。
だとしたらフローラちゃん、ワンコはワンッで合ってるんだよ!
だけどそれを伝えられないもどかしさ!! 確かに犬に見えないワンコだけど!
お母さんヘルプ!
私のワンコがハゲ羊にされちゃった!
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トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
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