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 5日後。

「おはよう、エメルナ」

 朝一番、あわいベージュのワンピースで迎えに来た白銀髪美女(母)に抱えられ、私はこの日、8日間の経過観察を終了し無事退院した。
 お姉ちゃんの通訳によると、今日からは我が家で暮らせるらしい。
 お世話になった助産婦さんと病院の関係者達に挨拶し(覗きこむ皆に母が代弁してくれた)、そのまま長引きそうになってきたタイミングで、青みがかった翡翠ひすい髪の青年がにこやかに現れる。
 白い上着に、ジーパンに似たズボンというラフな格好で。 
 彼が今世の父だ。 爽やかそうで好印象。
 うんパパさんごめん、長文はまだ何言ってるか分かんないから愛想笑いで許してね。


 外は快晴だった。
 産まれてこの方、窓枠の付いた青空しか見てこなかったため、直接浴びる日差しが眩しい。
 同時に、得も言われぬ感動で胸が一杯になる。
 これが、異世界か。
 なんかこう……空気からミントみたいな匂いがする。 高校の修学旅行で北海道へ降り立った初日、空港を出た瞬間ミルクの飴みたいな匂いがしたのと同じ衝撃だ。 感動した。
 もしかすると、薬草ってミントっぽいのか?
 かもしれないな、なんせ異世界だから!
 ワクワクしてきた!!
 夢にまで……は見たこともないが、ゲームやアニメ・漫画で何度もお世話になり、楽しませてもらったあの異世界が今、目の前に広がっているのだと思うと!
 あぁぁ~。 やっと実感湧いてきた! お姉ちゃんとの日々(5日間)は初日数時間はまだしも、以降ずっと授業だったもんなぁ。
 寝たら夢の中でまで授業再開したし……お姉ちゃんがチートなのか、サキュバスがチート種族なのか?
 そりゃぁ教科で言うならば【異世界】な授業だったけれど、なんか現実味が無さすぎたと言うか……やっぱり環境の変化ってのは肌で触れないと実感できないのかも。


 ぅっぐぅ……。
 ……そろそろ酔いそうだ。
 これが即オチ2コマってやつ……?
 上向きの状態で母の顔を下から見上げ、一定のリズムの上下運動と横移動が繰り返される。 喧騒飛び交う中、たまに止まって誰かと話しているが、すぐまた同じ動きに戻ってしまう。
 お母様、お父様、お家はまだですか。 この年で両親を気遣って作り笑いするとは思わなかったよ。
 吐けば幾分か楽にはなるが、そもそも吐ける固形物をまだ与えられていない。
 これくらい、本来の生後8日なら気にも留めないのだろうが、十数年間自分で歩いてきた旧18歳には込み上げてくる物がある。
 吐き気として。
 うっくぅっ……前世のバスや船は平気だったのに。 顔の側面が母の大きな膨らみに沈んでいても何ら嬉しくない。

・ ・

 やっと家に着いたらしい。
 両親が、灰色の髭が印象的な姿勢の良いじいさんに挨拶している。
 てか、ん? 屋根、かわらじゃね? いや海外でも瓦はある筈だが、どことなく覚えがあるのは見間違いだろうか?
 しかもそれだけではなく、壁には異世界にはまだ無さそうな綺麗な窓ガラスが嵌めこまれているんですがそれは?
 いや、病室のは木製の両開きだったじゃん。

((あぁ、ここ村長さんのお宅だって。 本来なら生後2日くらいで村長さんがお祝いに来てくれる予定だったんだけど、トラブルがあったっぽいよ?))

 へぇ。 小さい村なのだろうか、わざわざ村長さんがお祝いに来るとか。
 両親とも貴族には見えないし。
 でも皆、意外と質の良い身なりしてるんだよなぁ。 異世界の庶民と言えば無地で粗悪な作りのばかりとイメージしていたけれど、あまり前世と遜色ない。
 姉いわく現魔王が人魔融和を望んでいることから、時代が大きく進歩しているのかも。
 さすがに文字や顔プリント、化学繊維は見かけなかったけど、村長さんは千鳥柄っぽい深緑と焦げ茶色いちゃんちゃんこを羽織っている。
 いや日本人かと。
 孫へ向けるように微笑まれ、ほっぺを人差し指の背で撫でられる。 苦労してきたと分かるシワのザラ付き。

 あっ、村長宅に入るらしい。
 早く我が家で落ち着きたいのに、初民家が他人宅とか、不服だ。
 私は初めてを大事にしたい派である。 基準が村長宅になると自宅を残念に思うかも知れないじゃないか! そんな第一印象は嫌だ。
 玄関で靴を脱ぎ、居間に通され、座布団を渡される両親。
 あるのかよ座布団……戸もテーブルも木製だし、天井もフローリング(と呼んでいいのかな?)。
 明かりは……紐を引っ張ってカチカチ切り替えるタイプのだ。

(電気通ってるの?)
((魔石だよ。 診療所に無かったのは、爆発する可能性を危惧したんじゃないかな?))
(爆発すんの!? なにそれ怖い!)

 そりゃぁ赤ちゃんの部屋で使えんわな。

 壁は……漆喰しっくい? 紙やすりのようなザラザラ感。
 足元が視界に入らないので畳かは分からないが、生活様式がほぼ日本と代わりない。 すみには趣味らしき翼を広げたたか(?)の木像、と本も何冊か。

(本!? 紙が貴重な時代はもう終わっていると!?)

 危ない、驚いて声を上げるところだった。 突然奇声を発するとか心配されてしまう。
 世界観にもよるが、植物紙の本が一般化するには相当な技術力が要る。 例えば製紙・印刷・製本・装丁・需要のどれもで高額になる要素しかなく、どうしても贅沢品扱いとなってしまうため、ファンタジー世界での本とは王侯貴族か大商会にしか手が出せない設定が多い。
 見た感じからも職人さんが作った背表紙なので、台帳でもなさそう。 まっさらな紙の束ならばともかく、伝記や辞典ならば手写しゅしゃするしかなく、村長とはいえ一般家庭にまで進出するとなると相当な印刷技術が必須となる。
 使い捨て紙オムツとどっちが文化レベル要るかと問われたら、知らんけど……。

 これは、なかなか暮らしやすい気がしてきたぞ。
 考えてもみれば、魔法で代用できる技術や燃料も多い筈だ。 前世より遅れた世界だとしても、全てがそうだとは限らない。 チート持ちで転生するより、これは地味にありがたい。 庶民にも広まってるファッションやアクセサリー、化粧水なんかにも期待が高まる。

((おっ、良いところに目をつけたね。 人族の庶民に買えるかは知らないけど、お母さんは美肌よね。 ちなみに私もよく使ってたよ、乳液とか保湿クリームなんかも♪))
(あるんだ。 植物性?)
((植物性よ。 ヘチマやアロエ似の、適したのが栽培されてるわ))
(よっしゃぁ~!)

 体を鍛えつつシミ対策も可能とか、ありがたい! 小さいうちから体力つけないと……関節が痛くなってからのダイエットは諦めたからね。


 帰ってきた村長さんに続き、白い布の塊を抱いた桃色ロングヘアー美人が居間に入ってくる。
 両親と……特に母さんと親しげだ。

((二人の関係までは分からないけれど、エメルナちゃんが産まれた翌日に隣室で騒いでいたから、その子でしょうね))

 そうだったのか。 日がな寝てる(夢の内で授業中)か授乳・トイレで起きてるかくらいだったからな。
 桃ロングさんが母さんの前に座り、私を見せるように腕の中の子を少し傾ける。
 母さんも私が見やすいよう傾けてくれると、白い布にくるまれた小豆髪の可愛らしい赤ちゃんと目が会った。
 わっ! なにこの可愛い生物!

「あっ……あぅっ…」

 私を触りたいのか両手を伸ばすも届かない仕草が萌える!!
 赤ちゃんなのに羨ましいほど顔のパーツが整ってて……将来絶対に美人かイケメンになるね! これは!
 あぁ~ぁもうそんなに手を伸ばして、仕方ないなぁ♪
 私も真似してその手を掴み、掴まれた。 恋人繋ぎみたいになる。

(ぷにぷにぃぃ~~~!!!!)

 握力無いから全然痛くない、でも向こうにも何かが伝わったらしく握り締めて放してくれない。
 ああぁ~~~♪
 暖かい、柔らかい、癒される~♪

「あぅ……んきゃぁ♪」

 向こうも似たリアクションをとっていることから、モミモミを嫌がられてはいないようで安心した。

 机に並べられ、私はその子と右手で繋がったまま、父に頬をつつかれている。
 今まであまり父とは接してこなかったので、気分も良い今くらいはサービスしてあげよう。
 思春期になったら触らせてやらねぇからな?
 …………たまにならサービスしても良いけど。

(にしても、この子はどっちなんだろう。)
((女の子だって。 ……フローラちゃんだってぇ))
(フローラ、か)

 うん覚えやすい。
 確か花と春と豊穣の女神だっけ?
 こっちでどうかは知らないけど。
 芳香剤の商品名とかはやめたげてね。

((こっちは一神教が主流だね。 ただ地方や遠い島国だと、地元で祀ってる神的な存在もあるから、探せばフローラって神がこっちの世界にもいるかもね))
(ほほう)

 これは本格的に和風な国があっても夢じゃないな。
 今の所この村がリーチきてるけど。

「あっ……うぅ~あっ」

 お互いに握られながらモミモミしていると、大人達の話しが終わったらしく、桃ロングさんがフローラちゃんの脇をわちゃわちゃとくすぐった。
 不意打ちで手を放したのを見計らい、母さんが私を持ち上げる。
 息ピッタリ!

 村長さんに別れを告げ、……次に向かう気がするなぁ。


 しばらく平衡感覚の乱れに耐え、今度は村の出入り口に立っていた衛兵さんへと挨拶を交わした。

(うわっ!)

 下から持ち上げられ母から離された。
 しぶハンサムな、ちょいひげ赤髪のおっさんと目が合う。
 ここに来るまでも数人と挨拶したが、会ってすぐ取り上げられたのはここが初めてだよ。
 持たれ具合からして、経験者だろう。 安定感は母に劣るが。
 ただなんとなく、知らないおじさんに持たれると落とされそうで怖い。 これは、前世が高所恐怖症気味だったことにも起因してるのか?
 それともおじさんだからか。
 思考に心が付いて行けず、体が勝手に泣き出してしまった。

「ぃんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 焦るおっさん。
 それがまた揺れを生み出し、恐怖が増す。 つられて泣きの勢いも増した。

(笑ってないで助けてお母様?!)

 前世で見た号泣する赤ちゃんもこんな感じだったのだろうか。
 もういいや、ついでにここまでの酔いのストレスも全て晴らさせてもらおう。 ごめんおっさん。 数年後にでも差し入れ持ってくから。

 母さんの腕の中に戻り、しばらく会話を楽しんだ両親は、私が泣き疲れた頃を見計らっておっさんと別れた。
 あぁ~目が熱い。 でもスッキリしたわ。
 で、あのおっさんは何だったの?
 衛兵だから、顔を知っておいてもらおうって話しかな。
 もしくは単に友人とか?
 ……まっ、良いっか。 会話できるようになってから聞くとしよう。


 現在、比較的静かな場所を歩いている。
 さっきの喧騒は商店街だったのかも。 てことはここは住宅街? 
 今さらだけどモルタル外壁の家多いな。 さっきは酔っててスルーしてたけど……商店とか宿屋みたいな所だけで、庶民は木材か、良くて煉瓦レンガかと思ってたよ。
 むしろそれいつの時代だよって話しなんだけどさ。 だって診療所が……。
 村長宅も出るとき外観ちらっと再確認したらモルタルっぽかったし。
 建物だけ見てると日本なんだわ。 田舎側の。
 でも人通りは少ないんだよなぁ……。 全体を知らないから、これでどの程度発展した村なのか分かりにくい。 ガラス窓も全てにある訳じゃなさそうだし。
 にしても、やっと我が家に辿りつけそうだね。 

 ……まだつづくの?
 次におとずれたのは、これまたモルタル壁の、真新しい民家(?)だった。
 他に比べてちょっと大きめかな。
 ノックもなく扉を開き、玄関口から声をかける。 と、一つの部屋から女性の応答が返ってくる。 声の主を待つことなく廊下を進み、私達は客間らしき一室に入った。

(っておいまて、なんだその壁紙は)

 無地だが純白の壁紙が部屋全体に使われている。
 こっちの方が金かかってない? 村長宅紙やすりだぞ。
 照明も標準装備かい。
 一戸建ての貴族家とかじゃないだろうな。 別荘的な。

 女性の声が……二つ。
 大人の声と、少し遅れて子供の声。
 言葉は分からずとも、丁寧で礼儀正しいのがわかる。
 母さんが身を屈めると、二人が私を覗き込んだ。
 ん? 修道服?
 金糸で装飾された白のウィンプルにベール、これまた白のワンピース……だったっけな?
 とにかく、全身真っ白なシスターさんと、白ワンピだけの紫髪の少女が私に微笑んでいる。
 ここは……教会か?

((ぁ……))

 お姉ちゃんが何かに気が付いたらしい。

(どしたの?)
((いやぁ、エメルナちゃんがまだ起きてなかった二日目にね、「産まれたての赤ちゃんには、教会の人に悪魔祓いをしてもらわないといけないから」って日にち調整してるの聞いたんだぁ……))
(………あぁ)

 うん、完全に理解したぁ。

(どうすんの!?!)

 がっつり悪魔じゃん! 早くも最大のピンチだよね!?
 嫌だよお姉ちゃんと別れるとか! これから一緒に第二の人生を謳歌おうかするんだから!!
 て言ってる間になんか額に十字架当てられてるし!?
 さっそくかよ! もうちょっと見惚れてても良いんだぞ!!
 あぁ~詠唱してる!! 抵抗したら不審がられる!

(お姉ちゃん出来るだけ奥に引っ込んでてぇ!)
((どうやって!?))
(知らないよ! なんとなくだよぉ!)

 ってあぁ~次は胸に当てられてるぅ!? 早いなおい!?
 そんなんで良いのか悪魔祓い、一言二言唱えて終わったぞ注射か!
 なんてツッコんでる間に胸も終わった。

(お姉ちゃん大丈夫!?)
((えと…………うん、大丈夫そう))

 呆気なさ過ぎて拍子抜けしてる。
 そ……そうなんだ。 私達としては助かったけど、それでいいのかエクソシスト。
 予防注射みたいな悪魔祓いを終えた私達だが、あれからシスターさんと談笑中で……両親に帰る気配が無い。
 こんな居心地の悪い所に居たくないのに。
 あやしてくる二人に愛想振りまきながらリアクション続けるのも疲れたし、もう寝てても良いよね?
 と、シスター達が立ち上がり、私たちも玄関へ向かう。
 やっと帰れる!

((「それでは、失礼しました」だって♪))

 うん、通訳ありがとう。
 こうして、シスター達は帰って行った。

(ここ私んかい!!!!)
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