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第5話 これはデートですか? いいえ、ちがいます。
しおりを挟む――私が今半の焼き肉弁当で、横田さんが私のお弁当を食べる?
ありえない。おかしいでしょ、それ!
「俺、ひとり暮らしで手作り弁当が憧れなの。江田島さんにとっては気持ち悪いオジサンのたわごとだと思うだろうけど、かなりマジ。本当に食べたくて必死。お願いします!」
横田さんが両手を合わせた。
横田さんは二十九歳、けっしてオジサンじゃないし、気持ち悪くもない、それどころか見ていて実に清涼感のある目に優しい姿形をしていらっしゃる!
ぎゅっと目を閉じて手を合わせる姿を見ると、なんでも言うことを聞きたくなってしまう。
この「拝み」が効果満点なことを、本人は知っててやっているのだろうか?
おかしい、おかしい、と思いつつもネゴシエイトの天才の弁に敵うはずもなく、吹き抜けのフードコートで、私の前には今半の高級すき焼き弁当が、そして横田さんの前には、昨日の残り物で作った、私の地味弁が広げられた。恥ずかしい、死ねる!
「うまい。このトンカツ自宅で揚げたの? すげぇ、うんうん、これが食べたかった」
せめて野菜巻きとか、色どりのいいお弁当の日だったらよかった。
「あ、卵焼き。塩味だ、これだよ、これ」
塩味の何が横田さんにヒットしたのか、理解不能で私はしょっぱい顔になる。
でも、すき焼き弁当美味しい。私のしょぼいお弁当が、この芳醇な出汁と震えがくる甘辛のタレで味付けた牛肉に変化するなんて、まさにエビ鯛。
神様は「うまい、元気が出る」と私の作ったお弁当を食べている。
口の中は天国の味、目には神々しい横田さんの姿。完璧な幸せ。もう、このまま一生このフードコートにいたい。
浮かれた私の心にそんな言葉が浮かんだときに、横田さんと目が合った。いかん、いかーん!
「私、早く戻りたいんですけど」
「ごめん、午後は裏山の写真が撮りたいんだ。終わったらパフェおごるから、付き合って」
……パフェ。パフェを横田さんと……。
ついフラフラとついて行った裏山でも、私にできることはなく、滝山和尚にいただいた山の地図と実際の地形とを見比べるのみ。これじゃまるでオリエンテーリングだ。撮影のポイントに到着するたび、私はただひたすら、横田さんが写真を撮る様子を見ていた。
***
横田さんが連れて行ってくれたのは、高級フルーツパーラーだった。
私も名前は知っているけれど、ランチセットよりも高いパフェなんて、とても手が出なくて初のご入店だ。
メニューを渡されて、値段に怖気づく私に「今日のお礼、パフェでも安い。気にしないで」と横田さんがにっこり笑う。
まぁ、確かに今日は振り回された。
憧れの横田さんとふたりで、ランチやら、オリエンテーリングやら、パフェやら、こんな機会は、今後一生ないだろう。
――ええい、ままよ。楽しんでしまえ!
和栗のパフェとシャインマスカットのパフェ、どっちにしようか迷っている私に「両方頼もうよ」と、横田さんが提案する。
「え、……えっと」
「上だけ食べたらいいよ。下の方は俺が担当するから」
そ、それは不平等条約では?
完全に彼のペースに乗せられたまま、冷たい発言もできずに、パフェ待ち時間に私たちは撮ってきた写真の確認をした。小さなデジカメの画面を見るためには自然と顔が近づく。
――ヒィッ! 畏れ多い!
覗き込んでは背筋を伸ばし、呼ばれてまた見る。これって、なんの修行?
「江田島さん、俺の犬の写真見る?」
横田さんが神妙な顔で訊いてきた。
普通、愛犬の写真を見せてくれる時ってもっと、キャッキャしていない?
不審に思いつつも、私は乗り出してスマホの写真を覗き込んだ。
「あ、マルチーズ」
それは、丸い顔に真っ黒い目がとっても可愛いマルチーズだった。
「ポロロンっていいます」
どうして敬語? ポロロンちゃんの顔を覗き込む私の表情を横田さんがじっと見ている。
「……可愛いですね」
心に浮かんだ言葉を言うと、横田さんは表情をやわらげた。
「だいぶ前に死んじゃったんだけど、本当にいいやつだったよ」
じゅわんと目の前に涙の膜が張った。
――もう亡くなった犬なんだ。
いいやつだったという横田さんの言葉に、どんなに仲良しだったかが伝わってくる。
「あの……ご愁傷様です」
鼻をすすってうつむく私に「ありがとう」と、横田さんが答えた、きっとにこにこしているのだろう。横田さんの暖かい心の温度が私の身体に伝わってくるような気がした。
パフェが来ると、横田さんはふたつとも私の前に並べて「映えるよ。写真撮る?」と勧めてくれる。私は今日の記念が欲しくて、輝くパフェの写真を撮った。インスタやってないけれど。
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