上 下
5 / 8

第5話 これはデートですか? いいえ、ちがいます。

しおりを挟む


 ――私が今半の焼き肉弁当で、横田さんが私のお弁当を食べる?

 ありえない。おかしいでしょ、それ!

「俺、ひとり暮らしで手作り弁当が憧れなの。江田島さんにとっては気持ち悪いオジサンのたわごとだと思うだろうけど、かなりマジ。本当に食べたくて必死。お願いします!」
 
 横田さんが両手を合わせた。
 横田さんは二十九歳、けっしてオジサンじゃないし、気持ち悪くもない、それどころか見ていて実に清涼感のある目に優しい姿形をしていらっしゃる!

 ぎゅっと目を閉じて手を合わせる姿を見ると、なんでも言うことを聞きたくなってしまう。
 この「拝み」が効果満点なことを、本人は知っててやっているのだろうか?
 おかしい、おかしい、と思いつつもネゴシエイトの天才の弁に敵うはずもなく、吹き抜けのフードコートで、私の前には今半の高級すき焼き弁当が、そして横田さんの前には、昨日の残り物で作った、私の地味弁が広げられた。恥ずかしい、死ねる!

「うまい。このトンカツ自宅で揚げたの? すげぇ、うんうん、これが食べたかった」

 せめて野菜巻きとか、色どりのいいお弁当の日だったらよかった。

「あ、卵焼き。塩味だ、これだよ、これ」

 塩味の何が横田さんにヒットしたのか、理解不能で私はしょっぱい顔になる。
でも、すき焼き弁当美味しい。私のしょぼいお弁当が、この芳醇な出汁と震えがくる甘辛のタレで味付けた牛肉に変化するなんて、まさにエビ鯛。

 神様は「うまい、元気が出る」と私の作ったお弁当を食べている。
 口の中は天国の味、目には神々しい横田さんの姿。完璧な幸せ。もう、このまま一生このフードコートにいたい。 
 浮かれた私の心にそんな言葉が浮かんだときに、横田さんと目が合った。いかん、いかーん!

「私、早く戻りたいんですけど」
「ごめん、午後は裏山の写真が撮りたいんだ。終わったらパフェおごるから、付き合って」

 ……パフェ。パフェを横田さんと……。

 ついフラフラとついて行った裏山でも、私にできることはなく、滝山和尚にいただいた山の地図と実際の地形とを見比べるのみ。これじゃまるでオリエンテーリングだ。撮影のポイントに到着するたび、私はただひたすら、横田さんが写真を撮る様子を見ていた。


  ***


 横田さんが連れて行ってくれたのは、高級フルーツパーラーだった。
 私も名前は知っているけれど、ランチセットよりも高いパフェなんて、とても手が出なくて初のご入店だ。
 メニューを渡されて、値段に怖気づく私に「今日のお礼、パフェでも安い。気にしないで」と横田さんがにっこり笑う。

 まぁ、確かに今日は振り回された。
 憧れの横田さんとふたりで、ランチやら、オリエンテーリングやら、パフェやら、こんな機会は、今後一生ないだろう。

 ――ええい、ままよ。楽しんでしまえ!

 和栗のパフェとシャインマスカットのパフェ、どっちにしようか迷っている私に「両方頼もうよ」と、横田さんが提案する。

「え、……えっと」
「上だけ食べたらいいよ。下の方は俺が担当するから」

 そ、それは不平等条約では?
 完全に彼のペースに乗せられたまま、冷たい発言もできずに、パフェ待ち時間に私たちは撮ってきた写真の確認をした。小さなデジカメの画面を見るためには自然と顔が近づく。

 ――ヒィッ! 畏れ多い!

 覗き込んでは背筋を伸ばし、呼ばれてまた見る。これって、なんの修行?

「江田島さん、俺の犬の写真見る?」

 横田さんが神妙な顔で訊いてきた。
 普通、愛犬の写真を見せてくれる時ってもっと、キャッキャしていない?
 不審に思いつつも、私は乗り出してスマホの写真を覗き込んだ。

「あ、マルチーズ」

 それは、丸い顔に真っ黒い目がとっても可愛いマルチーズだった。

「ポロロンっていいます」

 どうして敬語? ポロロンちゃんの顔を覗き込む私の表情を横田さんがじっと見ている。

「……可愛いですね」

 心に浮かんだ言葉を言うと、横田さんは表情をやわらげた。

「だいぶ前に死んじゃったんだけど、本当にいいやつだったよ」

 じゅわんと目の前に涙の膜が張った。

 ――もう亡くなった犬なんだ。

 いいやつだったという横田さんの言葉に、どんなに仲良しだったかが伝わってくる。

「あの……ご愁傷様です」

 鼻をすすってうつむく私に「ありがとう」と、横田さんが答えた、きっとにこにこしているのだろう。横田さんの暖かい心の温度が私の身体に伝わってくるような気がした。

 
 パフェが来ると、横田さんはふたつとも私の前に並べて「映えるよ。写真撮る?」と勧めてくれる。私は今日の記念が欲しくて、輝くパフェの写真を撮った。インスタやってないけれど。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

迷家で居候始めませんか?

だっ。
キャラ文芸
私、佐原蓬(さはらよもぎ)は、京都の不動産屋で働く22歳会社員!だったのに、会社が倒産して寮を追い出され、行くあてなくさまよっていた所、見つけた家はあやかしが住む迷家!?ドタバタハートフルコメディ。

茶トラ「サクラ」のひとり言

れいちん
キャラ文芸
サクラのご主人は、アラフォーの独女。 面倒くさいご主人だが、ほっとけないにゃあ。 そんなサクラの目線から見た人間を書いています。

つくもむすめは公務員-法律違反は見逃して-

halsan
キャラ文芸
超限界集落の村役場に一人務める木野虚(キノコ)玄墨(ゲンボク)は、ある夏の日に、宇宙から飛来した地球外生命体を股間に受けてしまった。 その結果、彼は地球外生命体が惑星を支配するための「胞子力エネルギー」を「三つ目のきんたま」として宿してしまう。 その能力は「無から有」。 最初に付喪としてゲンボクの前に現れたのは、彼愛用の大人のお人形さんから生まれた「アリス」 さあ、限界集落から発信だ!

神様の喫茶店 ~こだわりの珈琲とともに~

早見崎 瑠樹
キャラ文芸
 妖怪の類いを見ることができる。青年にとってそれは、普通のことだった。  ある日、青年はとある町の古い喫茶店に入った。そこで働いていたのは神様だった。  妖怪と人と神とそれぞれ違った価値観を持っている。青年にとってそれは新鮮なことで悩まされることになるのだが…… 少しの恋と謎、それらが織り成すのは神と人の物語

午後のはなし

てふ102
キャラ文芸
夜は様々な考えを思い起こさせる。 良くも悪くも考えを煽る。

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

薬膳茶寮・花橘のあやかし

秋澤えで
キャラ文芸
 「……ようこそ、薬膳茶寮・花橘へ。一時の休息と療養を提供しよう」  記憶を失い、夜の街を彷徨っていた女子高生咲良紅於。そんな彼女が黒いバイクの女性に拾われ連れてこられたのは、人や妖、果ては神がやってくる不思議な茶店だった。  薬膳茶寮花橘の世捨て人風の店主、送り狼の元OL、何百年と家を渡り歩く座敷童子。神に狸に怪物に次々と訪れる人外の客たち。  記憶喪失になった高校生、紅於が、薬膳茶寮で住み込みで働きながら、人や妖たちと交わり記憶を取り戻すまでの物語。 ************************* 既に完結しているため順次投稿していきます。

ぐだぐだ高天ヶ原学園

キウサギ
キャラ文芸
初めての作品。ぐだっと注意。ここは、高天ヶ原学園。世の中には、特殊な力を持つものが出現し、悪さをするものもいる。そんな悪者を退治するため組織されたのが、高天ヶ原学園の伍クラス。優秀な力を発現した中学生以上の人材を集めて悪者に対抗する班を構成する。その他の設定は解説かキャラ紹介に追加予定です。神様視点でいきたいです。主人公たちが、特別な力を使ってとりあえず頑張ります(°▽°)一応の、R15です

処理中です...