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第3話 内緒ですけど、ゆう子、横田神から犬と猫のクッキーをいただきました。

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 我が社には、かなり古くさい習慣が残っている。
 私が今朝やっていたお茶出しのほかに、休日出勤する社員のために、お茶菓子を差し入れをするのだ。

 さすがにお菓子代は各部署で払ってくれるけれど、休日出勤が発生することがわかったら、部署から一名、代表でお菓子の調達に行く。お休みの日も出勤するなんてお気の毒だから、という慰労なのだが変わっていると思う。
 だいたい休日出勤をするのは、横田さんを始めとするディベロッパーグループの皆さんと部長に決まっている。
 私にはまったく無縁の仕事だから、喜ばれているのかウザがられているのかは定かではない。

 金曜日のお昼休みに、お茶菓子を買ってくる役目は、いつの間にか私一択になっていた。
 もとより内勤者の少ない部署だし、ベテランの皆さんは、常に忙しそうだ。お昼休みをオーバーして帰ってきても、誰も気にしないお買い物を私は楽しむことにした。

 スマホやタウン誌を駆使して、歩いていける範囲の菓子店を調べまくった。
 いまや、オフィスの周辺にある茶菓子屋は、ほとんど制覇しつつある。

 先週は、常に売り切れの子猫庵の最中を買うことに成功した。そのお菓子がもとで、こうして横田さんの運転する車に乗っているのだから、人生、なにがどうなるのかわからない。

 私の案内で子猫庵に到着すると、横田さんはラスト1台の時間貸しパーキングに社用車を停めた。
 さすが神様と同行していると、運がいい。売り切れ前に最中も買えた。

 贈答用に包装してもらっている間、横田さんはしゃがんでショーケースを眺め、犬と猫の両方の絵柄がプリントされたクッキーのミニセットを指さした。
 猫デザイン専門の和菓子屋さんだけど、一定数いるであろう犬好きに忖度してのラインナップだ。

「すみません。このきな粉と黒蜜のクッキーを自宅用にふたつください」

 横田さんは自分の財布から会計し、お店の人が袋に入れて渡してくれる。

「こっちは、江田島さんに。はい、いつもお使いありがとう」
「わっ、私にっ?」

 ふたつ買ったクッキーの袋のうちのひとつが、私の目の前に差し出される。
 声が裏返り、背中を向けて包装していたパートのおばちゃんが「ぷっ」と笑った。

「いっ、いただけません。お使いだって仕事ですから!」

 あぁ、私ったら可愛くない。
 子猫庵のクッキーはいつも食べてみたいと思っていたし、横田さんからのプレゼントならどんなご利益が込められているか計り知れない。でも、緊張しちゃうし、とにかく畏れ多い。逃げ出したい。

「俺ね、実はがちがちの犬派なんだ」

 お店の人に聞かれないように、横田さんが耳元にささやいた。

「ひっ」

 耳に横田さんの息がかかる。もう、全身鳥肌。てか、横田さん、すっかり忖度されてる。

「この絵、マルチーズだよね。可愛いよなぁ。買わずにはいられない。お使いのお礼じゃなかったら、えーっと、そうだ、おすそ分け」

 なるほど、横田神ともなると、猫専門店までお好みに合わせてくるんですね。犬好きとか、いかにも慈愛、博愛、情愛に満ちたチョイス。イメージ通りです、横田さん。
 あとずさる私の手を取った横田さんが、猫模様の紙袋を持たせてくれる。
 もうダメ、あらがえない。

「おすそわけ……ありがとうございます」

 ぺこんとお辞儀をして、私は通勤バッグを開くと可愛い袋を慎重に押し込んで隠した。
 神様から私にだけプレゼントだなんて、誰かに知られたら天罰がくだる。
 道中だけで、かなりのHPが削られたが、鈴鳴寺に到着すると、どこからかいい匂いがする。私は鼻をうごめかせた。

「なにかいる?」

 横田さんが真剣な声で私に聞いた。なにか? なにかってなに?

「いえ、沈丁花のいい匂いがするだけです」
「ああ、沈丁花か」

 いつになく横田さんがそわそわしている。わかった。猫が怖いんだ。鈴鳴寺にはこんもりとした生垣が続いていて、いかにも猫が潜んでいそうだ。
 私はぐるりと周辺を見回した。

「大丈夫です。猫の子一匹いません」

 神が猫を怖がっているとは、痺れるギャップ萌えだ。
 私がお守りいたしましょう、腰を落としながら、周囲に注意を払って横田さんを玄関まで護衛する。横田さんはよっぽど猫が怖いのか、ぴったりと私について寺の門をくぐった。

「綺麗なお寺ですねぇ」

 手入れの行き届いた低木と、背の高い銀杏の木もあって、寺全体が金色の紅葉に輝いている。お寺の裏手には小山があって、東京のど真ん中にいるとは思えない、ゆったりとした土地の使い方をした典雅なお寺だ。

「江田島さん。中に入ったら、すぐに根付けを返還したいんだけど、頼んでいいかな?」

 猫のクッキーはいそいそと買っていたのに、横田さんはどうしても根付けを手に持てないらしい。

「わかりました。私が根付け、横田さんが手土産係、でいいですか?」

 役割配分を確認すると、横田さんが崇高な笑顔で、ありがとうと言ってくれた。
 あぁ、もうっ。胸が苦しいです、お顔、美しすぎます。

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