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第2章・大宰府を討つ
第42話 夜襲
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廃村から大宰府までは南東に七里あまり。
だが、博多や唐津からの道筋には見張りの目が光っていると考えるべきだろう。
八郎はまず隊を真っ直ぐに南下させ、そのうえで大きく迂回して北上した。
時間はかかるが急ぐ必要はない。時がたてばたつほど敵の油断は増し、警戒は緩むだろう。
戦いの前に人や馬を疲れさせない程度の速度で進軍し、今夜中に奇襲をかければ良いのである。
林を隔てて大宰府を臨む小高い丘に達したのは、そろそろ寅の刻にもかかろうかという頃であった。
八郎は夜目にその全貌を見て嘆息した。
政庁から真っ直ぐ南に伸びる朱雀大路には、嘗ては異国からの使節や賓客をもてなす客館、京から派遣されてきた高官の住む館が立ち並んでいたという。また、そこを中心に東西南北に整然と路が走る、まさに西の都というべき繁栄を誇る街並みであったはず。
だが、貿易の中心が博多の商人たちに移るにつれて衰退し、いま残るのは半里四方に渡って寂れるに任せた条坊の跡。
あちこちに庁舎や官舎とおぼしき建物、蔵は残っているものの、民家や商家の数は少なく、廃屋や朽ち果てたものが目立つばかり。
昔日の繁栄を偲ぶよすがもない。
(この有様ゆえ、博多の繁栄を羨み、商いの利権を奪回しようと図ったか)
しかし、それでもなお、大宰府は鎮西九か国を束ねる政治と軍事の中心である。
ここから発せられる命によって無数の役人が動き、雲霞のごとき軍勢が集まるのだ。
その権威と権力は腐敗の臭いを放ちながらも、まだしぶとく生きている。
侮る訳にはいかない。
(だが、討てる。その最初の一矢を放つのだ)
八郎はここまでの途上、部隊を五十騎ずつ六の中隊に分け、それらをまた五騎ずつ十の小隊に分けておいた。そしてまた、適任と思われる者をそれぞれの隊長に任じておいたのである。
彼らを呼んで目的を周知させ、命令の徹底を図る。
「良いか。今日は全ての始まりであり、この一戦にて雌雄を決しようというのではない。奴らを挑発し、かつ、その目を我らに向けさせればよいのだ」
微かな月明かりの下、王昇屋敷にて託された絵図面を広げる。
「最も北に位置する築地を巡らした一際大きな館が政庁。左の区画にある、やはり大きな建物が蔵司。政庁を挟んで反対側、右の区画に立つのが税司」
主だった建物を指し示し、攻めの手順を決める。
「我らはまず朱雀大路を北上し、途中にある官舎に火を放ちながらこれらに迫る。その途上、特にここ、政所と兵馬所、そして警固所は徹底的に叩く。基肄城に逃げ込む隙など与えぬ。一気の攻略じゃ」
基肄城とはこの丘から見て東南、大宰府の南正面にあたる基山に築かれた山城であり、有事の際の避難場所、平時は稲穀などの集積地となっていた。
「敵兵はどのくらい残っておるので?」
問いを発したのは紀八である。
生粋の松浦党の者であり、八郎に次ぐこの騎馬隊の指揮官と言える。
同じく後の世の言葉で言えば、重季は参謀、弁慶は親衛隊長といったところか。
「昨夜は多数の兵があちこちで祝宴を張っていただろうがな。一夜明け、しかも諜者からの報告で我らが唐津に帰ったと思い込めば、あまり残ってはおるまい。近隣の者は今頃は在所に帰り、ぐっすり眠りこけておろう。遠方から来た兵が居残っているとしても、その数は博多を襲った総数の半分以下。多く見積もっても二百」
八郎の返答に紀八は頷き、更に訊く。
「挑発と仰ったが、そ奴らは斬ってよかですか?」
「ああ、遠慮は無用。兵舎に火を放たれ、慌てふためき飛び出して来たところを全て斬れ。博多にてあれだけの暴虐を働いた者共ぞ。当然の報いじゃ。公家も同様。そもそも略奪を命じたのは彼奴らだからな。ただし、女子供には決して手を出すな」
「心得ました」
「婦女子や童を手にかけた者は厳罰に処す。この旨、他の皆々にも徹底させよ」
八郎の断固とした命に、隊長たちは黙って首を縦に振る。
「また、民家や商家とおぼしき建物には火矢を放たぬように。幸い今日は風も殆どなく、立ち並ぶ家もまばらだ。燃え移ることはあるまい。だが」
再び絵図面を見やり、抜き払った太刀の先で指し示しながら続ける。
「これら官衙、匠司や細工所、薬司などの工房は全て焼く。その上で」
太刀先がつつと大路を上に辿り、朱雀門を抜けた。
「最後が政庁と税司、そして蔵司じゃ」
「奪われた財物を取り戻すとですな」
「いや、そうではない。財物はそのままにしておく」
「は? なんでそぎゃんこつ」
「考えてもみよ。略奪された財物を奪回し博多の衆に返してやれば、大宰府の兵は再び博多を襲うであろう」
「ううむ……」
「それゆえ暫くは奴らに預けておくのだ」
「なら、この夜襲は何のために」
「奴らの権威を侵し、その目を我らに引き付ける。さすれば怒り狂って大軍を催し、我らが本拠地・唐津に向けるだろう。これを討って一気に大宰府の勢を壊滅させる。財物を取り戻すのはそれからでも遅くはない」
「頭領はそれを御存知なので?」
「もちろんだ。祖父・義親と俺の一致した策である」
「ならば異存はなか」
「政庁、税司、蔵司へ放つ火矢は脅しにとどめ、炎焼に至らぬようにせよ。財産を焼き尽くしてしまったら、博多の衆に顔向けできぬからな」
「承知」
「庁舎の一部を打ち壊してみせるのは大いに結構。また、目に入る官人は斬って構わん。せいぜい奴らの心胆を寒からしめるのだ。ただし、深追いはするな。我らの本番、決戦は唐津ぞ!」
紀八の「応」の声に他の隊長たちも唱和し、すぐさま馬に跨る。
隊列を整え、三百の騎馬は八郎の号令一下、丘を駆け下りた。
林を走り、条坊の南端に位置する羅生門を駆け抜ける。
手筈通り官舎に火矢を放ちながら、軍勢を三手に分け、八郎自ら率いる百騎は手始めに警固所に押し寄せた。
「何事じゃ」
「まさか、夜襲か!?」
藤原純友が起こした天慶の乱以来、二百年あまりもの安穏に慣れ切ってきた大宰府である。さすがに警固所の兵は深夜にもかかわらず起きてはいたが、思わぬ事態に狼狽するばかり。
やがて建物は炎上し、転がるように外に飛び出したところを矢で射られ、振り下ろされた太刀の餌食となる。
互いに名乗り合っての武士らしい一騎討ちなどではない。民に害為す悪党や獣を退治するように、多数で取り囲み殲滅しようという戦法である。
(ふん。外道を成敗するのに、真っ当な戦の作法を守る必要などあるものか)
官舎もまた、ことごとく炎に包まれた。
白絹の寝間着を乱した公家たちが路上に逃げ出し右往左往する。
なんとか太刀を手に火を逃れはしたものの、外の有様に呆然とする多くの武士。
事態がつかめず、おろおろするばかりの無腰の従者たち。
八郎はそれらに向けて数十騎を走らせる。
武士の中には名のある将もいたろうが、急場の事とて鎧もつけぬままである。騎馬武者相手に敵し得るはずもない。
朱雀大路は生々しい血の臭いに満ちた。
まさしく博多の惨状の再現である。
「松浦党じゃ!」
「松浦党の夜討ちじゃぞ!」
残りの二手は殊更に松浦党の名を喚き立てながら、兵馬所と政所に向かった。
夜襲という挙を働いたのが誰かを明らかにすることによって、大宰府の目を唐津に引き付けようというのだ。
兵馬所を攻めた一手はまず厩を破り、馬たちの尻を叩いて外へと追い立てる。
馬は恐怖に駆られ、一団となって暗闇の中へ走り去る、その嘶きと蹄の音を聞き、続々と武者が裸足のまま飛び出してきた。
これを騎馬隊は弓で射、馬蹄にかけ、太刀や薙刀で斬り伏せる。
戦慣れした武者もいたろうが、有無を言わせず屠られるばかり。
そうしたところに警固所を片付けた隊の半数が駆け付け、敵はますます劣勢に陥っていく。
いっぽう政庁の南西、政所に押し寄せた百騎は意外な抵抗に苦しんだ。
敵の数は意外にも多く、士気は高く、門を固く閉じて守っては屏の上から矢を放ってくるのである。
こちらも矢を放ち、屏を乗り越えて閂を開けようとするが結果は芳しからず。
味方の数の少なさも仇になり、攻めあぐねること暫し。
だが、ここにも警固所を片付けた隊の残り半数が現れた。
数はおよそ五十騎、その中には八郎の姿も見える。
大宰府における政所とは、軍団兵士の差配や防衛施設の管理、生産活動の運営に関わる事務を行う役所である。すなわち、ここが壊滅すれば、大宰府の軍政と民政は半ばその機能を麻痺させてしまうと言ってよい。
だからこそ敵の守りは固く、逆に八郎は攻略の重きをここに置き、警固所を破るなり急ぎ自らが現れたのだ。
攻め手に窮する味方の様子を見るや、八郎は騎乗のまま弓に矢をつがえた。
満月のように引き絞った弓と弦から放たれたそれは、矢筋を見ることも叶わぬ勢いで飛び、放たれたと思ったその刹那には轟音のような音とともに門の真ん中に突き刺さった。
門扉は引き裂かれ、閂は砕けた。
次の瞬間、月影が地を蹴って走る。門扉にその蹄で一撃を喰らわせる。これまでしぶとく耐えていた門はあっけなく開かれる。
月影はその勢いのまま中に走り込み、群がる敵を蹄にかけて蹴散らした。
八郎は縦横に太刀を振るう。その疾風のような太刀筋に、敵は悲鳴もあげ得ず次々と両断された。
これに弁慶と重季が続き、更には軍勢がなだれ込む。
敵はもはや抗すべくもなく、ひたすら屍の山が築かれ、すぐに政所は火に覆われる。
炎は天高く立ち昇り、夜明け前の空を焦がす。
大宰府の混乱はここに極まった。
だが、博多や唐津からの道筋には見張りの目が光っていると考えるべきだろう。
八郎はまず隊を真っ直ぐに南下させ、そのうえで大きく迂回して北上した。
時間はかかるが急ぐ必要はない。時がたてばたつほど敵の油断は増し、警戒は緩むだろう。
戦いの前に人や馬を疲れさせない程度の速度で進軍し、今夜中に奇襲をかければ良いのである。
林を隔てて大宰府を臨む小高い丘に達したのは、そろそろ寅の刻にもかかろうかという頃であった。
八郎は夜目にその全貌を見て嘆息した。
政庁から真っ直ぐ南に伸びる朱雀大路には、嘗ては異国からの使節や賓客をもてなす客館、京から派遣されてきた高官の住む館が立ち並んでいたという。また、そこを中心に東西南北に整然と路が走る、まさに西の都というべき繁栄を誇る街並みであったはず。
だが、貿易の中心が博多の商人たちに移るにつれて衰退し、いま残るのは半里四方に渡って寂れるに任せた条坊の跡。
あちこちに庁舎や官舎とおぼしき建物、蔵は残っているものの、民家や商家の数は少なく、廃屋や朽ち果てたものが目立つばかり。
昔日の繁栄を偲ぶよすがもない。
(この有様ゆえ、博多の繁栄を羨み、商いの利権を奪回しようと図ったか)
しかし、それでもなお、大宰府は鎮西九か国を束ねる政治と軍事の中心である。
ここから発せられる命によって無数の役人が動き、雲霞のごとき軍勢が集まるのだ。
その権威と権力は腐敗の臭いを放ちながらも、まだしぶとく生きている。
侮る訳にはいかない。
(だが、討てる。その最初の一矢を放つのだ)
八郎はここまでの途上、部隊を五十騎ずつ六の中隊に分け、それらをまた五騎ずつ十の小隊に分けておいた。そしてまた、適任と思われる者をそれぞれの隊長に任じておいたのである。
彼らを呼んで目的を周知させ、命令の徹底を図る。
「良いか。今日は全ての始まりであり、この一戦にて雌雄を決しようというのではない。奴らを挑発し、かつ、その目を我らに向けさせればよいのだ」
微かな月明かりの下、王昇屋敷にて託された絵図面を広げる。
「最も北に位置する築地を巡らした一際大きな館が政庁。左の区画にある、やはり大きな建物が蔵司。政庁を挟んで反対側、右の区画に立つのが税司」
主だった建物を指し示し、攻めの手順を決める。
「我らはまず朱雀大路を北上し、途中にある官舎に火を放ちながらこれらに迫る。その途上、特にここ、政所と兵馬所、そして警固所は徹底的に叩く。基肄城に逃げ込む隙など与えぬ。一気の攻略じゃ」
基肄城とはこの丘から見て東南、大宰府の南正面にあたる基山に築かれた山城であり、有事の際の避難場所、平時は稲穀などの集積地となっていた。
「敵兵はどのくらい残っておるので?」
問いを発したのは紀八である。
生粋の松浦党の者であり、八郎に次ぐこの騎馬隊の指揮官と言える。
同じく後の世の言葉で言えば、重季は参謀、弁慶は親衛隊長といったところか。
「昨夜は多数の兵があちこちで祝宴を張っていただろうがな。一夜明け、しかも諜者からの報告で我らが唐津に帰ったと思い込めば、あまり残ってはおるまい。近隣の者は今頃は在所に帰り、ぐっすり眠りこけておろう。遠方から来た兵が居残っているとしても、その数は博多を襲った総数の半分以下。多く見積もっても二百」
八郎の返答に紀八は頷き、更に訊く。
「挑発と仰ったが、そ奴らは斬ってよかですか?」
「ああ、遠慮は無用。兵舎に火を放たれ、慌てふためき飛び出して来たところを全て斬れ。博多にてあれだけの暴虐を働いた者共ぞ。当然の報いじゃ。公家も同様。そもそも略奪を命じたのは彼奴らだからな。ただし、女子供には決して手を出すな」
「心得ました」
「婦女子や童を手にかけた者は厳罰に処す。この旨、他の皆々にも徹底させよ」
八郎の断固とした命に、隊長たちは黙って首を縦に振る。
「また、民家や商家とおぼしき建物には火矢を放たぬように。幸い今日は風も殆どなく、立ち並ぶ家もまばらだ。燃え移ることはあるまい。だが」
再び絵図面を見やり、抜き払った太刀の先で指し示しながら続ける。
「これら官衙、匠司や細工所、薬司などの工房は全て焼く。その上で」
太刀先がつつと大路を上に辿り、朱雀門を抜けた。
「最後が政庁と税司、そして蔵司じゃ」
「奪われた財物を取り戻すとですな」
「いや、そうではない。財物はそのままにしておく」
「は? なんでそぎゃんこつ」
「考えてもみよ。略奪された財物を奪回し博多の衆に返してやれば、大宰府の兵は再び博多を襲うであろう」
「ううむ……」
「それゆえ暫くは奴らに預けておくのだ」
「なら、この夜襲は何のために」
「奴らの権威を侵し、その目を我らに引き付ける。さすれば怒り狂って大軍を催し、我らが本拠地・唐津に向けるだろう。これを討って一気に大宰府の勢を壊滅させる。財物を取り戻すのはそれからでも遅くはない」
「頭領はそれを御存知なので?」
「もちろんだ。祖父・義親と俺の一致した策である」
「ならば異存はなか」
「政庁、税司、蔵司へ放つ火矢は脅しにとどめ、炎焼に至らぬようにせよ。財産を焼き尽くしてしまったら、博多の衆に顔向けできぬからな」
「承知」
「庁舎の一部を打ち壊してみせるのは大いに結構。また、目に入る官人は斬って構わん。せいぜい奴らの心胆を寒からしめるのだ。ただし、深追いはするな。我らの本番、決戦は唐津ぞ!」
紀八の「応」の声に他の隊長たちも唱和し、すぐさま馬に跨る。
隊列を整え、三百の騎馬は八郎の号令一下、丘を駆け下りた。
林を走り、条坊の南端に位置する羅生門を駆け抜ける。
手筈通り官舎に火矢を放ちながら、軍勢を三手に分け、八郎自ら率いる百騎は手始めに警固所に押し寄せた。
「何事じゃ」
「まさか、夜襲か!?」
藤原純友が起こした天慶の乱以来、二百年あまりもの安穏に慣れ切ってきた大宰府である。さすがに警固所の兵は深夜にもかかわらず起きてはいたが、思わぬ事態に狼狽するばかり。
やがて建物は炎上し、転がるように外に飛び出したところを矢で射られ、振り下ろされた太刀の餌食となる。
互いに名乗り合っての武士らしい一騎討ちなどではない。民に害為す悪党や獣を退治するように、多数で取り囲み殲滅しようという戦法である。
(ふん。外道を成敗するのに、真っ当な戦の作法を守る必要などあるものか)
官舎もまた、ことごとく炎に包まれた。
白絹の寝間着を乱した公家たちが路上に逃げ出し右往左往する。
なんとか太刀を手に火を逃れはしたものの、外の有様に呆然とする多くの武士。
事態がつかめず、おろおろするばかりの無腰の従者たち。
八郎はそれらに向けて数十騎を走らせる。
武士の中には名のある将もいたろうが、急場の事とて鎧もつけぬままである。騎馬武者相手に敵し得るはずもない。
朱雀大路は生々しい血の臭いに満ちた。
まさしく博多の惨状の再現である。
「松浦党じゃ!」
「松浦党の夜討ちじゃぞ!」
残りの二手は殊更に松浦党の名を喚き立てながら、兵馬所と政所に向かった。
夜襲という挙を働いたのが誰かを明らかにすることによって、大宰府の目を唐津に引き付けようというのだ。
兵馬所を攻めた一手はまず厩を破り、馬たちの尻を叩いて外へと追い立てる。
馬は恐怖に駆られ、一団となって暗闇の中へ走り去る、その嘶きと蹄の音を聞き、続々と武者が裸足のまま飛び出してきた。
これを騎馬隊は弓で射、馬蹄にかけ、太刀や薙刀で斬り伏せる。
戦慣れした武者もいたろうが、有無を言わせず屠られるばかり。
そうしたところに警固所を片付けた隊の半数が駆け付け、敵はますます劣勢に陥っていく。
いっぽう政庁の南西、政所に押し寄せた百騎は意外な抵抗に苦しんだ。
敵の数は意外にも多く、士気は高く、門を固く閉じて守っては屏の上から矢を放ってくるのである。
こちらも矢を放ち、屏を乗り越えて閂を開けようとするが結果は芳しからず。
味方の数の少なさも仇になり、攻めあぐねること暫し。
だが、ここにも警固所を片付けた隊の残り半数が現れた。
数はおよそ五十騎、その中には八郎の姿も見える。
大宰府における政所とは、軍団兵士の差配や防衛施設の管理、生産活動の運営に関わる事務を行う役所である。すなわち、ここが壊滅すれば、大宰府の軍政と民政は半ばその機能を麻痺させてしまうと言ってよい。
だからこそ敵の守りは固く、逆に八郎は攻略の重きをここに置き、警固所を破るなり急ぎ自らが現れたのだ。
攻め手に窮する味方の様子を見るや、八郎は騎乗のまま弓に矢をつがえた。
満月のように引き絞った弓と弦から放たれたそれは、矢筋を見ることも叶わぬ勢いで飛び、放たれたと思ったその刹那には轟音のような音とともに門の真ん中に突き刺さった。
門扉は引き裂かれ、閂は砕けた。
次の瞬間、月影が地を蹴って走る。門扉にその蹄で一撃を喰らわせる。これまでしぶとく耐えていた門はあっけなく開かれる。
月影はその勢いのまま中に走り込み、群がる敵を蹄にかけて蹴散らした。
八郎は縦横に太刀を振るう。その疾風のような太刀筋に、敵は悲鳴もあげ得ず次々と両断された。
これに弁慶と重季が続き、更には軍勢がなだれ込む。
敵はもはや抗すべくもなく、ひたすら屍の山が築かれ、すぐに政所は火に覆われる。
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