異聞・鎮西八郎為朝伝 ― 日本史上最強の武将・源為朝は、なんと九尾の狐・玉藻前の息子であった!

Evelyn

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破の巻 第1章・博多大追捕

第39話 砂丘の葬送

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 後続の隊が到着したのは予想通り正午過ぎ、その数は義親の言った通りおよそ三百。
 騎馬の達者を厳選しただけあって、いずれ劣らぬ屈強の者である。
 だが、つい昨日の激しい舟戦の後は痛飲、今朝は夜明けから馬を走らせてきたせいで、さすがに疲労の色が濃い。
 疲れているのは人だけではない。
 馬もまた、重い鎧を着た騎手を背に乗せ、はるばる十数里を駆けてきたばかり。
 途中に幾度かの休憩は取っただろうが、その荒い息遣いにも、肌に浮かぶ玉のような汗にも、かなりの無理をした様子が見てとれる。

 そこで、彼らを出迎えた八郎の最初の言葉は、

「よく来てくれた。ではまずは、疲れを払って貰おうか。数人ずつ組になって、そこらの適当な屋敷の玄関先で一刻ばかり休むなり、仮眠を取るなりするがよい。馬にも水を与え、しっかりといたわっておくように」

 であった。
 意外な指示に一同は驚きの声を発し、顔を見合わせ肩を叩き合って喜ぶ。
 先頭に立って隊を率いる男が尋ねた。

「宜しいので?」

 博多に着いた日に義親の命で唐船を襲い、八郎の蹴りを顎に受けて卒倒した男である。
 名を紀八という。
 騎乗しての戦いにおいて太刀などの打物に巧みであり、ゆえに打手紀八うつてのきはちという異名を取っている。
 さすがに八郎には軽くあしらわれたが、松浦党の勇士の中でも、陸戦にかけては最も頼りになる者のひとりであろう。
 その問いに、八郎はさも当然とばかりに答える。

「ああ。疲れている時は何はともあれ休息が一番。仕事はその後じゃ。それに、お主らのような強面が二・三人も軒先に居れば、暴徒も警戒して襲ってはこぬだろうて。横になっているだけで護衛代わりになるというものじゃ」

 笑いながら、傍らに控える王昇の妻女にも言う。

「そういうことですので、咲殿、お手数ですが、手分けして各屋敷の方々に事情をお知らせ願います。何しろこ奴らの顔が顔ですから、暴徒と間違えられて怖がられぬように」
「分かりました。では、すぐにそのように」

 言葉通り、直ちに侍女たちが四方に散り、慣れない鎧を着込んだ騎馬武者たちもそれに続く。
 唐房一帯は、あたかも松浦党の臨時の駐屯地の様相を呈した。

 こうしておいて、八郎自身を含む先発の一行は材木の手配に走る。
 当時の博多において、宋への輸出の主品目のひとつが材木である。
 大陸北部や中原を異民族である遼や金に占領されたため、そこから逃れた漢人たちが続々と南宋へとなだれ込み、多数の住居を新たに建てる必要があったのだ。
 だが、建築のための資材が南宋の支配地だけでは全く不足だった。
 海外に頼るしかない。
 博多はその重要な供給地であった。
 したがって、急場であっても対価さえ払えば材木は容易たやすく手に入る。
 義親の商人としての信用を担保に八郎たちは大量の材木を揃え、それらの大半を、潮の引いた浜辺にて無数の、縦横五尺四方、高さは四尺ほどの井桁に組ませた。
 ここまでは商人や人夫の仕事である。

 準備が整ったのがおよそ一刻後。
 先程とはうって変わってすっきりした顔の皆を集め、八郎が命じたのは周辺の家屋の取りあえずの修復と、そしてまた死体の片付けであった。
 ここ唐房だけではない。
 博多の街のあちこちに死体が横たわっているのを、そのままにしておく訳にはいくまい。
 放っておけば腐乱し、悪臭を放ち、疫病の原因にさえなるであろう。
 それらを海岸に集めて火葬し、弔おうというのである。

「何だかのう。すぐに大宰府と戦になると思っていたに」
「ああ、正直言って気が抜けたばい」
「まさか家々の修繕や、坊主の真似事をする羽目になろうとは」

 不平を漏らす者共を重季や弁慶が叱咤し、街のあちこちへと駆り立てる。
 博多は大きな街である。
 その全体に及ぶ仕事であるから当然に時間がかかる。
 目立った屍を荷車に横たえ、あるいは馬に乗せて大急ぎで海岸へと運び終えた頃には、時は更に二刻ほども過ぎ、陽は既に水平線にかかっていた。

 見渡す限りの木組みの井桁の上に数体ずつの屍。
 噂を聞いていつしか集まって来た多くの群衆の見守る中、八郎が命じた訳でもなく、誰に頼まれた訳でもなく、数珠を片手に弁慶が経を唱え始めた。

 仏説摩訶般若波羅蜜多心経
 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄……

 荘厳な空気が漂う。
 八郎は驚嘆した。

(勉学を嫌い叡山を放逐されたと聞いたが)

 一語一句の誤りもなく、朗々と響く見事な読経である。
 家族や縁者であろうか。あちこちで経に唱和する声やすすり泣きが聞こえた。
 読経が終わるや一斉に木に火を放つ。
 炎は最初はごくゆっくりと、油を染み込ませた小枝や枯草によって勢いを得、しだいに大きく燃え上がった。
 暮れなずむ空と海を背景にした絢爛たる葬礼。
 その豪壮さは、痛ましくも無残な死を遂げた多くの人々を送り出すにもふさわしいと感じられた。
 やがて辺りは暗さを増し、炎は夜空を煌々と照らす。
 波の打ち寄せる音が次第に真近に、大きくなってきた。

(これで良し。後はいずれ潮が満ち、荼毘に付された屍を大海の深みに迎え入れてくれるだろう。願わくはあの人々の魂が兄弟子の言う浄土に往生できるように)

 八郎はここで初めて安堵し、厳粛な気持ちで両手を合わせた。
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