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第3章・比叡へ
第15話 往生要集
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善弘の言葉に八郎は意表を突かれる。
「衆生を等しくということは、この世の全ての人々ということか!」
「はい。あまねく全ての人々に仏の無限の慈悲を知らせ、救済したい。ならば広く深く民人の心を知る必要がありましょう。その手始めとして、仏典はもちろん、様々な方々のお書きになった文章や歌など、まずは万巻の書に人々の論や心の叫びを求めておるのです」
八郎はその意味を考え、また問うた。
「ならば学問などするよりも、今すぐにでも市中に赴き、貧しい者たちに施しをするべきではないのか」
「それもひとつの方法ではありましょう。だが、一時の飢えをしのぐことになっても、本当の救済にはなりません。私の言っているのは、我が目の届く僅かな人々への今日の施しではなく、あらゆる衆生の、それも魂こそを癒す方法なのです」
善弘の毎日を知らぬ者が聞けば、笑うしかない大言壮語であろう。
しかし、そう語る善弘の表情は真剣そのものである。
「縁もゆかりもない人々まで等しく救わんとは、およそ無理であろう。何故また、そんな到底に無理難題な願を立てられた」
「無理でしょうか。私はそうではないと信じております。いや、信じたい」
「救いようのない愚か者もおろう。いや、むしろこの世はそんな醜いものに満ち満ちておる」
「だからこそ世を変え、皆の罪を浄めたい。今の僧域も俗界も病んでおります」
それは八郎にも分かる。
清僧である筈の師の皇円阿闍梨でさえ、折々に高位の公家に呼ばれては戒を授けたり、病気快癒の祈祷をすることに忙殺されている。
入山して間もない八郎にさえ疑問に思われる今の叡山の有様であった。
そしてまた、諍いと不条理の氾濫する世間の無残な相ときては、民を導くべき力ある義人はどこにいるのかと思わせる。
「ここに、往生要集という書があります」
善弘は、傍らに積み上げた書のうちの三巻を手に取った。
「源信僧都のお書きになった昨今著名な書ですが、これには、阿弥陀如来の浄土へと往生することが、凡夫が救われる唯一の道と述べてあるのです」
「浄土とは天上界のことか」
「そうではございません。天上界とは、下から地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間界に連なる六道のひとつであり、人は永遠に生死を繰り返して、この六道を廻るそうです」
「では、よく言うように、今生にて善行を積めば、来世も人間界、あわよくば天上界に生まれ変わることができるのではないか」
「その通りでございます。ただし、天上界も極楽浄土とは違います。寿命も長く苦しみの少ない世界ではありますが、それでも生老病死の四苦は容赦なく襲いかかり、天人ですら、死ぬ直前には五つの老衰の兆候が現れるそうで、これを天人五衰と申します」
「ならば、兄弟子の言う本当の救いとは、どのようにすれば得られるのだ」
「だからこその極楽往生です。浄土こそはつまり、悟りを開いて輪廻の輪から解脱した者たちの住処、まさしく浄められた土地なのです」
善弘の言わんとすることは分った。
しかし、問題は最後の一言だ。
どうやって凡夫が「悟り」や「解脱」などという高尚な境地に達し得ようか。
八郎は苛立つ。
「だから、どうすれば悟りを得、その浄土に行くことができるのだ!」
善行は静かに答えた。
「それがこの往生要集に書いてあるのです」
書を開き、その表題を読み上げる。
「厭離穢土、欣求浄土、そして正修念仏」
「その意味は?」
「穢れたこの世を厭い離れ、次の生において浄土に生まれることを願い求めるべし。そのためには、一心に仏を想う念仏の行を正しくすべしと説いておるのです」
「念仏の行とは実際にはどのようにする」
「それが正に、この書の『害』となるところでありましょう」
八郎は混乱した。
善弘は、往生要集は極楽往生へと至る念仏の方法を説いた書だと言い、しかしそれこそが「害」だという。
先ほどの言葉と全く矛盾するではないか。
だが、善弘は真剣な顔で言葉を継いだ。
「なぜなら、観想念仏について多くの項が割かれておるのです」
「衆生を等しくということは、この世の全ての人々ということか!」
「はい。あまねく全ての人々に仏の無限の慈悲を知らせ、救済したい。ならば広く深く民人の心を知る必要がありましょう。その手始めとして、仏典はもちろん、様々な方々のお書きになった文章や歌など、まずは万巻の書に人々の論や心の叫びを求めておるのです」
八郎はその意味を考え、また問うた。
「ならば学問などするよりも、今すぐにでも市中に赴き、貧しい者たちに施しをするべきではないのか」
「それもひとつの方法ではありましょう。だが、一時の飢えをしのぐことになっても、本当の救済にはなりません。私の言っているのは、我が目の届く僅かな人々への今日の施しではなく、あらゆる衆生の、それも魂こそを癒す方法なのです」
善弘の毎日を知らぬ者が聞けば、笑うしかない大言壮語であろう。
しかし、そう語る善弘の表情は真剣そのものである。
「縁もゆかりもない人々まで等しく救わんとは、およそ無理であろう。何故また、そんな到底に無理難題な願を立てられた」
「無理でしょうか。私はそうではないと信じております。いや、信じたい」
「救いようのない愚か者もおろう。いや、むしろこの世はそんな醜いものに満ち満ちておる」
「だからこそ世を変え、皆の罪を浄めたい。今の僧域も俗界も病んでおります」
それは八郎にも分かる。
清僧である筈の師の皇円阿闍梨でさえ、折々に高位の公家に呼ばれては戒を授けたり、病気快癒の祈祷をすることに忙殺されている。
入山して間もない八郎にさえ疑問に思われる今の叡山の有様であった。
そしてまた、諍いと不条理の氾濫する世間の無残な相ときては、民を導くべき力ある義人はどこにいるのかと思わせる。
「ここに、往生要集という書があります」
善弘は、傍らに積み上げた書のうちの三巻を手に取った。
「源信僧都のお書きになった昨今著名な書ですが、これには、阿弥陀如来の浄土へと往生することが、凡夫が救われる唯一の道と述べてあるのです」
「浄土とは天上界のことか」
「そうではございません。天上界とは、下から地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間界に連なる六道のひとつであり、人は永遠に生死を繰り返して、この六道を廻るそうです」
「では、よく言うように、今生にて善行を積めば、来世も人間界、あわよくば天上界に生まれ変わることができるのではないか」
「その通りでございます。ただし、天上界も極楽浄土とは違います。寿命も長く苦しみの少ない世界ではありますが、それでも生老病死の四苦は容赦なく襲いかかり、天人ですら、死ぬ直前には五つの老衰の兆候が現れるそうで、これを天人五衰と申します」
「ならば、兄弟子の言う本当の救いとは、どのようにすれば得られるのだ」
「だからこその極楽往生です。浄土こそはつまり、悟りを開いて輪廻の輪から解脱した者たちの住処、まさしく浄められた土地なのです」
善弘の言わんとすることは分った。
しかし、問題は最後の一言だ。
どうやって凡夫が「悟り」や「解脱」などという高尚な境地に達し得ようか。
八郎は苛立つ。
「だから、どうすれば悟りを得、その浄土に行くことができるのだ!」
善行は静かに答えた。
「それがこの往生要集に書いてあるのです」
書を開き、その表題を読み上げる。
「厭離穢土、欣求浄土、そして正修念仏」
「その意味は?」
「穢れたこの世を厭い離れ、次の生において浄土に生まれることを願い求めるべし。そのためには、一心に仏を想う念仏の行を正しくすべしと説いておるのです」
「念仏の行とは実際にはどのようにする」
「それが正に、この書の『害』となるところでありましょう」
八郎は混乱した。
善弘は、往生要集は極楽往生へと至る念仏の方法を説いた書だと言い、しかしそれこそが「害」だという。
先ほどの言葉と全く矛盾するではないか。
だが、善弘は真剣な顔で言葉を継いだ。
「なぜなら、観想念仏について多くの項が割かれておるのです」
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