異聞・鎮西八郎為朝伝 ― 日本史上最強の武将・源為朝は、なんと九尾の狐・玉藻前の息子であった!

Evelyn

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序の巻 第1章・八郎誕生

第2話 斬撃の後

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 為義が振るったのは源氏重代の宝刀。
 肩口から入った斬撃は反対側の脇腹にまで達し、一閃のもとに男の身体を真っ二つにした。
 かつて多数の敵を処刑した際に、首と共に髭までを切ったことから「髭切」と呼ばれ、あるいはその昔、都を騒がす鬼・茨木童子の腕を一条戻橋にて切り落としたとの伝承から「鬼切」とも呼ばれる太刀である。
 名の由来に恥じぬ戦慄すべき切れ味であった。

 惨劇を目にして、更に大きな悲鳴が幾つも響いた。
 両断された身体の首のある半身は音も無く斜めにずり落ち、地面に転がる。血が噴き出し玉砂利を赤く染める。
 もう半身は、これも斬り口から血を噴き出しながら、何が起こったかも分らぬげに数瞬その場に立っていたが、ゆらゆらとよろめき、うつ伏せに地に倒れた。
 周りをとりまく群衆に大きな騒めきが起こる。
 為義は血刀を引っ下げたまま白拍子に問うた。

「大事無いな」

 すると相手は意外なことに毛筋ほども怯える様子はなく、ただつまらなそうに、

「余計な事でございました」

 と言い捨てる。そして、

「自分の身ぐらいは自分で守ることができます。見ず知らずの御方に助けて頂くほど情けない女ではありません」

 低い声で呟き、腰に下げた長刀を抜き払ってみせる。それは白拍子にはありがちな飾り物の模造刀ではなく、刃渡り三尺をゆうに越える直刃すぐはの利剣であった。

 騒ぎを聞き、大柄な僧が警護の武士を引き連れ、息せき切って駆け付けた。
 彼らの眼前には見事に両断されたしかばねと、それを為したらしき血刀を引っ下げた男。しかも男と相対している白拍子の手には白刃が握られているではないか。
 僧は勇を奮って大喝した。

「何事じゃ!」

 これが為義の癇に障った。

(坊主風情が偉そうに。叡山の荒法師にさえ恐れられた儂に向かって、なんたる言い様ぞ!)

 かっと目を見開いて僧を睨みつけた。僧は為義の形相に思わずたじろぐ。
 そこになえ烏帽子に直垂ひたたれ、裾を絞った小袴の男が歩み出た。
 五尺に満たない痩せた貧相な老人だが、この修羅場に怯む様子もない。柔和な笑みをたたえながら、為義に代わって僧や武士たちに弁明する。

「いやいや、お坊様、この御方に全く非はございませんので。慮外者が一人、演目の最中に短刀で白拍子に突きかかろうとしたのを、この御方が咄嗟に成敗して下さったのですじゃ」

 顔見知りでもあるのか、言葉の端々が親し気だ。
 この仲裁に僧は救われたか、

「は、そういう事でありましたか」

 安堵の表情を見せる。うって変わって相手を敬う言葉遣いになったのは、先方が老人であるからか、それとも他に理由があるのか。
 為義も太刀を納め落ち着いて、

「思わず斬って捨てたが、寺の境内で、しかもめでたい灌仏会の日に血を流したのは、いささか浅慮であったか。更に尋ねたき仔細があれば答えよう。儂は先の検非違使、源家の為義じゃ」

 名乗りの言葉に、それまで無表情だった白拍子の細い眉が「ぴくり」と動いたが、為義はそれには気付かない。

「ならば、こちらへ」

 と、辞を低くする僧と共に場を後にする。
 導かれて寺の裏手へと回ると、僧房の前には庭を掃き清める稚児がいた。僧はそのわらべに何事か耳打ちし、童は頷きざま手を拭きつつ本堂の方向へ走る。
 待つこと暫時、息を切らして帰って来た。その案内で通されたのは僧房の一角、壁代かべしろ御簾みすで仕切った狭いながらも清潔な客間であった。

「和尚様が来られるまで、こちらでお待ちを」

 白湯が出されたが、さて、それからが長かった。円座に座り四半刻が過ぎても誰も現れる気配がない。
 為義の苛立ちは高まったが、なにしろ面倒を引き起こしたばかりである。
 いやいや、きつく詮議されるかと思ったが、客扱いをされるのならば悪くはあるまい。
 と、自らをなだめ、目を閉じて再び待ちにかかる。そうすると否応なしに思い出されるのは先程の白拍子。

 うむ、噂以上の破格の女性にょしょうであったな。
 異風の面立ちや肢体もさることながら、舞がまた心奪われるものであった。あれ程の舞は、どこの宴でも目にしたことがない。そしてまた、人ひとり目の前で絶命するのを見ながらごうも恐れおののかぬとは。
 あの妖しさと豪胆さは化物じゃ。しかし、そんな化物であるからこそ、我が身のものにした時の喜びは無上であろう。

 などと、場所もわきまえず、際限もなく不遜な想いにふける。
 それから一刻ほども過ぎたろうか。

「お待たせ致しましたな」

 太く皺枯れた声がし、金襴の袈裟を着け、でっぷりと太った醜い中年の僧が現れた。為義は目を見開く。もう日は翳っている。
 いささか慌てて居ずまいを正すと、僧は目の前の板敷に座って相対した。
 どうやらこれが和尚らしい。僧職には相応しからぬたるんだ面立ちだが、顔は微笑んでいれど、その眼光は鋭い。
 互いに名乗り、型通りの挨拶を交わした後、

「なにしろ今日は灌仏会でしたからな。拙僧が本堂を離れる訳にもいかず、こういう次第になってしもうた。全く申し訳ない」
「いや、面倒を起こしたのはこちらですので」

 為義はへりくだる。
 すると和尚はかぶりを振り、

「仔細は聞き及んでおります。不埒者が狼藉に及ぼうとしたのを、そなた様が成敗されたのだとか。かねてから白拍子に言い寄っておった男らしいが、一向に相手にされぬのを恨んでの所業らしいのう。あの美しい女子おなごに向かって身の程をわきまえぬ者よ。そこら辺の遊女風情を相手にしておれば良いものを」

 そして破顔した。

「はてさて、それにしても運の無いことじゃて。狼藉を働こうとしたその場所に、まさか名にしおう乱暴者、源為義殿が居合わせるとは」

 これを聞いて為義はいささか驚き、次いで憮然とした。
 相手にされぬ怨恨云々ではない。そんなことはままある話だ。
 ところが「あの美しい女子」とは。僧でありながら、かの白拍子に面識があるのか。
 そしてまた、初めて出会った自分に笑いながら「乱暴者」と言い放つとは。しかもまさに今日、人をひとり斬り捨てたばかりの相手と承知の上での言葉である。
 だが、和尚はその様子にはおよそ取り合わず、ただ、

「誤解なさらぬよう。責めておるのではありませんぞ。白拍子を救うためのむを得ぬ仕儀であったとか」

 笑顔で断りを入れ、にこやかに話を続ける。

「我々坊主も、この時世、乱暴狼藉と無縁では居られませんからな。寺を一歩出れば、人斬りかどわかしなど見聞きするのはしょっちゅうじゃ。ましてや、手の届かぬ女に恋焦がれた挙句、それを害せんとした愚か者が処断されるなど自業自得。別段、取り立てて驚きもせぬが……」

 と、僧らしくもなく饒舌に述べ立てていたのが、不意に思案する顔をしてみせ、首をかしげた。

「時と場所が、いかにも不味まずかったわい」

 来たな。
 為義は心中に構えを取る。思わず肩に力が入る。

「祭りの日に、寺の境内での不祥事は困ると仰るのですな」

 和尚はこれに応じて、さも意味ありげに、呟くように言う。

「その事よ。灌仏会の最中に、よりによって本堂の目の前で殺生がなされたとあっては、我らとしても見て見ぬふりは出来まいて。しかもこの地は摂津の国。渡辺の荘にも近いでな」

 そうであった。摂津国渡辺は、為義と祖を同じくする摂津源氏の治める地である。
 この時の家督は頼政。為義より八歳若いながらも先年は蔵人に補任され、続いて従五位に叙されていた。院の第一の近臣・藤原家成とも交流を持ち、為義とは源氏の嫡流を競う間柄である。
 為義は頼政が嫌いであった。いや、むしろ唾棄していたと言っていい。武勇の誉れは高けれど、一方で公卿にへつらい和歌など詠んで殿上人の歓心を買う、およそ己とは相容れぬ、処世にけた男なのだ。

(あの男に詫びたり釈明するなどまっぴらだ)

 すぐに腹は決まった。和尚に向かって両手をつき、

「分かりました。我が身の威信にかけて、どの様にも償いましょう」

 深々と頭を下げた。
 すると、返ってきたのは意外にも、

「いやいや、それには及びませんぞ」

 という軽い言葉である。為義は当惑した。
 和尚は続けて、

「この一件は、そもそも起こらなかった事にしたい」
「というと?」
「既に境内は清め、殺生を目にした者たちの口は封じてある。後は斬られた男の家族縁者じゃが、なあに、非は男の側にある。相応の金子と物を与えて説き伏せれば、とりたてて泣き騒ぐこともなかろうて。どこか別の場所で賊にでも襲われたと称し、盛大な葬式でも挙げてやれば、それで終いよ。何せ、葬式は我ら坊主にはお手の物ですからな」

 最後には高笑いであった。
 呆れたものである。時と場所が不味かったと言い、摂津源氏までほのめかしておいて、そのあげくが一件を全て闇に葬ろうと言ってのける。つまりは恩を売りたいのだ。
 頼政の庇護を受けながら陰で河内源氏にもよしみを通じ、何か一朝事あれば利用する、その布石をこの機会に打っておこうというのである。

 どっと疲れが押し寄せた。

(寺もこの節、なんと世知辛いものよ)

 春の陽気のせいか、背中に一筋、生暖かい汗が伝った。

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