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第3部 カレーのお釈迦様
第30話 わがままな女神様
しおりを挟む目の前に広がるのは赤茶けた乾き切った荒野。
日は高く、もう初秋なのに肌に刺さる陽光が痛い。
頬に当たる風も熱風だ。
振り返ると、いつか来た旧文明の遺跡、というか街の廃墟が見える。
初めてガイアさんの真似をして光の魔法陣で転移してみたけど、成功だ。
あの街で初めてメキシカンタコスと核兵器について知ったのだ。
確か、人類最初の核爆弾の実験場も、ここからあまり遠くない場所だったはず。
映像で見た爆発の、あの規模と目も眩む閃光は凄まじかった。
と……
「何、これぇー、信じられなーい! ド田舎!?」
はあ? 何、これって言われても。
信じるも信じないも、イナカも何も、見ての通りの「荒野」ですけど。
今からここを渡って旅するんですが。
「しかも日射は強いし、日焼けしたらどうしてくれんのよ。色黒の健康そうなゴスロリなんて、シャレにならないじゃん!」
はいはい、そうですか。
パパの手元を離れたら、いきなりコレかよ。
うーん、先が思いやられる。
「目的地まで一気に転移で行くんじゃなかったの。話が違うわよぉ」
いやいや、誰もそんなこと言ってませんし。
あのねえ、転移ってそんな何でもアリの便利なものじゃないんだよ。
ここまでは来たことがあるから転移が使えたけど、行先は未知の土地なんだから、正確な場所も風景も全然イメージできないもの。
転移の能力が使える訳ないじゃん。
コイツも女神だとか悪魔だとかなら、その位わかんないかなあ。
(当然、分かって言っておるのだ。放っておけ。こいつの言動にいちいち反応すると、疲れて心を病むだけだぞ)
すると
「……ぁ、あのお、ぉぉ……」
と、フェンリルのオスカル君が鼻面を寄せて来た。
「……ち、地図を見せて頂いて宜しいでしょうかぁ。ぃ、行先の確認をしたいもので……」
小声でゆっくりゆっくりと、これだけ言うのに10数秒。
うーん、こっちの性格も逆の意味で面倒くさい。
「読めるの?」
「……は、はい。な、なんとか地図を読むぐらいは……」
で、地図を広げて見せると、ちょっと覗き込んだだけで小さく頷《うなず》くような素振り。
それから地面に身を伏せた。
「で、では、お乗りくださいぃ……」
なーんか不安は残るけど、そう言うなら、とにかく乗せてもらおう。
まず私が、それからベリアル君、ところがもう1人は
「えーっ! 転移がダメなら飛んで行けばいいのに。アタシ、飛翔の魔法は大得意なんだからね。何でちんたら地上を移動しなくちゃいけないのさぁ」
「あーウルサイ! 私もそのつもりだったけど、アンタのお父さんが(!)それじゃあヒト族の魔力探知に引っかかるからって、この子を付けてくれたんじゃない」
「う」
「これ以上ぶつぶつ言うと、帰ってから全部パパに言いつけるよ!」
「ううぅ……」
ぷぷぷ、弱点めっけ。
「お父さん」とか「パパ」を出されると弱いみたいだぞ。
ぐずぐず嫌々ながらも背中に乗って来た。
オスカル君は立ち上がり、正確に南南西へ向かって走り出す。
さすがの巨体だ。3人が背中に乗ってもまだ余裕がある。
重さに耐えている様子もなく、最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げていく。
驚いたことに振動が全くない。
努めてそういう走り方をしているのだろう。
うん、これは名馬なんてものじゃない。
滑るような走りはこれはリニア・モーターカーなみだな!
「……ぁ、あのぉ、まだまだ速度を上げますので、落ちないように気をつけて、しっかり掴《つか》まっていて下さいぃぃ……」
え、まだ速くなるの?
もう既に、空を飛ぶ鳥の群れを追い越すスピードなのに。
そして言葉の通り、ぐんぐん加速する。
振り返ると、つい今しがた追い越した鳥が、もう遥か後方に置き去りだ
遠くに見えていた岩山がどんどん間近に迫って来て、迂回するのかと思ったら全く減速せず、そのまま大ジャンプ!
軽く飛び越した。
しかも跳躍も着地の際も、衝撃は限りなく無に近い。
凄い高速巡行性能。しかもナビ付全自動運転!
私のそんな驚きにも構わず、オスカル君はますます速度を増していく。
微かな勾配のだらだら坂を1時間ほども行くと、前方にうっすらと山間部が見えてきた。
普通に飛んで来れば、ここまで数時間はかかる筈。
地上を走るにしては、とんでもない早さだ。
ゼブルさんは「疾風の如し」とか言ってたけど、そんな程度じゃないだろう。
瞬間風速100メートル以上の突風、時速にすれば300キロは楽に超える。
しかも巡航速度! この炎天下に息切れもなく、まだまだ余裕のある走りっぷり。
ひゃっほー、行け行けーっ!
なんて、爽快さについ声を上げそうになる。
そうしてオスカル君は渓流を斜めにひとっ跳び。
左右両側に絶壁の迫る薄暗い渓谷へと一気に突っ込んだ。
谷間に入ると、ますますその走りに驚きだ。
岩壁の間を川に沿って遡って行くのだが、あまりの速さに岩肌の景色は速度に溶けて、その様子も殆ど見えないままに後ろに吹っ飛んでいく。
足元には大小の石や岩が転がっている筈だが、それらを踏んだり避けたりするような振動も全く感じさせない。
川筋に沿って右や左へ曲がる時も、減速や加速の時も揺れが最小限になるような、まるで超高性能の車両を熟練の運転手が操るような最高の乗り心地。
途中いくつか小さな滝があり、オスカル君はその度に軽く跳躍し、そのまま速度を変えず、またひたすらに走り続ける。
暫くすると森へ入った。
気温も少し下がってきたみたいで、そこそこの高地まで来たんだろう。
空気も多少薄くなってきたみたいだけど、走りのペースは全く落ちる様子がない。
「何、これ~? 耳が痛いんですけどぉ!」
とか言ってる人がいますが、無視しよう。
杉の一種だろうか。樹齢数百年、もしかすると数千年はいってるかもしれない巨木の密生した森林だ。
その巨木を時には機敏に、でも全体としては優雅さえ感じさせる滑らかさで避け、前へ前へと相変わらずのスピードで進んで行く。
そして木々の間を数時間も疾走。
これだけの速さでも、さすがに目的地まではまだ遠い。
たぶん、これで半分弱の距離かなあ。
日も暮れてきたし、森林がちょっと途切れた平地に出たのでストップ。
今日はここで野営することにした。
オスカル君はまだまだ余裕がありそうだったけど、知らない土地を、しかも暗くなってからの移動には、やはり不安が残る。
そこで、テントを張ろうとしたら……
「何それ? テントぉ!」
はあ、仰る通りテントですが。
冒険者の野営にはテントに寝袋って、相場が決まってますが。
「高級ホテルのスイートルームじゃないと駄目。それ以外は拒否!」
はあ? この奥深い山中で高級ホテル?
何をムチャクチャ言ってるんだコイツは。
「ふざけないでよ! 何様のつもり?」
「イシュタル様よ! そんでもって女神様で、ついでにお子様よ!」
とか言い放って、あっちを向いて座り込んだ。
無視してテントの設置にかかろうとすると
「う、う、うぅ、うわ――――――ん!!!」
なんて、耳の痛くなる大声で泣きじゃくりやがる。
ああ、もう、どうしよう?
こんな時は、お兄ちゃんのベリアル君に、と思って聞いてみると
「放っておくしかないですね。でも、この様子では一晩中泣き続けるかも」
だそうだ。
「パパに言うわよ!」
「パパが何よ。びえ~~~~~~ん!!!」
効かない……
もう免疫がついてきたのか、それとも帰ってからゴマカせば何とかなると思ってるのか。
「びえええ~~~~~~~~!!!!!」
声は辺り一帯に響いて100デシベルを超えそう。
うっ、あまりの大声が鼓膜どころか内臓に響いて吐き気がしてきた。
これはもう、立派な音波兵器。
(こういう性格なのだ。昔から、我儘な女神で知られておる…… 仕方がない。家でも創るしかあるまい。朝までこの調子で泣かれたら堪らん)
はあ?
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