フィーネ・デル・モンド! ― 遥かな未来、終末の世界で失われた美味を求めて冒険を満喫していた少女が、なぜか魔王と戦い、そして……

Evelyn

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第2部 魔王って? 獣王って? 天使って?

第25話 ズブロッカで泥酔 ☆

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 ゼブルは急いで瓶とグラスを片付けようとした。
 この方に酒を見せてはいけない!
 が、少女はそれを止めて言う。

「そのままで良い。今宵はひとつにはゼブルをねぎらいに来たのだ。好きな酒をたしなむのを止めはせぬ。それにしても300年振りか。これまでの事も、そして今日は特にいろいろと下手な芝居まで打たせてしまい、大変だったな。礼を言う」
「いえ、わたくしは決して芝居など……」

 ゼブルは思った。
 この方には、やはりお見通しであったか。

「とぼけなくとも良い。この娘はまだ自分の力の使い方を分かっておらぬし、何より戦いの覚悟も足りん。それを教えるためのゼブルの演技と忍耐だったのだろう。見張りや使い魔の配置を手薄にまでして…… 我から見れば明白よ」

 そしてまた、少女はグラスの酒を見て尋ねる。

「我も見た事のない物のようだな。何という酒だ?」

 しまった! 酒の話に戻ってしまったか!
 しかし、とにかく問いに答えぬ訳にはいくまい。

「(最初はかしこまって)はっ……! これは旧文明にあったズブロッカと申す酒を再現したもので、ライ麦で造った蒸留酒にバイソン・グラス、つまりこの辺りの野牛が好んで食べる野草のエキスを少量混ぜて味と香りをつけ、最後に乾燥させた葉の1本を瓶の中の酒に浸すのです」
「ほう」
「(段々と持ち前の雄弁さが顔を出して)様々な味と香りにみ、暫くは純白の布のようなウォッカばかりを飲んでおったのです。この北の土地には良質な果実酒が望めぬ代わりに、小麦やライ麦を原料に造る良質の辛口の酒が豊富ですから。ところがこのズブロッカと出会い、眼を見張ったのです。野趣に富んだ緑の香りと鮮烈な風味……!」

 む? 好きな物の話ゆえ、少しばかり勢い込んで語ってしまったか?

「ははは! 熱心で、楽しそうで良いではないか。我も、この姿でなければ1杯貰いたいところであるがな」

 それはそうだ。この方も、さすがに少女姿で酒を嗜む訳にはいくまい。
 少し気の毒だが、これなら無事に済みそうだ。

 だが、ヒト族のテーブルでは食事が簡素なだけではなく、今では旨い酒も禁じられている筈だ。酒、ことに蒸留酒は、古代の錬金術をしてアクア・ウィタエ、つまり生命の水とさえ讃美された飲料であるのに。
 神を自称する愚か者め! あのような存在風情には、やはり日々の生の楽しみなど理解できぬか。
 そのせいで、却って酒の密造や酒に絡む犯罪が頻発していると聞く。
 しかも少女に転生とあれば、ルシフェル様もこの300年来、食前酒でさえも口にしておられないのだろう。

 ゼブルはそう考え、、少女に酒を勧めてみた。
 すると少女は、さすがに初めは躊躇していたが、強い勧めに抗いきれず、ん? 嫌々ながら、ん? ついには酒を口にした。
 すると、どうやら気に入ったらしい。
 その度数の高い酒を改めて一気に飲み干し、言った。

「これは良い! 混じり気のない透明なウォッカの強烈さに、草の芳香が自然の清涼さを加えて爽快ではないか! 1

 えっ? これはもしかして?
 そして、ゼブルが恐る恐る注いだ2杯目を再び瞬時に飲み干して、ん? やはり少女の顔は一変した。
 あーらら、瞬時に眼の座ったタチの悪い酔っ払いの面相になったのだ。
 ゼブルは思った、これはマズイ!
 ルシフェルは言った。

「ガイアばかりではなく、アスラのりまで頼むことになるとはなぁ…… つくづく面倒をかけるなあー、! なあ、おい、そうだろう。あーっ、何か文句あるかぁ? お前には、本当に頭が下がるぞぉ~、うぃっ?」

 
 この方は、こういう人だと重々分かっていた筈なのに。

 そしてルシフェルは、がくんと頭を下げた。
 酔っ払って眠ってしまったのか、それとも心底を酔いに任せて吐露とろしているのか? 
 まだまだ前者の筈はない。
 ゼブルは狼狽えた。

「頭を御上げ下さい!(いや、本当は眠っていてくれた方がいいけれど……) 今日は、わたくしにも予想外の1日でございました。飛蝗やネズミの襲来はともかく、子供たちを人質に取られた事は不覚でした。獣王やウリエルに関する情報不足も、つまりは私の責任です」
「ん? 我の前で謙遜は必要なぁーい。飛蝗も人質も、ましてや獣王もー、お前が直接に手を下せばもっと簡単に片付いたであろうよぉ~ なあ、ゼブルよぉ~。まあ、さすがにウリエル相手には多少は手こずったかも知れぬがなぁ~ 
 それにしても敢えて手出しせずぅ、良く我慢したなぁ~。我は本当に感謝しておるのだぞぉ。この星の生物の運命は、彼ら自身が決定すべき事であるう~、あー、ヒックぅ……」

 ゼブルは思った。来たな、いよいよこれからが本番だ、覚悟を決めねばなるまい。
 泥酔の少女は更に続ける。

「我等は本来この惑星の生物に対しては所詮よそ者でありぃ~、傍観者であるぅ。たとえ人類がこの星を滅亡させようとぉ、それはガイアとアスラと、この星の生物全てが辿る仕方のない運命であってぇ~、我等が直接に手出しするべき事象ではないのだあーっ! 
 どいつもこいつも、はあ? その当たり前の事が分かっておらぁ―――――ん!

! 神の慈悲は人類だけに向けられるものではないぞぉー!  全ての生きとし生けるものぉ、無生物にさえ施されるものであろうよぉ。ヒック…… 人間だけが持つという『魂』とかぁ、『仏性』などぉ、ちゃんちゃら可笑しいわぁい………… ちゃーんちゃら。なぁ、そうだろうよ。
 『一切衆生悉有仏性』? はあ、ふざけるな! 人間だけかぁ? おお、『山川草木悉皆成仏草木国土悉有仏性』とか言う者も居ったなぁ。それは許せるぞぉ。森羅万象に真の意味での魂有りぃ!
 それはである我らが身に染みて、ん? 身は無いか? とにかく分かっている事ではないかあ~」

 と、ここでルシフェルは急に目覚めたかのような表情になり

「おっ! そうすると、10万人に供するというアスラの魔王就任の料理も自ずから決まったではないか」
「えっ? それはどの様な?」

 しかしルシフェルはゼブルの問いには全く答えず

「つまりぃ、仮に人類が一時はこの星の環境を滅茶苦茶にして滅びてもぉ、数千年数万年の内には、また星は生命力を取り戻しぃ、栄えるに違いなぁい。些細なことであ~るぅ。
 いわんやぁ~、この星、人類だけがぁ神に聖別された特別な存在であるなどという、馬っ鹿な、本っ当に馬っ鹿な、教会の教えわぁ、同時に傲慢極まりなくぅ~、一切合切が『神』を騙る者の洗脳によるものであーる! !」

「(少しは人の話も聞けよ、とか、つくづく思いながら)はあ……」

「そしてまたぁ、、ヒック。我々もまたぁ、この宇宙に存在する無数の種類の脆弱な生命体のひとつであ~る。
 それが偶然の進化によって稀有な発達を遂げぇ、思い上がって自らの住む星を滅ぼし、逃れ得た少数がこの惑星に達したに過ぎなあいぃ! 
 我等に出来ることわぁ、ただぁ、我等のような過ちを犯さぬよ~う、それとなく彼等を導きぃ、どうしても必要な際に限って僅かな力を貸すのみではないかぁ――!」
「はあ……」
「だからこそ我は、彼らの至らぬ所も敢えて容認しぃ、ガイアを支え、そして今はまたアスラを育てようとしてくれているゼブルに頭を下げるのだぁ! 我の考えるところを理解し、細心の注意を払って実行してくれるバアル・ゼブルよぉ~、お前こそが我の最良の副官でありぃ、かけがえのない友であるぅ!! 
 そうだろう、なあ、おっさぁ―――ん!!! おええ……」

 ゼブルには言う言葉が無かった。
 というより、彼の肩を何度も強く叩きながら同意を求めて来るに呆れていた。
 しかしまた、尊大な筈のルシフェルが、自分に対しこのように真情を晒し語ってくれるとは! 
 ん、真情か? ひょっとして、明日の朝になったらすっかり忘れてしまっている類の言葉ではないのか?
 まあいい、だとしても、ここは黙って騙されておこう。そちらの方が気分が良い。

 (ゼブルの心の声)おい、随分と騙されやす過ぎじゃないのか? アンタ、そんなキャラじゃないだろうよ!

 そんな事は承知の上だ。
 もとよりルシフェルの放言する事は、自らもまた信じるところである。
 それゆえに、愚かで心狭い「理想」の通りになるヒト族を新たに創造し、魔族や亜人を地の表から駆逐しようとする「神」を騙る者と敵対してきたのだ。

 そしてまた、ルシフェルは言った。

「ウリエルについてはあまり心配する必要はなあいっ、うぷっ! あ奴の性格は我が良く知ってお~る。おそらくは教会の情報を洩れ聞いてアスラの事を知りぃ~、興味本位で先走っただけの事であろう、げっ、うぷっ……」

 ゼブルはひとつ気にかかっていた事を尋ねた。

「ウリエルは今回はを使わなかったようですが、もしかして、受肉の際に邪眼の能力を失ったのでしょうか?」

 すると、酔っ払いの少女、いや、ルシフェルは答えた。

「おそらくそうではない、うっ! 今回はただの様子見だから控えたのではないかぁ~。いずれにせよぉ、これが即ぅ~、天使軍の襲来には繋がりはしないだろう、う、おええ…… 
 今頃わぁ~、ウリエルの独走ぶりにぃ~、立腹している教会幹部が大勢居るだろうよぉ~~~。ああ苦しい。もう勘弁せよ」

 最後の部分には構わず、ゼブルは言う。

「ならばこちらも早々に悪魔軍を動員せずに済み、助かるのですが。今は敵とは言え、できれば再びの同朋同士の戦いは避けたいのです」
「そうなれば良いがぁ、はぁ、最終的にはそう穏便に事は運ぶまい、うっ! 自分たちの不利な戦況になればぁ~、奴らはついに天界の天使たちさえもぉ~、として躊躇せず投入してくるだろう、おうっ! その時こそわぁ、この星に生まれた全ての生物ぅ~、そしてぇ~、我らと奴らの決戦となるであろう、うっ、げげげ!」
「やはり、そうならざるを得ませんか……」
「そ、そうだな。その時までぇ~、ガイアとアスラを宜しく頼むぞお! 特にアスラは親の愛を知らぬ娘だからなぁ…… うっ、とにかく、もうダメだあ~~~っ!!」

 ゼブルは最後に尋ねた。

……?」

 しかし、その問いに対する答えは無かった。ルシフェルの姿は消えた。

 泥酔のあまり答えられなかったのか、それとも?
 あまり深くは考えないようにしよう。
 うむ、そうしよう。

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