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第2部 魔王って? 獣王って? 天使って?
第24話 ルシフェル様、またまた、ちょっとだけ登場
しおりを挟むその日の夜、魔王城の執務室にて、宰相兼執事であるゼブルが机に向かっていると、部屋の空気が動き、誰かが突然現れた気配があった。
机から目を上げ、見ると少女の姿がある。
ドアの開く音がしなかったということは、転移の能力で移動して来たのだろう。
「どうなさいました?」と声を掛けようとして思いとどまった。
やはりここは一言注意すべきではないのか?
他人の部屋を訪れる際は転移ではなくドアから入るように、その前に礼儀正しくノックをし、入室の許可を取るように……
だが
違う、これはアスラ様ではない。
姿形は同一だが、漂う雰囲気が全く異なる。
あの直後、まずガイア様が咄嗟にアスラ様の所に飛ばれ、身柄を確保なさった。
幸いこれといって目立った外傷はなく、おそらくは空腹(!)と、そして何と言っても連戦でお疲れになった為、お倒れになったのだろう。
アスラ様はそのままガイア様に抱えられて魔王城へと帰還され、今はまだ自室でお休みになっておられる。
意識を取り戻されたならば真っ先に自分の下に連絡が来る筈だ。
ということは、隣室に控えている看護の者にも知らせず、密かに部屋を抜け出して来られたという事だな。
そういう事を、わざわざしなくてはならないとすると……
少女は言った。
「時間が無い。手短に現在の状況を説明して貰おうか」
ああ、これはやはりルシフェル様か。
アスラ様が今は眠っておられるから、ルシフェル様がこうして出て来られたに違いない。
アスラ様が目覚められたならば、ルシフェル様はまた引っ込まれるのだろう。
時間が無いとは、つまりはそういう意味であろう。
今日は止むを得ず獣王を片付けるために顕現されたが、アスラ様の身体はアスラ様のものであって、出来る限り余計な手出しはしたくない、そういう事であろう。
くくく、しかしそれにしても少女とは。
しかもパジャマ姿のルシフェル様とこうして相対するとは、くくっ…… なかなか御似合いではないか!
ゼブルは苦笑を隠しながら、少女に言われる通り、部下からの報告を基にその後の顛末を語った。
獣王が消滅し、サリエルも去ったので、獣王軍にはもはや戦意らしきものはなく、したがって後処理は比較的簡単であった。
部下を犠牲にした獣王のやり方に対する反発もあったのだろう。
また、アスラ様と獣王、そしてサリエルとの常軌を逸した戦いを目の当たりにした驚きもあったろう。
命を受けて魔族軍が城壁の外に討って出ると、獣王軍の大半の兵士はこちらの降伏勧告にすぐさま応じ、武器を捨てた。
人質の子供たちも全員が無事に救出された。
ごく一部に抵抗はあったが、すぐに鎮圧された。
若干の兵士が逃亡したが、それは捨て置いた。いずれ何かの敵対行動を起こすようならば、その時に対処すれば済む事だ。
降伏した兵士たちに対しては、現在は魔族軍の監視の下で城外に留め置き、簡単な取り調べ中である。
数が多いので2・3日はかかるであろうが、終わり次第、獣王領に送還する予定である。
その際は魔族軍の一部を付けて護送することになるが、護送部隊の責任者の人選を急ぎ行わなくてはならない。
王を失った獣人領が混乱するのを防ぐために、部隊は一定期間は獣人領に留まり占領統治を行うことになるだろう。
そうすると部隊の責任者はそのまま占領統治の責任者になる訳であるから、この人選は重大だ。
今の所、自分個人としては、獣王軍の眼にその力を実際に見せつけたバベルが適任ではないかと思っているが、そうなると従魔筆頭代理を誰にするかを考えなければならない。
頭の痛い所である。
ここで少女が言った。
「おいゼブル、貴様、『頭が痛い』とか言いながら、何だかニヤニヤしておるではないか。何が可笑しいのだ。もしかして我のこの姿か?」
ゼブルは危うく吹き出しそうになった。
「いっ、いえいえ! 無論そんなことはございませんとも。くくっ……!」
必死で笑いを抑えながら説明を続ける。
10万を超える大軍が忽然と現れた事に関しては、やはりヒト族の教会が絡んでいたようだ。(くくっ!)
これは兵士たちの今までの証言によって明らかになった。(くっ!)
子供たちを人質にした例の笛吹男も、逃亡し遂せたとみえて確認は取れていないが、やはり教会が提供した能力者であると考えて間違いはないだろう。(ぷっ!)
また、飛蝗の襲来についても、教会が能力者を手配したか、あるいは改造によって獣王自身が新たに能力を身につけたかだが、おそらくは後者であろう。(ふぅ…)
自らを「パズーズ―」と名乗っており、それは遥か古代の、蝗害を呼ぶ魔神の名であるから。(よし! やっと笑いが収まった)
鼠についても同様だろう。教会の能力者か、あるいは獣王本人か。
これも自分は後者ではないかと考えるが、いずれにせよ大した事ではない。
問題は、獣王が予想以上の怪物に変貌していた事だ。
奴の宮殿にヒト族教会関係者の出入りがある事は掴んでいたし、大軍を揃えながら敢えて1対1の戦いを挑んでくることから、相当の自信がある、つまりは相当の改造を受けているとは判断したが、正直な所、まさかあれ程の化物になっているとは想像できていなかった。
巨大キマイラの時点ではまだしも、身体を細切れの肉塊にされても死なず、果ては自ら細胞単位に分裂し、その細胞1つ1つが他者の意識と肉体を捕食するとは!
教会がそれ程の技術を開発していたことも、また、そのような悪辣な技術に自身を委ねた獣王の魔族に対する怨念も、自分には充分に理解できていなかった。
その事によって危機を招いてしまった。これは全く自分の失態だ。
幸いアスラ様、そしてルシフェル様のおかげをもって撃退する事が叶ったが、これは今後、対ヒト族、対教会の戦術及び戦略を立案する上で最重要の考慮すべき事項となるであろう。
そしてまた、ウリエルのような上級天使が、この段階で出張って来た事も意外であった。
いずれ天使軍とは決着をつけなければならないだろう。しかし暫くはまだ鳴りを潜め、少なくとも表向きは戦いをヒト族と魔族・亜人の間のものの様に見せかけると考えていたのに。
地上に居る天使の数は知れているとしても、ひょっとすると天界の軍勢までも早期に引っ張り出してくるのか? だとすれば、こちらもいよいよ悪魔軍を本格的に動員しなければならない事になる。
今までのように楽観ばかりはしていられない。そしてアスラ様にも、場合によっては味方を犠牲にしてでも敵を倒すという非情な決断を迫らなければならない。それが果たしてアスラ様にお出来になるのか………
説明は後になるにつれ憂鬱なものになったが、少女は大方は満足したように微笑んで言った。
「そうか。状況は分かった。御苦労であったな」
そして机の上に置かれた瓶と、グラスに満たされた淡緑色の液体に視線をやり、今度は苦笑して続けた。
「相変わらず酒に強いようだな。匂いからして、相当に度数の高い酒類に違いないが、全く顔にも振る舞いにも酔いが出ておらぬではないか」
ゼブルは慌てた。
というのは ――――
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