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第2部 魔王って? 獣王って? 天使って?
第9話 飛蝗(決して「非行」ではない)
しおりを挟む「アスラ様は、魔族が元は人間であった事は御存じでしょうな」
私は頷いた。
旧文明に生きた人々が、生活を便利にしたり戦闘能力を上げるために、道具や機械の開発だけでは飽き足らず、ついには自分たちの遺伝子を改造して魔族となった。そして科学と魔力によって互いに相争う大戦争を起こし、多くが死に、高度な文明も文化も失われてしまった…… らしい。
それはヒト族の教会においても、「愚かな」とか「罪深い」とかいった悪意的な形容詞を随所に散りばめて、再々語られることだ。
こっ。
「それでは、獣人やエルフ、ドワーフ等、他の亜人たちについてはどれ程の事を?」
今度は私は首を横に振った。ごめんなさい、ゼブル先生。正直言って、あんまり知りません。
だって、ヒト族の司祭や先生たちから聞くのは、亜人もまた旧文明の技術によって生み出されたということぐらいで、あの人たちは、魔族の愚行については憎々しげに長々と語るくせに、他の亜人たちについてはあまり多くを話したがらないもの。
旧文明の被造物であるならば、魔族同様に呪うべき存在である筈なのに。
しかし現実には、ヒト族の街々ではかなりの数のドワーフや獣人たちが、辺境の争いでの戦勝奴隷やその子孫として、様々な形で使役されている。
これは教会の教えとは明らかに矛盾するけれど、今や彼らの労働力なしではヒト族の社会も立ち行かず、極めて困ったことになると皆が分かっているのだ。
だから誰も矛盾を指摘しないし、自分たちにとってのいわば必要悪である、亜人という存在については好んで触れたくないのだろう、と思う
で、これも正直言って、ソロソロマタ、オナカガスキマシタ。
キョウノオヒルハ、ナニ食ベヨウカナア。
こっ、こっ。
「彼らは第一義的には旧人類の道具であり、武器だったのです」
「…………」
「無論、旧文明の時代には、今では考えられない程の便利な機械や、恐るべき兵器が多数存在しました。しかし、それらの機械を使って労働したり、兵器を操縦して戦うのは、結局は人間ではありませんか。
ですから、どこからか秘密裏に入手した細胞の遺伝子操作と培養により、例えば手先が器用で発明の才のあるドワーフ族を生物学的に創造して、既存の機械の操作や新技術の開発、武器の作成等に従事させた。また、エルフ族には、敵を殲滅する強力な魔導兵器の核となる部分として、その兵器を操らせたのです。エルフは樹木や無生物を操る魔法に長けていますから。
そうして人間の労力を更に減少させたり、戦場においては人的被害を減らすようにした。
もっとも、最終的には、巨大な威力を誇る兵器によって、対立する国々の都市自体が破壊し尽くされ、その時には自らも魔族となっていた人間たちも滅亡寸前までに至ってしまったので、あまり意味はありませんでしたが」
パスタニシヨウカナア。ソウスルト、ヤッパリトマトソース? デモ、キョウノキブンハクリームソース? ソレトモ、シンプルニ、ペペロンチーノ?
ぶ――ん。
こっ、こっ。
こっ、こっ、こっ、こつ、べちゃ。
「最も悲惨だったのは獣人です」
「それは、どういうこと?」
「彼らは主に歩兵として膨大な数が生み出されたのです。人間同様の知能と、人に遥かに勝る頑健な身体を備えていますので、前線で白兵戦を担うには最も適任でしたから。そして数知れない獣人たちが戦場で無残に死んでいった。今でも獣人たちの中に魔族を恨む者たちがいるのには、こういった歴史があるのです。
3000年も前の事ですから、その間に彼らと魔族との関係も相当に改善され、アスラ様も御覧になった通り、この城下街にもかなりの数の獣人が差別されることなく暮らしております。ただし、全ての獣人の敵意が薄れたり解消された訳ではない。獣王は今も魔族を憎んでいる、その最たる者でしょう。
ガイア様の力を恐れ、表向きは従属してきましたが、ここに来てまた敵意と野心が露わになったという事ですな」
ぶ―――――――ん。
こっ、こっ、こん、こつ、べちゃ、こっ、こん、べちゃ、こっ、こつ、べちゃ、べちゃ …………
あー、さっきからウルサイ。何なんだ、この音は?
「時間が来ましたな。この続きはまた後日にしましょう。御覧下さい」
ゼブルさんが、日射を遮るために閉めておいたカーテンを開ける。
そういえば、ついさっきまで明るかった部屋がいつの間にか薄暗い。
違う。これは日が陰ったんじゃない!
だって、げげげ、窓ガラス一面に虫がへばりついてるもの。
かさ、かさ、かさ、かさ。
ばた、ばた、ばた、ばた、ばた、ばた。
ぶ――――――――――――――――ん。
あたりに響く羽音の唸りが重なって、だんだんと大きくなる。
「飛蝗です」
「ヒコウって?」
「非行ではありませんぞ。あれは本来は良い子が、何らかの事情で社会通念上必ずしも褒められない行為に走るもので、例えば『カツアゲ』や、『バイク』での『暴走行為』等がその典型ですな」
「だから、そうじゃなくって!」
「トビバッタです」
説明いらんかった。
そのまんま。
窓に無数にへばりついてたり、頭からぶつかって来たり、もう潰れて羽と足だけ蠢いてたりする、これがみんなバッタ!?。
1匹1匹は人の小指より少し大きいぐらいで、色が緑でも黄色でもなく黒っぽくて、羽が大きめだ。
ガラスの隙間から見えるのは、濃い煙が幾重にもたなびいて太陽までが覆い隠されているような景色……
て、見呆けてる場合じゃない!
何だこれは!?
「獣王の攻撃です。思ったよりも早かったですな」
「え? だって獣王からは、満足のいく返答のない場合って」
「そんなものは、こちらを少しでも油断させるための嘘に決まっているではありませんか。あの者が正々堂々と宣戦布告後の開戦などする筈がない」
あ、そーいう相手なんだ。
わかってるんだったら当然それなりの防衛の準備は済んでいる
ようには全く見えなかった。
廊下に飛び出すと、もう既にここまで無数のバッタが入り込み、ほとんど視界を遮るほどにその密度が高い。
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ バッタ
まるっきりこんな感じ。しかも廊下の先の方までずっと。
で、そのバッタの大群の皆さんが異様なテンションで上下左右に、奥に手前に飛び回って、狂乱の三次元ダンス大会を繰り広げていらっしゃる。
何千、何万、それ以上の数なんだろうか。羽音はもはや重苦しい集合音となって
ぶ――――――――――――――――――ん!
の唸りが廊下中に反響して耳が痛い。
痛いのは耳だけじゃなくて、何匹も次々と顔に当たってくる。
まともに目を開けていられない。
壁や天井も、バッタ、バッタ、バッタ、バッタ、バッタ(以下繰り返し)が這い回って、煉瓦の地肌が見えなくなりそうだ。
床ももちろん、ぎっしりとバッタのカーペット。
望楼に向かって走り出すと、一歩ごとに足元から何匹もの虫を踏み潰す感触が伝わってきて、うう、気持ち悪い。
「結界は?」
ぶ――――――――――――――――――ん!
「え? 何とおっしゃいました?」
くそー、羽音で声まで通りにくい。
だったら大声で
「常時張ってある防御結界はどうしたの?」
と叫ぶように尋ねると
「そんなものはございません」
だそうだ。
城や街に大規模結界を張っておくなんて、膨大な魔力の無駄。非常時ならともかく、平時においては魔力の余裕はもっと生産的な目的に使う。だから結界は最低限の、不審者や敵の「転移」による侵入を防ぐものしかない。
ということらしい。
それは確かに正論だけど、ついさっき不穏な知らせがあったばっかりじゃん。
だったら今は非常時には当たらないの?
それに使い魔や見張りからの報告が全く無いのも、どういうこと?
何かがおかしい。
いっそこの人を問い詰めて、いや、今はそれどころじゃない!
(…………)
「トビバッタの大量発生は、一般的には高気温、高降水量の環境において広大な草場が出現した時、バッタが孤独相から群生相に変化して起こるものでして」
「はあ……」
「ですから本来このような北の地方で生じるような災害ではないのです。また、獣王やその配下には蝗害を引き起こすような能力者はいない筈。あ、ふつう蝗害と言われるのでイナゴと勘違いされている事が多いようですが、実はバッタでして、また、もちろん公害とは全く別の物で、あちらは工場からの煤煙や汚水が大気や水を汚し……」
「…………」
心の声さん!
(ん、どうした?)
どうした、じゃないでしょ!
何か方法は?
(うーむ、残念ながら我もバッタに転生した経験はないからな)
使えねー!
(そう言えば、ゼブルは本来、暴風を司る魔人だとか違うとか)
だから、今、それが何の関係が!?
(いやあ、都合良く強い風が吹かないかなあ、なんて思っちゃちゃ、あ、噛んだ)
剣を振り回して少しでもバッタを追い払おうとしてる人たちがいるけど、もちろん、そんなことをしても何の役にも立ちはしない。
その内の一人がこちらに気付いて
「ゼブル様、イナゴの大群が、しかもとんでもない数です」
「そんな事は、この有様を見て分かっております。それに、イナゴではなくバッタです」
「…………」
「ん、どうなさいました? アスラ様」
「別にぃ!」
望楼に上ると、霧のせいで視界が遮られて見張り台の意味がほとんどなかった。そういえば、雰囲気を出すために常時魔法で、とか言ってたっけ。でも
そんな余裕があるなら防御結界に回せよ!
それに、普通ならそこに立っている筈の見張り番も居やしない。
やっぱり何か怪しいぞ。
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