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第1部 ルシフェルって? 教会って?
第19話 キッチン・バイオレンス(極上の水)☆☆
しおりを挟む哲学者みたいな目をしたカピバラの獣人さんに案内されて厨房へ向かう。
(おい、引き受けたはいいが、厨房がティア婆の本体に合わせた超巨大サイズだったらどうするつもりだ)
あ、それは考えてなかった。
どうしよう。
でも、実際の調理場は、そんなことはない普通サイズだった。
床もコルクの完全なドライキッチンで、しかもこの丁寧な掃除のされ方は……
おまけに噂に聞く魔導コンロやオーブンまで完備してるじゃないですか。
むむむ、これは手強いぞ。
きっと普段から清潔な美味しいものを作ってるって、これだけでもわかる整った環境だ。
厨士さんたちが礼儀正しく
「宜しくお願いします」
と挨拶してくれた。良かった。
ひょっとして意地の悪い強面の料理長とかいて
「なにぃ。こんなガキが俺たちに指示を垂れて料理だとお、舐めんじゃねーぞ」
なんて顔をされるんじゃないかと警戒してたんで、ちょっと安心した。
きっとティアお婆さんが、念話か何かで私のことを重々伝えてくれてたんだろう。
たぶん念話も使えるとか、ここまで教育が行き届いているとか、二重の意味でびっくりする。
やっぱりあのお婆さんタダモノじゃーないわ。
(食わせ者の、クソババアではあるがな)
と思ったら、やっぱりいた、態度の悪いのが。
他の厨士さんたちは揃って頭を下げてくれてるのに、後ろの方でそっぽを向いて、いかにも不貞腐《ふてくさ》れた顔をしているのが一人。
まあ、どこにでもいるよねー、こういうのの一人や二人。
何かの担当のシェフでもなさそうだし、コイツだけならまだマシかあ。
いっそ皿洗いとかの適当な下働きでもさせて、後は放っておいてもいいけど。
(こういう奴は、最初にガツンとやっておかないと後が面倒だぞ。料理の最中に手を抜かれたり、他の厨士まで巻き込んでサボられたらどうするのだ)
うん、そうだね。
こういうヤツは、やっぱり最初にガツンと……
で、私は言った。
「そこの君、前に出て来てくれるかな」
「あーっ、オレですかあ~」
そいつはいかにも不満そうな態度で、渋々と私の前に出て来た。
ふーん、やっぱ竜人かあ。この種族の中には時々、妙にプライドだけ妙に高くって、つき合いにくいのがいるらしい。
自分たちは龍の子孫だから他の亜人たちとは違うって気持ちなんだろう。
私はヒト族だから尚更だろうねえ。
で、こいつも、調理用の帽子を脱ぎ、ダルそうに長い爪で頭を掻きながら威圧的に私を見下ろしてやがる。
ん? 長い爪だって?
「その爪はどういうつもり?」
「あー、どういうつもりってぇ、ドラゴニュートですからねえ、当たり前でしょう。長く逞しく鋭い爪はオレたちの大切な武器であり、誇りですから、それが何かあ?」
「今すぐ切ってきなさい。長い爪は調理の邪魔になるし、不潔だから」
「はぁー、いきなり来た小娘に、そんなこと言われてもねぇ」
そこで私は拳を固めて
(あ、おい)
「バカヤロー!」
必殺のグーパンチ。
その「誇り高い」ドラゴニュートは調理場の隅まで吹っ飛んだ。
並んでいた他の厨士さんの頭の上を飛び越え、銀色の流し台に背中から激突だ。
綺麗に並べてあった何枚もの皿が落ちて、破片が飛び散った。
あらら、これは予定外。
あとで料理長さんに謝っておかなくちゃ。
私は唖然としている厨士さんたちをかき分けて、床に座り込んだままのその竜人さんの前まで行き、精一杯の怖い顔で睨みつけ、ゆっくりと言った。
「料理人の癖に、清潔さという基本の基本もわきまえないヤツは」
ここですーっと息を吸い込んで、全身に魔力を漲《みなぎ》らせ、一気に、
「死んでしまえ!」
言ってやった。よーしよし、ビビってる。
これで少しは大人しくなるだろう。
「言われた通りにするか」
「あ、はい」
「よろしい。では爪を切り次第、仕事に戻りたまえ」
決まった。
のはずが
(調理場で暴力など非常識な)
暴力じゃないよ。こういうのは教育って言うんでしょ。
(暴力を振るう者は皆そう言うのだ。旧文明ならキッチン・バイオレンスで訴えられるぞ)
えーっ⁉
だって心の声さんも執事さんも、「雨降って地固まる」って言ってたじゃない。
確か、「頬にグーパンチ」で相手に反省を促すとか何とか。
(それは元々親しい相手と喧嘩をした場合の、よくある青春ドラマの陳腐な展開だ)
ドラマぁ? 陳腐ぅ?
それを早く言ってよぉ。
それに、さっきも、「最初にガツンと」って。
(「ガツン」の意味が違う。言葉か何か別の方法で……)
うーん、でももう遅いよ。
やっちゃったものはしょうがない。
それに、竜人さんも素直に反省してるようだし。
とにかく、さあ料理の準備にかかりましょう。
(この娘には反省というものが無いのか。はぁ)
それから私は、調理用に使う水を一杯もらって飲んだ。
別に「ガツン」とやった後で喉が渇いてたからとか、調理前に気を落ち着かせようっていうわけじゃない。
やっぱり水は料理の基本でしょう。
これが良くないとスープやソースの味が酷いことになるし、味付けや献立を変える必要だって出てくる。
一度沸かすか、最悪の場合、亜空間に収納しておいた自前の水を使うつもりだったけど、ここの水は変な濁りも臭いもなく、すみずみまで透明で、飲んですっきりと美味しく、それでいて料理の邪魔をしそうな余計な味もしないものだった。
幸いと言うべきか、さすがと言うべきか、水がこうだからこそ、あれほどの野菜やフルーツが育つのだろう。
うん、これなら料理もイケそうだ。
調理場に置いてある調味料や香辛料、チーズ類なども豊富だ。
バターも新鮮で、これはおそらく今日作ったばかりなんだろう。
作りたてのバターって嫌な脂っぽいバター臭がしなくって、料理に使うのがもったいないぐらい美味しいんだよね。
では、今日はこれをたっぷり使わせてもらいましょう。
あとは野菜は当然として、魚介類も今日獲れたてのものばかりだし、ティアお婆さんが自慢するぐらいだから味も信頼できるはず。
肉は適度に熟成させたものの方が旨味が増すので、貯蔵庫にある良さそうな肉を使うとしよう。
で、何を作るかというと、よし、決めた。
私は厨士さんたちを集めて言った。
「今日のメニューは…… まだ秘密です」
「「「「「はあ?」」」」」
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