フィーネ・デル・モンド！ ― 遥かな未来、終末の世界で失われた美味を求めて冒険を満喫していた少女が、なぜか魔王と戦い、そして……

第１部 ルシフェルって？ 教会って？

第８話 スイッチが入っちゃいました（ゼブル氏が雄弁さの本領発揮）

　執事さんは挨拶あいさつと共に、うやうやしくお辞儀をしてくれた。
　くーっ、絵にかいたような有能そうな執事さんだ。
　いや、執事の「絵」って見たことないけどさ。

「あ、ご丁寧ていねいにどーも。俺、戦士やってます。ルドラです」
「ワタシ、魔法担当。名はソフィア」

　おっ、偉い偉い上から目線？。魔族だろうが何だろうが、礼儀正しい相手には礼儀で返すのが大事だよね。
　ん、ルドラにソフィア？
　ああ、そう言えばそんな名前だったかな。

（忘れてたのか？　もう、まる一年以上、共に旅しているだろうに）

　うん、名前や住所は覚えるの苦手なんだ。
　覚えても、すぐにまた忘れるし。
　だって、なぜそんな名前なのか住所なのか、理由も必然性もないでしょ。
　別にモヒカンさんが「ルドラ」じゃなくて「ルパン」でも「パンドラ」でも全然いいし、何も変わらないし。

　　…… あのぉ、実は「ルドラ」はシヴァ神
　　の前身だったヒンドゥーの暴風神の名、
　　それに「パンドラ」は女性の名前なん
　　ですが。
　　ついでに言いますと、「ソフィア」は
　　グノーシス神話に登場する女神の名で、
　　その意味は「叡智」
　　ちゃんと由来が…… 
　　い、いえ、もういいです。失礼しました。
　　（作者談）

（むむむ、それにしてもだ）

　まあまあ、誰にだって苦手なことはあるよ。
　ところで、私の心の声さんの名前は何だったっけ。
　それこそ一年や二年どころか、私がちっさい子供の頃から、ずーっといろいろお話してきたよねえ。

（そうだな。しかし我の名を教えたことはないぞ。お前が聞かないからな）

　そうか、私、だから知らないのか。
　納得。ははは、面白いねえ。

「そちらのお嬢様が勇者アスラ様ですな」
「あ、はい、そうです。あまり自覚はないですけど、一応周まわりが言うには勇者だそうです」
「お会いできて光栄です。勇者であり、サヴァラン公爵御令嬢様、おっと、これは小声で」

　え、この人も今なんか嫌なこと、しれーっと言わなかった？

（完全にバレてるぞ）

「ガイア様がお待ちになっております。さあ、馬車へどうぞ。皆様も御一緒に」

　と…… ここで何事かに気付いたのか、執事さんが、羊の角をした御者ぎょしゃさんに指先で小さく合図をする。
　おお！　執事とヒツジ。

（古い、古過ぎる）

　ゴメンなさい。

　御者さんは軽く頷うなずくと、手に持った鞭むちをいきなり鋭く斜め上に振った。
　鞭の先は空気を裂いてぐんぐんと伸び、隣家の屋根に潜んでいた複数の人影に巻き付いて一気に引き摺ずり下ろす。
　魔力弾らしい輝きが、ちょうどそれを放つところでバランスを崩されたのだろう、あらぬ方向に飛び、空中高く消えた。

「「「ぐはぁ！」」」

　商人っぽい身なりの三人は、頬や肩を大通りの地面にしたたかに打ち付け、痛みにのたうち回った。その内の二人は抜き身の剣を手に握っている。
　すぐさま、どこからか５～６名の警備兵が現れ、彼らを後ろ手に縛しばり上げる。
　執事さんが落ち着き払ったまま言った。

「旅の商人のように装っていますが、ヒト族の剣士と魔導士ですな。ガイア様を襲うつもりだったのか、それとも街を騒乱に陥れるつもりだったのか。どちらにしても、たまたまこの馬車を見かけて、これ幸いと襲撃しようとしたのでしょう」

　街の人たちが集まって来て、口々に大声で罵ののしる。

「魔王様の馬車やゼブル様を襲おうとか、ふてえ野郎だ！」（近所のオジサン・談）
「これだから、ヒト族ってのは野蛮で、全く嫌なんだよ！」（太めのオバサン・談）

　御者さんは終始無言のまま。
　執事さんが再び私たちに促うながした。

「さあ、今度こそ馬車へどうぞ。後は兵士たちが適切に処理するでしょう」

　馬車は向きを変えて私たちを乗せ、もと来た方向へゆっくりと走り出す。


　窓から外の景色を眺めながら少し黙ってたら、雰囲気を和やわらげようと気をつかってくれたんだろう、執事さんが話しかけてきた。

「襲撃者についてお考えになっているのですか？　あれは、不審者が街に入り込んでいるのは報告を受けておりましたから、あらかじめ監視の者を配しておいたのです」

　う～ん、この街は警備が厳重なのか甘いのか。
　それにしても、実際に事を起こしそうになるまで泳がせておくなんて、随分な余裕だなあ。
　あれ、一つ間違うと、私たちもああなる運命だったのか？
　とか考えてると、今度は

「魔族の街は如何ですかな。勇者様のご感想を是非ぜひともお伺いしたいものですが」

　なんて、聞いてくる。
　うーん、それをずばり尋ねられても困るんだよね。
　まさか正直に「勘違いがヒドイ街ですねえ」なんて言えないもの。
　それにもしかしてコイツ、わかって聞いてるんじゃないか？
　いきなりそこ突っ込むかぁ、なんて思ったけど、でも考えてみれば初対面なら当然の質問かも。
　いかん。街に入って以来、ちょっとしたカルチャーショック。一気にいろいろありすぎて、思考が頭の中をぐるぐると堂々巡めぐりだ。
　そこに

「いやー、予想と違って驚いたっすよ」

　これだ。
　いるよねー。相手はこっちに話しかけてるのに、無神経に割り込んでくる奴。
　まあいいけどさ。
　普段だったら「ちっ」とか思うところだけど、今回は横から乱入歓迎。
　ナイスタイミング、グッジョブって、そこまで褒ほめることでもないけどね。

「ほう、それはどういった意味で？」
「魔王の居城って言えば、もっとおどろおどろしい感じを想像するじゃないっすか。なーんか寒々とした岸壁にそびえ立つっていうか」
「ん、そうそう。鷲か何かの猛禽もうきん類が暗い空を舞ってて、岸壁のそこいら中に鴉からすが留まってカァーカァーって鳴いてる不気味な風景」
「はは……」

　執事さんの目が笑ってない。
　まあね、面と向かって、「想像力が貧困」とか「陳腐ちんぷ」とは返せないよね。
　乾いた笑いで誤魔化すしかないよ。
　私もこの人たち相手には随分その手を使わせてもらいました。
　わかるわかる、今のあなたの気持ち。

「まあ、相当の昔は、そんな趣味の魔王も居られたようですな」
「相当昔って、今の魔王の代になってから、どのくらい時が経つんすか？」

「３００年以上になりますか。ご存じの様に魔族は長命ですし、ガイア様は特別の方ですから」

　ん、特別？　どういう意味だろう。
　特別な体質？　特別強い？　まさかまさか、特別おバカとかなにしろ自分で自分のこと「ア・イ・ド・ル」とか言ってますから。

「３００ねん？　マジっすか」
「マジか」

　そう、魔族は長命だ。
　旧文明の時代に、自らの遺伝子を操作し異形となった人類がいた。
　現在の魔族はその末裔だ。
　ヒト族の倍以上の長さの寿命を誇り、魔力を操る。
　その代わりに繁殖力は低い。
　まあそこにヒト族が付け込む隙があるわけなんだけど。
　各個体の能力では劣っても、数の暴力でじわじわと魔族の領土を侵食し、最後には魔族を全て駆逐する。
　そうなれば他の亜人たちも、どういう扱いを受けるかは大方想像がつくよね。
　あー、こんなこと考えてるのがバレると、また「異端」とか言われそう。

「まあ、この街も元々は防衛主体の堅固な城塞都市でしたし、長い間にはいろんなことがございました。勇者御一行夢見がちな愚か者集団が魔王討伐と称して乗り込んで来られたのも、一度や二度ではありませんでしたし。もちろん、どなたも例外なく瞬殺でしたが。申しましたでしょう、ガイア様は特別の方だと。歴代の魔王の方々とは様々な意味で違うのですよ」

　自分の仕える魔王自慢？

「ああ、そう言えば勇者様からは、まだお聞きしておりませんでしたな。この街の印象は如何です」

　やっぱりなー。また来たよ。うーん、何て答えたものか。
　とりあえず

「わかりません」
「どういう事でしょう。率直な印象を伺っているのですが。分からないとは、もしかして、あまり興味を惹ひかないということでしょうか」
「正直なところ、あまりの多文化混在ぶりに戸惑ってて、まだ判断がつかないんです」

　すると、執事さんは手を打って喜んだ。

「わたくしは『印象』と申しましたでしょう。 最終的な好き嫌い、ましてや善悪の『判断』ではない。『あまりの多文化混在に戸惑うばかり』というのが勇者様の率直な第一印象ふぁーすと・いんぷれっしょんというわけですな。いやあ 良い表現です言葉で実態をゴマカすのに最適？。わたくしも使ってみよう。早速ガイア様にお聞かせせねば」
「それに」
「うん？　何でしょう」
「魔族の街に来たのはこれが初めてなんで」
「ほう」
「お聞きしたいんですが、どこもこんな感じなんですか？」
「いやいや、そんなことはございませんとも。大抵の街はヒト族と大差ありませんな。しかし、ここ数十年というものガイア様は、古代遺跡の発掘、そこで得られた古代遺物の研究、失われた文化の復興にご熱心でして、その結果、首都はこの有様……  いえいえ！　魔族だけではなく他種の亜人やヒト族までが集まって『このように活況を呈し』、勘違いのごった煮…… おっと！　『あまりの多文化混在に戸惑うばかり』になったのです。
　また、最近では他の街にも少しずつ悪影響を及ぼし…… いやいや、『文化の普及』が起こっておりまして、少々嘆かわしい…… いえいえ『喜ばしい限り』でございます」

　この人、わざと間違えてる？

（わはは、一応ガイアの手前、はっきりとは言いにくいのだろうよ）

　勘違いだって知ってるんだ。

（知ってるぞ）

　遺跡からの情報を、魔族の中で、この執事さんだけは正確に理解してるってこと？

（いや、遺跡からではなく元々知っておるのだ。ゼブルだからな）

　えっ？　ゼブルだからって、どういうこと？　説明求む。

（ひどく長い話になる。いずれ必要な時にな）

　そこをなんとか。ぜひ今お願い。

（しーん）

　拒否られた。

「魔族の街は初めてとおっしゃいましたが、それは何故なぜ」
「勇者パーティーですから、魔族の街に足を踏み込むだけでも争いになると思って。不要な戦いはできる限りしたくないので、それで魔族の街は避けて旅してました」
「なるほどなるほど」
「魔王ひとりだけを倒して事が済むのなら、それが一番いいし、そうしようと思って。でも、魔王が絶対悪だっていう考えも、自分の中でだんだん怪しくなってきちゃって。だとすれば魔王討伐なんてただの暗殺、テロじゃないのかと思っちゃっちゃっちゃ、あ、噛んだ」
「素晴らしい！　さすがにガイア様の見込まれた方だ。今までの有象無象うぞうむぞう、脳筋、低俗、自己満勇者とは違いますな」

　褒められちゃいました。

（ふん、公爵云々の事といい、使い魔の調べで全てわかっておる癖に、白々しい）

「ガイア様も同様のお考えなのですよ。これ以上、ヒト族と不毛な戦いを続けたくないと思っておられるのです」
「それはなぜ？」
「勇者を返り討ちゲームオーバーにするのに飽きられたのです」
「はあ？」
「もちろんガイア様も、魔王になられた頃から長い年月、ヒト族のことを強く敵視され、侵略を撃退し、勇者と称する者たちを退治してこられました。しかぁし、いかに自衛のための必要な行為とはいえ、２００年以上も延々と繰り返せば、飽きがくるのは当然でございましょう。ついには心底うんざりされ、何か別の方法で解決することを模索されるナンカナイカナーようになられた。
　それが平穏の確立と文化の振興であーる。
　これを魔族を始めとする亜人全体にまず実現しぃ、いずれはヒト族にも理解を促しぃ、共に喜びを享受したいとお考えなのでぇす最後は特に、らしくもなく声を張り上げて力説！」

　あれ、これはひょっとしてスイッチ入っちゃった？
　止まらねー。

「それはちょっと違うんじゃないすかねえ柄にもなく、オマエが言うか？」

　バカ！　口を挟むんじゃない。
　下手に刺激すると、ますます話が暴走ボーソーするぞ。

「自衛のためと言いましたよねえ。そこが納得いかないんすよ。自衛のためにやむをえず戦ってるのは俺らヒト族の方じゃないんすか」
「いさかい、争い、国家間の戦争においては、すべからく、それに関係する双方が、自分たちの正当性を主張する何らかの理由を掲げるものではありませんかな。

　その意味で、あらゆる戦争は自衛のための戦争と言える。

　魔族もヒト族も、自分たちは被害者であり、善良であり、相手は邪悪な加害者だと信じ込んできただけなのです。
　ガイア様はその不毛な連鎖を打破しようとしておられる。だからわたくしは、たとえ大きな勘違いや行き過ぎ…… おっと、ウォッホン、『多少の疑問点』があっても、その本来の目的に明白に相反するものでない限り、見なかったふり…… いやいや、『理解しよう』と努めているのです」