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七章、迷宮探索
七話、善性返還
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◆◆◆
————9:30 食堂
手探りでアラカが手掛かりを探している中、アラカの脳裏にはさまざまな言葉が並んでいた。
————これ以上、私の大好きな英雄を傷付けないで
————なんで、じぶ、ん……きり、捨ててる、の……?
————なんで戦うのですか?
「……自己を愛する……過去と向き合う、か」
アラカからしたら意味不明な言動を繰り返すやつら。
「……G u a?」
そこでようやく、アラカの腕の中に寝ているとある生き物が目を覚ました。
うとうとした様子のとある生き物————コードレスは周囲を見渡す。
「……おはよ」
「……!?」
声をかけるだけでアラカのうちに不快感が浮かぶ。いつも通りだった。
自己愛というものはなんなのか、アラカに欠損してるとはどういう意味なのか。
何も、何も分からないままだった。
「……自己を愛するって、なんだよ……それ。意味わからない……。
自己を愛せば、嫌われるだろう……離れていくだろう……奴ら曰く、それを持っていない僕が……実際、一人になったぐらい、だ……自己愛なんて、持てば全部消えて無くなるんだよ……気持ち悪い…」
心底不快そうに、絞り出すように殺意を撒き散らす。
その様子を見て、コードレスは静かに声を出した。
「……守銭奴が銭に必要以上の執着を見せるのと同じ。
……過剰でなければいい、それだけの話です」
「……哲学者アリストテレス、ですか」
アリストテレスの自己愛に対する解釈。
即ちそれは自己愛を必要最低限は持って見せろ、という意味であり、だがそれが意味不明だからアラカはこうして悩んでいる————検討はずれのアドバイスも甚だしい。
「アラカくん、今のを踏まえた上で知識を送ろう」
しかしそれは伏線である、と告げて。その上でアラカの必要な知識をコードレスは告げた。
「————もう誰も信用するな。
私も、誰も彼もを敵だと思い込め」
腕の中で抱かれる黒竜はそんなことを口走った。
————アラカは腕に込めた力を更に増やす。殺意に瞳が深紅に染まり始める。
「悪意と不快感が溢れ出ているはずだ。だがすまない、もう少しだけ殺すのは待ってくれると嬉しいです」
じわじわ、じわじわ、と水槽に垂らされた絵の具の液のように広がり始める。
今もまだ、殺意のままに行動していないのは相手が過去に正しく常識を解いたコードレスだからという一点である。
「君は何故、誰かを信用したがっている?」
殺意に満ちた眼を軋らせながら、その問いをアラカは考える。
「だって、信用できないと、……心が、保てないから。
心を保つ上で、重要な手段、だから……」
「————ならば何故、未だにそれができてない?」
切り込み様な言葉にアラカは押しだまる。それは殺意が暴走を始めたから————などではない。
「……」
————なんで、出来てないのだろう……。いいや、そもそもなんで〝そこに気付かなかった?〟
「(……客観視が、抜け落ちてた……か)」
そしてそれを出来なくなるほどに、アラカとはギリギリの瀬戸際に生きていたのだ。
それを認識したところで、コードレスは問いを続けた。
「アプローチを変えよう。
————他者を信用した自分を想像しろ、それで何が起きる?」
アラカは言葉をなぞる様に、適当に脳裏で浮かべる。
例えばコードレスを信用して頭を撫で————亀裂が走った。
殺意殺意殺意殺意殺意。全て殺してしまえ殺せ今すぐ殺せ、首を抉れ、目を引きちぎれ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
「っ!!!」
冷や汗に頭を濡らす、黒竜はそれを冷静に眺めて、ただ俯瞰して。
「何が起きた?」
そう、再び問いかけた。
「言わずとも良い、心に刻めばいい。
————では何故、そう思い込むようになった?」
「……」
アラカは記憶を紐解き、紐解き……少しずつ、己がそうなった理由を探り。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■
■■■■■■■■■■■■ ■
■■■■■■■■■■■
■■■■■
「————ふざける゛な゛ッ゛!!」
どぉぉおおんんっッッッ! 近くの木造テーブルを殺意のままに叩き落として破壊する。
———っピシッ。バキ……。近くの木が全て、亀裂の走る音を出す。
「っ、ぁ゛ぁ゛ッ゛!!」
————ぶち、ぎり……ぶち゛っ。
「■■■■■■ッ!!」
地面に〝潰した肉塊〟を投げ付ける。
「とても簡単な事です」
膝を着き、アラカは肩で息をする。
「ただ、〝誰も信用したくない〟という当たり前の事実に気づく事。
それだけで良いのですよ」
片目は閉じられ、そこからは血が呆れるほどに溢れていた。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「アラカ、顔を上げて」
「ぇ……?」
アラカは顔を上げて
————青い世界を見た。
「ぇ、あ、れ……? なんで、こんな」
すぅ……とアラカの目からは涙が自然とこぼれ落ちていた。
「なんで、こんなに……世界が、綺麗に……?」
————美しい世界。アラカの目の前にはそれが広がっていた。
あまりの色彩に、アラカは手で口を抑えて、泣き始めた。
「なんで、どうして…こんな、さっきまで、灰色の世界、だった、のに。
青も、こんな青じゃなくて、もっと汚い、はずで…… ————ああ」
さぁーーーー…………ステンドグラス越しに聞こえる雨音が、酷く耳障りの良いものに代わっていた。
「…そ…………っ、か」
そしてアラカは気付いた。一度も、自分を愛していないという意味に。
「…………僕は、今まで一度も、僕のことを見てなかったのか」
アラカは今、初めて自分を直視できた気がした。
要は〝自分に強いていた無理〟が取り除かれた結果なのだろう。視界に映る世界は本来の世界で、今までの視界が薄汚れていただけだったのだ。
「————そっか、そうだったんだ」
〝右眼を抉った状態〟なのにも関わらず、こんなにも清々しいということ。
それはまるで悟りに似ていて……。
「コードレスさん、綴さんって呼んでも良いですか」
そしてアラカが自分を直視できたということは。
「構わないよ。ちなみにどうして?」
「少し、心境の変化です」
自己の有する殺意に対して、少しだけ、ほんの少しだけ素直になれたということは。
「さてと、綴さん————ここにいる人、一人でいいから見捨てる方針でいきましょう」
————こういうことを意味する。
————9:30 食堂
手探りでアラカが手掛かりを探している中、アラカの脳裏にはさまざまな言葉が並んでいた。
————これ以上、私の大好きな英雄を傷付けないで
————なんで、じぶ、ん……きり、捨ててる、の……?
————なんで戦うのですか?
「……自己を愛する……過去と向き合う、か」
アラカからしたら意味不明な言動を繰り返すやつら。
「……G u a?」
そこでようやく、アラカの腕の中に寝ているとある生き物が目を覚ました。
うとうとした様子のとある生き物————コードレスは周囲を見渡す。
「……おはよ」
「……!?」
声をかけるだけでアラカのうちに不快感が浮かぶ。いつも通りだった。
自己愛というものはなんなのか、アラカに欠損してるとはどういう意味なのか。
何も、何も分からないままだった。
「……自己を愛するって、なんだよ……それ。意味わからない……。
自己を愛せば、嫌われるだろう……離れていくだろう……奴ら曰く、それを持っていない僕が……実際、一人になったぐらい、だ……自己愛なんて、持てば全部消えて無くなるんだよ……気持ち悪い…」
心底不快そうに、絞り出すように殺意を撒き散らす。
その様子を見て、コードレスは静かに声を出した。
「……守銭奴が銭に必要以上の執着を見せるのと同じ。
……過剰でなければいい、それだけの話です」
「……哲学者アリストテレス、ですか」
アリストテレスの自己愛に対する解釈。
即ちそれは自己愛を必要最低限は持って見せろ、という意味であり、だがそれが意味不明だからアラカはこうして悩んでいる————検討はずれのアドバイスも甚だしい。
「アラカくん、今のを踏まえた上で知識を送ろう」
しかしそれは伏線である、と告げて。その上でアラカの必要な知識をコードレスは告げた。
「————もう誰も信用するな。
私も、誰も彼もを敵だと思い込め」
腕の中で抱かれる黒竜はそんなことを口走った。
————アラカは腕に込めた力を更に増やす。殺意に瞳が深紅に染まり始める。
「悪意と不快感が溢れ出ているはずだ。だがすまない、もう少しだけ殺すのは待ってくれると嬉しいです」
じわじわ、じわじわ、と水槽に垂らされた絵の具の液のように広がり始める。
今もまだ、殺意のままに行動していないのは相手が過去に正しく常識を解いたコードレスだからという一点である。
「君は何故、誰かを信用したがっている?」
殺意に満ちた眼を軋らせながら、その問いをアラカは考える。
「だって、信用できないと、……心が、保てないから。
心を保つ上で、重要な手段、だから……」
「————ならば何故、未だにそれができてない?」
切り込み様な言葉にアラカは押しだまる。それは殺意が暴走を始めたから————などではない。
「……」
————なんで、出来てないのだろう……。いいや、そもそもなんで〝そこに気付かなかった?〟
「(……客観視が、抜け落ちてた……か)」
そしてそれを出来なくなるほどに、アラカとはギリギリの瀬戸際に生きていたのだ。
それを認識したところで、コードレスは問いを続けた。
「アプローチを変えよう。
————他者を信用した自分を想像しろ、それで何が起きる?」
アラカは言葉をなぞる様に、適当に脳裏で浮かべる。
例えばコードレスを信用して頭を撫で————亀裂が走った。
殺意殺意殺意殺意殺意。全て殺してしまえ殺せ今すぐ殺せ、首を抉れ、目を引きちぎれ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
「っ!!!」
冷や汗に頭を濡らす、黒竜はそれを冷静に眺めて、ただ俯瞰して。
「何が起きた?」
そう、再び問いかけた。
「言わずとも良い、心に刻めばいい。
————では何故、そう思い込むようになった?」
「……」
アラカは記憶を紐解き、紐解き……少しずつ、己がそうなった理由を探り。
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どぉぉおおんんっッッッ! 近くの木造テーブルを殺意のままに叩き落として破壊する。
———っピシッ。バキ……。近くの木が全て、亀裂の走る音を出す。
「っ、ぁ゛ぁ゛ッ゛!!」
————ぶち、ぎり……ぶち゛っ。
「■■■■■■ッ!!」
地面に〝潰した肉塊〟を投げ付ける。
「とても簡単な事です」
膝を着き、アラカは肩で息をする。
「ただ、〝誰も信用したくない〟という当たり前の事実に気づく事。
それだけで良いのですよ」
片目は閉じられ、そこからは血が呆れるほどに溢れていた。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
「アラカ、顔を上げて」
「ぇ……?」
アラカは顔を上げて
————青い世界を見た。
「ぇ、あ、れ……? なんで、こんな」
すぅ……とアラカの目からは涙が自然とこぼれ落ちていた。
「なんで、こんなに……世界が、綺麗に……?」
————美しい世界。アラカの目の前にはそれが広がっていた。
あまりの色彩に、アラカは手で口を抑えて、泣き始めた。
「なんで、どうして…こんな、さっきまで、灰色の世界、だった、のに。
青も、こんな青じゃなくて、もっと汚い、はずで…… ————ああ」
さぁーーーー…………ステンドグラス越しに聞こえる雨音が、酷く耳障りの良いものに代わっていた。
「…そ…………っ、か」
そしてアラカは気付いた。一度も、自分を愛していないという意味に。
「…………僕は、今まで一度も、僕のことを見てなかったのか」
アラカは今、初めて自分を直視できた気がした。
要は〝自分に強いていた無理〟が取り除かれた結果なのだろう。視界に映る世界は本来の世界で、今までの視界が薄汚れていただけだったのだ。
「————そっか、そうだったんだ」
〝右眼を抉った状態〟なのにも関わらず、こんなにも清々しいということ。
それはまるで悟りに似ていて……。
「コードレスさん、綴さんって呼んでも良いですか」
そしてアラカが自分を直視できたということは。
「構わないよ。ちなみにどうして?」
「少し、心境の変化です」
自己の有する殺意に対して、少しだけ、ほんの少しだけ素直になれたということは。
「さてと、綴さん————ここにいる人、一人でいいから見捨てる方針でいきましょう」
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