上 下
73 / 73
七章、迷宮探索

七話、善性返還

しおりを挟む
◆◆◆
 ————9:30 食堂

 手探りでアラカが手掛かりを探している中、アラカの脳裏にはさまざまな言葉が並んでいた。


 ————これ以上、私の大好きな英雄を傷付けないで
 ————なんで、じぶ、ん……きり、捨ててる、の……?
 ————なんで戦うのですか?

「……自己を愛する……過去と向き合う、か」

 アラカからしたら意味不明な言動を繰り返すやつら。

「……G u a?」

 そこでようやく、アラカの腕の中に寝ているとある生き物が目を覚ました。

 うとうとした様子のとある生き物————コードレスは周囲を見渡す。

「……おはよ」
「……!?」

 声をかけるだけでアラカのうちに不快感が浮かぶ。いつも通りだった。
 自己愛というものはなんなのか、アラカに欠損してるとはどういう意味なのか。

 何も、何も分からないままだった。

「……自己を愛するって、なんだよ……それ。意味わからない……。
 自己を愛せば、嫌われるだろう……離れていくだろう……奴ら曰く、それを持っていない僕が……実際、一人になったぐらい、だ……自己愛なんて、持てば全部消えて無くなるんだよ……気持ち悪い…」

 心底不快そうに、絞り出すように殺意を撒き散らす。
 その様子を見て、コードレスは静かに声を出した。

「……守銭奴が銭に必要以上の執着を見せるのと同じ。
 ……過剰でなければいい、それだけの話です」

「……哲学者アリストテレス、ですか」

 アリストテレスの自己愛に対する解釈。
 即ちそれは自己愛を必要最低限は持って見せろ、という意味であり、だがそれが意味不明だからアラカはこうして悩んでいる————検討はずれのアドバイスも甚だしい。


「アラカくん、今のを踏まえた上で知識を送ろう」

 しかしそれは伏線である、と告げて。その上でアラカの必要な知識をコードレスは告げた。

「————もう誰も信用するな。
 私も、誰も彼もを敵だと思い込め」


 腕の中で抱かれる黒竜はそんなことを口走った。
 ————アラカは腕に込めた力を更に増やす。殺意に瞳が深紅に染まり始める。


「悪意と不快感が溢れ出ているはずだ。だがすまない、もう少しだけ殺すのは待ってくれると嬉しいです」

 じわじわ、じわじわ、と水槽に垂らされた絵の具の液のように広がり始める。

 今もまだ、殺意のままに行動していないのは相手が過去に正しく常識を解いたコードレスだからという一点である。

「君は何故、誰かを信用したがっている?」

 殺意に満ちた眼を軋らせながら、その問いをアラカは考える。

「だって、信用できないと、……心が、保てないから。
 心を保つ上で、重要な手段、だから……」
「————ならば何故、未だにそれができてない?」

 切り込み様な言葉にアラカは押しだまる。それは殺意が暴走を始めたから————などではない。

「……」

 ————なんで、出来てないのだろう……。いいや、そもそもなんで〝そこに気付かなかった?〟

「(……客観視が、抜け落ちてた……か)」

 そしてそれを出来なくなるほどに、アラカとはギリギリの瀬戸際に生きていたのだ。
 それを認識したところで、コードレスは問いを続けた。

「アプローチを変えよう。
 ————他者を信用した自分を想像しろ、それで何が起きる?」

 アラカは言葉をなぞる様に、適当に脳裏で浮かべる。
 例えばコードレスを信用して頭を撫で————亀裂が走った。

 殺意殺意殺意殺意殺意。全て殺してしまえ殺せ今すぐ殺せ、首を抉れ、目を引きちぎれ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。



「っ!!!」

 冷や汗に頭を濡らす、黒竜はそれを冷静に眺めて、ただ俯瞰して。

何が起きた?・・・・・・

 そう、再び問いかけた。


「言わずとも良い、心に刻めばいい。
 ————では何故、そう思い込むようになった?」

「……」

 アラカは記憶を紐解き、紐解き……少しずつ、己がそうなった理由を探り。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■■■
    ■■■■■■■■■■■■ ■
            ■■■■■■■■■■■
  ■■■■■



「————ふざける゛な゛ッ゛!!」

 どぉぉおおんんっッッッ! 近くの木造テーブルを殺意のままに叩き落として破壊する。

 ———っピシッ。バキ……。近くの木が全て、亀裂の走る音を出す。

「っ、ぁ゛ぁ゛ッ゛!!」

 ————ぶち、ぎり……ぶち゛っ。

「■■■■■■ッ!!」


 地面に〝潰した肉塊〟を投げ付ける。


「とても簡単な事です」


 膝を着き、アラカは肩で息をする。


「ただ、〝誰も信用したくない〟という当たり前の事実に気づく事。
 それだけで良いのですよ」

 片目は閉じられ、そこからは血が呆れるほどに溢れていた。


「はぁ…はぁ…はぁ……」

「アラカ、顔を上げて」

「ぇ……?」

 アラカは顔を上げて







 ————青い世界を見た。

「ぇ、あ、れ……? なんで、こんな」

 すぅ……とアラカの目からは涙が自然とこぼれ落ちていた。

「なんで、こんなに……世界が、綺麗に……?」

 ————美しい世界。アラカの目の前にはそれが広がっていた。

 あまりの色彩に、アラカは手で口を抑えて、泣き始めた。

「なんで、どうして…こんな、さっきまで、灰色の世界、だった、のに。
 青も、こんな青じゃなくて、もっと汚い、はずで…… ————ああ」

 さぁーーーー…………ステンドグラス越しに聞こえる雨音が、酷く耳障りの良いものに代わっていた。

「…そ…………っ、か」

 そしてアラカは気付いた。一度も、自分を愛していないという意味に。

「…………僕は、今まで一度も、僕のことを見てなかったのか」

 アラカは今、初めて自分を直視できた気がした。

 要は〝自分に強いていた無理〟が取り除かれた結果なのだろう。視界に映る世界は本来の世界で、今までの視界が薄汚れていただけだったのだ。

「————そっか、そうだったんだ」

 〝右眼を抉った状態〟なのにも関わらず、こんなにも清々しいということ。
 それはまるで悟りに似ていて……。

「コードレスさん、綴さんって呼んでも良いですか」

 そしてアラカが自分を直視できたということは。

「構わないよ。ちなみにどうして?」
「少し、心境の変化です」

 自己の有する殺意に対して、少しだけ、ほんの少しだけ素直になれたということは。


「さてと、綴さん————ここにいる人、一人でいいから見捨てる方針でいきましょう」

 ————こういうことを意味する。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...