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七章、迷宮探索
六話、英雄問答
しおりを挟む食堂に入り、まず初めに探したのはトレーが置かれていた場所の周辺だった。
「(隠し通路は、なさそう……)」
調べた限りは特殊な仕掛けはなかった。
広い食堂は空を覆うステンドグラスから差し込む色彩で、何処か鬱々しい幻想を生み出していた。
「……菊池さんは、なんで戦うのですか?」
そんな中、アラカの背中へ声がかかる。
「…………」
アラカは振り返り、鬱くしい色彩を背に言葉を綴った。
「……力がある、ので」
雨音が両者の間に降り注ぐ。
「……」
「……」
霧はアラカの瞳を見て、ゴクリと息を呑む。酷く闇の宿った……奥に何一つ映らない、奈落のような瞳であった。
「身体中に、傷がついて…心も、本当はもう、頑張りたくないって……ぁ」
そこまで言って霧は何も言えずに固まる。
そして酷く焦った様子で愛想笑いだか、苦笑いだか分からない表情を浮かべて。
「…………ごめん、なさい。
なに、いってんだろう、ね。先生……あは、は……先生も……」
ざーーー……、鬱くしい世界では……幻想的な静けさが支配を敷く。
「見て見ぬふり……して、たのに……は、はは…………」
ざーーー……、
「……」
「……」
両者に広がる沈黙。その中でアラカは背を向けて調査を続けた。
「…………」
気まづい、息が詰まるような沈黙の中で……アラカが声を出した。
「仕方、ない」
それは霧をフォローするような言葉だった。
しかしアラカからすればそれは単純な事実でもある。
「周囲がやっていたら、それに合わせてしまう。
我がなければ、仕方ない…仕方ないこと。必然、だもの」
集団心理。ゆえにあなたの見て見ぬ振りは当然なのだと。
むしろ真面目すぎるといっていた。
「我がない奴は……周囲に……世界の意思に流される」
「…菊池さん、もし……もし、ですよ?」
そんな中で霧は静かに、声を割り込ませた。
「自我がない……だけど。素晴らしい能力があり……誰もがその力を求める。
そんな人がいたら……どうなると思い、ますか?」
モジモジとして、どこか怯えながら、そんなことを霧は聞く。
「……もし、そんな人形がいるとしたら。
その人形は周囲に求められるがまま、動くでしょう。
それはただの機械と変わらないでしょうし、ね」
そして力ある人形とは一体何を指しているのか。
両者共にそれは分かっていた。わかっていた上で、分からないふりをする。
「自我と持たず、周囲が救いを求めているまま、助け続ける
————英雄の、誕生が起きるでしょう」
アラカは振り返り、霧の方へ歩く。
「っ…」
「……」
こつ——こつ——
両者の距離が一歩、もう一歩と縮まる。
「……、…」
「……」
こつ——あと3歩
こつ——あと2歩
こつ——あと——
「先生」
ビシャアアアアアアンッ! 落雷に両者のシルエットが映し出される。
「————先生、とても性格悪いですね。
諭すにしては、皮肉が効き過ぎていますよ」
「————————」
霧は、反応できなかった。
隣を過ぎ去るアラカに冷や汗を流す。
「なんて、ね」
悪戯気にウインクしながらそう言う。
「性格悪い人は嫌いじゃありません。
この子も性格悪いですもの」
そう答えるアラカの瞳には、相変わらず何も写っていなかった。
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