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五章、遠足っ
四話、あやし
しおりを挟む片手には本を、瞳は変わらず虚無であり、そして幼い少女の身体でそれを行う姿は酷く不道徳めいた魅力を宿していた。
心身ともにボロボロの少女が気丈に振る舞い、心が壊れかけてる少女のお姉さんのように振る舞う。
「陰鬱な魅力……か」
誰かが呟いたそれは、酷く的を得ていた。
「ちょっと……そんな言い方」
「確かに酷い言い草だけど……それ以上にほら、見てみろよ」
安定したウェルはただ、穏やかな顔で、虚無の瞳に浮かぶ雫はそこで止まり……
「…………」
「…………」
ウェルは、怯えるようにアラカへ手を伸ばした。ジャージを被せられたことにも気付かず、そっと、手を伸ばし始めた。
ぼろぼろの壊れそうな心で触れ合う様は、ただただ拙く……
シャボン玉に触れるように、
怯えるように、恐れるように……
けれども、それでも愛おしい誰かが欲しくて、
そっと……怯えながら手を伸ばす。
「……ぁ……」
ひた……、とアラカの頬に触れることができた。
そのことを信じられないかのように、ウェルは虚にアラカを見つめ、
「…………」
——アラカが、本を置いたその手で……ウェルの手の上から触った。
「ぁ、ぁあ……」
涙が溢れ始める、そして決壊する様にアラカの胸に顔を埋めて……声を殺して必死に泣き続けた。
アラカの身体をぎゅ、と抱き締めながら、逃がさないと、逃げるぐらいなら壊れるほどに抱き締めたい、と泣きながら、声を殺して、ひたすら泣いていた。
「(おい、何泣いてるんだよ……)」
「(うるさいわね……感情移入よ)」
いつの間にかその安堵の涙に、バス内はしんみりとした空気となる。
バスのガイドさんも空気を読んだのか、穏やかな夜の湖にいるかのようなBGMを流し始める。
「過去一で心地がいいガイドになりそうですね」
マイクの音声を下げて、副音声と思えるほどの大きさでガイドさんは窓から見える景色を説明し始めた。
「君がそれほどに怯えてしまうことは仕方ない……周囲の環境を鑑みれば、よくここまで保てたね、と褒めてもいいほどに頑張ったよ、君は」
そんな中、アラカがそっと言葉を紡いだ。心が落ち着いてきたウェルへ告げる言葉は彼女への理解を意味する言葉であった。
「その上で……止まってはならないだろう。
君の瞳に映る全てを〝君を傷つける敵〟から〝ただそこにあるだけの存在〟に変える……それが僕からの宿題だよ」
同情などを微塵も感じさせないのはアラカらしい在り方であった。
そして歪とはいえ、精一杯生きてきたことにある種の誇りを持つウェルにとってはそれはとても居心地のいいものだった。
「……君に必要なものは……〝手段〟だ。
人と関わる術……状況把握の能力、論理的思考の手順……。
それを学び、人に関われば……きっとその怯えも、ただの影になるだろう」
小さな、静かな声なのにバスの中にいる生徒の耳には深く通る。
「僕は君の全てを許容する毒婦にはなれない。
そしてその毒は恋に溺れて壊れた君にとっても耐え難い苦痛であろう」
無表情で、無感情で告げているはずなのに不思議な感覚に襲われるのは何故なのか。
「…………だから——」
結論を述べようとして核心的なことを言おうとした時点で口が止まる。
そして諦めたように息を吐くと
「…………紅葉、綺麗だね」
「……。…うん」
窓へ目を向けて、ただ静かにそう呟いた。
陰鬱な空気なのに、不思議と安堵が広がっていた。
「「「(あの続き、なんて言おうとしたんだろ…)」」」
そんな空気の中、最後まで落ち着いた…様相でバスは着いた。
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