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四章、ウェルテル

三話、試練

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「…………」
「…………」

 ざー…………………
       ざー……………


「……………」
「……………」


 ざー………………

       ざー………………

   ざー……………
     ざー……………


 ざーー………………………………


「こんなところに、何をしにきたのかな」

 ざー……………

「…………うるさい、黙れ」

 ざー……………

 返された言葉は、雨音にかき消されて…切なく消える。
 まるで世界から見たちっぽけな自分達のようで。

 悲しい空気だけが沈んだように漂う。

「弱者のお前は、何でいんの」

 ざー…………

「……さあ、逃げてきたのかもね」
「逃げたとか、弱者は惨めで雑魚……可哀想」

 ざー…………

「……死想も…とても怪我だらけだね」

 ざー…………

 そう、ただ感想を呟く。
 ただそれだけのこと。

「————は?」



 —瞬間———世界が————————止まった。



「怪我、だら、け……負傷……劣る。
 貴様、貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様」

 魔力——収縮、収縮収縮収縮収縮極大化収縮極大収縮極大収収大大大大大大大大大大大————エネルギーブレードは放たれた。

「————弱者の分際で、私を今弱いと言ったのかあああああああああ!!!!」

 屋上の床が抉れ、強烈な破壊痕は校舎を半壊させる。

「……そう」

 身体を攻撃範囲から外し、避けていたアラカはポツリ…と呟いた————義手の一部が溶岩のようにドロリと溶けて、地面に落ちた。

「しねええええ゛え゛え゛え゛ェーーー!!」

 日本刀の上段からの切り落としをナイフの表面を滑らすことで流す。

 すれ違い様に死想の頬を切り付ける————日本刀が破壊した瓦礫の破片がアラカの肩へ減り込む。

「ぁぁ゛ぁっ!!」

 死想は目を抑え、数歩下がり、殺意と何かでグチャグチャになった…ひたすら複雑な殺意をアラカへ向ける。

「…………」

 アラカはただ疲れた様子で死想へと歩き出す。身体の傷はアラカの方が多いというのに、あまりにもアラカは平然としていた。

「…………」

 そう、これは少し考えれば当たり前の〝経験値〟による物だった。

 アラカとは既に何回も、何千回も怪異との戦闘を繰り広げた存在だ。

 腕がないから? 足がないから? 身体が幼く、異能もないから?

「以前、は……心が、折れかけてるところでの、戦闘だった、からね。
 もう今は……別」

 知らぬ存ぜぬ、彼女は強い。彼女が齎した光景がそれを表している。

「弱者、弱者は……ころ゛ず!!」

 エネルギーブレードを横凪に放つ。アラカはスライディングをして避ける。

「…………」

 走る。スライディングの勢いを無くさぬままに走る。

「来るな、来るな来るなくるな゛ぁ゛ァーーー!!」

 無造作に攻撃を放つ。ボロボロの身体であるが彼女も怪異。
 魔力という面ではアラカの遥か上を言っている。

 そうした思いを込めたエネルギーブレードを前に……


 するり


 ただ、当たり前のように義足を壊しながらも避けた。
 そして義足が無くなりバランスが酷く不安定になるものの、それさえアラカは計算済み。

 倒れ込んだ先に死想がおり、アラカの腕にはナイフが握られていた。

 そして彼女は、最後の宣言をする。

「……これでトドメ、だy」

 ————瞬間、脳裏に過去の自分の姿がよぎった。

「!?」

 本当に数刹那。アラカの脳裏で現れた幻影は、


  ただただ辛そうで、
    何かを、
   何もいえずに泣いて、

     絶望に染まる世界を

 体育座りで       眺めていた。

「しまっ」

 そして、その瞬間。アラカの身体は確かに動きをやめて……


 目の前のエネルギーブレードを一身で受けた。
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