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一章、アリヤ

十話、アリヤ

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「アリヤ」

 アラカはまた、穏やかに微笑んで……否、瞳に強烈な嗜虐心と悪意を滲ませて告げた。

「君が僕を大切に思ってくれているのかはまだ分からない。
 もしかしたら僕を騙す罠かもしれないと、疑うことは止められない」

「…………」

 月の光が差し込む廃墟で、二人は顔を合わせる。
 悪意に満ちた言葉。

 君の気遣いを全て疑っている以外の解釈のしようがない言葉。
 それに唖然とし、アリヤは呆然と話を聞く。

「あの子も、君も、僕には敵にしか見えない。
 上司も、コードレスも、気持ち悪い黒虫程度にしか思えない」

 それは本音。まごう事なくアラカの怒りと殺意が捩じ込まれた言葉である。
 それは悪役としか取れない言葉である————が。

「(いや、違う……)」

 アリヤは少しだけ、違う見方をしていた。
 否、言葉を意味を疑っているわけじゃない。

「治す方法はもう分かっている。
 というかもう、分かるだろう」

「(悪意も殺意も、きっと本物。本当にこの人は私を殺したがってる……。
  でも…ああ、この人は)」

 パチ……と、黒い稲妻がアラカの表層に現れ……近くの瓦礫を〝死滅〟させ始める。

 触れただけで粉塵と化すほどの脆さとなる瓦礫が、灰となりアリヤの頬を掠めて流れ、外へ行く。

「街の人も、知らないどこかの誰かも、そして君でさえも。
 この瓦礫だったもののように、殺してしまいたいのだよ」

 とても穏やかな表情で殺意を語る。
 それが嘘ではないことぐらい、アリヤは気付いていた。

 物語っている、瞳に宿る悪意が。
 物語っている、その身に宿る痛みが。
 物語っている、本能的に震えているアリヤ自身が、その身を以って。

 だが、それ以上に。
 アリヤは嘆いていた。

「(ただ、どこまでも……不器用なんだ)」

 ただただ誠実に、己はそうなのだと、そんな風にしか思えないゴミクズなのだと告げている。
 同情を乞うような瞳はせず、ただ柔かに、悪意に満ちたサイコパス〝のように〟告げる。

 真正面に、殺してやるよ。と。

「……」

 微笑みながら、とても穏やかな声色になるようにして話を続けた。

「だが、そんなことをしていいわけがない。
 それをすれば僕は殺人鬼《ガラビード》になるだろう」

 300人以上を殺した殺人鬼。拷問をした末で殺した残虐な殺人鬼。
 アラカは愉快そうにアリヤに背を向けて、まるで学校の帰り道を歩く子供のように笑んだ。

「殺人鬼《ガラビード》となるか、不幸の末路ジャンヌを気取るか。
 僕は悩んでいるのだよ」

 どちらも出来る、どちらも可能で、その資質をアラカは宿している。

殺人鬼幸せになるか、聖人不幸になるか。
 僕はどちらを選ぶべきなのかな、前者が魅力的すぎて迷ってしまう」

 その瀬戸際で、今でさえ苦しみ続けているのだろう。

「……全部、仕方のないことですよ」

 月の光の元で、アラカの指がアリヤの首へと触れる。

「字面だけで、気分が悪くなるようなことをされて。
 今でさえ、素面では…もうマトモに会話することさえ難しい」

 ふと、涙が溢れたことに気が付いた。
 それはアリヤの頬を伝い、アラカの指を濡らす。

「嫌な人に近付かれただけで身体が悲鳴をあげる」
「……」

 じわ……

「視界の一部がぐちゃぐちゃになって見ることさえ出来ない」
「……」

 ぽろ…

「数ヶ月かけても会話が精々で、苦しくてたまらない」
「……」

 ぽろ…ぽろ…

「きっと本音なんてお嬢様は言いたくない」
「……」

 ずずっ……

「この後、気分が悪くなって自傷行為をするかもしれない」
「……」

 ぼろぼろ……ぽろぽろ……

「もしくは毒を飲用して、死の瀬戸際に追い込んでまた自分を捩じ伏せてしまうかもしれない」
「……」

「知ったような口を聞くなと、殺意をまた募らせてしまうでしょう。
 ————その上で言わせてください」

 アリヤがアラカの頬に触れる、
 アラカの指に力が入り、アリヤの首が少しだけ閉まる。

「そこまで、追い詰められた人に〝殺意を持つな〟なんて、たとえ神様であっても言えません……聖者であれなんて、絶対に言わせちゃならないんです…っ……!」

 アリヤは涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、そのことを告げた。

「————幸福になってほしい。
 幸せガラビードを選ぶとしても、
 それが幸せ間違いであったとしても……
 私の欲望悪意の全てを以て、アリヤはお嬢様を支持します。
 私を、殺してください。その殺意が少しでも満たされる様に」

 アリヤもまた、何処かズレた子なのだろう。
 切実なまでにアラカの幸福不幸を願い続けている。

 自分を含めた全人類と、アラカを秤にかけてアラカを選ぶのだ。
 異常でないはずがない。

「……そう」

 瞳に悪意が軋むように宿る。本当に殺す気だ。

「……っ……」

 アリヤは息を呑んで目を瞑った。怯えながらも、心のどこかで殺されてもいいのではないか、とすら思う中で。

 しかしアラカは即座に手を離した。アリヤの首には腕の跡がついている、冗談抜きで殺す気だったのだ。

「…………君の意思を、汲もう。
 だけどそれは、今じゃない」

 いじけた様に背を向けて、気を晴らすかのようにそこらの床を破壊する。

 見ればその廃墟は、そこら中に破壊痕が刻まれている。

 長い間、ここで過ごしていたのだろう。

 言わばここはアラカのプライベートゾーン。ゆえに心が幾らか楽になるのは必然だったのだろう。

「————死に、腐れ」
「ぇ……?」

 次の瞬間、アリヤの首筋へ日本刀の切先が襲い掛かった。






 月の光は穏やかなまま、風は小さく凪いでいた。
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