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一章、アリヤ

二話、ふしぎなひと

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 通学路を歩く制服に身を包んだ女子二人……と、軍服の少女が一人。
 そしてその少女らは目を惹く愛らしい容姿をしており、一人に至っては現代ではあり得ない獣耳だ。

 それは余りにも異質なグループであり、何処か遠巻きに見られていた。

 そしてそのうちの一人が町中で知らない人などいないほどの有名人、菊池アラカだと言うのだから尚のことだ。


「うちの娘が済まなかったね、君の人生を破損させてしまった」

 穏やかに、まるで日常の一部かのような優雅さを保ちながら告げられる重い言葉。
 それに対してアラカは悲しそうな目を地面へ向け、アリヤは警戒心と強烈な敵意を滲ませてアラカを抱き締めていた。

「娘たち、ですか……娘さんが、何をしたか、しっかりと把握した上でその発言ということでよろしいでしょうか」
「嗚呼、構わんよ。アラカの周囲に取り入って噂を流した子がいるみたいだ。
 そしてあの子たちが何を成そうと構わない、ただ何を成してもその責任を背負う。それだけだよ」

 アラカを庇うように、まるで母体の獣が、子供を守るように警戒する。
 対して怪異の首魁は酷く安定した様子で語りかける。それがアリヤの神経を逆撫でするのは言うまでもない。

「俺が願えば、彼女らは人類の虐殺を止めるだろうね」

 そして不意に、人類絶滅必至の状況を平気で覆せるかのような発言をする。
 それにはアリヤも目を見張る。当然だ、世界は終わる、それが様々な人間の見解であり真理なのだ。

「けれど、あの子たちが願い、求めた地平なのだ。
 止めたいなどと思えるはずもあるまい」

 あまりにも多くの人々の絶望を打ち消せるというのに、怪異の首魁はそれをしない。
 アリヤは腹が立った、何故、と不条理さえ覚える。

「あなたのせいで、お嬢様が苦しんだのですよ」
「ああ、そうだね。俺が原因だ」

 絶望に満ちた地獄を、無くすことができると言っているのだ。
 アラカを傷付けた原因とさえ言っていい存在なのだ。
 だと言うのに安定した精神で、穏やかな雰囲気で話すのが心底気に食わない、とアリヤは思った。

「何も責任を感じないのですか?」
「感じているとも、菓子折りを持ってくる程度にはね」

 微塵も責任など感じていません、とでも言うかのような態度にアリヤは怒りを露わにする。

「何故そんな平然と笑ってるんですか」
「楽しいからだよ、子の成長が見られて、ね」

 怪異の、そしてアラカの……とでも言うかのような優しい視線はただただアリヤの地雷

「何故、加害者が被害者に近付いてるんですか。
 お嬢様に、何故!!」

「この子から、寄り添う努力を向けられた。
 だからそれに応えたのだよ」

 アリヤはそこで気付いた。アラカが先程から反応していないことに。

「また自分を騙しているのか、と思えばそう言うわけでもない。
 敵意も悪意も、殺意さえもしっかりある。しかしその上で歩み寄り出した。
 ————無碍にできるはずもあるまい」

 親愛を込めて缶コーヒーをアラカに渡す。アラカはアリヤに抱きしめられながらもおずおずと手にコーヒーを取った。

「……」

 缶コーヒーをジッ、と見てからその小動物めいた容姿でポソっと

「……ありがと」

 そう恥ずかしそうに伝える。

「「(かわいい)」」

 アリヤと怪異の首魁の心が重なった瞬間だった。
 怪異の首魁はニコリと微笑む。

「この子は、本当に優しい子だよ。有体に行って、悪の才能が無さすぎる。
 善性など持っていなければ……もっと幸せに生きることも出来たろうに」

 アリヤは腕の中にいるアラカへ目を向ける。善性を持っている、その言葉に確かにそうだけど、とアリヤは思った。

「(人間不信……いいや、人間を見たら攻撃してもおかしくないレベルの精神状態のはずなのにしっかりと〝目の前の人間を見ようとする〟……そんな人だ、この人は)」

 それはとても優しく、そして同時に酷すぎる状況すら招いている。

「善であることが悪いとは言わない、寧ろ良いことだ。
 しかしこの子の人生において、それはマイナスという形でしか作用していない」

 そういうことだ。断言しよう、菊池アラカの人生では善性は〝不幸の種にしかなっていない〟。

「酷い話だ、その上でこの子は善性を捨てることすら出来ていない。最早呪いだよ」

 神様は、何故この子をそんな風に作ったのだろう、と怪異の首魁は内心で呟き。

「それと話は変わるが、今日は確かめたい事もあったんだ」

 怪異の首領はアラカの顎をくい、とあげて瞳を覗き込む。
 アラカは怪異の首領に対して別に敵意も持っていないため、されるがままになる。

「ふむ、やはり価値観が根っこから破壊されてるな。
 男性としての価値観が壊れて再構築……凄まじいな、根っこから女性に書き換えるとは、これはどの子が施した技術か……」

 そしてそのまま————アラカはキスをされた。

「え!?!?」
「……ふむ」

 唇を離して、その顔を見る。

「ぉ、ぉぇ……」

「悪かったね、もうキスはしないよ。確認は取れたからね」

 パッと手を離し、悪びれる顔を微塵もしない姿は寧ろ好感を持てるほどに清々しい。

「やはり、同性とのキスは心理的に不快感を齎すらしい。
 男性とのキスはどうだろうね、経過観察に努めよう」

 ニコリ、と笑んでアラカへ微笑む。
 それに対してアラカはドキッ、という感情を覚えた。

「では俺はこの辺で去るとしよう。
 最後に……これはプレゼントだ」

 アラカの頬に触れて。怪異の首魁はおでこを擦り合わせた。

 瞳を閉じて、至近距離でおでこを合わせる……それはアラカには初の経験で頬をつい赤らめる。

「ん……? なんだ、もう別の子に加護をもらっているのかい?
 これは……【邪竜の加護】か、汎用性に秀でた良い加護だね。
 というか…ははっ、なんだあの子か」
「る……?」

「しかも加護の種類は……寵愛。
 ふふふ、孫の顔が近いうちに見れるのかな」

 聞き覚えのない情報にハテナが浮かぶも、それを問いかけるほどの余裕もなかった。

「まあ、俺のも渡しておくよ。
 【鏖殺の加護】……それなりに使えるものだ、奥義として使うが良いだろう」

 一瞬、暖かい光がほわん……と浮かぶもすぐに消える。
 そしておでこを離すと満足そうに、けれども仙人めいた落ち着きを保ちながら背を向けた。

「ではね」

 怪異の首魁との再会。それは衝撃的ではあるものの、同時に特大の爆弾だった。

「お嬢様、失礼しました」

 パッ、と身体を離した。他者のと接触はアラカにとって相当な精神負荷がかかるため、その対応は正解であった。

「……」

 しかしややあってから絞り出すような声を出す。

「……いつか、話したい時が来たら……お嬢様の気分でいいので、話してくれるのを待っておりますね」

 ポツリ、とそう零してから後ろを追従するメイドに、アラカは無言で歩き始めた。

「ありがとう……アリヤは、優しいね」

 けれどもその言葉は、酷く空虚なものであり……本心

「ねえアリヤ、今、一緒に、誰かと話し…てた?」
「?」

 試すような瞳がアリヤを覗き込む。すると〝異常〟は即座にやってくる。

「いいえ、ずっと私とお嬢様と〝二人だけ〟で話していました」

 その言い回しに、少しだけ背筋に慣れない感覚を覚える。

「ずっと〝二人〟でした、他に人は誰もおらず〝二人〟でしたよ?
 〝二人〟でした、〝二人〟以外に誰もいませんでした」
「そう」

 アラカは安堵の息を吐いた。
 ————ああ、また僕だけが覚えてる。

「(……アリヤは、一生知らないでいいよ)」

 そしてそれにより、伝えなくてもいい情報を反芻して浮かべる。

「(前に、政府の要請で記憶を共有した人は……〝耐え切れずに狂死した〟ほどのものだし……君は、何も知らなくて良い……誰も、知らなくていい)」
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