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序章番外個体

十一話、幼妻体験

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 翌日、マンションの一室で布団くるまり、コードレスは目を覚ました。
 服はゆったりとしたパーカーを着ていた。

「……?」

 何かの音が聞こえて不思議に思う。
 トントントン、と何かの音が聞こえる。

「……包丁の音」

 そこで初めて、昨日のことを思い出す。

「(そういえば……昨日、とめましたね)」

 ————加えて首輪まで着けた。

「……?」

 ポニテをして、以前使っていたアラカのエプロンを身に纏い料理をしていた。

「お、おはよう、ございます……」
「(…かわいい……)」

 首輪と鎖はまだ繋がったまま、こちらを見てくる姿にコードレスは致命傷を受けた。

「お早うございます」

 アラカは昨日、首輪と手錠を嵌められてそのまま夕食を食べてテレビ見たり勉強したりして寝た。コードレスもそのナチュラルな馴染様に「あれ、コイツここが実家だっけ?」と誤認し掛けたほどである。

「……?」

 コト……と、茶碗にご飯をよそい、無言でちゃぶ台に置く。

「…………」

 アラカはこの部屋で過ごしていた際、せめてもの恩返しに料理や掃除をしていた。
 アラカからしてみればそれの延長でしかなかった。

 味噌汁に、ご飯に。魚。一般的な和食であった。

「…………」
「あっ、いただきます」
「……」(こくり)

 声を出すのが怖くて、慣れないので無言で手を合わせる。コードレスもそれに合わせて手を合わせる。

「…………あの」
「…………」

 まず味噌汁を軽く飲んでみた。特別珍しい味噌汁ではなかったが、素朴で好きな味だった。

「……監禁、するんですか?」
「…………」

 身体が温まったところで魚の身を解した。

「…………」
「…………する気はありませんよ。今は」

 パクリと食べる、塩味がよく聞いていて美味しい。

 同時に魚の脂の旨味が口に広がる。若干、ほんの僅かに感じる箸の先ほどの魚特有の苦味さえ旨味を増長する薬味としての機能をする。

「…………されて、見たかっ…たので」

 久々に美味しいご飯を食べた心地だった。

「…………ご飯、美味しいです」
「…………あり、が…と…ござい、ましゅ」

 魚の身の後味が消えないうちにご飯を食べる。

「…………」
「…………」

 ご飯の素朴な甘さが魚の旨味と、魚の苦味。
 素朴ではあるものの、日本人が古来から好んだ味は舌から脳へ、脳からDNAへへと伝わり、再び舌に戻る。〝美味い〟という感覚に〝旨い〟という味が加算される。

「……下宿、は…だめ、ですか」
「ならば後で連絡を取りでもしましょう」

 無言で箸が進む。
 彼女も、俺でさえも。

「…………」
「…………」

 アラカはご飯の上に魚の身を乗せ、醤油の瓶を手に取り、少々かける。
 慣れた手付きだった、一時期、この部屋に住んでいたのだから当然だろうとは思う。

「…………家に連絡して、もいいです…か?」
「構わいません、自由に過ごしてください」

 アラカはご飯を食べながら冷静に分析する。

「…………」

 俺はご飯を食べ始めた。

 箸でご飯と、魚の身を合わせて取り……それを食べる。
 醤油の味、ご飯の甘味、魚の旨味、魚の苦味……全てが完成した一つの逸品であった。

「苔の衣を、着せてくれませんか……?」

 醤油が微かに滲んだご飯に、ふりかけのユカリをかける。

「…………そう言った行為は一切しないと約束できるならばしますよ」

 パク、とご飯を食べた。ゆかり美味い。

「……」
「……何故君は、そこまでメスになりたがるのですか。
 昨日もこともそうですが」

 アラカは麦茶を飲んで、また味噌汁へ手を伸ばす。

「…………ご、ごめ」
「謝罪は求めていないし怒ってもいません。
 ただの興味本位ですよ。言いたくなければ別に構いません」

 ずず……彼の味噌汁を啜る音が聞こえる。

「…………」
「…………疲れた、のです」

 窓から差し込む夏の明かりは、ただただ明るく、フローリングに映る僕たちの影を強めた。

「……疲れてしまって……甘えたがって、いるみたいです。僕の心は。
 身体を差し出して……守護してる人を求めたみたいです」

 首輪に、そっと、出来る限り優しい手で触れながら……。

「……そうですか」

 ミン、ミン……と、セミの声が遠くで聞こえる。近所の公園からだろう。
 その公園は歩けばすぐなのに……とても、遠くにいる気がした。

「————」

 アラカの箸が止まる。魚の身がポロ、と落ちる。
 窓の外で、緑の枝に止まる雀が鳴いた。

 コードレスは味噌汁を啜る。身体が温まる。そして麦茶を飲んで、また休む。

「……」
「……」

 沈黙が溢れる、しかしその空間は重いわけではなかった。

「不思議、ですね、普通なら……陰鬱な空気、のはずな、のに、居、心地がいいと感じ…てしまう」

 明かりをつけず、窓から差し込む夏の日差しに照らされながら。
 見つめ合う男女。一方は怯えながら、何処か相手に媚びようとして。もう一方はただ全てに興味を失ったかのような瞳を携えて。

「ええ、不思議ですね」

 夏の日差しは酷く眩しく……遠いものだった。

「きっと、感覚はずっと昔から壊れてる。
 壊れたまま、心底楽しく生きている」

 夏が来た、陰鬱な夏が。
 足につけられた鎖が力なく鳴り……夏の陰鬱さに身を任せた。

「(貴方が、全て怪異の仕業だと証拠集めてくれたこと。知ってるんですからね)」



 これは陰鬱な日々の中で、少しずつ、ゆったりと、無理のないのんびりさで前へ進む少女の物語だ。
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