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序章番外個体

十話、つらいつらい

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◆◆◆

「…………」
「あの、ここ」

 アラカが連れて来られたのは以前、暮らしていたコードレスの家だった。
 明かりをつけて室内の家具が照らされる。

「……?」

 首輪と、手錠と、鎖が置いてあった————あと未開封のペット用のトイレが置いてある。

「え、あ、あっ」

 それに気が付いたのかアラカは困惑しながら急いで首輪から顔を逸らした。

「何を想像しているかは知りませんが落ち着いてください。
 君の家が分からないのでとりあえずここに連れてきたまでです」

 そのためその首輪は完全な偶然である、とコードレスは告げる。

「そうですね」

 しかしなにかを考えたのか、コードレスは首輪を拾った。

「…………アラカくん、君の意思を聞きましょう」

 アラカへ向き直り、首輪をくるりくるりと回して……パシ、と掴む。

「アラカくん、君はこの現実から逃げ出したいですか?」

 ガラス玉のような瞳がアラカを映す。

「君が望むのなら、君を遠い異空間に連れ出してそこで監禁することも出来ます。
 そこで精神が治るまで、過去を忘れてしまうほどに長い時間を過ごさせることもできます」

 ゆえに、それを拒むなら逃げ出せ。と視線で伝えて……首輪の金具を外した。

「…………」

 首輪を開き、アラカへ向けてくるコードレス。完全に犬飼う気だったんやろなあ。
 アラカはそれを前に、特に抵抗する様子もなく……後ろ髪を静かに上げた。

「……っ」

 首輪が巻きやすいように、としか思えない配慮をする。
 自分から犬になる、という意味不明な状況にコードレスは息を呑む。

「…………え、あ……と……」

 かちゃ、かちゃ、と金具の小さな音が聞こえる。
 静かなマンションの、明かりすら付いていない一室……窓から差し込む曇り空の灯りのみが照らすのみである。

「……」

 首輪を付け終わり、手を離すコードレス。アラカは何処か放心状態でコードレスを見つめた。
 一歩離れて、首輪を掛けられたアラカは呆然とコードレスを見る。

「……わ、わん……」

 薄暗い部屋で、首輪を掛けられた銀髪の乙女。
 そんな状況で犬の鳴き真似。

 ————不道徳な魅力がそこにはあった。

「っ!」

「…………」

 コードレスはアラカの手を掴み、手錠をかける。
 足枷や鎖を繋ぐ音が小さく響く。

「……あ、あ、あの…」

 順調に整い始める監禁の準備。
 首輪とペットシートとかあるのはまだ言い訳できるけれど手錠は明らかにおかしい。まあ気のせいだろうし寝◯られ地獄を前には些事である。

「……ごめんなさい、保留、させて、ください」

 しかし、そこで初めてアラカは言葉らしい言葉を紡いだ。ワンと鳴いた上での発言とは思えねえ。
 それが常人とは比較にならない重みを持つのは間違いなかった。

「……こ、こには…向き合う、ために、来ました……。
 逃げる選、択肢はもう……捨てて、ます」

 そうだとも、必要なのは勝利の美酒だ。
 この子はまだ敗北の安寧に眠ることを望んでいない。

「だから」

 そう、ゆえにこそアラカはこの誘いを斬り捨て…

「終わったら…その時、続き、を……お願いします」

 ——ずに、メス落ちを予約し出した。

「分かりました、いつでも監禁されたい時は言ってください」
◆◆
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