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第七章 開幕

クリムのいない戦場 ②

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「我が名はファイアランス・マスターシュ。貴様が野兎のように討ったスピアの無念、この一突きで晴らさせて貰うぞっ!」

 瞬時に間合いを詰め、彼が送り出した突きは、ごうと空気を切り裂くほどの強烈なものであった。
 しかし、予想通り当たることはなく、返す刀で見えない刃が飛んでくる。
 それを、マスターシュは避けて見せた。
 
 風の刃は振った剣の直線状に飛んでくる。彼はそのことを熟知していた。そして、それで終わりではないこともだ。
 
 背後からブーメランのように飛んできた風の刃もタイミングを合わせ、彼は躱して見せる。幾度も風の刃を目にしてきた者にしかできぬ芸当だ。

 スピアがもし自身と同じ経験を積んでいれば、同じことができたはず。何もできぬまま命を摘み取られることなど、なかったはず。
 
 どうしてあの時、あんな素性の分からぬ者の所へなど行かせてしまったのか。悔やんでも悔やみきれぬ想いが、握る手に力を込めさせた。

「ぬぅあああああああああっ!!」

 雄叫びをあげるや、マスターシュは反撃に打って出る。
 目にも止まらぬ速さの突きを連続で繰り出し、相手に攻撃の暇を与えない。
 しかし、完璧に見切られているようにどれもこれもが空を切った。

 分かっていたことだ。クリスタが放つもっと洗練された槍技を受け続けてきた相手なのだから。
 
 彼女との力量さを瞬時に看破され、隙とも呼べぬような僅かな連撃の綻びに風の刃をねじ込まれる。
 ヒュン、と走った刃が向かった先は彼の身ではなく、彼の槍だった。

 スパンと中ほどから槍を断ち割られ、マスターシュは内で笑みを浮かべた。
 
 一番良い手を選択してくれた。武器を壊したのだ。勝利を確信したことだろう。
 その一瞬というのは誰でも気を緩め、隙を生む。どんな猛者とて例外はない。

 マスターシュは懐から最新鋭のフリントロック式のピストルを取り出し、撃てない位置で止めていた撃鉄を起こし、引き金をひいた。

 バァン、と大きな音が辺りに響いて、胸を撃たれた相手が動きを止めた。
 直後、マスターシュは銃を捨て、折れた槍で渾身の一撃を叩き込む。

「これがスピアが貴様に浴びせるはずだった、マスターシュ家の槍ぞ!」

 その一撃で相手は吹き飛び、もんどりをうってひっくり返っていたが、致命打にはほど遠い。寸でのところで後ろへ飛ばれ、威力を殺されてしまった。
 現に、すぐに体勢を起こし、間髪入れずに飛び掛かったクリスタの槍を防いでいた。

「もうよい! 見事な一撃であった、褒めてつかわす。だからもう休めっ!」

 まるで子供の頃に戻ったかのような、感情剥き出しの悲痛な声。
 大きくなるにつれ、澄ましたような態度を見せるようになっていたというのに、心労を掛け過ぎたか。
 
「スピアよ。この死を看取ることもできなかった不甲斐ない父は、まだそっちへ行ってやれそうにない」

 命を捨てるなと命じられた以上、捨てる訳にはいかなくなった。捨てるつもりだったというのに――――すまぬ、すまぬな。
 心の中で何度もそうこぼし、頭を下げ続けるマスターシュの背中は小さく、寂しげで、彼は折れた槍の先を拾って、その場をあとにする。
 
 同じ頃、生死の境を彷徨っていたクリムがふいに安らいだ表情を見せる。
 止まりかけだった脈も戻り、安堵の息とともに野戦病院の医師が告げる。

「まだ油断はできませんが、このまま容体が安定すれば、すぐに意識を取り戻すことでしょう。本当に良かった」

 ベリーは涙を流し、何度も医師に頭を下げた。

「先生、ありがとうございます。ありがとうございますっ……」
「いえ、私は何も。ただ、彼の生きたいと願う意思が、死神の誘いを跳ね除けたんですよ」
「クリム…………」

 ベリーは彼の手を握り、早く戻ってきてと祈る。

「まったくこんなに心配を掛けて……、良い気なもんだ。楽しい夢を見てるって顔に書いてある」

 ベリーは笑いをこぼし、「ほんと、悪夢なんて見ないでよ」と、クリムに笑い掛けた。
 本当に今は見てもらいたくない。楽しい夢だけを見ていて欲しい。
 そんな彼女の祈りが通じたか、クリムは悪夢に魘されることなく楽しい夢を見続ける。
 それは家族との思い出が詰まった優しい夢、懐かしい日々の記憶であった。
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