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第五章 やり手の侯爵

キャットホール ④

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「訳あって僕の旅に同行しているベリーだ。真っ白な毛をしてはいないけど、魔法の国の由緒ある家柄の娘でね」

 すっとベリーが腰を上げ、ローブの裾をつまんで会釈した。

「殿下にご紹介与りましたが今一度。性はマジカルブラウン、名をストロベリー。数多の大魔法使い達を輩出してきたマジカルブラウン家の嫡雌ちゃくじょにございます。殿下の付き添いとはいえ、アーティファクトの産地として名高いキャットホールを治める閣下にお招き預かり、光栄に存じますわ」

 彼女は微笑みを浮かべながら長い挨拶をして、最後は顔にパっと花を咲かせて締めくくる。
 すると、「おぉ」と侯爵が驚いていて、立ち上がるや相好を崩して手を差し出していた。
 その手を取るベリーは、打って変わってきょとんとしている様子であったが。

「当家は代々マジカルサビ家と交流がありましてな。その本家にあたるマジカルブラウン家のご令嬢をただの付き添いであるなど、とんでもない。無論、歓迎致しておりますとも。よくぞいらした、麗しきブラウン。いや、一目見た時からそうではないかと思っておったのです」
 
 本当かよと思うクリムの隣で、ベリーがうげぇと言わんばかりの顔をしていた。
 家出をしている身で、分家とはいえ繋がりのある者の登場はそらそんな顔もしたくなるだろう。だが、顔に出すのは頂けない。相手によっては探られたくない腹を探ってくるのもいる。

「そ、そうでしたの。それはそれは……」

 おほほ、おほほほほと慣れない笑い方をして、誤魔化し方もへったくそである。
 はぁ、と溜息でもこぼすような顔で座り直すその横顔からもそれが窺えた。

「殿下は既に万の兵をお持ちのようだ」

 何がだよと、クリムは心の中でツッコム。そして、座り直した侯爵に口ではこう言った。
 
「彼女は優れた魔法使いではあるけど、まだ大魔法使いと呼べるほどの腕はしていなくてね。精々十騎ってところじゃないかな」
「それは過小評価が過ぎましょう。百、いや、五百の兵には匹敵なさる。そこに私が五倍の数を相手どれる選りすぐりの百騎を用意すれば、殿下のもとには千の兵が集うことになる」

 だから何でそうなるんだよと言うのも馬鹿らしく、クリムは小さな溜息だけついた。
 そろそろこの御仁の腹を聞きたいところ。
 その意思表示は、パイをホークで割って魚の腹を突き刺すことで示した。

「冷める前に頂こうと思ってね。脂の乗った腹回りは僕の好物なんだ」

 そう言って口に運ぶクリムを見ながら侯爵は愉快そうに笑い、一つ咳払いをして応じて見せた。
 召使い達が乱れなく部屋を出ていき、侯爵が口火を切る。

「我が娘も回りくどいのが嫌いでしてな。民にはえらく慕われておりますが、自分よりも強い雄でなければ伴侶にはしないと意固地で、ほとほと困り果てていたところに剣の腕前名高き殿下がこの地を訪れた」

 思いもしない言葉にクリムは面喰いそうになったが、とりあえずこう口にした。
 
「あー、冗談だろう?」
「そう見えますかな?」
「諸侯の言葉とは思えないね。僕を手にして何が潤うと言うのさ」

「諸侯であるからこそ、低い身分の者のように飢え、がっつくようなはしたない真似をしない。そんなことをせずとも勝手に転がりこんで来ますゆえ。キーテイル家が続く限り、永久にです」

「なるほど。だから何よりも世継ぎを残すことが重要であると。でも永久っていうのは言い過ぎじゃないかな。そう思っていたものが一瞬で崩れ落ちるさまを、僕は一度目にしたことがある。酷い光景だったよ。正気を失いそうになるくらいにはね」

 クリムは余裕の笑みを浮かべて優雅にカップを手に取り、口につけた。
 私はそれを乗り越えたというアピールだ。言い換えれば貴族男児のかっこつけというやつである。

「辛い経験をなされた殿下ならではのお言葉ですな。しかし、世継ぎの問題さえ解決すればそう難しいことでもない」
「へぇ、もっと脅威になる存在が、そこまで迫ってきているように思うけど?」
「殿下は飛行船というものをご存じですかな?」

 いや、とクリムは首を横に振った。

「海ではなく空を泳ぐ船、早い話が気球のようなものでして。もっとも、速度も乗せられる猫員にゃんいんも桁違いではありますが」
「そんな凄いものがね、だからもしもの時は空に逃げられるってわけだ」
「殿下、私は魔法の国へ亡命しようと思っておりましてな」

 それを聞いた瞬間、クリムは貴族らしさなど忘れ、思わず長椅子から立ち上がった。

「侯爵ともあろう者が……国を捨てるつもりなのかい!? 地位も名誉も何かも捨てて、信じられないな……」

 殿下、と侯爵はまるで子供に諭すように言い、優しい顔付きで続けた。

「遅れた国にいつまでもしがみついていては、それこそ全てを失う。向こうの技術力はこちらとは比較にならぬレベル。ストロベリー嬢はそのことをよくご存じのはずだ」
「え、ええ……侯爵様の仰っていることは本当よ」

 急に話題を振られたベリーは動揺を表に出しながらも、侯爵の言葉を肯定し、クリムは頭を揺らす。 
 確かに魔法の国で見た景色は、砂の国とも、今いる太陽の国とも違った。

 街を走る鋼の馬車は引き手を必要としておらず、黒い煙突から煙を上げ、大勢の猫を乗せて隣町まで走る大きな乗り物まであった。

 近年、弓矢を得意としていた者達が銃というより強力な武器を持つようになり、それも魔法の国からの技術供与で生まれた産物である。
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