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第二章 地中海を望む町
ベリーの憂鬱 ③
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「旨いね。勇気が湧いてくる」
クリムがその酒を差し出してくる。受け取ると頷かれ、ベリーは一瞬思考を止めた。ゆっくりと動き始めた脳が状況を理解し、
神に乾杯、英霊達にも乾杯!
と心の中でテンション高く叫びながら、彼女は中身を一気にあおった。
「ああ!? おいらの分まで飲むなよ!」
うるさい、お前には早い。そう思いながらクリムに酒瓶を返すと、彼は苦笑いしていた。
「プチィにも少し飲んで貰うつもりだったんだけど、君の豪気な飲みっぷりを見たら、彼らも怒りはしないだろうさ」
「ちぇ、おいらも飲みたかったのによぉー」
「祈りを捧げるだけでも十分だよ。さ、みんなで祈りを捧げよう」
クリムとプチィは腕を天に翳して父なる猫の神に祈りを捧げ、ベリーは胸の前で満月をつくって母の方に祈った。
祈る神は違えど、皆の想いは一緒。英霊達が安らかに神の御許まで辿り着けますようにと、そう祈っていた。
「あまり長居して夕飯を食べ損ねるわけにはいかないし、もう戻ろうか」
帰りの道すがら、ベリーはクリムに尋ねた。英霊達のことなど何処で聞いたのかと。すると彼は、昨日飲んでいる時に聞いたと言う。そして明日、クジラの屍を討ちに行くことを彼から打ち明けられ、ベリーは戸惑い、パニックを起こした。
「ちょ――きゅ、急に言わないでよ! しかも明日って、心の準備なんかできてないし、それに相手は海の中にいるのよ! クリム水に入れないじゃない!」
「一本釣りするから大丈夫さ。それに、君は心の準備をする必要はない。行くのは僕だけだからね」
「はぁ? 私を置いていくつもりなの!?」
「メスは連れてけないってさ」
「何よそれぇ……差別じゃない」
たったそれだけの理由で、魔法使いの腕を借りないなんてどうかしてる。
ベリーはそう思い、相手方に心底呆れてしまってあいた口が塞がらなかった。
「はん、諦めろっての。こういうのはおいら達みたいなオスの仕事だからな」
「プチィ、君もお留守番だ」
「はあ!? なんでおいらまで…………」
「子供だからに決まってるだろう」
「……前線じゃ、おいらくらいの年頃の奴が戦ってるって聞いたぜ?」
「なら、明日僕に頼んできた奴にそう言ってみるんだね」
「ああ、言ってやらぁ! おいらも連れてけってな!」
息巻いてずかずかと歩き始めたプチィと違い、ベリーの足取りはそこから重くなった。置いていかれるのが嫌だった。何より、クリムが目の届かない所でいなくなるかもしれないと思うと、怖かった。
クジラは海の中にいる。彼の苦手な水の中にいる。一本釣りすると言っていたが、どうやって戦うつもりなのか。
その夜、彼女は眠れぬ夜を過ごす。
ベランダに出て、母なる神をうつす月夜を眺め、時折胸の前で満月をつくっては、神に祈りを捧げていた。
どうか、どうかクリムが無事に帰ってきますようにと。
彼女と同じように、その夜、月夜を眺める者がいた。
「サファイア、ミニィ。もうすぐ行く。待ってろ」
そう言って目を落とし、ソケットに入った家族写真を眺めていると、おかしら、と後ろから呼ばれ、マストは身を翻した。
「おう、準備はばっちりか?」
「へい、今すぐでも出発できまさぁ!」
「おし、ならさっさと毛布の上で丸くなって、明日に備えるぞ。くれぐれも景気づけの一杯なんざ考えるなよ。他の奴らにも伝えておけ」
へい、とマストを呼んだ船員は頷きはしたが、すっと身を返して精悍な顔付きで集合した面々を片腕を広げて差すと、こう言った。
「言われなくても全員承知してるとは思いやすがねぇ」
マストは彼らの顔を見ながら、ふっと笑う。その中には肉球が魚のヒレになった者達がいて、特に彼らの顔を見ながら、力強い頷きを返していた。
クリムがその酒を差し出してくる。受け取ると頷かれ、ベリーは一瞬思考を止めた。ゆっくりと動き始めた脳が状況を理解し、
神に乾杯、英霊達にも乾杯!
と心の中でテンション高く叫びながら、彼女は中身を一気にあおった。
「ああ!? おいらの分まで飲むなよ!」
うるさい、お前には早い。そう思いながらクリムに酒瓶を返すと、彼は苦笑いしていた。
「プチィにも少し飲んで貰うつもりだったんだけど、君の豪気な飲みっぷりを見たら、彼らも怒りはしないだろうさ」
「ちぇ、おいらも飲みたかったのによぉー」
「祈りを捧げるだけでも十分だよ。さ、みんなで祈りを捧げよう」
クリムとプチィは腕を天に翳して父なる猫の神に祈りを捧げ、ベリーは胸の前で満月をつくって母の方に祈った。
祈る神は違えど、皆の想いは一緒。英霊達が安らかに神の御許まで辿り着けますようにと、そう祈っていた。
「あまり長居して夕飯を食べ損ねるわけにはいかないし、もう戻ろうか」
帰りの道すがら、ベリーはクリムに尋ねた。英霊達のことなど何処で聞いたのかと。すると彼は、昨日飲んでいる時に聞いたと言う。そして明日、クジラの屍を討ちに行くことを彼から打ち明けられ、ベリーは戸惑い、パニックを起こした。
「ちょ――きゅ、急に言わないでよ! しかも明日って、心の準備なんかできてないし、それに相手は海の中にいるのよ! クリム水に入れないじゃない!」
「一本釣りするから大丈夫さ。それに、君は心の準備をする必要はない。行くのは僕だけだからね」
「はぁ? 私を置いていくつもりなの!?」
「メスは連れてけないってさ」
「何よそれぇ……差別じゃない」
たったそれだけの理由で、魔法使いの腕を借りないなんてどうかしてる。
ベリーはそう思い、相手方に心底呆れてしまってあいた口が塞がらなかった。
「はん、諦めろっての。こういうのはおいら達みたいなオスの仕事だからな」
「プチィ、君もお留守番だ」
「はあ!? なんでおいらまで…………」
「子供だからに決まってるだろう」
「……前線じゃ、おいらくらいの年頃の奴が戦ってるって聞いたぜ?」
「なら、明日僕に頼んできた奴にそう言ってみるんだね」
「ああ、言ってやらぁ! おいらも連れてけってな!」
息巻いてずかずかと歩き始めたプチィと違い、ベリーの足取りはそこから重くなった。置いていかれるのが嫌だった。何より、クリムが目の届かない所でいなくなるかもしれないと思うと、怖かった。
クジラは海の中にいる。彼の苦手な水の中にいる。一本釣りすると言っていたが、どうやって戦うつもりなのか。
その夜、彼女は眠れぬ夜を過ごす。
ベランダに出て、母なる神をうつす月夜を眺め、時折胸の前で満月をつくっては、神に祈りを捧げていた。
どうか、どうかクリムが無事に帰ってきますようにと。
彼女と同じように、その夜、月夜を眺める者がいた。
「サファイア、ミニィ。もうすぐ行く。待ってろ」
そう言って目を落とし、ソケットに入った家族写真を眺めていると、おかしら、と後ろから呼ばれ、マストは身を翻した。
「おう、準備はばっちりか?」
「へい、今すぐでも出発できまさぁ!」
「おし、ならさっさと毛布の上で丸くなって、明日に備えるぞ。くれぐれも景気づけの一杯なんざ考えるなよ。他の奴らにも伝えておけ」
へい、とマストを呼んだ船員は頷きはしたが、すっと身を返して精悍な顔付きで集合した面々を片腕を広げて差すと、こう言った。
「言われなくても全員承知してるとは思いやすがねぇ」
マストは彼らの顔を見ながら、ふっと笑う。その中には肉球が魚のヒレになった者達がいて、特に彼らの顔を見ながら、力強い頷きを返していた。
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