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松岡涼
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松岡涼は三歳で実の父を病気で失った。
なので、小学校一年生になるまで父というものを知らなかった。
新しく出来た父は涼にとって、大きくて男らしく、憧れそのものになった。
彼と母との間に出来た新しい家族も愛らしく、涼はこの妹を溺愛することになる。
結果、涼は 随分頭の固い男の子、になってしまった。
なにせ、自分の行動を見て妹が育つと思うと、子供らしい軽率さを自ら鑑み、自重するようになったのだから。
「俺は、お兄ちゃんだから」
それがその頃の涼の口癖だった。
母親は涼がやはり寂しかったのだ、と思った。なので、そのどこか偏向した涼の男らしさ、を注意することなく育てた。
偏向、とは例えば涼は随分顔立ちの整った少年であり、飛行機に乗ればキャビンアテンダントが入れ替わり立ち替わり 涼の顔を見に来るほど。母親などはそれが自慢だったが、涼はそれが嫌いだった。
本人曰く、イケメンは男らしくない――のだそうだ。
女の子にキャアキャア言われたり、ちやほやされるのは、男としては恥ずかしいことなのだ、と主張していた。なぜなら、女の子は守ってやらねばならぬ存在だから――だと。
これを義父が褒めたのが、またいけなかった。
涼にとって、当時の義父は英雄だった。
大きく強い象徴で、その義父の言葉に間違いなどなかったのだ。
その調子で女性に対して畏怖を覚えず育った涼は、女の子に対してそのうち「冷たい」と評されるようになった。
言われる理由は本人が故意にそうしていたから。
中学では、涼は男同士の友情を優先していたが、それは家に女の子を連れて行くのは幼い妹の精神衛生上良くない、と思っていたから。
自然、女子とは疎遠になった。
だが、女子には親切でなければならない。
幼い頃は母子家庭だったので、母が男の中で頑張って働いていたのを目の当たりにした。
なので、同じ生徒会で頑張っている女子の手伝いは当たり前だったし、当時、クラス委員も務めていたので、全員に気を配るべきと責任も感じてもいた。
ある日、いきなりクラスの複数の女子に呼び出されて、生徒会の書記の子と、クラス委員の誰々さんと、どっちと付き合っているのかと吊るし上げを食らったときは あまりの強引さに瞠目した。
おまけに、女なら誰にでも いい顔する、とまで言われた。
不快極まりなく、じくじくと日を暮らしていたらば、その吊るし上げのとき一番涼を罵っていた女子から告白された。
冷たくならない方がおかしいって。
一見、繊細に見えるイケメンだが、頭の中は単純至極な男の子でしかない涼にとっては 乙女心の機微は不快なものでしかなかったのだ。
中学二年生の時、初めて女子の友達が出来た。
同じ生徒会をやっていた副会長の子だった。涼の学校では生徒会は副会長が二人いて、涼とその女の子で行っていた。
初めて女子で付き合いやすい、と思えた子だった。
三年に上がるころ、その子から告白された。
しばし悩んだが、嫌いではないので付き合うことにした。
そして、一年、男女交際らしいことは特にないまま、同じ高校を受けたが彼女が落ちて、そして、付き合いが消えた。
卒業式に彼女から声をかけられ、軽く責められ終わったのだ。
――結局、松岡くんの友達以上になれなかったね、あたし…。
彼女ではなかったのか、と涼は驚いたが、恋が形式ではないということを知るには あまりに涼はその手の思考が乏しすぎた。
もっと言ってしまえば、自分を知らなすぎた。
どうして、自分が彼女に特別な感情を抱かなかったか、理解していなかった。
それを理解したのは、高校一年の半ば。遅い初恋を覚えたときだった。
その子は文化祭で茶道部で茶をたてていた。
その頃は涼が顔の割りに堅くて女子にあまり受けが良くない、と知っていたので やはり男友達が じゃあ、一緒に可愛い女の子の立てたお茶でも飲みに行こうぜと誘ったのだ。
慣れない茶室に戸惑いつつ、涼やクラスメイトは茶道部の展示室にて和菓子とお茶を嗜んでいた。三人ほどの女の子が畳で次の客のために茶の用意をする。
涼はそのとき、一番手前の女の子に目が止まった。
少し不器用な手つきで一生懸命、お茶をたてていた。
涼を見るといつも女の子はそのまま視線を釘付けにするのに、その子は涼の顔のことなんか なにも気にしないで、お客のために茶碗を手にしていたのだ。
その姿がとても綺麗だと思った。
美人ではないが、鼻筋は通っていて、少し垂れた目が愛嬌があった。
小柄で軽くカールした髪をまとめていて、可愛い子だと思った。
きっかけはそれで、涼はその子と付き合いたい、と正直に思った。女の子に触りたいと思ったのは初めてだった。けれど、それはかなわなかった。
涼は彼らしい単純さで、そのとき一緒にいたクラスメイトに彼女を褒めた。
他人から見たら涼がその女の子に一目ぼれしたのは丸わかりだった。
とても、単純に涼は考えていた。
告白して、付き合う。
それだけでいいのだと。
しかし、なぜかそれはうまくいかなかった。
少し後、彼女が苛めにあっている、と涼にも聞こえてきた。
別のクラスの子なので詳細は良くわからなかったが、いきなり、クラスの中心の女の子たちが彼女を無視し始めたのだ――と。
そのクラスの男子曰く、涼が原因らしい、とのことだった。
涼はそれを聞いて ぽかん、とした。
「……俺、二組の女子に嫌われているのか?」
「バカか。お前のこと好きなヤツがいるんだよ、二組のそのグループに。だから、お前の好きな子を苛めてんの」
……そんな理由で。
そんな理由で、涼は彼女に告白したが、彼女には断られた。
あまり、巻き込まれたくない――との理由で。
自分の顔が、台風の目になると自覚したのはそのときだった。
それから、涼は女の子と付き合うときは必ず告白してきた女の子だけにした。
自分の存在が 好きな相手の迷惑になるのが嫌だった。
特に、弱く守らねばならない存在にとって、自分の一方的な感情で迷惑をかけるのがたまらなく嫌だった。
高校ではその失恋のあとは女と関わるのも嫌だと思ったが、仲良くなったクラスメイトで とてもサバサバしている女子がいた。
彼女は涼といて、女子に嫌がらせを受けてもかまわない、と言ってくれた。
なんのメリットがあって、と問うと、無神経だと怒られた。
それからしばらくして彼女から告白された。
そして、二年生のクリスマスイブに他に好きな人が出来たから、と振られた。
「…ごめん。だって、涼、なんにもしないんだもん…」
これはなにも言い返せなかった。殴られたって良かった。
涼は初恋の子をまだ好きだったから。
だから、大切な特別な――友達である彼女を簡単に欲望の対象に出来なかった。それは涼の今までのポリシーに反する。
もしも、小夜子が、妹がそんな扱いをされたらと思うと出来なかったのだ。
それから卒業まで二人に告白されて付き合ったが 結局うまくいかなかった。
涼はやはり、あの子が好きなのだ。
卒業式のとき、彼女と一言だけでも話したかったが、結局、なにも接点もなく終わった。
数人のクラスメイトと帰路につくとき、学生服のボタンをすべて取られてブラブラと格好悪く開いている涼の胸元を見て クラスメイトのひとり、一年のとき、涼にバカか、と言い放った護人が言った。
「ホント、お前、バカだよな」
本当だ――、と思った。
なので、小学校一年生になるまで父というものを知らなかった。
新しく出来た父は涼にとって、大きくて男らしく、憧れそのものになった。
彼と母との間に出来た新しい家族も愛らしく、涼はこの妹を溺愛することになる。
結果、涼は 随分頭の固い男の子、になってしまった。
なにせ、自分の行動を見て妹が育つと思うと、子供らしい軽率さを自ら鑑み、自重するようになったのだから。
「俺は、お兄ちゃんだから」
それがその頃の涼の口癖だった。
母親は涼がやはり寂しかったのだ、と思った。なので、そのどこか偏向した涼の男らしさ、を注意することなく育てた。
偏向、とは例えば涼は随分顔立ちの整った少年であり、飛行機に乗ればキャビンアテンダントが入れ替わり立ち替わり 涼の顔を見に来るほど。母親などはそれが自慢だったが、涼はそれが嫌いだった。
本人曰く、イケメンは男らしくない――のだそうだ。
女の子にキャアキャア言われたり、ちやほやされるのは、男としては恥ずかしいことなのだ、と主張していた。なぜなら、女の子は守ってやらねばならぬ存在だから――だと。
これを義父が褒めたのが、またいけなかった。
涼にとって、当時の義父は英雄だった。
大きく強い象徴で、その義父の言葉に間違いなどなかったのだ。
その調子で女性に対して畏怖を覚えず育った涼は、女の子に対してそのうち「冷たい」と評されるようになった。
言われる理由は本人が故意にそうしていたから。
中学では、涼は男同士の友情を優先していたが、それは家に女の子を連れて行くのは幼い妹の精神衛生上良くない、と思っていたから。
自然、女子とは疎遠になった。
だが、女子には親切でなければならない。
幼い頃は母子家庭だったので、母が男の中で頑張って働いていたのを目の当たりにした。
なので、同じ生徒会で頑張っている女子の手伝いは当たり前だったし、当時、クラス委員も務めていたので、全員に気を配るべきと責任も感じてもいた。
ある日、いきなりクラスの複数の女子に呼び出されて、生徒会の書記の子と、クラス委員の誰々さんと、どっちと付き合っているのかと吊るし上げを食らったときは あまりの強引さに瞠目した。
おまけに、女なら誰にでも いい顔する、とまで言われた。
不快極まりなく、じくじくと日を暮らしていたらば、その吊るし上げのとき一番涼を罵っていた女子から告白された。
冷たくならない方がおかしいって。
一見、繊細に見えるイケメンだが、頭の中は単純至極な男の子でしかない涼にとっては 乙女心の機微は不快なものでしかなかったのだ。
中学二年生の時、初めて女子の友達が出来た。
同じ生徒会をやっていた副会長の子だった。涼の学校では生徒会は副会長が二人いて、涼とその女の子で行っていた。
初めて女子で付き合いやすい、と思えた子だった。
三年に上がるころ、その子から告白された。
しばし悩んだが、嫌いではないので付き合うことにした。
そして、一年、男女交際らしいことは特にないまま、同じ高校を受けたが彼女が落ちて、そして、付き合いが消えた。
卒業式に彼女から声をかけられ、軽く責められ終わったのだ。
――結局、松岡くんの友達以上になれなかったね、あたし…。
彼女ではなかったのか、と涼は驚いたが、恋が形式ではないということを知るには あまりに涼はその手の思考が乏しすぎた。
もっと言ってしまえば、自分を知らなすぎた。
どうして、自分が彼女に特別な感情を抱かなかったか、理解していなかった。
それを理解したのは、高校一年の半ば。遅い初恋を覚えたときだった。
その子は文化祭で茶道部で茶をたてていた。
その頃は涼が顔の割りに堅くて女子にあまり受けが良くない、と知っていたので やはり男友達が じゃあ、一緒に可愛い女の子の立てたお茶でも飲みに行こうぜと誘ったのだ。
慣れない茶室に戸惑いつつ、涼やクラスメイトは茶道部の展示室にて和菓子とお茶を嗜んでいた。三人ほどの女の子が畳で次の客のために茶の用意をする。
涼はそのとき、一番手前の女の子に目が止まった。
少し不器用な手つきで一生懸命、お茶をたてていた。
涼を見るといつも女の子はそのまま視線を釘付けにするのに、その子は涼の顔のことなんか なにも気にしないで、お客のために茶碗を手にしていたのだ。
その姿がとても綺麗だと思った。
美人ではないが、鼻筋は通っていて、少し垂れた目が愛嬌があった。
小柄で軽くカールした髪をまとめていて、可愛い子だと思った。
きっかけはそれで、涼はその子と付き合いたい、と正直に思った。女の子に触りたいと思ったのは初めてだった。けれど、それはかなわなかった。
涼は彼らしい単純さで、そのとき一緒にいたクラスメイトに彼女を褒めた。
他人から見たら涼がその女の子に一目ぼれしたのは丸わかりだった。
とても、単純に涼は考えていた。
告白して、付き合う。
それだけでいいのだと。
しかし、なぜかそれはうまくいかなかった。
少し後、彼女が苛めにあっている、と涼にも聞こえてきた。
別のクラスの子なので詳細は良くわからなかったが、いきなり、クラスの中心の女の子たちが彼女を無視し始めたのだ――と。
そのクラスの男子曰く、涼が原因らしい、とのことだった。
涼はそれを聞いて ぽかん、とした。
「……俺、二組の女子に嫌われているのか?」
「バカか。お前のこと好きなヤツがいるんだよ、二組のそのグループに。だから、お前の好きな子を苛めてんの」
……そんな理由で。
そんな理由で、涼は彼女に告白したが、彼女には断られた。
あまり、巻き込まれたくない――との理由で。
自分の顔が、台風の目になると自覚したのはそのときだった。
それから、涼は女の子と付き合うときは必ず告白してきた女の子だけにした。
自分の存在が 好きな相手の迷惑になるのが嫌だった。
特に、弱く守らねばならない存在にとって、自分の一方的な感情で迷惑をかけるのがたまらなく嫌だった。
高校ではその失恋のあとは女と関わるのも嫌だと思ったが、仲良くなったクラスメイトで とてもサバサバしている女子がいた。
彼女は涼といて、女子に嫌がらせを受けてもかまわない、と言ってくれた。
なんのメリットがあって、と問うと、無神経だと怒られた。
それからしばらくして彼女から告白された。
そして、二年生のクリスマスイブに他に好きな人が出来たから、と振られた。
「…ごめん。だって、涼、なんにもしないんだもん…」
これはなにも言い返せなかった。殴られたって良かった。
涼は初恋の子をまだ好きだったから。
だから、大切な特別な――友達である彼女を簡単に欲望の対象に出来なかった。それは涼の今までのポリシーに反する。
もしも、小夜子が、妹がそんな扱いをされたらと思うと出来なかったのだ。
それから卒業まで二人に告白されて付き合ったが 結局うまくいかなかった。
涼はやはり、あの子が好きなのだ。
卒業式のとき、彼女と一言だけでも話したかったが、結局、なにも接点もなく終わった。
数人のクラスメイトと帰路につくとき、学生服のボタンをすべて取られてブラブラと格好悪く開いている涼の胸元を見て クラスメイトのひとり、一年のとき、涼にバカか、と言い放った護人が言った。
「ホント、お前、バカだよな」
本当だ――、と思った。
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