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77 ドゥジエムの人形の家にて夜を過ごす

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「ヨハンナ!」

フィリップさんが驚いて立ち上がり、ヨハンナさんに駆け寄る。

「まだ寝ていなくては駄目だ」
「いいえ、さすがに今は正気よ。だから聞いて。あの扉の向こうには私のあの子がいるの。あなたが初めて生み出し、私に預けてくれた私の第1ドール。魔女が私とドールを引き離した後、あの子をあの扉の向こうに捨てたのよ」
「それは何度も聞いた。おそらく、妖精の小道につながっているんだろう。師の得意な魔法だ。だが、あの扉を開く術がない」
「……賢者ポラリスが転移門を作ったと聞いたわ。あれは妖精の小道を利用するのでしょう。だったら彼に尋ねれば方法を見出してくれるわ。問題は扉にかかっている呪いなのでしょう? 扉を開けば呪いが発動するなら、私が受けましょう。私は記憶を失っていたとはいえ、あなたや、私を敬愛してくれるドールたちの苦しみを知らず、一人ぬくぬくと暮らしていたのよ。私が、私があの子を助けなくては」
「やめてくれ! きみをまた私から奪うのか!」

眼前でメロドラマが繰り広げられている…。

推察するに二人は恋人同士で、ヨハンナさんは ほっとくとまた失踪しかねない危うい精神状態なんだな。

「あの…、一度その扉を見せてもらうわけにはいきませんか?」

犯人は現場に戻る、じゃなくて、現場100回。ゲーム的なヒントがあるかもしれないからね。

「あなたが? …ああ、あなた、ドールマスタークラウスの弟子なのね。…そう、彼にとっても他人事じゃないわね…。ヘレンは今も声を発せないし、師であるプルミエの人形の家の主も行方不明だったわね…」

(さっきの状態に比べてしっかりしているなー。前にクラウスさんはヨハンナさん--ドゥジエムの人形の家の主はまだ魔法を思い出せないと言っていたけど)

私の顔に出ていたのだろう、ヨハンナさんが困ったように笑う。

「ごめんなさい…。まだヘレンドール種にかけられた呪を解呪出来るほどには記憶は戻っていないの。今日みたいに混乱することも しばしばあるのよ…」

「ご、ごめんなさい、そういうつもりではなく…」

(あわわ、見つめすぎていたか)

するとお返しなのか、ヨハンナさんの方が私をじっと見つめてきた。

「あなた、【夜形やぎょう】が芽生えているのね…」
「え? なんですか、それ?」
「【夜形やぎょう】は呪いのスキルよ。その姿を異質な形に変える呪い。でも、その代わり、他の呪いを一切受け付けなくなるの。神殿の解呪で簡単に解けるから使い勝手のいいスキルね。モンスターが仲間と誤解することもあるわ」
「異質な形…? 呪い…、--ああ!」

(記憶のタンスの引き出しが開いたぞ。【魔弾の射手】の呪いか! アリアドネが速攻取得していたヤツだね。てか、逃げ切ったのに呪いスキルを置いていくなんて、魔弾の悪魔は太ぇヤローだ。
でもあの呪いがかかっている間はあの真っ黒黒助姿でうろつかねばならんのよね…。めっちゃ、不審者なのだけど)

それからヨハンナさんはメリッサちゃん、フランソワ君と順に見つめていく。

「女の子はジョブがガルドラー、呪いの歌を操れるのね。あと少しで解呪の歌を覚えるでしょう。魔力と器用値が高く、身体能力も意外に高いわ。あなたが【騎乗】を取得したらその子が育ててくれるわよ。男の子はジョブが剣士ね。知性がとても高い子ね。それと体力も上がりやすいわ。魔力値が低いけれど、魔法具を利用すれば十分戦ってくれるでしょう。生産でも役に立ってくれる子よ」

(こ、これか、ヨハンナさんの役割ー! クラウスさんよりドール種の評価詳しいー! ありがとう、めちゃくちゃ助かる、今後の指標になるー!)

それらを話し終わると、疲れたのかヨハンナさんは瞳を閉じてフィリップさんに寄りかかる。

「あなたが私の弟子なら私の第1ドールの救出を頼むところだけれど、クラウスの師、プルミエの人形の家の主を探す方が優先よね。でも良かったら私とも情報をやり取りしてほしいわ」

彼女がクラウスさんの時と同じくメモを手渡してくる。
私のフレンドリストに ヨハンナ:NPCが追加された。

(私はすでにクラウスさんの弟子だから発生しなかったけど、もしかしてここでヨハンナさんのドール救出イベントが起きるんだったのかな。ちょっと残念…)

これで、このドゥジエムの人形の家でやるべきことはすべて終えたかと思い、暇乞いしようとしたが、意外やフィリップさんが引き留めた。

「よければ今夜はここに泊まりませんか? 人形たちも、ドゥジエムの外からいらしたお客様から色々話を聞きたいと待ち構えているのですよ」

すると、ポーンとシステム音が聞こえた。

『秘匿ジョブ"人形の夢と目覚め"に関わるイベントです。ただし、一部ホラー表現があります。スキップで情報のみ取得可能です』
『泊まる/泊まるがスキップする/泊まらない』

(ほ、ほ、ホラーイベント……!)





さて、昨今のゲーム事情としてVRになるとホラー表現がめちゃくちゃリアルに感じて心拍数感知の強制ログアウトが起こりやすくなる。
だから、そこまで怖くなくても、スキップ可能の注意事項が出るゲームは存外多い。

「だから、強気で"泊まる"を選択してやりましたよ!」
「さすが、おねーさまですわ!」

メリッサちゃんのよいしょが心地いい。
人形の家で心尽くしの夕食をご馳走になり、私は今宵泊まる部屋にいた。
その部屋は別段、なにかある、というわけではない。
この白い館にふさわしい、可憐な白いプリンセス家具に囲まれた部屋だ。

「ささ、それではわたくしたちも休むとしましょう。睡眠不足では戦えませんもの」

ホント戦闘民族だな、というセリフを口にしながらメリッサちゃんは手元のランプの灯りを消そうとする。

「ま、待って!! もーちょっとお話しましょう、メリッサちゃん!」
「おねーさま、そのお言葉は3回目ですわ…。夜が明けてしまいますわ~」

呆れたように隣のベッドに座るメリッサちゃんがこちらを見た。その隣にはフランソワ君だ。二人とも【変化】の小学1年生サイズで用意してもらった白い寝間着に着替えている。
ジローとミミッキーはインベントリでサムネになっている。
ドールたちもいつもは私のインベントリに普通に入っていくのに。

(ドール種だけ特別ということは、多分、ランプを消すとイベント進行しちゃうんじゃないかな…。いや? 決して怖いわけでは、怖いわけではないけども!? 心の準備が~)

思わず黙りこくってしまう。
すると、パッチンと音がして、辺りが暗くなった。

「では、おやすみなさいませ、おねーさま」

うわ! 黙りこくったのを了承ととらえたか~!
メリッサちゃんとフランソワ君は寝息を立て始めた。
思った通り、ランプ消灯がイベント発動だったようで、私の体は強制モーションでベッドに横たえられた。

シン、と静寂が耳に痛い。

……すると、どこからか、笑い声が聞こえた。
小さな子供の、くすくす笑いだった。


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