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39 魔法具屋はデートスポット
しおりを挟む「おーい、クロー! ここ、ここ!」
「お久」
相変わらずのマイペースでクロが来た。
待っている人間見つけても、駆けよるタイプではないのだな。
でも、よく見るとネコ耳がピコピコ動いているので、再会を喜んでいるらしい。
ううむ、猫人の耳、なかなかいい仕事している。
私の兎耳は緊張するとヘタるくらいしか働かないのに。
待ち合わせの場所のファンシーの噴水はセーブポイントなのでわりと人が多い。
ゲームアイドルで、今もプライベートとは言え、この『ファンシーライトオンライン』の人気配信者であるマーヤこと文月麻耶と同じ顔のクロはチラチラとプレーヤーに見られている。
麻耶さんはアイスミントのふわふわロング、クロはショートカットの黒髪だし、麻耶さんのアバターとはよく見ると目の色違うんだけど、背格好や雰囲気がすごい似ているんだよね。
さすが姉弟。
「なんか見られるな」
「う~ん。クロ、お姉さんの人気をナメちゃいけないと思うよ~」
「そう? …だったら、今だけか。姉さんの同じ顔のプレーヤーは今後増えると思うから。なんか、姉さんの所属している事務所が文月麻耶のゲーム用フェイスパターン売ろうかとか言い出しているらしい」
「へー!」
でも、それだけじゃない気がする、とクロがポツと言いおる。
うん。多分。それは気のせいじゃないと思う。私も見られているところ見ると。
(これは、メリッサちゃんやジローの存在を知っているな…。てか、プレーヤーで地元民NPCと同じ服着ている人、冷静になったら少数派じゃん! 私、その少数派にいつの間にか なっているんじゃん!? 今更気づいた!)
「ごめん、落ち着いて話したいから、どっかお店に入らない? 出来れば、NPCが多いトコ」
つまるところ、プレーヤーが少ないところです。ドゥジエムと開通した今、ファンシーでそんなところ、ほぼないけど。
「あ--、うん。じゃあ、少し小路に入ったところだけど、面白い店があるよ」
あら、あった!
行こうかと言って、クロが先導して歩き出した。
クロについていった先は坂道の多い壁に囲まれた路地で、商店街から外れている。だからと言って治安も悪くなく、NPCがチラホラ歩いている。壁向こうは庭木の緑があふれている。
「めっちゃ、住宅地」
「なんか、落ち着くよね」
あ、こっち、と彼は指差し、その曲がり角を行くと、目立たない場所に落ち着いた佇まいの洋館が建っていた。
そのドアはクローズの札が下がっていたが、クロは構わず扉に手をかける。
慌てて私はクロの袖を引っ張ろうとしたが、スカっと手が空ぶってしまう。
(あ、町の中やセーフティーポイントではお触り禁止か!)
「クロ、お店閉まっているんじゃない?」
「あ、そうだ、パーティー組んで貰っていい? じゃないとフェザントが入れないから」
おけ、とパーティー組むとあら不思議。
さっきまでクローズの札がオープンに変わった。
「マスター、こんにちは」
クロが開けたお店のドアの先の店内は想像と違い、明るく、陽光が差していて鉢に入ったグリーンがあちこちにある、カフェが併設された雑貨屋さんだった。
(壁にお日様の絵が描いてある。あ、これ動いている。時計みたい…)
壁のピカソの描いたような太陽はよく見ると発光している。これが側面の空色の壁を、左下から上に向けて弧を描くように動いている。
「あれが右下まで沈むと1時間経過。ゲーム時間で。その後、月に変わるよ」
「へー…。こんな店あったんだ」
と、言うか私は噴水のある広場近くの商店街しかうろついていなかった。知らぬも道理じゃ。
「おお、クロ坊、いっちょ前に女連れか!」
奥から大きい口の背の高い男の人が現れた。
名前表記が緑色だ。"マスター:???"となっている。名乗る前のNPC表記だ。
ちなみに一般プレーヤーは青。名前は隠せない。隠しているとBL入りが出来ないので。
なのでこのゲーム、名前かぶりがない。そして、BL入り困難にするために長い名前にしていたとしても、ステータスから攻撃可能範囲に入った人物の名前ログが確認出来るので、そこからタップしてしまえばいい。
「同郷の友達だよ、マスター。フェザント、この人がここのご主人」
「こんにちは、旅人さん。オレは魔法具屋のイグニス。クロ坊の友達なら歓迎だ。これはメニューだよ。店内の魔法具も見て行ってくれ」
は、はひ、と私はやや大きな声のマスターにビビってしまった。
ぐ、人見知り克服したーい。
ゲームだと出ないこと多いのに。
(やっぱり、ちょっと大きい男の人怖いかも。あ、名前が"魔法具屋のマスター:イグニス"に変わった)
メニューは夕暮れソーダを頼んだ。グラスを見ると絵画から切り取ったような沈む夕日が夜を例えているんだろう紫紺の液体の狭間に見える。ストローで一口呑むごとに、その夜の部分が広がる。シュワシュワあがる泡は金の色だ。星かしら。
「めちゃ、綺麗~。味も面白い! 夕日のところが蜜柑で夜がグレープ味だ! クロここどうやって知ったの?」
クロはかき混ぜるとグラスの中で花火が映し出されるアイスコーヒーを飲んでいる。
味は普通だったと少し残念そう。
「魔法使いだけが受注できるクエで、ここのアルバイトしたんだ。この店のそのクエやると、【付与】と【工作・手芸全般】が取れるから。それに、この店の入り口の札は、そのクエ達成しないと"オープン"にならないんだよね。魔法使いの杖は魔法具なんだよね」
「杖? 武具じゃないの?」
「正しくは魔法具。武器屋でも売っているし、物理攻撃も出来るけどね。ホラ、このゲームは攻撃力が道具次第だからいずれ自作しないと進めなくなりそうだから。生産職に伝手があるなら違うだろうけど、今のところ、マーケットでレベルの高い自作武器を率先して売っているプレーヤー、少ないんだよね」
私はハテ?と小首を傾げる。
「大手のクランかNPC商家が囲い込んでいるんじゃないかな…。店頭にプレーヤーズメイドは普通に並んでいるから。NPCの冒険者がプレーヤーズメイド持っていたりするんだよ」
私は冥界門の近くで助けてくれた、Sクラス冒険者の2人組を思い出す。
「NPCの王都の冒険者と会ったよ。Sクラスだった。そういう人達に高額で売っているのかな」
「じゃないかな。姉さん情報だけどさ。あ、そら、こっちも暮れていくよ」
クロがさっきの時計のお日様の壁を指す。
さっきまで空色だった壁が上から赤とグレーのグラデーションに変わり、ゆっくりとミッドナイトブルーに染まる。すると、店内が暗くなり、あちこちの魔法具がランタンのように色味を変え灯りを燈す。
壁には三日月が太陽の沈んだ側から姿を徐々に現している。壁の深い藍は雲の流れも描かれるので幻想的だ。
「すっごい、綺麗…」
これはその内、デートスポットになるな~。
む、それこそ、これデートっぽい? デートっぽくない!?
「近づくと明るく光る魔法具が、その人のステータスや持っている属性、スキルに合わせた適性のある魔法具なんだよ」
そう言って、クロは椅子から立ち上がり、棚を巡る。
クロが近づくと言った通り一部の魔法具が一際輝く。まるで、見て! 手にして! って言っているみたいに。
私も促されるまま、自分と相性のいい魔法具を探す。
すると、丁度手に収まる採取用ナイフを見つけた。
これがキラキラとミントグリーンに輝きだす。
「これ、風属性の採取ナイフだね。事前に魔法を溜めて置けるんだ。風系の攻撃魔法や回復魔法を溜めておけば便利だよ。MPの少ない人向けだよ」
ナイフを手に取り、クロがニッコリ笑って私に手渡す。
「…詳しいね」
「そりゃ、こういうバイトだったから」
すると、どこからか 待て待て待て、と高い声が聞こえた。
「おねーさまっ! 油断してはいけません! これは"でーと商法"とやらですわっ」
小さい手を私とクロに向けて、歌舞伎の大見得を切るような仕草で二人の眼前に現れたのは。
「おねーさまをたぶらかす輩は、第1ドールたる私、メリッサが許しません!」
「……なに?」
「こないだ養子にしたうちの子~~! メリッサちゃん、ジローの上で見得切らないで~! 落ちそうよ!」
だ、大丈夫ですわ、と言いつつ、ジローの上で大見得ポーズのメリッサちゃんは、こらえきれず片足滑らせて私の手のひらにアレ~と言って落っこちた。
クロがそれに驚きつつも「成田屋」と呟いたのは、聞き逃さへんで!
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